明日へ繋ぐ切先   作:Senritsu

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第13話 背負うもの

 バトルもののゲームには状態異常、ステータスダウンといった『バッドステータス』が必ずと言っていいほど存在する。

 ゲームによってそれらの重大さというか、程度は変わってくるんだけど、この『ソードアートオンライン』では無視できない効果があるみたい。

 そしてかなり限定的な話になってしまうんだけど、あたしみたいなホロウエリア潜入チームの人々にしてみれば……この要素、問題視どころの話じゃなかった。

 

「う、うぇ……最悪だ」

 

 あたしに与えられたのは痛覚だけじゃなかったみたいです……。

 ふらつく足を倒れてしまわないように踏ん張るだけで精いっぱい。とてもじゃないけど今スカルリーパーと立ち会うことなんかできない。

 実際にそんなことにはなってないと思うけど、冷や汗がとめどなく流れていて、喉からなにかがせりあがってきているような感覚に襲われる。

 そんなあたしの目の前の景色は緑色に染まっていた。『毒』状態だ。いかにもってかんじの緑色のアイコンが視界の右端にあるHPゲージの上に乗っかっている。

 

「ごめんなさい……タゲお願いしていいですか? 回復してきます……」

 

「……大丈夫?」

 

「なんとか……」

 

 叩きつけるように振るわれた鎌を倒れ込むようにしてなんとか避けて、そのままバックステップで距離を取る。急な動きに視界がぐらりと揺れてこけそうになったけど、なんとか踏みとどまった。

 スカルリーパーはそれを追いかけようとしたけど、ここで彼女が何か声を張り上げた。途端にターゲットがあたしからフィリアさんに変わり、巨体が彼女に向けて走り出す。ヘイト操作系のスキルかも。

 

 心の中でフィリアさんに感謝の言葉を告げ、自分の状態を確かめる。あたしを蝕んでいるのはかなり強力な毒みたいで、見てはっきりとわかるほどにHPが削れていた。

 もう立ち続けるのも苦しい。あたしは地面に座り込むとアイテムポーチから解毒結晶を取り出して、その説明文を読んだ。

 

「――ヒール!」

 

 結晶を手に持って頭上に掲げ、宣言する。すると結晶が音を立てて割れて、きらきら光る粉みたいなものがあたしに降り注いだ。途端に毒状態アイコンが消えて、緑色だった視界がクリアになる。

 

「んっ……よし」

 

 名前は消毒結晶。初期装備の中に一つしか入っていなかった貴重品だけど効果は抜群だ。リフレッシュも快速。あたしは続けてポーションを取り出して飲み干し、効果を確認することもなく立ち上がって駆け出した。

 HP一段目を削り切ってからスカルリーパーはますます攻撃的になっている。今までのフィリアさんを見てたら大丈夫だと思うけど、今は一秒でも早く復帰しないと!

 

 彼女の頭上にあるHPゲージがまだ緑色なのを見てほっと一安心。フィリアさんはあたしから強引にタゲを取ったあと、ひたすらにスカルリーパーの鎌を避け続けていたみたいだ。

 ただ、よく見るとその避け方が何というか、常人離れしている。本当はソードスキルの一発でもお見舞いして注意をそらすべきなんだけど、あたしはその立ち回りに目を奪われてしまった。

 

「……何かのバトルスキルかな?」

 

 彼女は巨大骸骨の繰り出す両手の鎌による連撃を、バックステップとサイドステップを織り交ぜながら躱していた。流石に余裕はなさそうだけど。

 なんというか、『避ける』という行為限定でシステムアシストがかかってるように見える。足さばきはいつもと変わらないんだけど、しゃがむ、身を反らす、跳躍するといった動きをしたときの彼女はその姿がぶれて見えるくらい速かった。

 回避系のサブスキルなんだろうけど、とまで考えたところではっと我に返った。何をぼーっとしてるんだあたし。骸骨ムカデの背中はもう目と鼻の先だ。

 

「さっきのお返し!」

 

 どしんどしんとひっきりなしに揺れる地面をしっかりと踏みしめる。あたしの内心で十八番となりつつある技、強くしたいなら数をこなせ。

 

「やぁッ!」

 

 発動させるのは剣技『辻風』だ。あたしのお気に入りの強い一撃。

 本当は声を張り上げる必要なんてないんだけど、部活でさんざん大きな声を出してるからそうしないと落ち着かない。

 後ろ脚を無防備に切り裂かれたスカルリーパーがたたらを踏む。その隙にフィリアさんがサイドステップであたしのもとへやってきた。

 

「ごめんなさいっ。任せっきりにしちゃって」

 

