明日へ繋ぐ切先   作:Senritsu

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第17話 その手を取る

 

 僕がこの場所から脱するためには、目の前の自分自身の分身を全て斃さないといけない。散っていく青色の光の欠片を見やりながら僕は荒く息をついた。

 

 あれからしばらく経って、やっと気づいた。目の前にいる剣士は、僕が記憶から引っ張り出して貼り付けた幻影であるということに。

 頭の奥がちりちりと痛む。僕の上に偽りの僕を上書きしたような気味の悪い感覚が絶え間なく僕を苛んでくる。

 

「負けるかよ!! 斃されるのはお前らだッ!!」

 

 たまらなくなって叫んだ。そしてまた出てきた両手剣使いに向けて剣技を発動。がむしゃらに突っ込んだ。

 次から次へと湧き出てくるこいつらはいったい何匹いるんだろう? 息苦しさは際限なく増していき、肌の感覚で囲まれているということは感じ取ることができた。もう何体も倒しているのに一向にその気配は減ることがない。

 剣を振るうたびに背中に鈍痛が走る。何度背後を切り裂かれたかも覚えていない。正面に集中していればそうなるのは当たり前なんだけど、その痛みがますます僕を焦らせた。

 

 ――どれもこれも僕が弱いからだというのか。僕が全てをなぎ倒すスキルを持っていないから。一体を斃すのに手間取っているから。

 HPゲージを見たくなかった。確認するのが怖かった。着実に減っているであろうゲージを見たとき、視界が赤色に染まったとき、僕がどうなるかなんて考えたくもなかった。

 ぎりっと歯を食いしばる。負けたくないのに。もう何度も僕自身を打ち破ったはずなのに、幻影は消えてくれない。感情が制御を譲ってくれない。

 

 結局、全力で目の前の敵に当たることしか――

 

 

 

 ごうっという風と共に、一条の閃光が僕のそばを駆け抜けた。

 

 光はそのまま眼前の敵へと突貫する。僕と剣戟を重ねていた幻影はその光を一身に受けた。HPバーがみるみる減っていき、あっという間に0になる。断末魔を上げることすらできずに分身は砕け散った。

 突風の余韻を示すかのように紺色の髪をはためかせて、光を突き立てたその女の子は小さく呟いた。

 

「……スイッチ、成功かな」

 

 それは自分自身に言い聞かせるような、小さな呟きだった。

 ……何を言っているんだろう? 切り裂かれた時の中であの子がしたことに頭が追いついてこない。両手剣を手に提げたまま僕はその場に立ち尽くした。

 

 ――そうだ、あいつは……!?

 

 そう思い立った直後に、目が覚めるような感覚が走った。

 絶対に倒さないといけなかったあいつがいつの間にか消え去っている。そして、もう出てこない。

 薄暗く狭まっていた視界が急に広がって周りが色彩を取り戻し始めた。今までずっと僕に取りついていたしがらみのようなものが、彼女が纏っていた風によって吹き飛ばされていた。

 少ししてからその子はぱっと立ち上がり、手に持っていた何かを僕の肩に当てると「ヒール」と呟いた。ポキュ、という音と共に視界のすみで半分を切っていたゲージが目盛いっぱいまで引き上げられる。

 彼女はその後大きく深呼吸をすると僕に目を合わせてゆっくりと告げた。

 

「リオルナ。ボクのこと、わかる?」

 

 耳から入ってきた言葉がしっかりと形を成すまでには長い時間がかかった。

 開けた視界からここが何処かを思い出す。再認識すると言った方がしっくりくるかもしれない。今僕がいるのはダンジョンの中で、名前は『グレスリーフ大灯台』……だったはずだ。

 そこから加速度的に僕は状況を把握しなおしていく。目の前の敵を倒すことに夢中になっていたのがいやでも分かる。そして、僕がそれに囚われていた理由も。

 

 周りは騎士エネミーたちで二重三重に囲まれていた。その数は軽く数十体に上っている。いつ物量で押しつぶされてしまってもおかしくない規模だ。

 そして彼らを呼び込んでしまった原因は他でもない僕自身にある。ようやく僕は自分が取り返しのつかないことをしてしまったことを悟った。助けられたんだということがやっと分かった。

 今も僕と目を合わせ続ける女の子――ユウキはどうしてこうしてまで僕を助けようとするんだろう。巻き込まれるということが分かっているのに、どうしてあそこまで果敢な行動をとることができるんだろう。

