明日へ繋ぐ切先   作:Senritsu

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第16話 幻視と記憶

 

 僕がこの仮想世界に来てから、無意識に目をそらし続けていたことがある。正しく言えば一度思い出していたんだけど、すぐにその記憶にふたをしてしまっていた。

 ログインするための審査と称して僕たちに襲い掛かったあの虚ろな表情をした自分の分身。同じ武器、防具を身に着けていてステータスも全て一緒。ただ一つ違うのは、その剣裁きの迷いのなさのみだった。

 どうして今になってそれに気付いたか、その返しは今まで僕の運が良かったからとしか言えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()、ただそれだけのお話だ。

 

 そしてそれは、遠からずきっと向き合わなければいけないことだった。

 

 

 

 

 階層型ダンジョン《グレスリーフ大灯台》の二階にて。

 

「――っあああアアアァァッ!」

 

 なかば叫びのような掛け声が大広間に木霊する。それがまた敵をおびき寄せているということは分かっていたけど、止めることもできなかった。

 

 今はこいつを倒す。それから先のことは知ったことか!

 振り下ろした両手剣の切先をすぐさま切り返して水平に薙ぐ。引きずられる身体に逆らって足を突き出し、しなった腕を引っ張って再び真横に一閃。今度は甲高い剣戟の音が響いた。

 攻めの一点特化だ。反撃を許すわけにはいかない。僕はSTRにものを言わせて慣性による隙を強引に打ち消していた。

 ギギ、と目の前の対象――青い全身鎧を身を纏った騎士エネミーが呻き声のような音をもらす。その手に握った長大な剣は、さっき僕に弾き飛ばされてから戸惑っているかのように動いていない。

 

「そらみろ! あいつならここで動く。そこで突っ立ってるお前のどこに恐れを感じる要素がある!?」

 

 自然と転がり込んできた言葉を思い切り叩きつける。恐らく今の僕は嘲笑交じりの好戦的な表情をしているんだろう。かつてないくらい気持ちが昂っていた。

 

「さっさと落ちろっ!」

 

 そう言い放ちながら一気に踏み込んで剣を騎士の腹に突き立てると、そこでHPが尽きたんだろう。騎士は青白い光の欠片となって四散した。これで三体目。

 その光の欠片を見ると、少しだけ落ち着きが戻る。ここがあの場所でないことを改めて認識し、狭まっていた視界が広がりはじめる。

 しかしそれは大きな隙を晒していることと同義だった。剣を突き出した格好のまま深く長いため息をつこうとしたそのとき――ざん、と背中に衝撃が走った。

 

「かはっ……。……は、ハハ……そうか……」

 

 乾いた空気が口から漏れて、直後に肩先から腹にかけて鋭い痛みが突き抜ける。反射的に距離を取って振り返るとさっき倒したはずの青騎士が両手剣を振りおろしていて……それがどうしようもなくあのときの光景を思い出させた。

 淡々と僕を斬り殺そうと刃を向けてきたあいつの姿がフラッシュバックしてそのまま青騎士に重なる。僕も含めて共通点はひとつ。両手剣を使っているということだけだ。

 あのとき以降見たことのなかった、()()()()()()()()()()使()()()()()存在。人型のエネミー。

 

「ははははッ!!」

 

 頭の箍が外れた音がした。気が付けば、自分の剣に橙色の光を纏わせている。

 蛮勇でも構わない。迫り上がる恐怖は痛みのせいだ。目の前の敵を全部倒さないと、この痛みは消えることなどないのだから!

 

 雄叫びを上げて、僕は目の前の青騎士へと突貫していった。

 

 

 

 

 

「り、リオルナ……?」

 

 震える声で彼の名前を呼んだ少女――ユウキはひどく動揺していた。目の前で繰り広げられている光景が受け入れられない。

 モガ村を発ち、グレスリーフの入り江を抜けてダンジョンに入り、その一階を攻略するまでは良かった。灰色のフードを被った幽霊のようなエネミーを型に嵌りはじめた二人の連携で一匹ずつ確実に倒していき、半日もかからずに広間を抜けて二階へつづく階段に辿りついた。そして今日の内にこの層まで攻略してしまおうと意気込んで二階の広間へと足を踏み入れたのだが。

 その結果が()()である。

 

「ははっ! そうだ!! そのまま足を止めておくといいさ!!」

 

 この十日間、一緒に戦ってきた相棒とも言える存在――リオルナが敵にぶつかりそうな勢いで猛然と戦っている。どこか壊れたような笑い声を上げながら。

 その派手な音につられて、辺りを彷徨っていた騎士タイプのエネミーが次々と彼らに群がってきていた。ユウキもまた、それらの対応に追われている。

 