「今はいいよ。それより、押し切られる前に早く倒すことに集中して」

 

「はいっ、分かりました!」

 

 私の返事にフィリアさんは小さく頷き返すと、また離れていった。スカルリーパーはそんな彼女を追いかける。まだタゲは取り戻せてないみたいだ。

 こっちの方にもあいつの意識を向かせるべく、あたしは刀をもう一度しっかりと握りしめた。

 

 

 

 

 

 このエネミーはそこまで強くない、とフィリアさんはあたしに伝えてきた。案外見掛け倒しだと。

 あたしとフィリアさんは互いがスカルリーパーを挟んで反対側に立つように心がけた。そしてハイドアタックを基本に慎重に、じわじわと体力を削っていく。

 スカルリーパーのHPゲージが一段目の二割くらいまで差し掛かって、繰り出された尻尾回転攻撃避けるために距離を取ると、同じく後方に下がったフィリアさんが唐突にあたしに向けて言った。

 

「もう畳みかけたほうがいい。行けそう?」

 

「え……まだ、相手、けっこうHP残ってますけど……」

 

 あたしの声は吐息交じりだ。戦っている間、痛いのを我慢し続けるのは予想以上にきつい。仮想の傷跡はじくじくと痛みを発し、心臓が不自然なくらい脈打っているのが分かる。

 そんな中での彼女の提案はとても魅力的なものに聞こえたけど、あたしには少し気の早い提案のように思えた。今まで辛抱強くコツコツとゲージを削っていたというのに、いきなり押し切ることなんてできるのかな。

 

「私にあなたが合わせてくれれば決められると思う。ソードスキルを交互に打って、足止めしよう」

 

「え? は、はい」

 

 言い淀みのない言葉におもわず頷いてしまう。それを見たフィリアさんは「じゃあ、いくよ」と言って、がむしゃらに鎌を振るいながら迫ってくるスカルリーパーへと突っ込んでいった。

 いきなりですか。あたしは慌てて彼女を追いすがった。ここで決めるという言葉を信じて出し惜しみはしない。あたしは走りながらメニューウィンドウを呼び出し、『ソードダンサー』を発動させておく。

 

 フィリアさんは短剣を強く握りしめて、スカルリーパーの懐にまっすぐ突っ込んでいく。それに気付いたスカルリーパーはぐい、と片腕を持ち上げた。

 しかし彼女はそれでも足を緩めずその腕の間合いへと入る。直前で踏みとどまったあたしが、危ないと言おうとしたときには既に鎌は振るわれていて――

 

 凄まじい衝突音と共に弾き飛ばされた。

 

 衝撃の余韻で大鎌がビリビリと震え、スカルリーパーはたまらずといった風に進軍を止めてのけぞった。

 今のは……ソードスキル迎撃? ううん、音はあの『エグザストオンスロート』と同じだから、なにかのバトルソードスキルなんだろう。

 終始走る速さを緩めなかったフィリアさんがスカルリーパーの直近まで潜り込み、短剣を構えた。刀身が紺色の光を放つ。

 

 そこから、怒涛のソードスキル乱舞が始まった。

 

 AGI低下、STR低下、DEX低下……

 スカルリーパーのHPゲージの下に、次々とデバフアイコンが加えられていく。あれはひとつひとつが独立した剣技だと気付くまでに少し時間がなかった。

 巨大骸骨が苦し紛れに振るう鎌もさっきより明らかに遅くなり、威力が落ちているので簡単に避けられる。ステータスダウンはしっかりと効いているみたいだ。

 

「やあぁぁァッ!」

 

 あたしだって負けてはいられない! 疲労感を振り払って刀を構え、ソードスキルを発動させる。

 いつの間にか防御力低下まで付与されていて、スカルリーパーのHPゲージは目に見えるスピードで減っていった。今までの戦闘で攻撃を見切られてしまったスカルリーパーは、動きを封じられてただそれを受け続けることしかできない。

 これがフィリアさんの、短剣使いの戦い方なんだ。力押しの私なんかよりずっと巧くて、かっこいい。

 

 

 結局、最後までスカルリーパーは反撃を許されることはなかった。

 あたしの『羅刹』がゲージをぎりぎりまで追い込み、即座にフィリアさんの放った橙色の五連撃がその胴体に綺麗に叩きこまれ、残りHPを吹き飛ばす。

 

 直後、がしゃあぁん、というびっくりするくらい大きな破砕音と一緒に、巨大骸骨が蒼いポリゴンの欠片となって散っていった。

 ファンファーレ音が鳴り響いて【Hollow Mission Clear!!】というメッセージが目の前に踊る。

 

