白金の輝きを見たことはあるか   作:九頭竜 胆平

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幼少の思い出は温かく、劇的で

 雨宮吾郎は殺されて星野愛久愛海として推しの子に転生した。そして何の因果か、俺の妹である星野瑠美衣も転生者だった。だが、俺の弟である星野富埒那(プラチナ)は転生者じゃなかったようだ。今も「あう~~」などと呑気な声を上げながらアイの母乳を飲んでいるさまは普通の子供にしか見えなかったし、最初は勘ぐっていたルビーも今ではプラチナのことを疑ってはいなかった。

 俺とルビーが普通じゃなかったからこそ、俺はプラチナが普通の子として生まれてくれて本当に良かったと思う。みやこさんには俺とルビ―は神の使いということで話を通してあるが、プラチナは普通の子だということで話を通してある。まあ、通す、というかそれが事実なのだが、プラチナはある時期から泣くこともなくなりおしゃべりの上達も比較的早いから少し疑われることもあった。実際、1歳と少しで複数の意味ある単語を繋げるのはまず珍しく、今も接続詞や発音は怪しいもののルビーと意思疎通が取れている。

 

「ねーちゃ、アイにスマホ勝手にやる、よーない」

 

「ちょっ!?プラチナしー!!しー!!」

 

 ああやって不意にプラチナから洩れる情報で俺やルビーさんが肝を冷やしたことも一度や二度ではない。現段階で善悪の判断ができるという現状を鑑みると一度は消えた転生者ではないのかという懸念が再浮上するものの、あれだけしっかり喋ることのできるプラチナがときどき知らない名詞が出てきたりすると頭を悩ませるところを見るとやはり普通の子供なのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちが生まれて2年がたったころ、プラチナが普通じゃないことが分かった。と言っても、俺達と同じく転生者だったとか、なにか障害を抱えていたとか、そういったものじゃない。それはもっとずっと不可思議で理解の及ばないものだった。それが発覚したきっかけはちょうどみやこさんが席を外している時にみんなで見ていたテレビのチャンネルを変えようとした、たかだかそんな出来事だ。テーブルの上にあるリモコンは俺たちが取るにはややハードルが高くて、それでもアイの出番を見逃せないと無理に椅子と机をよじ登ろうとして、掴んでいた椅子が倒れた。

 

「ねーちゃん!!」

 

 プラチナが叫ぶと同時に椅子は倒れかけの状態でホールドされ、宙に浮いたルビーは一旦制止したかと思うと、ゆっくりと地面へと降りた。降ろされた、という表現が適切かもしれないが。俺もルビーもその突然の出来事にフリーズしていたものの、一番動揺が大きいのはプラチナだった。視線の先はルビーと椅子の間、虚空を見つめるその先にプラチナは俺たちの見えない何かを凝視していた。

 

「だ、誰だ」

 

呟かれたその言葉で、俺とルビーは人に近い何かがプラチナに見えているのだとわかった。

 

「どうしたのプラチナ?」

 

「どうしたって、だって、そいつ、いきなり出てきて、おかしいじゃん」

 

「…プラチナ、多分、そいつは俺達には見えない」

 

 見えないって何?そう呟いたプラチナの瞳がまるで見つめる先を見失ったように焦点が揺らぐ。きょろきょろと周囲を見渡したプラチナの様子からそいつがいなくなったことを俺は察したが、ルビーはいまだに自体を呑み込めないようだった。生まれ変わりなんて非科学的な出来事がその身に起こった俺たちでさえ、受け入れられない様なそれを、プラチナが受け入れられないのは当然のことだったかもしれない。だが、時間がそれを解決した。

 喉が渇いたと思うと勝手に飲み物を取ってくる。高い段差は運んでくれる。扉を開け、肩を揉み、歯を磨いてくれたりする。意識すると視界を共有したりできるらしく、まるで自分の体かのように操ることもできる。ただ、ずっと操るのは集中力を使うらしく普段は勝手にさせているらしい。いつの間にかそこにいたり、消えたりするが、来いと念じれば来るし、消えろと念じれば消える。ルビーは見えないお手伝いさんができたと思って喜んでいたが、当の本人であるプラチナは微妙な顔をしていた。曰く、半裸のゴツイ紫色の男がいつの間にかいるのはちょっと怖いらしい。一体プラチナにはどんな姿が見えているのだろうか。

 俺はプラチナが普通じゃなかったことに少しがっかりして、だがアイのために普通を演じてもらうようプラチナにお願いした。半裸の男の存在を知るのは俺、ルビー、プラチナの3人のみで他には秘密にする。プラチナはそんな俺の願いを快く聞いてくれた。俺のそんなエゴが、プラチナをずっと苦しめることになるとは、思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイは映画の出演をきっかけに露出が増えていき、ついにはドーム公演まで決まった。そうしてアイの20の誕生日当日、奇しくもドーム公演と重なったその日に悲劇は起きた。

 インターホンが鳴り、アイが扉を開けたとき、外から男の声が聞こえてきた。

 

「アイ……ドーム公演おめでとう。双子の子供は元気?」

 

 その声は聞き覚えが無くて、でも嫌な予感はした。そんな時、隣のプラチナが見たことのない形相で、今まで聞いたことも無いような変声期を超えてない喉で限界一杯の低く猛々しい雄叫びを上げた。

 

「うおおおおおおオオオオオオオラァ!!!!」

 