 

 ――見捨てられるわけがない。あの彼女が。

 

 ――それでも見捨ててくれた方がまだ良かった。

 

 握りしめていた両手剣から力が抜ける。悔しさと後悔と諦観がないまぜになって、浅い吐息となって口から吐き出された。

 

 

「――ごめ」「じゃあ、とりあえっず!」

 

 

 鋭い踏み込み。僕の言葉を遮って一瞬で僕の背後に回り込んだユウキは剣技の光を宿らせた片手剣を素早く水平に薙いだ。ざわざわとエネミーたちがどよめく音がする。

 

「ここを抜けださないとね! 一気に三階まで駆け上がっちゃおう!」

 

 そう言ったユウキの声はとても明るくて、少しだけ掠れていた。

 後ろを振り返ろうとするとぐいっと腕を掴まれた。そのまま僕の腕をまさぐったユウキは僕の手のひらを捉えると、ぎゅっと強く握りしめる。

 

「よーしっ、これからはボクが頑張ってやるんだから!」

 

 威勢のいい掛け声。彼女はここを脱出する気か。

 しかしその声を合図にしたかのように騎士エネミーたちは雪崩を打って僕たちに迫ってきた。圧倒的なまでの物量に思わず身が竦む。

 と、強く腕を引っ張られた。足がもつれそうになったけどどうにか立て直す。そしてそのままユウキが走っていく方へと振り返った。

 

 その後ろ姿は微塵も諦めなど写してはいなかった。この厳しい状況下で何故そんなに強気でいられるんだろう?

 僕には眩しすぎる後ろ姿だった。――繋いだ手をこんなに頼もしく感じたことなんて初めてだ。

 

「さあ、どんな敵でもかかってこい!」

 

 ユウキはそう威勢よく叫ぶと僕の手を取ったまま速度を増してエネミーたちの中へと飛び込んだ。

 途端に無数もの片手剣、大剣が僕たちへと襲い掛かる。肩、頬、わき腹、ふくらはぎ……数えきれないほどのダメージエフェクトが僕の身体に刻まれた。

 

「~~っ!」

 

 痛い!! 体中を焼き焦がすような激痛が頭にスパークする。浅くても切傷だ。数でこられては処理しきれない――!

 

「――ぅぁ」

 

 またふっと意識が切り替わりかけた。反射的に歯を食いしばってその感覚に抗う。ここでああなってしまっては待っているのはログアウトだけだ。

 そのとき無意識にユウキの手も強く握ってしまっていたらしい。ユウキが僕の手を握りなおす。そして僕を軽く引き寄せると僕の耳元で囁いた。

 

「大丈夫。ボクがついてるから。手、絶対に離さないから」

 

 夜色の髪が僕の頬を撫でる。今もなお斬撃は刻み込まれているのに何故かその感触はしっかりと感じ取ることができた。

 蘇りかけた幻の光景がその声に絡みとられていく。いつだって変わらないのは傷を受ける痛みだけだ。

 

 そのことを認識しておけばなんとか抑えられる。

 

 僕とユウキのHPゲージを確認すると、ユウキの方がHPの減り方が大きい。僕に比べ防御力が劣るユウキはそもそも敵中突破なんて無茶な話だ。僕を連れ添っているというのも被弾が多い理由なんだろう。

 しかしそれでも彼女は速かった。なにかのバトルスキルを使ってるみたいだ。騎士たちに追随されながらも彼らを次々と追い越して強引に置き去りにしていく。そして致命的な攻撃だけを片手剣で打ち払っている。 

 後続にいる僕はただただ引っ張られて走っているだけだから、危険度と被弾率で言えばユウキがどれだけ切迫しているかは想像に易い。

 でも、この速さで走れているのはユウキのおかげだ。僕が前に出てしまっては途端にエネミーたちに追いつかれ、飲み込まれてしまうだろう。

 

「――ウォークライッ!!」

 

 だから声を張り上げる。

 直後ユウキが振るった片手剣がエネミーの剣を捉えてそのままエネミーごと押し下がらせた。ユウキはその手ごたえの変化に気付いて僕を振り返り、痛みのせいかちょっと歪んだ笑顔で「ありがとうっ!」と言った。

 サブスキル『士気昂揚』系統のバトルスキル『ウォークライ』。効果は一時的なSTRの上昇だ。

 僕はユウキに対し小さく頷いたあと、引きずっていた両手剣を持ち上げた。STR上昇効果により今だけなら片手でも振るうことができる。

 