(……どうして? こんなのリオルナらしくないよ……)

 

 苦しみにも似た違和感が彼女の心を焦がす。しかし今の彼の姿はなにかに固執しているようで、声をかけることさえ躊躇われた。

 

 少なくともここで明らかになったのは、リオルナもやはりあの戦いを乗り切ったプレイヤーであるということ。その強さは普段メインアタッカーを務めているユウキが驚くほどだった。

 もともと両手剣は一撃の重さで戦う武器だ。多少狙いが外れようが体勢を崩されようが問答無用に対象を叩き斬ることができるという利点があるからこれにしたんだとユウキは彼から聞いていた。

 ただ、彼の場合はそれの一歩先を行く。

 『狙いを外す』ことがないのだ。通常攻撃においても剣技においても目標としたところにしっかりと剣撃を当てることができている。例えばユウキがつくったダメージエフェクト。リオルナがいつもそれにぴったり重なるように剣を走らせていることをユウキは知っていた。それが生半可な努力、才能でできることではないことも。

 

 そんな彼が攻勢に出るとどうなるか。それが今の光景なんだろうなとユウキは思った。

 

「そら、五体目だ! こんなのあいつの足元にも及ばない!」

 

 そしてまた、彼のターゲットにされていた騎士が砕け散った。ユウキにとっても驚異的なスピードだ。二人で連携しているときより早い。

 リオルナへのヘイトが高まっているのか、今度は小柄な黒騎士二体と青騎士一体が彼へと殺到した。しかし、一瞬の間をおいて三体とも吹き飛ばされる。両手剣範囲二連撃技「ブラスト」だ。絶妙なタイミングで放たれたそれは、エネミーたちが彼に刃を届かせることを拒んだ。

 数秒の技後硬直のあと、リオルナは吹き飛ばされたエネミーの内一体――青騎士へと突っ込んだ。青騎士は両手剣で迎撃しようとするが、即座に振るわれた彼の剣によって弾かれる。駆けた勢いで騎士の背後を取った彼は荒々しくも正確な太刀筋で剣を閃かせていく。そしてたたらを踏んだ青騎士に大上段からの一撃、ユウキのソードスキル並みの威力を持ったそれは、騎士のHPを削り切るには十分な威力を持っていた。

 

「! あぐっ!」

 

 そんなリオルナの様子が気になって仕方がないユウキは、とうとうエネミーからの攻撃をもらってしまった。斬りつけられた右腕がカッと焼けつくような痛みを発する。彼女は口をきつく結んでその痛みに耐え、すぐに反撃の剣技を放つと自身とリオルナのHPゲージを確認した。

 

(……だめだ! このままじゃリオルナが耐えきれない……!)

 

 リオルナのHPゲージはいつの間にか残り五割を切ってしまっていた。ユウキ目線で言えばまだ五割残っているといった方が正しい。彼は既にいくつもの小さな攻撃を受けてしまっているが、ユウキよりも数段高いVITが防御力を底上げし彼を守っていた。

 しかしそれにも限界というものがある。ダメージを軽減することは出来ても無効化することは出来ない。ユウキたちに課せられた痛みを添えつけながらじりじりと身を蝕んでいく。

 リオルナがああなってしまってからユウキがずっと懸念していたことがとうとう露わになった。

 

「リオルナ。リオルナっ! 回復して! もうHPが危ない!」

 

 やっとまともに出せるようになった声で、ユウキは必死に彼に呼びかける。彼は自身のHPゲージさえ見えていないのだろう。

 ユウキの悲痛なかけ声に、しかしリオルナは反応すらしなかった。ただひたすらに湧き出てくるエネミーたちに向けて剣を振るい続けている。そのとき垣間見えた彼の顔は、ユウキが見たこともないくらい凄絶な笑みを浮かべていた。

 

 もはや自分のことすら眼中にない。そう思うとユウキは心が締め上げられるような苦しみを覚えた。自分の声が届かないことがもどかしくて、悔しくて、寂しかった。

 どうして彼は突然あのようになってしまったのだろう。ユウキが今までリオルナと過ごしてきた十日間が今、痛切な胸の痛みを持ってユウキを襲う。

 そして、自分の中でリオルナがとても大きな存在になってしまっていることにそのときはじめて気付き、ひどく驚いた。嘆息して、狂ったように剣を振り回すリオルナを再び見て取る。

 

(……『近づきすぎない』って決めてたのになぁ……)

