陸でもアビサルハンターを作ろう!(先史文明人監修) 作:最大の敵はウルピ
「わぁ、いきなり殴られるとは思いませんでした!」
現代アーツ理論についても、大学の必修講義として扱うあたりまではおおよその理解を終えた頃。鍵の管理も含めて半ば私物となっている第一科学実験室を施錠した後、借りているアパートへの帰り道のことだ。
アパートに続く暗めの路地を通った際、不意に自分と同年代か一つ上くらいの人物に殴られた。いきなりのことだったので数歩たたらを踏んだが、倒れ込むことなくそちらの方を見る。咄嗟に鞄からボウガンを取り出そうかを悩み、取りやめていた。
そこにいたのは、ゴーティと同じように制服を着た男たちだ。見たところ、同年代や年下が多い。ゴーティを円状に取り囲んでいて、殴った男がストリートファイトのように拳を構えてこちらを見ている。
「わざわざ制服を着ているのは、私に合わせたんでしょうか?」
『随分と制服の似合わない参加者がいますね。地元のギャングかシラクーザマフィアの組織員でしょう。学生同士の喧嘩を装うつもりでしょうか』
まあ、作った薬品関連の権利やその他なんらかの利益にまつわることだろうというのは想像に難くない。どこぞの企業が地元のギャングと取引し、年若い構成員がこうして荒事を担った。学内関係の揉め事やいじめに見せかけるために、通っている高校の制服で学生を装う。そういうシンプルな計画だろう。
そうなると、後の展開は演算しなくても予想できる。
「痛い目に合わせて言うことを聞かせる。あるいは」
「鉱石病の感染……いじめを装った競合の追い落としでしょうか?」
鉱石病の感染者への偏見は、社会へ身を置くのであれば避けられない。もちろん、ある程度の知的水準と理性があれば問題ないが。それを満たす者がそう多くはないのは言うまでもないだろう。
「気を失わせれば、どちらの手も取れますからね」
「……っ、ちょっとばかし、痛い目見てもらうぜ!」
男が殴り掛かってくる動作には、僅かに訓練を受けた癖が伺える。こうした荒事には慣れているのだろう。対するゴーティは軽くステップを踏んで躱し、そういえばとにこやかに笑った。
「ストリートファイトはやったことありませんね!」
クルビア、つまりアメリカと言えば、スケボーとジャンクフードに路地でのストリートファイトだ。壁にスプレーでグラフティが描かれていればなおいい。
ゴーティは見よう見まねの拳闘スタイルでぴょんぴょんと飛び跳ね、それっぽく拳を構える。
「いきますよ!」
手の甲で振り払うように、向かってくる拳を弾く。体勢を崩した相手の顎に掌底を叩き込もうとすれば、咄嗟の反応で顔を逸らされた。
些細な問題は、ゴーティが気楽さと加減を手放すことの区別をしなかった点だろうか。加減しない怪力は拳を当てた頬肉をそのまま削ぎ落し、左の歯を剥き出しにさせた。
慣れている手合いならともかく、少なくとも眼前の男はこのレベルの負傷を経験したことはなかったのだろう。蹲り、左頬を手で押さえている。
「蹲っている相手への冷酷な追撃! これぞルール無用の裏路地ファイトって感じですよね!」
足払いの要領で相手を仰向けに転ばせ、その頭部を何度も踏みつける。最後に思い切り蹴り飛ばせば、吹き飛んだ体が壁に叩きつけられた。
「*クルビアスラング*! やりやがった!」
周囲を囲んでいた何人かが、懐から折り畳み傘のようなものを取り出す。軽く振れば鈍い風切り音と共に伸びるそれは。
「伸縮性警棒ですか。……これは、どうなんでしょう」
なんか、風情に欠けるというか……もう少し即席武器って感じが欲しかったんですけど。そんな風に呟いた後、ゴーティは不意に表情を変えた。
「飽きました。……なんか、メンツがあるとかで大人しく帰ったりしないんですよね。なので」
腕を振るえば、周囲には焼け焦げた臭いが漂う。ゴーティの周囲を取り囲んでいたのだ。それは、自身の周囲に存在する微生物の干渉を許しているのと同義であり。
「残るのは灰だけなので、安心してくださいね。死体を晒すような真似はしませんから」
人が分解されて塵へと変わるまでに、そう時間はかからなかった。
ぱさりと、小分け袋が落ちる。焼け跡はまだ熱を持っているからと近寄るのを少し躊躇って遠くから観察すれば、予想通りの物だった。
