スカルリーパーが片腕を振り上げたのと、あたしがソードスキルのモーションを完成させたのはほぼ同時だった。
少し、相手の方が速いか。重々しい風切り音を響かせながら巨大な刃が迫ってくる。迫力満点というか、しゃれにならない。
ただ、走り込みながらあたしは私はサブスキル『電光石火』からの派生バトルスキル『ソードダンサー』を発動させていた。
『電光石火』系統はスキル発動や武器を振るう速度に補正がかかるスキルが主体みたいだ。『ソードダンサー』もその一つで、ソードスキル発動までの時間が大幅に短縮される。
「辻風ぇッ!」
構えが完成した途端にバトルスキルの加速を受けて、あたしの身体がぶれる。一足でその懐へと踏み込んで、刀単発技『辻風』を一閃。直後に重々しい風切り音と一緒に背後を大鎌が駆け抜けていった。ちょっと髪の毛が巻き込まれたかもしれない。
ダメージは……あった。頭骸骨の上に浮かぶ長大な二段のHPゲージが数ドットだけ削れている。
レベル差がありすぎて効かないなんてことはなさそうだ。ちょっと無茶してでも突っ込んで良かった。硬すぎてあと何回これを当てればいいのか分からないけど……。
と、そのとき。金髪の短剣使いが私を追い越してスカルリーパーに突っ込んだ。手に持った剣が纏っている光は――淡い藍色。
「ハアッ――!」
ぎりぎりまで足元に近づいて放ったそれは、二連撃技だった。縦横十字に一閃ずつ。鮮やかな手際で、それぞれが明らかにあたし以上に相手のHPゲージを削っている。あたしに向けられていた巨大骸骨の意識が彼女へと傾いたのが分かった。
そうしているうちに『辻風』の技後硬直が終わる。あたしはその短剣使い――フィリアさんに感謝しながら走ってスカルリーパーの側面へと回り込んだ。
「突っ込みすぎ! 合わせる私の身にもなってよ」
「あはは……ごめんなさい。どれくらい強いのか確かめたくて」
巨体の向こう側から大声で掛けられた苦言に、あたしは苦笑いして言葉を返した。
でも、そんな軽々と言葉を交わせるほど相手も甘くないみたいだ。技後硬直を終えたばかりの彼女を狙って嵐のように次々と大鎌が振るわれる。あれは――とてもじゃないけど初めて見て捌ききれるものじゃない!
「――ぐ、ぅ」
苦しげな声を彼女が漏らす。あたしは慌ててその攻撃を止めに入った。
刀の柄を両手で強く握りしめてバトルソードスキル『エグザクトオンスロート』を発動。淡い白色の光を帯びた刀の峰で思い切りその後ろ脚を叩く。
がぁん! という音が響き渡ってその骨だけでできた身体がぶれた。思いがけない方向からの衝撃にスカルリーパーは苦悶の声を漏らしてたたらを踏む。
「よしっ、今のうちに離脱してください! あたしが引きつけてみます!」
そう声をかけると、巨体の向こうにいた彼女がこくりと頷いたのが骨越しに見えた。それを見やって、あたしは正面に刀を構える。実戦で使うのは初めてのソードスキルだけど、果たして使い心地は?
刀身がオレンジ色の光を宿し、発動したのは刀三連撃技『緋扇』。正面から押し出すように右斜め切り、そのまま刀を持ち上げて左斜めにもう一撃。×印のダメージエフェクトが骸骨の脚に刻まれた。
「やあぁぁっ!」
最後にその斬撃の真ん中を貫くようにしてフィニッシュ。一点特化向きの流れるような三連撃だ。
巨大骸骨のターゲットが再び私へと移った。彼女は無事に離脱できたみたいだ。さて、引きつけるって言ったからにはちゃんとタゲを取り続けなきゃいけないんだけど……できるかなあ?
