明日へ繋ぐ切先   作:Senritsu

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第19話 大灯台の頂で

 

 『グレスリーフ大灯台』は、そのほぼ全てが硬質で薄暗い色の石材で構成された円筒状の建物ダンジョンだ。

 ここまでの過程、壁や床は単調な装飾が延々と施されているだけだった。階層ごとの変化と言えばエネミーの分布のみで、テキストにあったアインクラッドにおけるダンジョン『迷宮区』と似通った造形なんだと思う。

 しかし僕たちが辿りついた第五階層(最終階層)『ならず者の玉座』は、それらとは一線を画す雰囲気を漂わせていた。

 

「はゎー。ここが……」

 

 感慨深そうな声でユウキが呟く。その瞳は目の前に立ち塞がる巨大な扉に向けられていた。

 

「うん、ボス部屋……で間違いない」

 

 彼女の隣に立っている僕も扉を見上げる。これまで何度も押し開けていた扉とは比べ物にならないくらいの重厚感だ。以前攻略した『深きに揺らぐ海流水門』にあった扉も相当大きかったけどこれほどではなかったし、扉に用いられているんだろう見たことのない鉱石の青銅のような鈍い光沢がその特別さをますます際立たせている。

 外壁もかなり手の込んだ造りになっていた。深みのある藍色をした大理石のような石壁オブジェクトに複雑な紋様が刻まれていて、定間隔で設置された大きな窓から差し込む光が緊張感を醸し出している。

 マップで見る限りこの扉の向こうは大広間となっている。そしてその先にはこのエリアの統括者とも言える存在が立ち塞がっているはずだ。それに伴いこの階層に入ってからホロウミッションも発生している。

 

《Hollow Mission:入り江を統治するもの》

 

■作戦概要

 爆発的に増幅する力を振るって他を圧倒しこのエリアを統治する獣人の王が立ち塞がっている。エリアボス「デネトレイダー・ザ・コボルトロード」を打ち破れ!

■ターゲット

 デネトレイダー・ザ・コボルトロード×1

■制限時間

 無制限

 

 僕は小さく息を吐いた。

 

「エリアボス、か……」

 

「それっぽさが凄いよねー。RPG系のゲームのラスボス部屋前って感じ!」

 

 相変わらず軽いなユウキは。彼女と居ると、自分が気を張りすぎているなあということがよく分かる。

 

「ねえリオルナ。エリアボスってβテストファイルにあったフロアボスと同じくらいの強さってことでいいんだよね?」

 

「ああ。エリアごとのだいたいの広さもアインクラッドの1フロアより少し大きいくらいだし、ほとんど立ち位置的には変わらないと思う」

 

「そのフロアボスってさ、どのくらい強いんだろうね? 何パーティくらいで挑むものなのかな」

 

「確か……4パーティを1レイドとして2レイド。ざっと48人で挑むのがセオリーだったはず」

 

 それでも負けたことがあるみたいだけど、と僕は付け加えた。とにかくSAOのフロアボスは規格外ということらしい。

 

「うわぁボクたちたったの二人だよ。そこら辺考えてくれてればいいんだけどなー」

 

 苦笑いを浮かべてユウキは言った。僕も頷く。流石にプレイヤー48人分ものはたらきを二人ですることは難しい。ある程度弱体化してくれていることを祈るばかりだ。

 

「まあでも、いつまでもここで待ってなんてられないしね! あとボクたちにのこされてるのは挑戦することだけだよ!」

 

 そしてたとえボスが強力であろうともユウキの言っていることは正しい。

 この20日間近く、ほとんどを戦闘と探索に費やしてきた僕たちのレベルはほとんど頭打ちに近いものになってきている。もうこのエリアでは1レベル上げるのも難しい。武器の熟練度についても同じことが言える。

 

 通じるだろうか。僕たちの今までの経験が。僕は自分の手の平をじっと見つめた。隣のユウキが一歩踏み出す。

 

「……大丈夫だよ。ボクたちには()()もある」

 

 ユウキが僕の目の前で指を振る。展開されたのはメニュー画面の『実装エレメント調査リスト(Impliment)』だった。

 百を超えるリストが並ぶ中で二つだけ、黄色いタグがつけられたものがある。

 