 

「――止めなきゃ。リオルナを」

 

 彼女の決意は小さな呟きとなって紡ぎだされた。

 リオルナはなにかに怯えている。それは今までの彼をずっと見ていたユウキが導き出した推論だった。このままではリオルナは自分の気持ちに嘘をついたまま敗北してしまう。身勝手な決めつけだとは思いつつも、ユウキはそう信じ込むことにした。自分がこれからすることに迷いを浮かばせないために。

 

 実際、その推論は的を射ていたのである。

 

(どうしよう? リオルナはあんな感じだから……)

 

 再び襲い掛かってくる騎士エネミーの攻撃をひらりひらりと躱して反撃の剣技を叩きこみつつ、ユウキは逸る気持ちを抑えながら思考を巡らせた。

 それはおおよそ常人が考えることなどない事柄であったが、こと彼女にとっては容易くはなくとも確実に最適解を見つけることのできる問題だった。

 

(……うん。それがいいかも)

 

 しばらくして、ユウキは俯き気味だった顔を持ち上げた。同時に片手剣単発技『ソニックリープ』が騎士エネミーの胴を捉え、その身体を爆散させる。

 

 なんだか漫画なんかでありそうな状況だなあと彼女は場違いな感想を抱いて苦笑いを浮かべた。そうでもしないと不安でしり込みしてしまいそうだった。

 周囲に自信を捕捉しているエネミーがいないかを確認し、ポーチから回復結晶と呼ばれるアイテムを取り出す。そして自らの得物――片手剣を強く握りしめた。

 

「――いくよ。リオルナっ!!」

 

 間を置かずエネミーたちに取り囲まれたリオルナに向け疾駆する。『疾走』スキルを習得している彼女は、まさに一陣の風となって彼への距離を詰めた。

 駆けるユウキに気づいた騎士たちのその尽くを無視してユウキは走る。一体ずつ倒したところでどうにもならないならむしろ、一秒でも速く彼の元へ。

 今の彼は五体もの騎士エネミーに取り囲まれている。討伐スピードが敵のリポップ間隔に追いつけていないのだ。リオルナの周囲はまるで壁のように騎士エネミーたちがひしめき合っていて、その中に入ることすら難しそうだった。

 

「ヴォーパル・ストライクっ!!」

 

 片手剣使いでなければ、の話ではあるが。

 

 突風を剣に纏わせた、一点突破用の突進ソードスキル。『疾走』スキルによる速度の補正まで味方につけたユウキは後列のエネミーたちを押しのけ、リオルナの背後にいた騎士たちを吹き飛ばして……

 リオルナが剣を向けていた青騎士の腹に勢いよくぶつかり、一瞬でそのHPを奪い取った。風によりはためいていた夜色の髪が明るく照らされる。

 

「……『スイッチ』、成功かな」

 

 彼女は確かめるように小さく呟いた。リオルナが敵を引きつけていたからこそできた、会心のクリティカル攻撃。まさしくそれはMMORPGで用いられる『スイッチ』というテクニックだった。

 そしてユウキはここで止まらなかった。これまでの過程は彼女にとって手段に過ぎない。

 二秒ほどの技後硬直のあと、振り返ったユウキはリオルナに駆け寄り手に持っていた回復結晶を彼の肩に当てて「ヒール」と呟いた。ポキュ、という音と共に結晶が砕けて残り四割ほどとなっていたリオルナのHPゲージを瞬く間に全快させる。

 

 ここまで僅か五秒。リオルナが囚われていた鎧の壁はたった一人の少女によって一瞬でかき乱された。エネミーたちは連携を乱されざわざわしている。

 

 改めてユウキがリオルナの顔を窺うと、状況の変化に頭が追いついていないのか呆気にとられた顔をしていた。恐らく彼は自分が回復したということにすら気付いていなかった。

 そしてその瞳にさっきまで浮かんでいた過激な色合いはなくなっている。それでもいつもの彼とは言い難いところではあったが、ユウキはそれでも心の底から安堵した。彼が戻ってきているということがこの状況下でいちばん大切で、嬉しいことだった。

 

 『スイッチ』は戦闘の区切りをつけるために使うんだ、と姉から教わっていたユウキはあえてリオルナとエネミーたちの泥沼状態を解くためにそれを使った。

 うしろから抱きしめて強引に止めるなどのことも考えなくはなかったが、ユウキはリオルナから過度な接触は控えるように言いつけられている。彼女はここでも律儀にそれを守っていた。

 なんにせよ、『スイッチ』を用いた方法は功を奏していた。

 

