第11話 挨拶は剣戟で
ホロウエリアは全てを試す場所であり、また全てを許す場所である。
そこはどんな者であろうと受け入れる。
偶然迷い込んだ者も、外から訪れた者も。データを取れるなら、なんでも。
――それが、『 』であったとしても。
ざくざく、ざくざく。もう何時間この音を聞いているんだろう。
丈の低い木々を乗り越え、目の前を塞ぐ枝をかき分けながらあたしは黙々と深い森の中を歩いていた。
「もうすぐ広場に着くはずなんだけどなあ……」
自分の声に疲れがだんだんと混じってきているのが分かる。無理もない。起きてからずっと歩き通しなんだもんね。
手ごろな木の上に登って周囲を確認したのが数時間前のこと。転々と散在する開けた場所以外は一面深緑一色だったのを見たときには、軽くめまいすら覚えた。
ログインが認められて気を失って、目覚めたと思ったらフィールドとも思えない深い森の中なんて悪い冗談にしか思えない。いや、悪い予感はしてたけど。
しかも、こんなに木々が入り組んだ場所にもしっかりと敵さんはいらっしゃった。サッカーボールくらいの大きさだ。テントウムシ型のエネミーも気味が悪かったけど、もっとたちが悪いのはあの茶色いクモ型エネミーだった。
なんかしげみから出てきたと思ったらいきなり飛びかかってきたんだ。心臓止まるかと思った……。
ぎりぎり回避して、一刀両断……とまではいかなかったけど、ついさっき習得した刀単発範囲技『浮舟』を使いながらあたしは出会ったすべてのエネミーをやっつけた。
『浮舟』で襲い掛かる敵を木の幹に叩きつけ、硬直時間が解けたら即追撃。振り抜き一閃で、飛びかかったエネミーが吹っ飛ばされていくのを見るのはなかなかに爽快だったなあ。お返し的な要素も込めて。
「せめて安心して休める場所を見つけなきゃ。最悪木に登って……って、あ。やっと着いた?」
わずかな心細さを独り言で誤魔化しながら歩いていたら、生い茂る木々の向こうに明るい光が差し込んでいるのが見えた。
歩いてる途中に方向がずれたんじゃないかと心配していたけど、ちゃんと歩けていたみたいで一安心した。日の光を浴びたい一心で早足でそこを目指す。
だんだん向こう側の景色が木々の隙間から見えてきた。結構広そうだ。遠くに神殿みたいな建物も見える。
やっと人間味のあるフィールドに辿りつくことができたという嬉しさで、私はつい周囲の警戒を怠ってしまった。
そんなときに限って、アクシデントというものは起こるものらしい。
「――きゃっ!?」
「――――ッ!」
がさがさっという物音がしたと思ったら、どんっ、となにかが思いっきり私にぶつかってきた。咄嗟に受け身を取ることもできず、私は吹き飛ばされてごろごろと地面を転がる。……つぅ、やっぱりかなり痛い。ぐらぐらと視界が揺れる。
って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。即座に飛ばされた方向に体を起こして片膝立ちになり、左手は剣の柄を握る。いつでも『浮舟』を発動できる体勢だ。
次いで正面をじっと見すえると、ぼやけながらも青色っぽい何かが再び私に向かって迫ってきているのが見えた。あたしと同じくらいの大きさか?
油断なく刀を構える。とにかく、どんなエネミーでも一刀両断の心構えで迎え撃ってやる!
対象が刀の間合いに入るまでもう少し。あたしはぐっと腕に力を込めた。ちょうどそのとき、ぐらついていた視界がもとにもどって
切り裂くために構えた剣を空中に滑らせた。
直後、かあんっという甲高い金属音が耳に届く。さっき嫌というほど耳にした、あの音だ。そう、剣と剣がかち合い、弾かれる音。
しかし、そんなこと気にも留めないくらい私は驚いていた。それこそ、頭が一瞬真っ白になるくらい。
(え、え……?)