【OSS仕様の実装】《実装済》

 

■目的 ソードスキルを指定回数実行する 1000/1000

 

》》新たなシステムとして今までにないソードスキルをプレイヤー自身が創り出すことが可能となりました。オリジナルソードスキル(通称OSS)は作成したプレイヤー固有のスキルとなります。実戦や決闘において通常攻撃をリズムよく繰り出すことでOSSとして認められます。

 

 

【ソードスキル多重連携の実装】《実装済》

 

■目的 ソードスキルを指定回数実行する 300/300

 

》》新たな攻撃手段としてソードスキル同士を接続し多重連携を行うことが可能となりました。実戦や決闘においてソードスキルの発動中に他のソードスキルの初期動作へと繋げることで接続するソードスキルに姿勢的無理がない場合に限り連携が認められます。

 

 

「これがボクとリオルナがこの世界で最初に成し遂げた『任務』だと思うよ」

 

 なんたって新たなシステムだもんね。タグ付きのリストに表示された《実装済》の文字を指でなぞりながらユウキは言った。

 そしてくるっと振り返ったかと思うとメニュー画面を僕へと向ける。そこには今まで何度か二人で見せ合ったプレイヤーステータス画面が広がっていた。

 

■Status

 Name Yuuki

 Lv 88

 Hp 27700/27700

 

■Attributes Prm

 STR 107

 VIT 89

 AGI 148

 DEX 138

 

■Current Prm

 攻撃力 124

 防御力 116

 

■Main skill

 片手剣 617/1000

 

 

「そしてこれがボクの十日間の結果だよ」

 

 こういうのはマナー違反だとたしなめたらペアだからだとか戦略を立てるからとかで言いくるめられた。十日ほど前のことだ。

 僕もユウキと同じようにステータス画面を広げる。この階層型ダンジョンのエネミーのレベルが高めだったせいか、いつの間にかレベルが結構上がっていた。

 

■Status

 Name Rioruna

 Lv 88

 HP 28300/28300

 

■Attributes Prm

 STR 145

 VIT 140

 AGI 95

 DEX 99

 

■Current Prm

 攻撃力 151

 防御力 142

 

■Main skill

 両手剣 603/1000

 

 

 スピード特化で手数重視のユウキと、攻防特化で火力重視の僕。偶然とはいえ両極端なスタイルになったものだと思う。

 おかげでバランスがとれているので気にはしない。サブスキルの傾向もそれぞれお互いの長所と短所を生かせるようなバトルスキルを使えるような編成になっている。

 

 だから、数値上での懸念事項はもうほとんどないと言っていい。だから後は残りは僕自身の問題だ。

 あのとき以降、恐怖心の暴走は起こっていない。第三階層、第四階層に人型の剣使いエネミーが現れなかったからだと思う。いや、いたにはいたのだけど獣人の枠に収まっていたので心をざわつかせるまでもなかったと言うべきか。それともユウキのおかげで立ち向かうことができているのか、そればかりは分からない。

 あれから暴走していないということは、次はどうなるか分からないということでもある。もしかしたら攻撃的になるかもしれないし、殻に閉じこもるように座り込んでしまうかもしれない。いずれにせよ、ボスの前では致命的な状態だ。

 

「ユウキ、もし僕がまたあんな風になってしまったら――」「そんなことさせないよ」

 

 だから僕は前もってユウキにそのことを伝えようとして……言い切る前に拒否された。

 でもこれから挑む相手にそんなこと言ってられないから、と言い返すために開いた口をつぐむ。彼女の雰囲気が気にかかったからだ。

 

「リオルナ、ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ」

 

 ユウキはあの小部屋でのときのように、切実さを帯びた声で僕に語り掛けた。

 

「あれからリオルナが挫けずに相手にぶつけていた気持ちをボクはずっと感じてきた。だからボクもそれに応えたいんだ。キミ一人だけの力じゃ足りなかったものを補って一緒に乗り越えられたらって、そう思うんだ。――だから、そんなこと言わないでよ」

 

