元ロケット団のしたっぱは穏やかな暮らしを夢見ている。 作:瑠璃色砂糖月
チャンピオン(非公式)になったってワケ。
私は殺したいほど憎んでいる人がいる。
アセビの実の父親である。
会社の倒産でギャンブルと酒に狂った父さんの作った借金のせいで、母さんは昼夜問わず働き金をかき集め、借金取りに土下座して返済日を待ってもらわなければならなくなった。酔った勢いで幼い頃のアセビを殴る父さんから、アセビを守らなければならなくなった。そのせいで、アセビの母さんの体は生傷が絶えない。
この借金の返済と、愛していたはずの旦那から受ける罵倒と暴力の日々に、ついに母さんも狂ってしまい、一家心中しようと目論んだ。まず父親を包丁で滅多刺しにして、次にアセビを殺そうと包丁を振り上げた。
しかし、やはりそこは母親で。「我が子を殺すなんてできない」と、大粒の涙を流して自身の首を掻っ切り大量出血で死んだ。
母さんの葬式は手短に終わった。父さんは奇跡的に一命を取り留め、病院から戻ってくるまでの間は施設でお世話になった。だが、施設では「殺人鬼の子供」と呼ばれて子供にはいじめられ、職員からは腫れ物扱いされた。
父さんが病院から戻ってきた後は、地獄だった。とにかく酷かった。
母さんが遺してくれたわずかな金を全てギャンブルと酒に溶かし、金が無くなればまた借金を繰り返す。
今まで母が庇ってくれた暴力や罵倒を一心で受ける。母さんと同じように、全身が痣だらけになった。
食糧が失くなれば「盗ってこい」と外に叩き出される。そのせいで、近所のショップからは悪ガキ扱いされ、金を持っていっても何も売ってくれなくなった。
そのうち、首を回らなくなった父さんは、アセビをギャングに売り飛ばした。
ロケット団と呼ばれる悪の組織。そこのしたっぱとしてアセビを売り飛ばし、僅かな金を得た。
したっぱとして働けば、その働きに見合った分の金を……つまり、給料が貰えるから、それを借金のカタにしようという魂胆だった。
実の娘を限界まで搾り取ろうとしてやがるのだから、本当に笑えない。
そして、悪いことをする以上、ポケモンバトルやジュンサーなど実際に遭った時の仮定される戦闘など、そういう訓練があったのだが……。
その時、アセビは死んだ。
原因はビリリダマの『でんきショック』。それが不幸にも命中した結果、アセビの心臓は止まり、救命も虚しく死んでしまった。
その代わりにその
感覚として近いのは、二重人格みたいなものかな。アセビが自身を守るために造り上げた第2の人格、みたいな?
そして、ずっと傍で彼女を視ていた私が、「アセビ」という少女になった。
そして、その時に不思議と理解してしまった。もうアセビは戻ってこないのだと。魂が消えてしまったのだと。
魂の玉突き事故じゃなかっただけマシだと思えばいいのか……。でも、悲しくて仕方がなかった。
まあ、そういう訳で、私はアセビの父さんを殺したいほど憎んでいるのだ。
何せ、ずっと傍で見守っていたアセビが死んでしまったから。
そして、次に殺したいまでは憎んでいないけど、恨んでいる人。
レッドという少年である。
何故恨んでいるかってそんなの、ロケット団を壊滅させたからだよ。
きちんと働けば給料が出るし、衣食住も思いの外しっかりしていたホワイト団だったのに。
それに、今となっては頼りになるポケモン達だって渡してくれた。他の誰がなんと言おうと、私にとっては人生に必要不可欠で、働き甲斐と恩義のある組織だったのだ。
あの少年が邪魔さえしなければサカキさんも行方不明にはならなかったし、ロケット団員も散り散りにならずに済んだのに。幹部の話も出てたんだよ? 壊滅したせいで流れてしまったけれど。
まあ、ロケット団崩壊後、幹部に昇進できずにしたっぱ止まりであった私は、警察に捕まることなくなんなく逃げ隠れることに成功したのだから、そこだけはよかったと思いたい。
……結局現在、厄介かつ精神的に複雑な職に就いてはいるけれど。
「まあ、そういうこともあり、この地方にやって来てなんやかんやした結果、チャンピオンになったってワケ。何か質問ある?」
「無い。とりあえずお前の父親見つけてやろうか?」
「臓器売り飛ばそうぜ! 中年かつ酒で弱ってるかもだけど、まあ多少なりとも金にはなるだろ」
「苦痛と恐怖でたっぷりと身を味付けし、海に沈めてしまいましょう。クトゥ様方の供物となれるなんて……嗚呼、なんて誉れ高い御役目を与えられたのでしょうか……! 流石はアセビ様の御父様……!」
「とても四天王とは思えない発言をしておられることは理解してる???」
特にバカナスさん、あなた一応警察官でしょうが。腐りきって外からつつかれたら膿しかでないのは理解しているが、仮にも公務員なんだから犯罪臭しかしない人探しはやめてほしい。
あと私用で警察を動かすな。確かにアーナム警察は買収したけど、チャンピオンに警察の私用化特典なんてない。そこまでしようとは思ってない。
フリじゃないからね? やめてよ本当に。
ジャノメさんも生き物を生け贄にするのはやめなさい。折角私がクトゥ達に話をつけたんだから。……え、もうしてないよね? ね??