「あと少しッ……!」

 

 ユウキは自分のHPと追いかけてくるエネミーたちを見比べているんだろう。そして祈るように呟く。

 彼女は既に防御力上昇系のバトルスキルを使用している。重ねがけは効果が薄い。だとしたら僕があとできることはこれしかない。

 

「く、あぁあ!!」

 

 ユウキと繋いだ手を基点にして旋回。両手剣を水平に薙ぐ。確かな質量を持ったその斬撃は近づいていたエネミーたちのどてっ腹に命中、そのまま吹き飛ばした。

 初めてユウキの横に並んだ。そしてちょうどそのとき、群がっていたエネミーたちを僕とユウキは振り切っていた。

 

 黒と白と青が所狭しと入り乱れた空間から二人揃って飛び出す。

 

「――行こう! 回復と迎撃、追いつかれないようにっ!」

 

 ユウキは隣に立った僕をちらりと見てから、そう言ってまた一段加速した。ユウキに引っ張られるままに僕も走る。

 

 

 硬質な金属鎧の壁から抜け出して開けた視界から見える景色は、ひどく懐かしく感じられた。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと開く扉の合間を縫って、僕たちはその向こう側へと転がり込んだ。ユウキがやりきったという感じで言い放つ。

 

「着い、たぁ!!」

 

 たった今入った扉の向こう側を見やる。その先には今まで僕たちを追いかけてきたエネミーたちの姿があった。

 どどどどど……と地響きのような足音が迫ってきて思わず身が竦む。しかしその音は扉へ近づくにつれて小さくなっていった。

 

 やがて彼らはさっきまでの勢いが嘘のように背を向けて自らがポップした場所へと戻っていく。

 

「安全エリア……」

 

 僕はその場に立ち尽くしてぼんやりと呟いた。未だに実感が出てこない。助かった……のか?

 

「リオルナ。手」

 

 ユウキの一言で我に返る。手? 手……ユウキと繋いだまま……

 

「あっ! ご、ごめん……!」

 

 僕は慌ててその手を放そうとした。しかし離れない。ユウキが僕の手を放してくれない。

 どうしたんだろうと思って彼女を見て、僕は息を詰まらせた。

 

 

「よかった……リオルナ。ねぇ、分かる? ボクのこと、分かる?」

 

 目じりに涙を浮かべながら、ユウキは笑っていた。張りつめていたものが切れたような、そんな表情だった。

 

 その顔を見てやっと気づくことができた。気丈にしていて、内心はとても不安だったんだということ。僕をあの場から引きずり出したとき、どれだけの覚悟をしていたかを。

 そしてそれらは恐らく――エネミー関連のことではないんだろう。

 

「うん。分かる。……ユウキ、本当にごめん……」

 

 拙い謝罪の言葉しか紡ぐことができない。未だにぼうっとして働かない僕の頭では、俯きがちにそう呟くだけで精いっぱいだった。

 

 でも、ちゃんと聞こえてくれていたらしい。手を繋ぎ合ったまま、ユウキは「うん……うん……」と何度も頷いた。

 そして目元の涙をぬぐうと、柔らかい笑みを浮かべて僕に言った。

 

「おかえり。リオルナ」

 

 

 





少しづつ変わっていくユウキをお楽しみください。

【設定・用語説明】

・リオルナとユウキのステータス
 二人ともレベルは同じだが、ステ振りと防具の性能により大きな差ができている。
 リオルナはVITとSTRに重点を置いているため火力と防御力が高い。ユウキはAGIとDEXに振っているため防御力はそこまで高くないが、リオルナより身軽な動きをすることが可能。

・士気高揚
 サブスキルの一つ。パッシブスキルは特にないが、複数のプレイヤーを対象にした付与系のバトルスキルを使うことができる。現在のリオルナの熟練度は中程度。

・ウォークライ
 『士気高揚』系統のバトルスキルの一つ。レンジ(対象人数)は二人。対象のSTRと回復力を上昇させる。効果時間は一分ほど。リキャストタイムは長め。

・バフ
 プレイヤーに付与される要素の中で、プレイヤーにプラスに働くもの。
 SAOにおいてはレンジ、効果は控えめなものとなっているが、使いどころを見極めれば役に立つ。
 状態異常などプレイヤーにマイナスに働く要素はデバフと呼ばれる。
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