 まあボクのわがままなんだけどね。とユウキは照れくさそうに笑って言った。

 何か大事なことを彼女は伝えようとしたんだろう。その気持ちを汲み取れてないことだけは分かった。彼女のことをもっと知ることができれば理解することができるのかもしれない。

 だから僕はかけられた言葉を記憶に刻み込む。いつか思い出すことができるように。

 

「……分かった。下手に気負わずにやってみるよ。この戦いで僕なりにあの怖さに挑んでみる」

 

「うんうん、その調子だよリオルナ! きっと上手くいくよ! お互いにサポートし合って、最後はボクがオリジナルソードスキルで一気に決めて終わり!」

 

 まだその編み出し方さえ分からない剣技を繰り出す気満々だ。しかし、ユウキが今まで勢いで有言実行してきた事柄を見るに、案外見込みはあるのかもしれない。

 

「ぶつかってみる、って言い方ユウキにぴったりだよね」

 

「それはどういう意味かなー?」

 

 不敵な顔で笑い合う。デスゲームと化したアインクラッドでもこんな冗談を言い合ったりするんだろうか。

 

「……さてと、じゃあ行こうかリオルナ」

 

 メニュー画面を閉じたユウキはそう言って右手を差し出した。

 「あの掛け声」だ。ボクも右手を前に出してユウキの手に重ねる。そのままぐいっと下に押してこぶしを握ってぶつけ合う。

 

「よぉーしっ! 気合いはばっちりだよ!」

 

「――たぶんボスは第四階層にいたコボルドたちのボスだ。特殊な武器を持ってるかもしれないから気を付けて」

 

「了解!」

 

「先駆けはユウキにお願いしていい? 僕は後から続くから」

 

「まっかせといて!」

 

 ユウキが扉へと駆けていく。僕も彼女を追いかけて、一緒に分厚い扉に手をかけた。

 お互いに目くばせし合い、一気に押し開ける。ごごごごご……という音を響かせながらゆっくりと開く扉を待たずして、僕たちはその向こうへと飛び込んだ。

 

 

 

 そこはまさしく王の謁見の間だった。

 

 広々とした部屋にはいくつもの窓が取り付けられ、開いた部分から青い空が見える。今まで平らだった天井はドーム状になっていて、ここが最上階であることを明確に示していた。

 僕たちの眼前に敷かれている絨毯はまっずぐに伸び、いくつもの支柱を挟んで玉座へと続く。玉座の前には幾人かの獣人がひれ伏している。その先にミッション目標はいた。

 

 デネトレイダー・ザ・コボルドロード。恰幅の良い巨体に盗賊じみた鎧を身に着けたその姿は、獣人たちの統率者に相応しいものだった。

 腰を下ろしていた王がゆっくりと立ち上がる。その左手には丸い盾が、右手には懐から取り出したのだろう斧上の武器が握られていた。

 

「周囲に罠なし敵影なし! 行くよ!」

 

 僕が討伐対象の観察をしていた傍らで注意深く辺りを見渡していたユウキが駆け出した。熟練度の増した『疾走』スキルによりその加速度は高まっている。

 数秒してから今度はコボルドロードが咆哮する。僕たちを排除するべき存在とみなしたらしい。その声が広間全体に響き渡ると同時にひれ伏していた獣人たちが跳ね起きた。

 

(一、二、三……六匹か!)

 

 コボルドロードの配下なのであろう彼らは一目散に僕たちへと向かって駆けだした。それぞれが大きなハンマーを両手に持っている。第四階層にも表れたエネミー『ルイン・コボルド・センチネル』だ。

 エネミーたちの数に思わず僕は歯噛みする。センチネルたちは攻撃力こそそこまで高くないが、スタン付与効果のある固有ソードスキルを使ってくる厄介な存在だ。それが六匹いるとなれば無視することなど到底できない。

 

 どうする。先にセンチネルたちを倒さなければボス混じりの乱戦となってしまう。それだけは絶対に避けないといけない。

 しかしこのまま走ればすぐにユウキが彼らにつかまってしまう。初見の敵に対する僕とユウキの対応力とエネミーたちの分布を考えて、数瞬でその答えを導き出す。

 

