第24話 糸口を探す
「――まあ、こんなものか」
刀身に付いた血糊を払うかのように、ひゅんっと細身の剣を振り抜きながら一息ついた彼の後ろ姿を、あたしは呆然と立ち尽くしながら見守っていた。
このホロウエリアに来てから驚くようなことばかり経験しているから頭が追いついてくれてないのかもしれない……っていやいやいや。これはおかしいって。
「……うそでしょ」
隣に立っているフィリアさんも呆れ気味だ。手に持っていた短剣は結局使われることなくホルダーへとしまわれた。
今の状況を要約するとこうだ。あの不思議な場所からセルベンディスの樹海エリアへ転移して戻り、フィールドを探索しているとエネミー殲滅系のホロウミッションと偶然遭遇。大量にポップした植物系エネミー『フラワーマン』を前に臨戦態勢を取ったあたしたちだったけど、ここで先行していた彼が「腕ならししてみるか。いったんここは任せてくれ」と言ってあたしたちを押し留め、一人でエネミーの群れに飛び込んでいってしまった。
――と、思っていたらいつの間にかエネミーの群れはほとんど壊滅していた。何を言ってるか分からないと思うけど、気が付いたらあんなにいたエネミーたちは彼に散り散りにさせられていたんだ。
あたしがかろうじて目で追うことができたのは、振るわれる
《Hollow Mission Clear!!》
ホロウミッション達成のファンファーレと共に表示されるメッセージを眺めながら、あたしは呆然と口ずさむ。
「え、ええー……お兄ちゃん強すぎじゃない?」
報告です。菊岡さん。
あたしのお兄ちゃんはなんというか、あたしの予想を遥かに超えて凄い人みたいです……。
お兄ちゃんはポーションを軽く口に含みつつ、ホロウミッションのクリア報酬画面を興味深そうに確認しながら歩いて戻ってきた。
「そんなこともないぞ。まあ手数に関しちゃ自信があるけどな。直葉が持ってる刀だってなかなかレアな武器種スキルなんだ。上手く使いこなせればかなりの火力が出せるはずさ」
「そうなの? ということはあたしも頑張ればあれくらいできる……?」
「リーファ。あんまり信じない方がいい。私でもキリトのあれはちょっと次元が違うと思う」
お兄ちゃんのアドバイスにちょっと浮かれかけたあたしだけど、すぐに隣からフィリアさんの冷静なコメントが飛んできた。
あ、やっぱりそうなんですかー危うく信じちゃうところでしたー、とフィリアさんにお礼を一つ。昨日と変わらず無口でちょっと暗い表情のフィリアさんだけど、時折こうやって反応を返してくれる。あたしはそれが何となく嬉しかった。
「な、なんだよ。二人揃って俺を別枠にして……」
そんな私たちの様子に居心地の悪さを感じたみたいだ。お兄ちゃんは戸惑いがちにそう呟く。あたしは慌ててお兄ちゃんをフォローする。
「ち、ちがうちがう。そんなわけじゃないんだよ。お兄ちゃんの戦い方を見るのはこれが初めてだから、ちょっとびっくりしちゃったんだ」
「……そう言えばそうだったな。ボス戦でもないのに他のプレイヤーに
あれってなんだろう。感慨深そうなお兄ちゃんの言葉に疑問符を浮かべる。でも、その答えを告げたのはお兄ちゃんじゃなかった。
「……二刀流……」
フィリアさんの小さな呟き。お兄ちゃんは「やっぱり知ってたか」と言って頷いた。
当然だけどこのゲームを始めたばかりのあたしは話の内容がよく見えてこない。お兄ちゃんは何かレアなスキルを持ってるのかな? 詳しい話を聞こうとあたしが口を挟みかけたそのとき。
「――待たせちゃってごめんねキリト君! 結構時間かかってたでしょ?」
後方からはきはきとした女の人の声が届いた。振り返るとさっきまであたしたちと同行してた人が戻ってきている。お兄ちゃんと一緒にこのホロウエリアにやってきたプレイヤーのアスナさんだ。
これがまたびっくりするくらいきれいな人で、お世辞でもなんでもなくモデルさんみたいだと思った。すらっとした身体に長くてさらさらなはしばみ色の髪。同性のあたしでもちょっと見惚れちゃったくらい。
「気にしなくていいよ。それよりもアスナ、今のはギルドからの通信か?」
