入り江と森全てを見渡すことができるであろう高さの大灯台の頂上。開け放たれた窓から青空が覗くその部屋は、依然として咆哮や金属音が入り乱れて騒然としている。
ときには大きな地響きや破砕音が周囲一帯の空気をも震わせ、それらの音だけでその場にいる者たちの激戦の様子を物語っていた。
目の前の敵を八つ裂きにせんと、力にものを言わせた荒々しい剣撃が次々と繰り出される。
「――ッ。あーもう! 次から次へと! しつこいんだってば!」
厄介なのはそれらひとつひとつに追随する風だった。別に剣が風を纏ってるわけじゃない。岩塊のような圧倒的な大きさの剣が振り回されることにより、風圧で衝撃波のようなものができている。
そしてなんとその風、行動阻害効果だけでなく攻撃判定があった。剣を避けるたびに吹きすさぶ風がまるで見えない刀身で身体をなぞるようにじわじわとHPを削ってくる。
「ユウキッ! 回避方向が左に集中してる! 壁際に誘導されてるぞッ! 右ステップを組み込んで!」
「! なるほど。りょうッ、かい!」
長髪を大きくたなびかせてその子は身を翻す。その直後、彼女が元いた場所に鉄板と見まごうほどの巨大な剣が叩き落とされた。衝撃で床からいくつか破片が散る。
彼女は自分めがけて振り下ろされた剣にしかし見向きすらもしない。剣を握ったその腕に沿うようにして疾走。瞬く間に剣を閃かしていく。
「おまえも……ユウキばかり狙ってるなよ!!」
僕もまた駆ける。ユウキの反撃にくぐもった呻き声をあげるコボルドロードのわき腹に思い切り両手剣を突き刺し、押し込む。刀身の半分ほどがめり込んだ肉の壁から、真っ赤なダメージエフェクトが鮮血のように飛び散った。
これは効いたはずだ。たまらずといった感じでコボルドロードが膝を折る。怯みにより反撃行動が中断され、その間に僕は両手剣二連撃技『イラプション』、ユウキは片手剣四連撃技『ホリゾンダル』をそれぞれ叩き込んだ。
とうとう、頭上に浮かんでいる凶悪な長さのボスのHPゲージが最後の一段へと突入した。
ここまで至るのに、果たしてどれくらいの時間がかかったんだろう。
そんな感慨にしかし浸る暇などなく、僕は怯みから立ち直ったコボルドロードの攻撃に対処した。どうやら今回は三段から二段になったときのような大きな変化はないみたいだ。
残り少なくなってきた回復アイテム数とだいたいの所要時間を念頭に置いて考えていると、ユウキが僕を呼び止めた。
「リオルナッ! 右斜め後ろ十歩くらいに二匹、真後ろ五歩くらいに一匹、センチネルがいる!」
「ん……!? 把握、したっ!」
いつの間に。いや、ボスの残りHPがトリガーとなって一気に湧き出てきたと言った方が妥当か。自分の目でも確認したいけど、悠長に後ろを振り返っている余裕はない。
ユウキから見てあの言い方ということは、今の僕は擬似的に囲まれているようなものだ。実際このまま十秒もすればあれよあれよと包囲されてしまうんだろう。
「厄介なことしてくるな……!」
我慢せず歯噛みした。今の僕はいくらかの意識を
「スイッチしようか!?」
「いや、このままでいい。……僕がボスを引きつけるッ、右後ろの二体をお願い。戦線が壁に寄ってるからボスを引き戻したい! ユウキはポーションを口に含んでおいて!」
ボスの振るう大剣を何とか受け流しながらユウキに指示をする。囲まれないためには標的となっている僕たちが自ら動いてかく乱するしかない。
「分かった! 気を付けて!」
僕の提案を受けたユウキは無駄にヘイト変動をさせないために後ろに下がる。ただしその瞳は油断なく僕とセンチネル、コボルドロードに向けられていた。その足の速さを活かして遊撃するつもりなんだろう。
ユウキの後退を合図に僕は両手剣を納刀。挟み打つように迫るコボルドロードとその配下を見やった。
(距離だけならセンチネルの方が近い……けどボスにはあの突進ソードスキルがある。だとするなら――っ)
「『ウォークライ』ッ!!」
声高に
AGIを高めるスキルを持ち合わせていないからとは言い、かなり強引な手段だ。しかもステータス増強系のバフは重ねがけするほどに効きが悪くなる。SAOにおいてバトルスキルと言うのはあくまで戦闘の補助程度にしかならない。
これでしばらく同じ手段は使えなくなったということだけど、ボスの残りHP的にも四の五の言ってる場合じゃないだろう。出し惜しみしてログアウトなんてしたくない。
