薄暗い廊の中、ベッドの上から睨みつける影は俺と瓜二つの顔をしていて、アイ譲りの黒髪は学生帽の黒と混ざり合い境目はどこか分かりづらく、上の学生服は丈が膝上まで伸びている。
立ち上がった男は俺よりもやや大柄で、座っているときよりも随分と威圧感が強くなり、その威容に警察官が後退りした。
「カツアゲを見過ごさず助けに入るのは良いんですがね、その相手全員を病院送りにするっていうのはどうにもやり過ぎとなってしまいまして」
「あんなものを見せられて、頭に来ねぇ奴はいねぇ」
歯切れの悪さはこちらを見つめてくる男のせいだろう。まるで歯向かうものすべてに喧嘩を売るキレたナイフのようなその態度が、偽りだと知っているのは俺一人だ。俺が、プラチナにそれを強要した。
欲しいものはいつの間にか盗んでいる。嫌いなやつは反射的に殴っている。半裸の男、プラチナが悪霊と呼ぶそれはプラチナの無意識的な願いを本人が望む望まないに関わらず、叶えてしまう。だが悪霊の存在を隠すと決めたプラチナはそれらを全て己がやったと言い張り、俺とルビー以外から不良のレッテルを貼られてしまった。
そしてアイを刺した菅野良介を殺したこと、あれはルビーにも言っていないためその真実を知るのは俺とプラチナの二人だけになる。俺が身勝手に望んだ普通が、弟を普通の人生から一番遠ざけていた。
それでもプラチナは俺やルビーの前では笑うのだ。大丈夫だと、嘘をつきながらそれでも気丈に振る舞っている。
カツアゲの被害者からの声もあり、プラチナが解放されたのは、それから1時間弱の事だった。
「なんで捕まるようなことしたの?プラチナならもっとうまくできたんじゃないの?」
「ハイ、ハイ、ゴメンナサイ」
そんなプラチナは現在、ルビーに激詰めされている。残念ながら弟は妹に頭が上がらない。180にぎりぎり届かない背丈が丸まり、小さく小ぢんまりとしている弟を見てアイはご満悦だ。お姉ちゃんしているルビーと怒られてるプラチナキャワ〜!とでも思っているのだろう。
高校受験直前だというのに呑気なものだ。少しでも受験勉強をするという発想が妹にはないらしく、またアイもそんな娘を見ても思うところはなさそうだ。
「ね~、プラチナも陽東高校行こうよ~。私もお兄ちゃんもいるから大丈夫だって~」
「嫌だよ。俺がいるせいで二人に迷惑かけたら嫌だし。」
「そんなの気にしないってば、どうせ一人だと何も問題しか起こさないんだから!」
プラチナはウボァ、と言いながら地面に倒れた。ここ数日は毎回同じ話をしているが、いつもこのセリフでプラチナがダウンし話はおじゃんになる。だが今日は珍しくルビーが引かないらしく押し問答も続いていた。
「あーもー!!いやー俺も行きたかったなー同じ高校になーー!!でも申込期間もうとっくに過ぎてるからなーー!どうしようもないよなーー!!」
当然ながら入学願書の受付期間など優に過ぎ去っている。そんなどうしようもない事実を突きつけられたならルビーもいい加減諦めるだろうというプラチナの作戦はまさかの裏目となった。
その発言を受けたルビーはしてやったりといった顔で鞄の中から何かをプラチナへと突き付けた。
「はいこれ受験票、ちゃんと受験受けてね」
顎が外れそうな勢いで口をあんぐりと開かれた間抜け面は受け取った紙切れを持ってわなわなと震えた後、アイッ!!と叫んだ。確かにこういうドッキリに手を貸すのはアイが如何にもやりそうなことだが、今回私何もしてないモーンとでも言いたげな顔を前にしてプラチナの脳みそはフリーズした。確かにこういったことは大人が関与しないと、何なら大人が関与したって行うことは困難なのだが、プラチナの思考には大きな抜けが存在する。普段叔母という立ち位置を名乗ってことあるごとに干渉してくるので勘違いしても仕方がないが、俺たちの公的な保護者はアイではない。そっと部屋を抜け出そうとする影を見てプラチナもやっと真犯人が誰か見当がついたようだ。
「嘘だろ、母さん、まさか母さんじゃないよな?なあ、達の悪い冗談だろ?」
そう、
「違うの、中学卒業した後日雇いの力仕事するとか言ってたからそれがどれだけ大変なことかきっとわかってなかっただろうし学歴がないって言うのが後々どれだけ苦労するか知ってるからある程度偏差値が低い学校でも卒業してほしくてでも独りぼっちだとやっぱり学校も楽しくないだろうしやっぱりサポートできる家族がそばにいたほうがプラチナも安心できるって思ったしそもそも…
残念だな弟よ、これは質の悪い悪夢だ。お前が絶対に断れないように外堀を埋めに埋めたうえで実行された悪夢のような計画だよ。
「アクア、知ってて黙ってたな」
「人聞きの悪いことを言うな。まさか本当に実行すると思ってなかっただけだ。当然やるとわかってたならお前にも伝えたよ」
「いけしゃあしゃあと…!」
本当なんだけどな、俺が知ったころにはミヤコさんとルビーがお前が学校を休んでいる時を見計らって担任に願書が通ったか確認しに来たタイミングだったからもう何もかも遅かっただけの話で。してやられた弟はとぼとぼと自室に帰って行った。
「プラチナって一度それっぽいこと言っちゃったらいつも後に引けなくなるのになんでいっつも自分で自分の首を絞めるようなことを言っちゃうんだろう」
今回はお前が上手過ぎたんだぞ。と思いつつも過去10回は確実に同じ手に引っ掛かっているアホの子プラチナに涙の隠せない俺であった。