お兄ちゃんはごくごく自然な態度でアスナさんに接する。それはまるであの人たちにとってそれが日常であるかのようだった。もちろんそれはアスナさんにも言えるわけで。
「うん。わたし宛にメッセージが届いてたから連絡を取ってみたの。ここからでもメッセージのやり取りならできるみたい」
「ほうほう、いいことを聞いたな。で、なんて連絡だったんだ? 別にギルド内の話だったら首は突っ込まないけど」
「わたしもそっち系の案件かな、と思ったんだけど違ったわね。わたしの位置情報が急にロストしたらしくって、慌てて安否確認……って感じだったよ」
「う……まじか。そう言えばこっちからもアインクラッドにいるはずのフレンドの位置情報が分からなくなってるな……」
「知らない人が見たらびっくりするよね。そういう類いのトラップに引っかかったってことでどうにか話を通したけど、まさか実質的な死刑宣告をされるなんて。あんまり長くは留まれなさそう」
……仲いいなあ。あの二人。
お互いのメニュー画面を確認するお兄ちゃんとアスナさんを見て、あたしはそう思わずにはいられなかった。その、あんまり気持ちのいい感情じゃない。
そもそもお兄ちゃんがこうやって女の子と普通に話していることそのものがちょっと驚きなんだ。こんな事件に巻き込まれたまま二年も経てば身近な人でもその印象が変わってるなんて言うのはよくあることなのかもしれないけど……ログインする前のお兄ちゃんを知っているあたしは戸惑いを覚えてしまう。
そのときフィリアさんが小さく噴き出した。お兄ちゃんたちはそれに気付かなかったみたいだけど、なにかおかしなことがあったっけ?
「ごめんごめん。リーファの顔を見てるとつい、ね。すごくむすっとした顔になってたよ?」
「……え? あ……」
……うわっ。は、恥ずかしい……!
あたしは手で顔を覆った。頬が一気に熱を帯びる。その光景はどこからどう見たって……嫉妬してるようにしか見えない!
「ふふっ、可愛いとこ見ちゃったな。リーファってそんな顔もするんだね」
「うぅ……からかわないでくださいよー……」
「その否定しないところもね? 気付かなかったとは思うけど今の、かまかけだよ」
はう……っ!
ダメだ。完全に掌の上で転がされてる……。あたしは耐えられなくなってその場でしゃがみ込んで頭を抱えた。
「も、もう完敗です。フィリアさんはずるいです……!」
あたしが弱り切った声でそう返すと、フィリアさんはからかいすぎちゃったかな、とくすくす笑いながら言った。
その後、お兄ちゃんにあたしの今の様子を伝えようとするフィリアさんと、それを止めにかかるあたしで何やらやたら高度な駆け引きが発生し、それをお兄ちゃんとアスナさんが不思議そうに見つめるというなんともシュールな構図ができ上がったわけだけど、まあ、フィリアさんが楽しそうにしてくれていたから悪い思い出じゃない。
なんだかんだであたしたちはこの【セルベンディスの樹海エリア】の探索を進めているわけだけど、やっぱり攻略は一筋縄ではいかないようだった。
時折道を塞ぐように表れるエネミーたちを撃退しながらこれからの方針を話し合う。
「恐らくこのエリアで起こるホロウミッションの幾つかがキーになってるんだろうな」
とはお兄ちゃんの談だ。
「ここの攻略を階層攻略と同じように考えればそうなるよね。ストーリー型ならなにかのトリガーを見つけてそこから辿っていくことになるんだろうけど……」
「エリアマップを見る限りその線が濃厚だろう。いかにも思わせぶりな名前のフィールドがたくさんあるしな。フィリアたち……いや、リーファはここに来たばかりだったな。フィリアは今までどうしてたんだ?」
お兄ちゃんが投げかけた質問にフィリアさんは少し口籠って、ややあって不満そうに言った。
「……ほとんど身動き取れなかったよ。私はもともとレベルがそんなに高くないから、このエリアだと一対一ならともかく多数のエネミーには太刀打ちできない。それだけで行動範囲はすごく縛られた」
そうだったんだ。あたしは意外な気持ちで前を歩くフィリアさんを見つめた。目の前でスカルリーパーの鎌を打ち返したときの印象が強すぎて考えてなかったけど、多勢に無勢な状況だと流石のフィリアさんでも荷が重いらしい。