ボスから背を向けて走り出した僕は半ば正面衝突するようなかたちで真後ろにいたセンチネルに肉薄。すれ違いざまに両手剣をその腹に滑らせた後、その背中を思い切り蹴り押した。
まさかこちらから向かってくるとは思わなかったのだろう、センチネルは何もできないままに僕に踏み台されて吹っ飛ばされていった。あとはボスに追随しているユウキが何とかしてくれるはずだ。
「はっ……はっ……」
口から熱っぽい呼気が吐き出される。肩は大きく上下していて、渇いた喉が口をひきつらせる。思わず膝に手をついてしまいたくなる程の疲れを僕は感じていた。
仮想世界においては肉体の疲れと言う概念は存在しないんだけど、精神的な疲労は寧ろ現実世界よりも早期に訪れる。脳に直接送られてくる情報に慣れきれていないのが原因らしい。
すなわち今の僕は、集中力の限界を感じてきているといったところなんだろう。
「てやあああッ!!」
気迫のこもった掛け声が耳に届き、僕は顔を上げた。どしんどしんと床を揺らしながら走ってくるコボルドロードの傍で、ユウキがセンチネル二匹を相手取っている。
センチネルたちはそれなりにうまく連携してユウキに攻撃を当てようとしているけど、全くかすりもしていない。完全にユウキの動きに翻弄されている。
(――僕だって負けていられない!)
僕を追いかけてきていたコボルドロードが不意に手に持っていた剣を懐に持っていく。あの踏み込みソードスキルが来る。直感が僕にそう告げていた。
――逃げない。ここで迎え撃ってみせる。
僕はコボルドロードの正面に立ち尽くしたまま、静かに両手剣に込める力を込めた。
思考を加速させ、視覚から与えられてくる情報を分析して適応させることに集中する。乱れている呼吸をできる限り落ち着かせる。
ソードスキル発動まで残り1秒程か。やつの居合切りとも言えるあの斬撃はユウキのそれに匹敵する。とてもじゃないけど、僕程度の反応速度で捉えきれるものじゃない。
残り0.7秒。ならばこれは失敗することが前提なのか。見てから回避ができるのはそれこそユウキくらいの反応速度でないと無理だ。普通に両手剣を割り込ませる程度では受け止めきれないことは明白。最悪武器が破損する。
あるいは、いま全力で後ろに跳べば直撃は避けられるだろうけど。
「リオ……」
ユウキが僕の名を呼ぼうとした。立ち尽くしている僕の姿が目に入ったんだろう。
でもその声はすぐに小さくなる。まるでその姿に何かを感じ取ったかのように。
残り0.3秒。そんなユウキに得意顔で笑ってみせたい。
そのあっけない結論に僕自身が驚いた。そしてそんな理由で賭けに出ようとしている自分と、この戦いにおける僕の戦闘方法にもっと驚く。
確かに受けるのを失敗したところで死にはしないだろう。でも今までの僕は痛いのが嫌で嫌でたまらなくて、ずっと危険を避けてきた。受け止められるか分からない攻撃には回避一択。逃げられない状況をまず作らないこと。そうすることができなかった結果があの暴走状態で、だからそうなること最も恐れていたはずなのに。
それがこの戦いではどうだ。暴走状態にならないことに注意していたにしろ、そうなるかもしれない状況に何度足を突っ込んだ? ボスの手に持つ片手大剣を目にして、どうして尚立ち向かっていけている? ついさっき防ぐことすらできなかった技に対しこうして再び挑戦しようと思うことができる、その気力のもとになっているのは――?
残り0.1秒。キィィィン……、と剣が唸り声を上げ、僕は思考を引き剥がした。ソードスキルのアシスト音。それを合図に。
だあんッ。
跳んだ。視界からコボルドロードが消える。いや、迫ってきてるのくらいは分かる。分かれ。今まで並列的に考えてきたこと全部曝け出せ。コボルドロードはどこを狙う? 首から腰の間くらい。やつ自身が斬りやすい高さをまた選んでくるはず。その方向は? 少しだけ右肩上がり。思いがけずやつは剣を剣として扱う。なら角度はまっすぐ。威力は? しゃれにならないレベル。通常攻撃はまず弾かれる。剣速は? 目視できない程度。でも、やつが目の前に迫ってきているのなら。既に
「らあアァ!!」
吼える。下段右に構えていた剣が弾かれるように上方を向いた。システムが突き進む方向に、全力で力を込める。
突っ込んでくるボスを見る必要はない。あとは両手剣を
どの一点で剣を打ち合わせるか、僕はそれだけしか考えていないのだから!!