頭蓋骨の目に浮かぶ蒼い炎があたしを捉えたとき、つう、と冷や汗が流れた気がした。そのHPは、未だ九割以上残っている。かなりの長期戦になりそうだ。深く深呼吸をして、あたしは硬直の解けた脚を強く蹴り出した。
戦闘開始から十数分。
『初見殺し』
かの骸骨型モンスターの強さを言い表すなら、この言葉ほど適したものはないんじゃないか。
相手の攻撃に捉えられ、盛大に吹き飛ばされながらあたしは現実逃避気味にそんなことを考えていた。
「かはッ……!」
受け身も取れないまま、木の幹に叩きつけられる。肺にいれていた空気を無理やり押し出されて、乾いた声が口から漏れた。
直後にやってくるのは形容しがたいほどの……激痛だ。赤く染め上げられた視界がぐらぐらと揺れて、思わず目に涙が滲む。呼吸すらさっきの衝撃でまともにできなくなって、あたしはその場にうずくまってしまった。
しかし、エネミー側に容赦などないわけで。地響きを立てながらこちらに歩いてきたスカルリーパーはとどめを刺そうとその片腕を大きく振り上げて――
重ねるようにして放たれた短剣の一閃によって弾き返された。
あたしは朦朧とする意識の中でぼんやりとその光景を眺めていたけど、なにかがお腹にぶつかってきて視界が暗転。直後に耳元で何かが倒れるような轟音が響いた。
ぶつかってきた何かと一緒にごろごろと地面を転がる。そのとき焦りの混じった声が耳元で聞こえてきた。
「いい加減起きてよ! こっちがもたないから……!」
起きて、という言葉で意識が覚めた。
さっきまでの激痛は引き始めていて、ようやく思考が回りはじめる。そしてようやく、あたしは自分が助けられたということを悟った。
あたしがうずくまっていた木は根元からすっぱりと切り裂かれ、骸骨の脚に踏みつぶされて無残な形姿を晒していた。もしも自分があの場に取り残されていらたら……その時点でログアウトだ。
「う……ぁ……。……ありがとう、ございます……」
「いいから。どうしてそうなったのかを教えて。早く!」
フィリアさんの問いかけに、あたしは少しだけ逡巡してから口を開いた。今は迷うべきところじゃない。
「その……もろに敵の攻撃を受けると、ああなっちゃうんです」
「……聞いたこともないけど。治るの?」
「時間を置けばなんとか。ごめんなさい、迷惑ばっかりで……」
「……詳しい理由は後で聞く。タゲは私がとっておくから、そこにいて!」
そう言って彼女は立ち上がって巨大骸骨へと突貫していった。
取り残されたあたしは、刀を杖代わりにして立ちながらハイポーションをオブジェクト化して一息に飲みほした。赤色にせわしなく点滅していた視界がやっと元に戻る。
そして、その場でゆっくりと息を鎮める。刻み込まれた痛みがだんだんと引いていき、いつもの思考が戻ってきた。
戦闘が開始されてから大分時間が経過していた。あたしたちは休むことなくスカルリーパーと戦い続けている。相手側のHPは残り六割弱、ようやく一段目を削り切れるかといったところだ。
問題はあたしの消耗具合だった。
刀で受け流しきれなかったのが二回、回避に失敗したのが一回、もろに受けてしまったものを二回。今までにあたしがもらってしまったスカルリーパーの攻撃の数だ。
自覚はしていたつもりだけど、アルヴヘイムでの戦闘とはあまりにも質が違う。少し気を抜くたびにあたしのHPはごっそりと削られた。
特にさっきのあれは危なかった。全方位を尻尾で薙ぎ払う豪快な技だ。パリングを構えていたのにそれを軽く貫通され、しかも一撃でHP赤色まで持っていかれた。危なすぎる攻撃だ。
「ぐぅ……やっぱり痛いか……」
一番の問題は、それらに追随する痛みなんだけど!
激痛なんてものじゃない。あの巨体から繰り出される攻撃を受けたときの全身が軋むような重たい衝撃は、あたしの視界を容易にラグらせる。よくもまあ五回もそれを受けて気を失わなかったものだ。
たぶん自分のアバターと戦ったときの経験が役に立っているんだろうけど(全然ありがたくない)、頭はその痛みをしばらくのあいだ記憶してしまう。それが後味の悪い鈍痛となってあたしを襲っていた。
でも泣き言ばかり言ってられない。あたしはフィリアさんに声をかける。
「遅くなりました。もう、大丈夫です」
「そう。それなら、前に出てもらっていい?」
「りょう、かい……!」
あたしの状態について、彼女は何も聞かなかった。その信頼に応えよう。あたしは痛む体に鞭打ってスカルリーパーへと走り込んでいった。
もともとあたしよりも彼女の方がタゲを取っている時間が長かった。しかもあたしがピンチになるとすぐに前に出てくれる。とても助かっているけど、何時までも甘えてばかりじゃいられない。
フィリアさんが相手をスタンさせて作った隙を上手く縫って、刀単発技『浮舟』を発動。彼女に向いていたヘイトをあたしへと傾かせる。
彼女はあたしが前に出ると即座に切り下がり、足元に張り付かれたスカルリーパーが煩わしそうに振るってくる鎌を丁寧にパリングで受け流していた。おかげであたしは気兼ねなくソードスキルを打てて、かつしっかりとタゲの受け渡しができる。その技術にあたしは舌を巻いていた。
「真っ向勝負がきつかったらサイドステップでかく乱しながら戦うの。無理に受けようとしない」
「分かりました!」
「私は後ろでサポートするから。やってみて!」
後方から掛けられる落ち着いた声が、精神的な疲れによって焦燥気味のあたしの頭を冷やす。
さっきまで互いに剣をかち合わせたとは思えないほどの冷静さだった。的を得た指摘がすんなりとあたしの頭に入ってくる。