「惜しかったですね。もう少し前であれば、鉱石病に感染する可能性はありましたが」
工業用源石粉塵。喧嘩の最中か気絶させた後にでも吸わせるつもりだったのだろう。まあ、感染しないが。
『……端末らしいことは言っておきましょうか。周辺に生体反応なし。お疲れさまでした』
私達の最終目標は、宇宙の再構築だ。その観点からすれば、既存の社会は糧でしかなく、"成果を文明へ還元し、よりよい社会を築く"という研究倫理とは相性が悪い。
私は前世や先史文明で培った倫理を有しているが、自身の研究を第一として社会との関わりが薄い中で『最終的に既存の社会と相反することになる』という理由を手に入れたゴーティは危ういところがある。いくら犠牲を出したところで、最終的にはこの宇宙全体を犠牲にするから誤差。そう考えていてもおかしくない。……私自身、平和な世界でルゥ先輩と再会するためなら別に躊躇いはしないけれど。一応、阻止が不可能な瞬間になるまでは取り繕いはした方が良いと思う。それに、この世界で生きるキャラクターとして、ある程度はテラの生命にも思うところはあるのだ。民間人はどうでもいいし、死んでほしいと思ってるけど。
こうして彼女が何の躊躇いもなくギャング末端をこの世から消し去ったのも、こうした考えが根底にあるからだろう。
「さ、帰りましょうか!」
翌日、クラスメイトが一人失踪していたのを知った。……帰るルートを把握していたの、ゴーティに恨みを持った生徒がいたのかもしれない。確かめようがないから済んだ話なのだけど。
もう一つ、済んだ話として。クルビアでシラクーザから来たマフィアひとつが跡形もなく消えた場合、仕事をしくじった報復を恐れての夜逃げだとか勢力争いに敗れての撤退と見做されるらしい。拠点の掃除を気にかけるほどの余裕があるマフィアであれば、逃げる必要もないという逆説的な回答。文明の元に振るわれる暴力がマフィアの本質であるならば、その行動は文明という外枠に当てはめて考えられる。よって、"アーツでもない何らかの力によって、組織の人間がすべて消された"なんて推測は立つはずがない。
掃除について話していたのは、簡単なことだ。彼らの拠点には灰が舞っていた。
「臨時収入もありましたし、大学用に服を買わなきゃいけませんね!」
『面倒だからと、ずっと制服を着ていましたからね。フィールドワークの際は、イベリアにいた時の質素な服でないと目立ちますし』
ルゥ先輩と一緒にいた時も、服なんてすぐに洗浄できたから特に考える必要はなかった。この機会に、ファッションに拘ってみてもいいかもしれない。
例えばMARTHEには、陸に住むエーギルのための一着みたいな触れ込みの疎水性スポーツウェアがあったはずだ。ニューモデルということもあってそれなりに値は張るが、
これからのことに期待しつつ、独立から百年も経っていないこの国、クルビアの歴史についての本を開いた。ちなみに、世界史の本は無い。
「1018年のバベッジ戦役にてヴィクトリアは敗れ、このことが1019年の連邦規約の批准と正式な独立へつながるわけだ。この独立に際して相当な圧をかけたガリアがどうなったかは、四皇会戦の内容を覚えていれば改めて言う必要もないだろう」
ヴィクトリアやガリアといった独立に際して関わった国家や、逆にクルビアが独立を主導したボリバル連合国家は自国史の範囲内として扱いこそすれど、ウルサスやリターニアに関してはさほど触れられない。
『ウルサスに関しては10年ほど前の血峰の戦いで彼の国が敗れてから国内情勢が混乱しているので話すに話せないという方が正確でしょうね。リターニアは、かのヘーアクンフツホルンの死が5年前のことですから。1077年の九月蜂起。私は源石計画の担当ではありませんでしたが、源石の真実や私たちが備えていた滅びにも辿り着いていた彼のことを思い出すたびにひやひやしていましたよ』
「九月蜂起はともかく、ウルサスの方は私が産まれてすぐのことじゃないですか」
『そうでしたね。十一歳の若き天才さん』
1082年。飛び級で進学した彼女は、高校卒業まで1年を切っていた。
時期を明確にしたので、この後がすごく大変になりました。
年齢に関しては、テラには13歳で大学を卒業するような天才(パッセンジャー)がいるので。