刹那、轟くような剣戟音が王の間をビリビリと震わせた。
眩しいくらいの火花エフェクトが僕に降り注ぐ。その首元には、今まさにその首を斬り飛ばそうとしているかのように巨大な剣が添えられている。
そしてそれに比べるとあまりにも小さな、おもちゃのような大きさの両手剣が大剣と刀身を重ねていた。
「――ッ!」
しかしそれも一瞬のこと。僕の両手剣は輝きを失わせてはいない。システムはまだ剣技が持続可能であることを告げていた。
素早く剣を切り返す。それを大剣が追いかけることはない。スキル硬直が発生して動けないコボルドロードの正面で、僕は大きく一歩を踏み出した。
両手剣四連撃技『ライトニング』の二撃目から三撃目がその腹をこじ開けるようにして刻まれていく。硬直で無防備なところに叩きこまれたそれはコボルドロードのHPをごっそりと削り取った。
間髪おかずに四撃目も放つ。しかしその直後、本来なら硬直への対処をしなくてはならないタイミングに僕は不思議な感覚に囚われた。一瞬、本当に一瞬の間だけ手に持った剣がソードスキルのシステムアシストから抜け出して自由を取り戻したかのような……。
――!! いや、これは!
電撃のように体が動いた。再び剣の柄を強く握り、スキル硬直へ向かう四撃目の軌道を極力自然な動きで
最悪システムに見放されてソードスキル失敗判定となり、硬直時間増加を招くだろうその一手は。
――本来の規定を越えて持続するシステムアシストに上書きされ、次なるソードスキルの布石となる!
斬り下がって止まるはずの両手剣が引き返される。新たなアシストの導くままに腕が引かれ、束縛から解き放たれた足が改めて地面を強く踏みしめた。輝きを失い始めていた刀身が、そのとき新たな光を宿す。
これがあの実装システムの神髄。スキル硬直を無視して次の剣技へと繋げる『
さあ、終わらない剣技を始めよう。
「あ、アァ……」
今この瞬間に、箍を外すことを僕は恐れない!!
「あああアアアアァァッ!!」
その場で怯んで動けないコボルドロードに。幾度となく剣で傷つけられただろうその腹に。新たな裂傷が刻まれる。
薙ぎ払い。切り払い。切り下げ打ち据え切りあげて。大上段から叩き落とす。
両手剣六連撃技『ファイトブレイド』。
一撃入れるたびに大きく一歩を踏み出すその重攻撃は、王の巨体を何度も何度も押し下げた。
六撃目。五撃目から一拍おいてからの全力での切り落としを見舞った後、スキル硬直が発生する。
とたんにどっと疲れが襲いかかってきた。どうやらソードスキル迎撃から今までの間息を止めていたみたいだ。全力疾走してきた後みたいな猛烈な息苦しさと倦怠感がのしかかってくる。
自らの意志で顔を出させたはずの暴走的な自分は、いつの間にか鳴りを潜めていた。
「ぜっ、はっ……がッ!?」
しかしその余韻に浸る間もなく、僕は硬直の解けたボスの盾攻撃をもろに食らってしまった。全身が軋むような痛みと共にボスの足元から弾き飛ばされる。
回転しながら高速で通り過ぎていく景色の中でどうにか地面を見つけ出し、手足と頭を守るように身体を縮こまらせる。そして着地。ごろごろと何度も地面を転がったせいですごく気分が悪くなったけど、どうにか地面に叩きつけられるのだけは避けることができた。
しかしこれで。僕はやっぱり慣れることのできない痛みに顔をしかめながらも口だけで笑みを作った。コボルドロードに正面から打ち合うことができた。
「リオルナばっかり狙うのは……ボクも許さないよッ!」
そして向こうから頼もしい言葉が聞こえてくる。じんじんとした痛みに抗いながら体を起こしてみれば、僕に追撃しようとしていたコボルドロードがユウキの強襲によってその場に釘付けにされていた。
そんな彼女の奮闘に思わず苦笑いしてしまう。単体に対する継戦能力に関してはまだまだユウキに軍配が上がりそうだ。
ポーチからポーションを取り出して一息に呷る。全身の痛みが引き始め、息の乱れがある程度収まり、HPゲージが緑色になるまで回復したことを確認した僕は残りをHPリジェネ効果に任せて再び戦線に飛び込んだ。
「ユウキー! ……フォーローありがとう! これから合流する!」
「どういたしまして! よかった。派手に吹き飛ばされてたからッ、心配したんだよ、もう!」
「あはは……ちょっとぼーっとしてた」
「別のこと考えがちなのは……ッ、リオルナの悪いくせだよ! でもちょっとの間でここまで削ってるのにはびっくり! 無茶してないよね?」