「お、終わった……?」

 

 なんだかその実感がなくてあたしは呆然と呟く。でも、今度はあたしの独り言に応えてくれる人がいた。

 

「うん。もう大丈夫だと思う」

 

 フィリアさんが短剣をしまって、落ち着いた声であたしに言う。その言葉を聞いたあたしは、ようやく強張っていた身体を弛緩させることができた。

 

「……よ、よかったぁ……生き残れたんだ……」

 

 どさりと地面に座り込む。我慢してきた痛みとか倦怠感が今になってあたしに襲い掛かってきた。あれ? なんかデジャヴ……

 それにしてもあのスカルリーパーは強かった。あたし一人ではあっさりとやられてしまっていたと思う。フィリアさん一人なら、あるいは何とかなったかもしれないけど。

 

「お疲さま。念のためポーション飲んどいた方がいいよ」

 

「はい……」

 

 言われるままにポーチからポーションを取り出して飲み干す。今まで気付かなかったけど、不思議なレモン風味だ。

 フィリアさんの声は、さっきよりもまた少しだけ柔らかくなっていて嬉しかった。でも、彼女は少しだけ居心地悪そうにしている。

 

「ありがとうございました」

 

「えっ……?」

 

 そんな彼女にあたしは感謝の言葉を告げた。でも今心から意外みたいな反応を返されましたね。

 

「あたしひとりじゃ絶対に負けてました。フィリアさんが助けてくれてもぎりぎりだったんですもん。本当に申し訳ないくらい」

 

「で、でも私、あなたを傷つけようと……」

 

「今のフィリアさんはそんなに怖くないから、あんまり気にしてないですよ?」

 

 あたしのその言葉にフィリアさんはぐっと言葉を詰まらせた。自覚はあるみたいで、それはあの戦いが明確な意思をもってなされたものであることを示していた。

 

「……ごめん」

 

「こちらこそ。あたしだって反撃しちゃったからお互いさまです」

 

 何かしらの理由があって、私に刃を向てきたんだと思う。あのときに見た瞳の光を、あたしは見間違いとは思わない。

 

「……あたしに聞きたいこと、あるんじゃないですか?」

 

「じゃあ、どうして敬語になってるの?」

 

 あ、まずはそこですか。てっきりさっきのあたしの状態について訊かれるものとばかり思っていた。

 

「えっと、あたしってもともと敬語で話すことが多くて。たぶんフィリアさん年上かなって思ったから。戦い方もすごく上手かったし……ダメですか?」

 

「……本当は年齢聞いちゃいけないんだけど……あなた、今何歳なの?」

 

「15歳ですね」

 

「そう……まだ中学生なんだ。うん、あなたが敬語がいいって言うなら」

 

 フィリアさんは思慮深そうに頷いた。そして、私に向かって手を指し出す。

 

「あなたにはまだ聞きたいことがある。ほんとはこの後別れるつもりだったんだけど……話を聞いてもいい?」

 

 彼女からの提案を拒む理由はどこにもない。あたしはしっかりとその手を取った。

 

「なんとなく察しはしてると思いますけど、あたしのこと知ったらものすごく驚くと思いますよ。それでもよかったらぜひ」

 

「お互いに『オレンジプレイヤー』の時点で、ある程度の覚悟はあるつもりだよ」

 

 あたしとフィリアさんはお互いに力なく笑い合う。

 ただ、フィリアさんのそれは寂しげというか、その笑みに自嘲的なものに見えたのがなんだか印象的だった。

 

 

 

 

 

 『探索』というサブスキルがあるらしい。

 初期段階でテント設営や簡単な調理ができるようになり、熟練度を上げれば武器の耐久値をある程度まで回復させれたり、ポーションの作成ができるようになったりとダンジョン攻略や未知のエリアに赴くときに役に立つスキルが揃っている。

 ともかく、テントの中で彼女が作ってくれたスープはあたしをほっと一安心させる暖かさがあった。

 

「こんなに美味しくてあったかいものがここで食べられるなんて思いませんでした……」

 

「おおげさじゃない? この程度なら『始まりの街』でも食べられるよ」

 

 あたしと一緒にスープを飲みながら、フィリアさんは訝しむように言った。『始まりの街』は確か第一層の拠点となる場所だったはず。菊岡さんが渡してくれたテキストにあった。

 

「あたし、このホロウエリアに来てからまだ一度も食べ物を口にしてないんです。フィリアさんに会わなかったらお腹が空きすぎて倒れちゃってたかも」

 

 あたしの言葉に、フィリアさんはますます訳が分からないといった表情になった。

 ……本当のことを話した方がいいのかな。

 