「ユウキ、僕を前に出して! 僕が雑魚を引き受ける。ユウキにはボスの様子見とひきつけを頼みたい!」

 

「おっけー! タイミングは?」

 

「今!」

 

 僕はそう言うと同時に持てるだけの力を使って床を蹴った。広がっていた僕とユウキとの距離が一時的に詰まる。そして僕はユウキに向け、思い切り左手を伸ばした。

 

「スイッチ!!」

 

 その掛け声を聞いたユウキが走りながら半身だけ振り向いて僕の方へと手を伸ばす。

 

 そして手を繋ぎ合った。

 

「りょう、かぁい!!」

 

 ユウキが僕の腕を思い切り引っ張る。ユウキの速さが僕に加算され、更なる推進力を得て一気に前へ。引き戻す力の働いたユウキはその後方へ引き下がる。

 あのときの連携をヒントに二人で技にまで昇華させた連携方法。

 センチネルたちはもう目の前だ。その後方にいるコボルドロードもこちらに向けてどしんどしんと足音を響かせながら駆けだしていた。

 

 まずはその先陣を切り崩す。限界以上に加速した勢いが失われる前に、僕は右手で両手剣の柄をしっかりと握った。

 

「これが」

 

 抜刀と同時に剣を腰下へ、姿勢を低く保ってソードスキルの初期動作を完遂させる。刀身が橙色の輝きを帯びたのを目視してすぐに、僕は剣を大きく振りかぶった。 

 

「スイッチだ!」

 

 ハンマーを振り上げたセンチネルたちのどてっ腹に両手剣範囲技『ブラスト』が叩きつけられる。僕たちへを取り囲もうとしていたらしき彼らは軒並みその衝撃波に巻き込まれた。

 剣技が終わると同時に僕は小さく跳んでその身をかがめる。直後に技後硬直が発生した。勢い余った僕の身体は固まったまますっ飛んでいき、正面でたたらを踏んでいたセンチネルに思い切りぶつかった。

 

 ごろごろと地面を転がる。目まぐるしく入れ替わる視界の中で、僕はユウキがセンチネルの群れを潜り抜けてコボルドロードへと向かっていくのを捉えた。

 センチネルたちはそんな彼女を見向きもしない。僕にヘイトが集中しているからだ。分断は上手くいってくれたらしい。

 

 技後硬直が解けた僕はその身をゆっくりと起こす。その周りにはセンチネルたちが集結していた。

 冷や汗がたらりと流れる。まるであのときの状況を擬似的に再現してるみたいだった。

 

「……あのときとは違うって言えたらいいんだけど……そんなに上手くいかないから。せめてユウキの希望に応えなきゃね」

 

 僕は剣を支えにして立ち上がる。そして素早くセンチネルたちのHPゲージを確認。一番削れている一体に狙いを定めた。

 強い気持ちで乗り越えていこうとも、泥臭く頑張ろうとも言えない。でも、ユウキはそんな僕を「強い」と言ってくれたのだから。それを否定しないために立ち向かうんだ。

 

「ボスと交戦開始したよ! HPゲージは……三段!」

 

 背後からかけられた声に「分かった!」と答える。僕の役割は速く彼女のもとへと駆けつけることだ。

 僕を殴り倒そうと迫ってくるセンチネルたちに向け、再び僕は剣を構えて駆け込んでいった。

 





どうやらリオルナとユウキが新しい連携技を編み出してしまったようです。本人たちはスイッチだと言い張っているようですが。


【設定・用語説明】

・テキスト&βテストファイル
同一のものを指している。リオルナたち調査メンバーに対して事前に手渡されていたβテスト事の資料のこと。第3話も参照。

・攻撃力と防御力
 STRやVITからも補正を受けるが、武器や防具の性能に依存するところが大きい。また、武器の重さ(優先度)や攻撃速度は度外視されている。
 それらの要素を含めた現段階での最終DPS(一定時間内に与える総ダメージ量)はユウキがリオルナを上回っている。

・実装エレメント調査の実装
 達成した個人にのみその効果が解禁される場合もあれば、ゲームシステム全体に影響を及ぼすものまでいろいろある。リオルナとユウキが実装したのは後者。
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