そう言われてさっきの自分を振り返る。ユウキは少なからずあれを見てたはずだ。あ、これ言い逃れできない。
「……ちょっとしてたかもしれない」
「あとでお説教けってぇい!! ――疲れてると思うけど、一気に押し切ろう!」
そう言いつつユウキはボスの剣撃を掻い潜りながらカウンター気味に斬り込んでいく。より攻撃的なスタイルに切り替えたらしい。剣が纏う風に自ら身を晒して削りダメージを受けながらも、一つでも多く刃を届かせることを優先している。
ボスの頭上を見てみればそのHPは最終段の六割ほどになっていた。あの二発のソードスキルが叩きだしたダメージ量に驚く。良くて二割くらい削れれば、と思っていたけどまさかこれほどとは。
……何はともあれ今はボスを倒しきることに集中しよう。すぐ近くに湧いて出てきたセンチネル二匹を『ブラスト』で吹き飛ばしながら僕はユウキに声をかけた。
「こまめにスイッチしよう! 結晶系アイテムは温存して、ポーションのリジェネ効果で風の削りダメージを相殺する!」
「分かったッ! リオルナは息が上がってるけどまだいけるの!?」
……ばれてたか。いや、もう顔や行動に出てしまっているのかもしれない。でもここで弱音を吐くと無茶し始めるのはユウキだ。ここが踏ん張り時、と自分を叱咤する。
「――スイッチで時間稼ぎ程度なら問題ない! ユウキこそこれからボスの体力、削り切れるか!?」
「まっかせておいて! とっておきを見せてあげるよ!」
その言葉は強がりでもなんでもなく、活気に満ち溢れていた。いい感じにテンションが高まっているのが分かる。
これからボス撃破までの主だったダメージソースはユウキとなる。僕はサポートに回り、万が一の時に備えて集中力を持続させることだ。
「スイッチ!」「了解!」
ユウキがパリングに成功したとと同時に前衛後衛を切り替える。パリングでできた隙に剣技をぶつけていくことでタゲを切り替え、僕がコボルドロードと相対している間に、ユウキがさっき吹き飛ばされたセンチネルたちを余裕をもって撃破。体力回復に努める。
ボスが武器を持ち代えてからこの連携を続けてきたおかげか、短いスパンで滞りなくそれらを繰り返せるようになっていた。それだけ今のコボルドロードは相手するのが厳しいということでもある。
そしてここから先は……まさに命がけの戦いとなった。
こんばんは。読了ありがとうございます。
まずは謝罪から(謝ってばかりな気もしますが)。更新が遅れてしまって申し訳ないです。舐めてました新年度。ついつい執筆を後回しにしてしまいました。
そして前話で次の話で決着だよ的な雰囲気を漂わしていたのにまだ終わってません彼らの戦い。長すぎですかねやっぱり……。スキルコネクト関連でより詳しく描写したくなっちゃいまして、どんどん展開を先延ばしさせてしまい申し訳ないです。
また、なかなか書けないことに対する現実逃避でちょこちょこと改稿もしています。例えば第三話初出の安岐さんが第一話に登場したりしてます( 展開そのものは全く変わっておりませんのでご安心ください。
次話はまだ書いていませんが明日には更新したいと思ってます。フラグ立ってる気もしますが頑張ります。
それでは、また。
追記
ほとんど僕のわがままと言っても良いのですが……ソードスキルの名称。宣言するときにはさせるようにしました。あくまでも個人的な趣です。システムコール的な意味合いでとらえてくれると助かります。
【設定・用語説明】
・ソードスキル多重連携(スキルコネクト)
リオルナが実装した新システムの一つ。ソードスキルの発動中もしくは発動後に特定の動作を挟むことで技後硬直そのものを打ち消し、新たなソードスキルの初期動作へと一気に繋げることができる。
ある意味バランスブレイカーじみたシステムだが当然誰にでもできるということではなく、実現しようと思うものは各ソードスキルのクセ、速度その他のさまざまな要素を理解したうえでタイミングよく軌道をそらさなければならないという何かの試練じみた難しさを乗り越える必要がある。
・バトルスキルの仕様
原作ラノベ版のことも考慮して、あくまでも補助要素としての意味合いで今作では扱っている。ステータス強化系のバトルスキルは重ねがけできない(例えばSTR増強系のバトルスキルを二つ習得したところで、使えるのは常にどちらか一方のみとなる)(オリジナル設定)