……念のため後で彼らに確認しておこう。
涙をほろほろと流しているジャノメさんにハンカチを渡すと、何故か「アセビ様のハンケチーフ……!!」と更に感極まったように泣かれてしまった。いやこれなんか興奮して……見なかったことにしよう。うん。
ハンカチに鼻を擦り付けてふがふがしているジャノメさんを視界から外すと、「質問いいか?」と律儀に手を上げているコヘンルーダがいた。
「話を聞いてると、あんた、カントー地方の出身なんだよな?」
「うん」
「じゃあ手持ちの連中もカントー地方にいた時に捕まえたやつらなのか? ここじゃ見ないポケモンばかりだからさ、ちょっと気になってよ」
「えーっと……それはそうなんだけど……私の手持ちはかなり特殊というか……」
「特殊? リージョンフォームとかでもなく?」
「うーん……ヒント、実験の副産物」
「それもう答えだろ」
思った通りのツッコミをしてくれたコヘンルーダに「はは」と乾いた笑い声がこぼれた。
じとりとした目が突き刺さってくるが、気にしない気にしない。
「ロケット団の実験の1つに、ポケモンの遺伝子実験というものがあってね。遺伝子を組み換えて、より強く、人間に従順なポケモンを造ろうってやつ」
ポケモンの体をデータ化できることを利用した遺伝子組み換え実験。様々なポケモンをデータ化して、1体のポケモンを強化したり、色んなポケモンから持ってきた
「私の手持ちはその失敗作」
「失敗作?」
「うん。求めていた
「強いは強いんだけどね」と笑いながら言えば、コヘンルーダは、眉を寄せて「気分が悪くなる話だな」と吐き捨てた。全くもってその通り。
彼からすれば、ポケモンとは敬意を払うべき隣人であり、背中を任せる仲間である。
そんなポケモンを人間の欲望のままに弄くり回して改造するというのは、気分が悪くなる話なのだろう。
……きみ、本当になんでこんなドブとゲロがどろどろに煮詰まったような地方にいるんだ? 他の地方に行けばもっと真っ当に暮らせるだろうに……。
そして、そんな私の話を意外にも興味深そうに聞いていたのは、先程「臓器を売り飛ばそう」と提案してきた、チューベローズという男だった。
この男、ニコニコと無害そうな顔をしておきながら、実はこの地方に根を張り巡らせているギャング「カルテル団」の一員である。しかも幹部でかなりの武闘派。
この地方にはそれはもう色んなギャングが
麻薬といえばカルテル団。他の地方でも警察などなら必ず耳にする名前だろう。
そんな組織に身を置く男に、私の話を真剣に聞かれると居心地が悪い。
……お前達また何かしでかそうとしてないよな? 嫌だよ私。またカルテル団を壊滅寸前まで追い込むの。痛い目見せたんだから大人しくしてて?
そんな私の考えが顔に出ていたのか、チューベローズはひらりと手を振った。
「別に悪いこと考えてないぜ? 他の組織がどんなシノギしてんのか気になっただぁけ♡」
「本当かなぁ……」
「それとその実験の成功作と殺し合ってみたいなぁってだけで♡」
「あー……」
チューベローズはカルテル団で最もバトルジャンキーでスピード狂な男である。
可愛こぶっても何も可愛くねぇ。
「……というか、なんで私の身の上話をすることになったんだっけ?」
先程までそれぞれの組織の活動報告をしていたはずなのに、なんでこんなに話が脱線してるんだ……?