俺、星野賦埒那は今、陽東高校の一般科面接会場の前にいる。妹と母に嵌められ受けることになった受験のせいで、不安と緊張がおしよせ今朝食べたものを全部戻してしまいそうだった。あまりの心の余裕の無さに悪霊の制御も散漫であり、うっかりするといつの間にか出てきてしまいそうになる。
「お入りください」
扉を3回たたき、入室をする。芸能科がある学校だから教師も派手なのかと思えば座っていたのはショートカットで明るめの髪色をした女性と8:2でキッチリと分けられた眼鏡をかけた真面目そうな男性だった。
質問は名前とか中学で取り組んだこととかそんな当たり障りのないことでつつがなく進んでいく。怪しい雰囲気が漂ってきたのは7つ目の質問だった。
「君はよく問題を起こしてきたようだが、先日も他校の生徒を病院送りにしたそうだね。カツアゲをしていたらしいが、わざわざ君がどうこうしなくても、警察を呼んだりと言った適切な対処があったと思うんだが君の意見を聞かせてほしい」
問題を起こしてきたことについて聞かれるとは思っていたが、そんなに深く意見まで求められるとは思っていなかった。でもこういった質問は簡単だ。相手の望む答えを、社会にうまく適応する答えを出せば…
ぐっと、自分の腕付近からぼんやりと浮かび上がる紫の拳が、きつく握りしめられている。
また、これだ。
「俺は、あの行動を間違っていたとは思っていません。はた目から見てもただのカツアゲ目的ではなく明らかないじめや嫌がらせのような行為に見えましたし、あのままエスカレートすることも考えられたと思います。俺はあの時、警察に通話をかけながら乱入しましたし、やり過ぎた面は否めませんがあの場では最適な行動をとったと思います」
コンディションが悪かったり、感情が急に激しくぶれたりすると、悪霊の制御は甘くなり、俺の意思に関わらず勝手に動く。どれだけきれいごとで着飾ったとしても、納得していない以上、悪霊は俺をぶん殴っただろう。もう少しだけ体調が良かったら、質問もうまい回答で躱せたのだろうが、今日のメンタルでは拳すら躱せず、面接中に急に吹き飛ぶ変人中学生の完成だ。
「そうですか、では最後に教員や我々になにか質問や、逆に伝えたいことはありますか?」
質問はさんざんに終わり、これで面接は終わりですと言わんばかりに定型文が飛んで来る。そちらの意図も汲み取っていますよ、というポーズのその言葉に、俺は意味がないと知りながらも、口から勝手に言葉が漏れ出ていた。
「俺は、ダメな人間です。無用な正義感で諍いに介入し、悪いと思った方を殴りつけてきた。最低最悪な人間でした。でも、今日同じく受験を受けている兄と姉は違います。良識があり、正しく善性を持ち得て、大成することが決まっているような、そんなすごい人たちです。どうか、俺のせいで二人が落とされるようなことだけは、避けてもらいたいです。お願いします」
酷い願いだ。相手にお前たちは身内で差別をして不当な結果を出すのかもしれないと疑ってかかるような意図が透ける。そんな言葉を聞いた男性は、僕に頭を上げる様促した。
「はい、我々は断じてそのような不正行為は行いませんので、安心してください。それでは、ご退出ください」
「…ありがとうございました」
もしかしたら、これで良かったのかもしれない。二人が受かって僕が落ちれば二人に無用な悪い噂が立つこともあるまい。そうして退出するためにドアに手をかけたところで、男性の面接官がもう一度声を掛けてきた。
「すいません、もう少し伝えることがあったので、座ってもらっても良いですか?」
隣にいる女性の面接官は驚いていて、それが本来マニュアルに無い行為だと理解した。僕が着席したのを見計らい男性はこちらに質問を投げかけてくるのではなく、諭すように話しかけてきた。
「君の言った無用な正義感とは人間だれしも持つものです。ただ、皆メリットやデメリットを加味して感情だけでは動きません。事実、君が行った人助けの行為は、今君の足を大きく引っ張っている」
正しかった。その面接官の言うことはすべて正しくて、同時に俺ができもしない正しさの話だった。耳よりも、心が痛かった。家族に迷惑をかけなければ生きていけない自分への恥ずかしさ、いつも心の隅で小さくまとめていたそれをぐっと引き出されたような感じがした。
「言おうかどうか迷っていたのですが、あの時助けてもらったのは私の知人なのです。私が直接顔を合わせたことがあるわけではなく、彼の父親と友人関係にある、という話なのですが。
君が無用だと断じたそれで、確かに助かった人がいます。君に必要なのは、その正義感を捨てる事でも、自分の心を偽って生きていく事でもありません。もっとうまくやる方法です。君は最後の質問で、最適な行動だったと言いましたが、違います。なぜなら、それは実行した貴方がどうなるかという視点が省かれた意見だったからです」
今日初めて会った大人から、あまりにも盲点だったことを指摘されて、俺はあまりにも驚き過ぎて、不安や緊張が吐き気ごとどこかへ飛んで行ってしまった。その人は、唯の面接官とは思えないほど俺に真摯な対応をしてくれた。
「君の今までの行動は褒められたものではなく、今すぐ君が受かるかどうかの判断は当然下せません。でも、君がこの学校で多くの人との対話を経験し、君なりのやり方を見つけられたらと切に思います。本日はありがとうございました。今度こそ退出していただいて構いません」
半泣きで、お礼もうまく言えず、教室を退出して、兄姉に何があったのかとしつこく聞かれ、急遽迎えに呼ばれた母さんとアイにも問い詰められ、車に乗せられるがまま俺は帰宅した。
合格発表の看板に俺の受験番号は無かった。
重曹キャンセル