「リオルナ。ボクのこと、分かる?」

 

 ユウキは大きく深呼吸をして、そうリオルナに問いかける。早口になってしまいそうなのをどうにか抑えながら。

 こんな悠長な問答をしている余裕など彼らにはまるで存在していない。騎士エネミーたちは突然の襲撃から立ち直り、今か今かと波状攻撃を再開しようとしている。ここでリオルナが攻撃を受けてしまっては今までのことは無に帰してしまうとユウキは考えていた。彼女は彼を庇うことに全く戸惑いなどなかったが、これまで彼と過ごしてきた彼女はそれが最善であるとはとても思えなかった。

 リオルナはぼうっと彼女を見つめたまま何も答えない。二人を警戒しているのだろう、騎士エネミーたちはじわじわと彼らへと近づいている。ユウキは祈るような気持ちでリオルナと向かい合い続けた。

 

 それから数秒後、リオルナの後ろを取った青騎士が大きく剣を振り被ったそのとき――

 

「じゃあ、とりあえっず!」

 

 リオルナの一歩背後まで踏み込んだユウキの下方から掬い上げるようにして放った剣閃が青騎士の腕に直撃。手元を狂わされて騎士の両手剣は空を切って地面を捉えた。

 間を置かずユウキはリオルナの背後に立って片手剣範囲単発技『ホリゾンダル』を放つ。前方270°を薙ぎ払うそのソードスキルは、リオルナの正面以外に立っていたエネミーたちを軒並み後ずさらせた。

 

「ここを抜け出さないとね! 一気に三階まで駆け上がっちゃおう!」

 

 ユウキは努めて明るい声で背後のリオルナに言った。ほっとして涙声になりかけているのを彼に悟らせないために。

 そして、ずっと両手剣の柄を握っていたリオルナの手を握ってぎゅっと握りしめた。まだ完全に意識が切り替わってないせいかいつもより強張っていない彼の手の平の感覚が、今のユウキにはなんだか心強かった。

 

「よーしっ、これからはボクが頑張ってやるんだから!」

 

 ユウキはそう宣言すると、バトルスキル『疾駆』を発動。リオルナの手を取ったまま走り出した。

 

 前方にはリオルナが呼び込んでしまったエネミーたちが何体も立ち塞がっている。ユウキはその突破の難しさに冷や汗を流しながらも、嬉しそうな笑みだけは決して崩さなかった。

 彼女の問いかけにぎりぎりで頷いてくれた彼が浮かべていた表情は、とても彼らしいものであったから。

 そしてリオルナの手から伝わってくる力がすこしだけ強くなったことにますますその笑みを深める。

 

(励ましたり、引っ張ったり。リオルナの相手は大変だ!)

 

「さあ、どんな敵でもかかってこい!」

 

 ユウキはそう威勢よく叫ぶと、リオルナの手を取ったまま本格的に駆け出し始めた。

 

 

 




リオルナはヒロイン属性を持っています。

【用語・設定説明】

・騎士エネミー
 頭から足先まですっぽりと覆う鎧を被った人間型のエネミーのこと。手にはプレイヤーが用いる武器が握られており、ソードスキルを使って攻撃することもある。
 この階層には片手剣を持った小柄な白騎士と黒騎士、それらを統率する大柄な両手剣使いの青騎士がいるようだ。

・グレスリーフ大灯台
 グレスリーフの入り江エリアにそびえ立つ迷宮区を彷彿とさせる円柱状の建物。内部はいくつかの階層に分かれており、階層ごとに違ったエネミーがポップする。

・狙いを外すことがない
 リオルナはレベル上昇分しか上がってないDEX(攻撃精度)を自らの才能だけで極振り程度にまで高めている。

・スイッチ
 ゲーム及び原作で登場する前後衛のローテーション法。基本的にはソードスキル使用後の硬直時間による隙を埋めるために用いる。これを成功させるにはそれなりの技術と経験が要求される。

・回復結晶
 結晶系回復アイテム。対象のHPを即座に60%回復させる。対象の体に当てて「ヒール」と言うと効果を発揮する。

・ホリゾンダル
 片手剣の熟練度100で習得可能。
 スーパーアーマー付き。くるりと旋回しながら前方の敵に打ち払うように剣を振るう。数少ない片手剣の広範囲ソードスキル。
 稀に対象に束縛の状態異常を付与することがある。

・疾駆
 サブスキル『疾走』系統のバトルスキルの一つ。自分及び対象に移動速度上昇のバフがかかる。効果時間がかなり長い。
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