ありえない、という言葉が思考を埋め尽くす。いや、まさか。そんなことは……
相手の二撃目、三撃目はほとんど反射で防いでいたと言っていい。立て続けに響く剣戟の音さえ遠くに感じられた。
そう、なんであたしはこんなに手を必死に振るっているんだろう?
こんなのまるで、私のアバターとの決闘の再現みたい……――!?
「ま……待って! ……落ち着いて!」
その事実に気付いたとき、あたしは反射的に叫んでいた。でもその声は相手の耳には届いていない。息を継ぐ間もなく六撃目、七撃目が重ねられていく。あたしはそれを丁寧に受けては流した。反撃を入れたほうが応戦しやすいんだけど、出来るわけがない。
目の前で私に剣を振るっているのは……紛れもないプレイヤーだ。青色の布と金属を胸当てを繋ぎ合わせた装備。その体躯が、その人が女性であることを示していた。
それなのにどういうわけか、私を本気で殺しに来てる……!
「待ってよっ……ねえ。剣を置いて……!」
そのプレイヤーが使っているのは変わった形の短剣だった。あたしのお願いも虚しく執拗に私を切り裂こうと迫ってくる。
しかもかなり扱いが上手いみたいだ。プレイヤーの姿を垣間見る暇さえない。もともと刀と短剣じゃ攻撃間隔が違う。いくら刀が居合切りで一瞬を斬ることができるとは言っても、こういった接近戦に持ち込まれてはとてもじゃないけど間が持たない。現に少しずつ防御が間に合わなくなっている。
このままじゃ遠からず一撃貰われる――。そう予想したあたしに躊躇の余地などなかった。
「――ッ! そっちが、その気ならっ!」
十合目にして、上から斜めに振るわれた短剣を迎え撃つ。掬い上げるように持ち上げた刀が短剣とかちあい、それを大きく弾き返した。
今まで受け流されたばかりだったからか、相手プレイヤーがぐらりと体勢を崩す。その隙を逃さず、私は刀を大上段に構えてその相手に突っ込む勢いで踏み込んだ。
しかし、刀は振るわれる前に何かで阻まれた。あの短剣がいつの間にか逆手に握られていて、あたしの刀をそのでこぼこの峰でがっちりと阻んでいる。そしてそのまま、互いに動けなくなった。
でも、あたしの目論見は上手く行った。この拮抗状態を狙っていたんだ。下手に剣を動かせば、間合いの広いあたしの刀に押し切られるからまともに動けないはずだ。
これでやっと相手の顔を見ることができる。ぐぐ、と刀に力を込めながら顔を持ち上げる。
いきなりぶつかってきては問答無用であたしを攻め立てたそのプレイヤーの顔を、あたしは初めて視界に入れた。
「……なんで」
そして、思わず小さく呟いてしまった。その装備からなんとなく予想はしていたけど、なんで、こんな……。
ちょうどあたしと同じくらいの歳の、女の人の顔が目の前にはあった。ふつうに学校で出会って言葉を交わしていそうな、そんな女性だ。
金色に染めたのだろう髪をショートカットにして、適当に流すスタイル。あたしと似ている。あたしの方が髪が長くて、金色が明るめ程度の違いしかない。
それよりも私が惹きつけられたのは、その目……あたしを睨みつける瞳だった。
それを一言で表すなら、虚ろ。この仮想世界においてはアバターの瞳のハイライトはそのときの感情によって多彩に変化するけど、こんなにも暗く澄みきった瞳は見たことがない。おおよそ、あたしたちくらいの歳の人が持ち合わせるものではなかった。
これでもし彼女の瞳に気迫が宿っていなかったら、あたしは彼女をAIと判断してしまっていたかもしれない。
私が驚きの中にいる間も、拮抗は続いている。どうやらレベルとSTRは同じくらいみたいだ。ここで根負けすると一気に不利になるから、互いに押し合って譲らない。
女の子がぎりっと歯をくいしばった。今まで無機質じみていた表情が初めて明確な感情を帯びる。
「――あんたもあいつらと同じ。だったら抵抗しないでよ……!」
絞り出された声には、強い拒絶が現れていた。ぞっとするくらいの憎しみが私の内側に流れ込んでくる。
ざわりと肌が粟立った。この感覚――あのアバターがあたしに向けていた冷たい殺意に似てる……!