 菊岡さんからはなるべく正体は明かさないようにと言われている。あたしもそのつもりだったけど、いかんせん出会うのが早すぎた。あのスカルリーパーとの戦いも相当不自然に映ったはずだし、このままではボロが出続ける一方だろう。

 

 ――仕方ない、覚悟を決めよう。

 

「……フィリアさん。これから私が話すこと、信じてくれると嬉しいんですけど、信じられないと思います。でもちゃんと聞いてほしいです」

 

「い、いきなりだね……。ちょっと時間を頂戴?」

 

 急に居住まいを正したあたしに対し、フィリアさんはちょっと慌てながら応えた。そして、あたしと向かい合うとじっと瞑目する。形から入るというのはなんというか、誠実な人だ。

 沈黙が降り、心臓がばくばくと脈打ち始める……とまではいかなくても、あたしの身体が静かに緊張を帯びる。

 これから話すことは、SAOプレイヤーに現実を突きつけるのと同じ。どんなことになるかは予想もつかないし、あたしはただ、事実を伝えることしかできない。でも、どんな言葉が返ってきたとしてもちゃんとそれを受け入れないといけないと思った。それがあたしの背負った任務なのだから。

 

「……うん、いいよ。心の準備はできた。ここにいる時点で何かあるってことは分かってるつもり」

 

 フィリアさんが静かに目を開けて、あたしを正面から見つめて言う。あたしは俯いて、小さく息を吸い込んだ。

 

「――理由からと結論から、どっちがいいですか?」

 

「結論からお願い。理由というか、あなたのおかしなところはいくつか見てきたから」

 

「じゃあ、結論をざっくりと言います」

 

 どうか、これから伝えることが拒絶されるような悲しいことになりませんように。

 

 

「…………あたしは、SAOのプレイヤーじゃありません。つい先日現実世界からやってきた……言ってしまえば、侵入者なんです」

 

 

 あたしの声は、少しだけ震えていた。やっぱり不安だ。せっかく出会ったフィリアさんと離別するなんてことにだけはなりたくない。

 あたしとフィリアさんとの間を沈黙が支配する。あたしがおそるおそる顔を上げて、彼女の表情を見ると――

 

「……やっぱり、か。私の予想がまさか当たるなんてね」

 

 今までとあまり変わらない声のトーンで戯れるように呟いた彼女は、さっき手を取り合ったときのように

 

 寂しそうに、悲しそうに笑っていた。

 

 

 




……あれ? もっと苦戦するはずだったのに……

【用語・設定説明】

・毒
 状態異常の一つ。一定時間HPが徐々に低下する。ペインアブソーバを下げられた状態で食らった場合、重度の車酔いになったような症状に見舞われるようだ。

・バトルシャウト
 サブスキル『危険察知』系統のバトルスキルの一つ。一瞬で高いヘイトを稼ぎ、敵の注意を自身へと集める。リキャストタイムは五分ほど。

・危険感知
 サブスキルの一つ。ヘイト変動や迎撃、回避行動に対して補正がかかる。サブスキル『戦術』からの派生であり、『戦術』系統のバトルスキルを引き継ぐことができる(オリジナル設定)

・ターンウィンド
 サブスキル『反応回避』系統のバトルスキルの一つ。リーファが解毒しているあいだ、フィリアが発動させていた。ゲーム版とは違い、回避行動に対してシステムアシストがかかるスキルとなっている。リキャストタイムは五分ほど。

・反応回避
 サブスキルの一つ。回避性能や回避速度に対して補正がかかる。現段階のフィリアは回避行動高速化と動体視力上昇のパッシブスキルが発動しており、いくつかのバトルスキルを使用できる。

・ウェポンバッシュ
 サブスキル『危険感知』系統のバトルスキルの一つ。フィリアが迎撃に用いたバトルソードスキル。エグザクトオンスロートに比べてリキャストタイムが七分と長く、迎撃専用という使い勝手の悪さの代わりに、成功すれば敵をしばらく行動不能にさせることができるメリットがある。

・フィリアが用いていたソードスキルの数々
 今後説明していく予定。名前だけ挙げると、『アーマー・ピアース』『サイド・バイト』『ラピッド・バイト』『トライ・ピアース』『インフィニット』である。

・探索
 オリジナル設定のサブスキルの一つ。フィールドに長く留まり続けることに重点を置いたスキル構成となっている。フィリアはこれの熟練度をカンストさせており、生産系サブスキルの初歩スキルは全て覚えているといっても過言ではない。
 ちなみにリオルナとユウキは揃ってこのサブスキルの存在を見落としている。

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