私が首を傾けると、コヘンルーダが「あー」と頬を掻いた。
「お茶請けの菓子が美味かったからよ……。どこのショップで買えんのか聞いたら、あんたの手作りだって言うから……」
「そんで、そういやアセビっちのことあんまり知らねぇなぁって思ってさぁ、おいらが質問したってワァケ♡」
「そういえばそうだったね」
暇だったから作ったお菓子を提供したらコヘンルーダに意外とウケたから始まった話だった。
「今度作り方教えようか?」
「いいのか?」
「いいよー」
「恩に着る」
言い方が堅苦しいが、彼なりの精一杯の感謝だ。茶々をいれずに受け取っておく。
「ちなみに、他に報告しておくことある?」
「無いな」
「なぁい」
「ありません」
「ないぜ」
「じゃあ、今日の集会は終わり。次の報告会は1ヶ月後。緊急で何かあれば知らせてください」
「いつも通りだな」
「オッケー」
「アセビ様の仰せのままに」
「あいよ」
こうして、報告会は終わった。
*****
報告会後、アセビは自室に戻っていた。
カントー地方と同じようなこの部屋は、アーナム警察の工作課に造ってもらったのだ。
アーナム警察はこの地方では人命救助や犯罪撲滅はほぼほぼ行なっておらず、公的機関の運営が主な仕事であった。
何せ、この地方の9割5分が犯罪者なのである。か弱く純粋な心を持つ人間などいない。守ったところで背後から罵倒されるだけなら御の字、大抵の輩はナイフを突き刺したりポケモンをけしかけたりしてくるクズばかりだ。守る価値がない。
「ただいま、皆、大人しくしてた?」
「タチサレ!」
「してたみたいだね。よかった」
建築だってお手の物。靴を脱いで部屋にあがれば、まず可愛い手持ちのお出迎えがあった。
例えるならば、そう、デフォルメ的な幽霊である。
三日月のような、笑った目と口。
丸みを帯びた、黒い靄の集合体。その体の前面に垂れた手。透けた尻尾の先端がゆらゆらと揺れている。
カントー地方で仲間となったポケモンだ。
化石を弄くり回した結果産まれてしまった、本来ならば存在しないポケモン。遺伝子組み換えとデータの詰め込み、人の欲望によって造られた改造ポケモン。
彼らのようなポケモンを、アセビはバグポケモンと分類した。
ポケモン図鑑に登録した際に出てきた種族名は、「ベアビヲ9」。
勿論、こんなポケモンはカントー地方に生息していないし、彼以外に生息を確認されたとは聞いたことがなかった。
おそらく唯一無二の個体だろう。
ベアビヲ9がじゃれてくるので、お土産のクッキーを持たせてあげると、嬉しそうにかじりついた。
それを眺めた後、アセビはふと後ろを見遣った。
「アネデパミも護衛ありがとう」
「ギュア゛、ゲ」
雑音が混じったような鳴き声がアセビの背後から聞こえた。
灰色のリザードン。
色違い。……ではない。それにしては色が薄過ぎた。そして何より、翼膜や尻尾の炎に時折走るモノクロの電気。体表のきめ細やかなウロコに現れるピクセル画のようなモザイク。それらがあまりにも異質過ぎた。
本来ならば青い瞳は鮮血のように赤い。
彼もバグポケモン。種族名は「アネ゛デパミ゛」。
丁度良い位置まで下げられた頭を撫でてやると、彼は気持ちよさげに目を細めて喉を鳴らした。
アーナム地方、非公式チャンピオンことアセビ。
通称「ドラッグクイーン」。
手持ちの半数がバグポケモン。
これは彼女を中心とした物語である。
・アーナム地方
クトゥルフ神話に出てくる仮想都市、アーカムをもじったもの。
犯罪と麻薬とカルト宗教がごちゃ混ぜになっているため、政府からは見放されているし、他地方のトレーナーも立ち寄らない。定期的にSAN値チェックが行なわれるので注意。特に夜はヤバいポケモンが動き始めるため要注意。
場所はメキシコ辺りを想定。
・チャンピオンと四天王
ポケモンリーグなどないので完全非公式。
アーナム地方でポケモンバトルが1番強いトレーナーがチャンピオン。
それ以下からチャンピオンが比較的まともかつ有事に組織を動かせるような権力と地位の持ち主を選んだのが四天王。
こうでもしないと地方が上手く回らないとはチャンピオン談。
・バグポケモン
遺伝子組み換え実験で成功したような、失敗したような、で産まれたポケモン。存在が不安定かつ異常。性質も狂暴であるため、人間の指示を聞くことはない。
しかし、バグポケモンと同じくちぐはぐな存在には心を許しており、仲間意識を持っている様子。
・アセビ
憑依成り代わりの転生者。とある少女の人生をずっと眺めていたが、このたび少女にINしてしまい、代わりに長い人生を送ることになった。とりあえず父親が嫌い。
灰色の髪に金色の瞳をした少女。現18歳。