「そんなこと……っ!」
思わずそう言い返していたあたしの声は、少しだけ震えていた。咄嗟に短剣を押しのけて距離を取る。これを聞かれたらまずいと剣道で培った直感が告げていた。
ざっ、とそれぞれ二歩分づつくらい距離を取る。反射的に守りの構えを取ったけど、即座に距離を詰められることはなかった。しかしその姿を垣間見てみれば、闘志と殺気は全く衰えていない。隙を窺うようにじりじりとあたしを俯瞰している。
ぴりぴりとした緊張が漂うなかで、でもあたしはそれを少しでも緩めたい。こわばった口をあたしが再び動かそうとしたとき
「ね――「え……?」」
ちょうど声が重なった。
とたんに彼女の纏っていた重々しい雰囲気が一気に霧散する。今までの憎悪の代わりに彼女が浮かべていた表情は、驚愕だった。
わたしもまた、いきなりの様子の豹変に戸惑いを隠せなかった。今の間にいったい何があったというんだろう? 剣の構えは解かないまま、あたしは気付かれないように彼女の目線の先を追いかけた。
呆然と立ち尽くす彼女が見ていたのは、あたしの頭上。アイコンと名前が表示されている場所だった。
なにかおかしなものが表示されていたりしてたのかな? それとも……今まであたしがプレイヤーだとは思わなかった、とか。それはないか。だったらあんなに強い殺意を向けてくるはずがない。
「うそ、でしょ……」
彼女がまた言葉を紡ぐ。その声は弱々しく掠れていて、聞き取るのが精いっぱいだった。剣を握っていた腕はだらりと下げられ、さっきまでの威勢はどこにもない。本当に、なにがきっかけだったんだろう?
戦意喪失、と見るのにはまだ早いかもしれないけど、その態度が演技だとはとても思えなくて、あたしは彼女に向けていた刀を下ろし、腰に携えた。最低限の自衛手段として柄に手は添えておく。
さて、どう行動すべきか? このままじっとしていたら何があるか分からない。迷っていたあたしは、ふと彼女の名前を見ていないことに気付いた。
彼女の様子に注意を払いつつ、上目遣いに目線を向けてみれば、私と同じオレンジのアイコンと一緒に[フィリア]というプレイヤーネームが記されていた。あたし自身のアイコンがどうなっているのかも分からないけど、なんら変わらないように思える。
でも、女の子の次の言葉は、あたしを硬直させるに足る力を持っていた。
「……あんたも、人を、殺したの……?」
「……!」
その表情は、そういうことか。
彼女が呆然としていた理由がたぶん分かった気がする。あたしは今、人殺し――PKをした人物であるという表示が頭上になされているんだろう。それは恐らく、あの私っぽいアバターを倒したからなんだと思う。それ以外の理由は……私たちが侵入者だから、とか。
そうか、そうだよね。継ぎ目が分からなくてばらばらになっていたピースがその一言で次々と合わさっていく。
この世界におけるPK行為は、たぶん現実世界のプレイヤーたちの『死』になにかしらの関係がある。だって、『死』という言葉にこれほど直接的な結びつきのある行為はないのだから。
「……うん。あたしはここで人を殺した」
彼女の問いかけにあたしは重々しく頷いた。断言するけど、アレは人ではなかった。システム側が作ったアバター……まがい物の存在だ。しかし、それが人殺しであったと表示されていたとするなら、認めるしかない。
あたしの首肯に目を見開いた彼女は、悲しそうに俯いて、
「……そっか。あんたも……そうだった――」
どがっしゃぁあんっ! と。
少女の独り言のような言葉の続きは、突然の轟音によってかき消された。続いてやってきた爆風に、あたしも彼女も吹き飛ばされてしまう。