 アイが尻餅をつき、後ろに倒れると同時に肉が勢いよく潰れる音と固いものがぶつかる音が聞こえる。俺が玄関に行けばアイは腹部から出血していて、玄関にはじけ飛んだ血は一目見て間に合わない量だと悟らせたが、そんなことで諦められなくてアイの怪我の様子を見れば、それは想定よりもずっと小さいもので、出血量も少ない。油断はできないものの、安全に処置すれば何とか助かるだろう。そこで安全を確保するために一番ネックな男を見て、俺は言葉を失った。

 男の手首から先は何かに消し飛ばされたように無くなっており、その腕も明らかにそんな機能が備わっていない部分からへし折れている。自分の身になにが起こったのか男はやっと理解したようで、悲鳴を上げた次の瞬間、男の腹部が後方に弾けた。それを見て、俺はやっと玄関の大量の赤色が男のものが大半を占めていたことに気づく。腹を貫通した穴は男からは見えないのか、前面から零れだす何かを必死に腹の中に掻き入れていたが、それは後ろからぼとぼとと零れていく。倒れて、そのまま死を待つだけだった男の頭部が消し飛んだ。いつの間にか俺の後ろにプラチナが立っている。人の肉体がひき肉になっていく様子を見ながら尚も怒りの表情を崩さないその様からそれをやっているのが半裸の男だと察するのに時間はかからなかった。

 

「ねぇ、どうしたの…?そっちでなにが起きてるの…?」

 

「来るなルビー…」

 

「ねぇってば!」

 

 アイの背、扉越しから話しかけてくるルビーに返事をするが、その声はあまりにも弱々しかった。落ちていたアイのスマホを使って警察と救急車を呼ぶ。アイの傷口を圧迫して押さえる。そんな俺を見てアイは優しく笑いプラチナに声を掛けた。

 

「プラチナ、大丈夫だよ。もう大丈夫。だからそんな怖い顔しないで?」

 

「アイ…?アイ、アイ!!死なないで!アイ!お願いだから!にーちゃん!!助けて!!アイを助けて!!」

 

「大丈夫だ!助かる!!でかい傷じゃない!!から落ち付け!!」

 

 プラチナはアイの裾を掴み「やだよぉ、僕やだ、いやだぁ」とひとしきり泣くとそのまま意識を手放した。

 

「ルビー、お遊戯会の踊り、良かったよ。私さ、ルビーも将来アイドルになるのかもって思ってていつか何か上手く行ったら親子共演みたいなさ、楽しそうだよね」

「アクアは役者さん?監督の映画、すごい演技上手かったもんね。もしかしたら私よりずっと稼いじゃうのかな」

「プラチナはなんだろう?最初は二人より言葉とか覚えるの遅かったりして心配してたけど、すぐ賢くなっちゃって、学者さんとか?適当過ぎたかな。」

「あーランドセル、小学校の入学式も見たいし、授業参観とかさー、ルビーのママ若すぎない~とか言われたい」

「3人が大人になっていくの、側で見ていたい」

「あんまりよいお母さんじゃなかったけど、私は産んで良かったなって思ってて、」

「えっと他に…あ……これは言わなきゃ」

「ルビー、アクア、プラチナ」

「愛してる」

 

 

 

 

「ああ、やっと言えた」

「ごめんね、言うのこんなに遅くなって」

「この言葉は絶対、嘘じゃない」

 

 アイは病院に搬送されて一命をとりとめた。だが今回の犯行を受けてドームは中止、アイも当然活動休止になり、ネットには多くの同情の声と一部の悪意ある声、犯人の謎の死因の推察が入り乱れ、しかしそれも3日も立てばそれらのコンテンツは消費されつくし、少し早い雪が降り交通網が麻痺というニュース以降、話題にあげられることもなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイは大量出血で下半身麻痺の後遺症を患ったが、俺がどれだけ問い詰めても頑なに僕らの父親の名前を出さなかった。多分、本人も自分を殺そうとしたのがそいつである事をわかって居たのだろう。アイがなぜそんな奴を庇うのかはわからない。だが、俺がそいつを許すことは無い。胸に灯った激情は俺を復讐へと駆り立てた。ルビーはアイのあの姿を見てもアイドルになることを憧れて、その道へ走り出した。だがプラチナは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アクアどうしよ~~!!プラチナが捕まっちゃった!!」

 

「聞こえてたよ」

 

 なんせ警察からの電話を受けたのはアイではなく俺たちの母親ということになっている斎藤ミヤコさんで、アイは僕の押していた車椅子の上でその電話の内容を聞き取っていたのだから、俺に聞こえないはずがないだろうに、アイはオーバー過ぎるリアクションでその内容を報告してきた。

 もう何度目になるか分からないが、プラチナが警察の世話になるのは珍しくはない。それでもアイは毎回慌てるし、愛想もつかさない。だが世話になると言ってもせいぜい警察署で怒られる程度で、今回のように留置所に入れられるのは珍しかった。

 俺と変装したアイはミヤコさんの車で留置所に向かう。

 

「プラチナ…」

 

 アイの脳内には今までの様々なプラチナとの思い出が駆け巡っているだろう。公園で一緒にお弁当を食べて笑うプラチナ。母の日にミヤコさんとアイに肩たたき券をプレゼントしお礼を言われて喜んだものの、二人が全然使わず、普通に肩を揉むプラチナ。リビングで寝ているルビーに毛布を掛けるところを見られてかわいいと言われ照れるプラチナ。

 そのどれもが優しい記憶で、そしてそれが過去でしかないことを思い出させる。

 

「プラチナ、プラチナ、プラチナ、プラチナ!」

 

「喧しい!!!鬱陶しいぞこのアマ!!!」

 

 星野プラチナ、15歳、心優しかった弟はガッツリぐれていた。

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