「まずは……ふつうに斬っていって」
言われたことを小さく反芻しながら、あたしは素早く刀を振るった。しかしすぐにスカルリーパーがあたしを狙って動く。
ぶぅんっと横薙ぎに払われた左手の鎌をしゃがんで回避。右手の鎌は高く振り上げられている。たぶんこのまま突き刺すつもりだ。
「――サイドステップ!」
さっきまでのあたしはここで武器防御してその場にとどまっていたけど、あえて右足を反復横跳びの感覚で思い切り蹴った。敵を基点にして円を描くように回り込むバトルスキル『サイドステップ』。やってみればなるほど、発動が蹴り出しだけでいいからとても使い勝手がいい。
敵に張り付いていればだいたい一回のステップで90°くらい回り込めるみたいだ。相手を見やってみれば、さっきあたしがいた場所にボディプレスをしかけていた。そして、超大型エネミーであっても技後硬直からは逃れられない。
「からの、ソードスキル!」
疲れていてもこの好機を見逃すわけにはいかなかった。がら空きになった胴体めがけて『緋扇』を放つ。この際ソードスキルも丁寧に、アシストモーションに動きを重ねて使ってみた。
「……ん? 威力上がってる?」
心なしか、さっきよりも力を籠めやすかった気がする。こんな感覚は『辻風』を使ったとき以来なんだけど。
しかしそんな悠長なことを考えている暇はない。ボディプレスによる技後硬直を終えたスカルリーパーの刃があたしへと襲い掛かり――真っ向から弾かれた。
「――それでいい。あとは迎撃するか、また回り込むかでいいから」
また背後から声がかかる。あたしにしっかりとついてきてくれていた。なんのことでもなさそうにソードスキルで迎撃してたけど、あれかなり凄いよね……。
彼女は「じゃあ、あたしも前に出るからあとは自分でやって」と素っ気なく言うと、あたしにタゲを任せたままスカルリーパーへと突っ込んでいった。
やっと次第点をもらえた、ということでいいのかな。今までの自分が恥ずかしいけど、その言葉は無性にうれしかった。
「うぅ……よし、頑張らないとね」
改めて気合を入れなおして、
回り込んだフィリアさんがソードスキルを発動させ、スカルリーパーのHPがとうとう五割を切る。残りHPは半分、ようやく折り返し地点といったところかな。
フィリアさんをあまり意識していないのか、スカルリーパーはあたしに向けて執拗にその刃を向けてくる。あたしはそれを引きつけることに集中した。
サイドステップ、前転、バックステップを駆使して出来るだけ避けていく。回避が間に合わないときにはパリングで弾き、とにかく目の前に立ち続けることを目標に。
「くっ……」
でも、引きつけ役というのはそんなに甘くはなかった。回避中の隙を打たれたり、受け流しきれなかったり。少しずつだけどHPが削れていく。
当然それに伴って身体のあちこちが痛み始めるんだけど、それは良い意味での警戒心を生んでくれた。焦燥ではなくて、静穏な緊張感だ。「尻尾攻撃!」というフィリアの掛け声に即座に身体が反応する。
「絶っ対に、生き残ってみせるんだから!」
宣言するように声を張り上げる。と同時に、後方へ向けて思いっきり跳躍した。荒々しい風切音と共に目と鼻の先を巨大な尾骨が駆け抜けていく。
再び振るわれた骸骨ムカデの尻尾は、誰も捉えることなく宙を斬った。
劣化版とはいえ何も知らずに攻略組の死者15人という未曾有の大被害をもたらしたフロアボスのコピーを相手取ってる二人。
これがホロフラクオリティ
【用語・設定説明】
・電光石火
サブスキルの一つ。加速度や瞬間速度に対して補正がかかる。現段階のリーファはステップ速度高速化のパッシブスキルが発動しており、いくつかのバトルスキルを使用できる。
・ソードダンサー
サブスキル『電光石火』系統のバトルスキルの一つ。ソードスキルの発動時間を短縮する。効果時間は二分だがリキャストタイムは十分程もあるため使いどころが重要。
・パリング
パリィとも言う。サブスキル『武器防御』系統のバトルスキルの一つ。相手の攻撃を弾き、無効化する。成功すれば相手を怯ませることができ、リキャストタイムも軽減される。強攻撃やブレスなどに対して使うと貫通されてしまう。
・スカルリーパー
ゲーム版に準拠。鬼のような強さだった原作ラノベ版に比べて大幅に弱体化している。『テイルズスピン』や『ソニックブーム』など固有の技を数多く持つ。
・エグザクトオンスロート
数少ないバトルソードスキル(リキャストタイムを有するソードスキル)であり、全ての武器で使用可能。武器の腹で対象を思い切り打ち据える。成功すれば敵をスタンさせ、行動を阻害することができる。リキャストタイムは二分程度。
・緋扇
刀の熟練度100で習得可能。
前方を右斜め、左斜めに素早く斬りつけ、一歩踏み出して一点を突く。燃費が良く、技後硬直も小さいので好んで使う人も多い。
対象に『出血』の状態異常(HPが徐々に低下)を付与することがある。
・クロス・エッジ
短剣の熟練度100で習得可能。
フィリアが前半部分で用いたソードスキル。対象を素早く十字に斬りつける。技後硬直が短く、技そのものの所要時間も少ないので使い勝手に定評がある。
対象にDEX低下のデバフを付与する。
・サイドステップ
独立系統のバトルスキルの一つ。どんなプレイヤーでも一定以上のレベルで習得することができる(オリジナル設定)。リキャストタイムは少々特殊で、短いときには連続使用可能、長いときには五秒近く待たせられる。