「――っ!? なん……!!?」
またも地面に叩きつけられて、その痛みに顔をしかめながらもその乱入者の姿を見た私は……なんも比喩もなく絶句した。
一言で言えば、超巨大な骸骨型モンスター。
ムカデのような体躯に、人間の上半身がくっついたような姿で、その全てが頑丈そうな骨だけでできている。何よりも目を引くのは、その両腕にある私の身の丈の三倍はあろうかという大鎌だ。今まで出会ってきたモンスターとは一線を画す、強力なエネミーであることは一目瞭然だった。
と、目の前にいきなりメッセージ画面が現れる。
《Hollow Mission:森を薙ぐ両鎌》
■作戦概要
人々に退治されたはずの凶悪なモンスターが、生き延びてこの森に隠れ潜んでいた。これ以上の被害が出る前にとどめをさせ!
■ターゲット
スカルリーパー×1
■制限時間
なし
これはクエスト画面か。しかも、トラップ的要素を秘めたかなりたちの悪い類いの。再び画面が切り替わった。
《Hollow Mission start!!》
……うん。逃げられないやつですね。勝手に始まっちゃったし。
そして、その頭蓋骨がぎしりとこちらを向く。その目の部分に燃える青い炎が、ぼわっと歪むのが見えた。視界の端に『TARGET』という表示がなされ、エネミーの頭上にその名前が現れる。
「……冗談、だったらいいのに……」
その名前は『Hollow Deadening Reaper』、レベルは分からなかった。
このシステムは、なんとしてもあたしを追い出したいんだろうか。なんとなく恣意的なものを感じてしまう。これが偶然だったら厄日すぎるよね……。
とにかく、戦ってみないことには分からない。手が出ないにしても、せめて最後まで抗い続けてやる!
スカルリーパーがその大鎌を広げ、身体を起こして大音響の方向を上げた。びりびりと森が震撼する。あたしたちを逃すつもりはないらしい。
待ち構えるつもりは一切ない。私は刀を下段に構え、突貫する構えを取る。そして、その隣では少女が悔しそうに歯噛みしていた。
「ちっ……やっぱり逃げられないか」
「あ、あれに追いかけられてたんですか? と言うか何なんですかあいつ……!?」
「そんなのわたしも分からない……!」
「なら、まずはこのエネミーを倒しましょう! あたしも何がなんだかわからないけど……戦ってる場合じゃないです!」
自然と敬語が出てきた。あたしより年上そうに見える、ただそれだけの理由なんだけど、しみついた習慣はなかなか変えられない。
私の言葉に、彼女は深くため息をついた。そして、短剣の切っ先をスカルリーパーに向け、素っ気なく呟く。
「……どうせ、私も逃げられないから」
「……ありがとうです!」
そう言って深く体勢を落としたあたしに、「死にたくないのはお互い様でしょ」という声が返ってきた。どうやら彼女もまた、覚悟を決めてくれたみたいだ。
つい数分前に剣をかち合わせてから、何が彼女をそうさせたかは分からないにしても。今の言葉はとても頼もしかった。
「うん、ここで死ぬわけにはいかない。だから頑張る!」
スカルリーパーが威嚇を終えて進軍を開始する。あたしもまた、それにむけて強く足を蹴り出した。
その距離はみるみる縮まって――
邂逅。ホロフラのPVを参考にしています。
【用語・設定説明】
・セルベンディスの樹海エリア
ホロウエリア全体のマップで見れば、右上に位置するエリア。広大な樹海に転々と神殿が建っている。ゲームでは最初に攻略することになる。