「あ……そうだよな。ごめん。少し無神経だった」
「もう。キリト君ったら自分基準で物事を見ちゃうんだから。こんな場所を誰かの助けなしで攻略できる人なんてほんの一握りの人しかいないよ?」
アスナさんに窘められてお兄ちゃんは苦笑する。今までのやり取りを見る限り、お兄ちゃんだったら本当にここを一人で攻略できるのかもしれない。
片手剣をそれぞれの手で一本ずつ持つスタイル。武器種スキル名はたぶん二刀流。あれから繰り出される攻撃は苛烈の一言だった。あれならたぶん同レベル帯のエネミーの群れくらいなら軽々殲滅してしまうだろう。
「でも、何もしてなかったわけではないんだろ? いくら慎重に行動していたとはいえ、この場所で今まで一人で生き抜いてみせた実力は伊達じゃないはずだ」
そんなお兄ちゃんはしかし、フィリアさんの謙遜を見抜いていた。流石……というよりも当たり前かな。フィリアさん、この四人のなかで一番自然に佇んでるから。
フィリアさんの口角が少しだけつり上がる。その顔に好戦的な笑みが浮かんだ。
「……やっぱり鋭いね。もともと私の本来のスタイルはトレジャーハンター。フィールドに長く留まるのには慣れてるの」
トレジャーハンター? またも聞きなれない言葉が出てきてあたしは疑問符を浮かべる。でも今度はアスナさんがあたしの様子を察してか説明を挟んでくれた。
「既に解放された階層をさらに詳しく探索し、新しい隠しダンジョンや宝箱アイテムを見つけることを目的とするプレイヤーたちのことね。見返りは大きいけど危険も多いからアインクラッドでは数えるくらいしかいないと聞くわ」
なるほど。それならさっきフィリアさんがフィールドに長く留まるって言っていたのも頷ける。既に攻略されたとはいえ、そのフィールド全てをくまなく探索なんてしたら途方もない時間がかかるよね。
「いくつかのフィールドはまだエネミーの数が少なかった。そいつらを一匹ずつ釣って倒してレベルを上げる。それをずっとやってた」
「……そりゃまあ、気の遠くなるようなことしてたんだな……それでそのフィールドは踏破できたのか?」
「うん。一通り見てきたつもり。まあ、慣れればそうきつくもなかったよ。今までだってそうやって過ごしてきてたわけだし」
『ずっと』ってどれくらいなんだろう。あたしはそれを聞こうとして止めた。聞いたところで何になるとも思えなかったからだ。
「じゃあどうだ? そのなかで何かイベントが起こりそうな場所はあったか? エネミーの数が少ないってことはそのフィールドそのものの難易度が低いってことだ。そしてそれは大抵エリア序盤のフィールドであることが多い。このエリアの攻略のカギがストーリーにあるとするなら、ヒントはそこにあるはずだ」
お兄ちゃんはあくまでその方向性で話を進める。それはもしかしなくても、お兄ちゃんなりの気遣いなんだろうな、と思った。
フィリアさんは少し考えると周囲にエネミーがいないかを確認し、メニュー画面からマップを開いて私たちに見せた。
「……一つ、心当たりがある。このマップの北東の神殿」
「あ、そこってあたしとフィリアさんが転移した場所ですね」
「そう、ここからはだいぶ離れているけど……あの神殿の入り口に英語で碑文が彫られてあったの」
ほう? とお兄ちゃんとアスナさんが興味深そうな顔をする。私も例外じゃない。気になります。
フィリアさんはポーチの中からメモ帳を取り出すと、いくつかページをめくってその英文の内容を見せた。
『Devote sword and Sacrifice. A person against fate』
――構成そのものは簡単な英文だ。あたしでも訳せる。でも、やたら単語が難しい……。
「サクリファイスは確か生贄、フェイトが運命だから……『剣と贄をささげよ。運命に反する人』?」
「私もそこまでは分かったけどどうにも意味が繋がらなくて……神殿の中もダンジョンになってたから今まで行くのを断念してた」
そういう経緯があったなんて。でも、確かにこれだけの情報でそのダンジョンに足を踏み入れるのはあたしでもいやだ。
二人して悩んでいたそのとき、いままでその英文をじっと睨んでいたアスナさんが口を開いた。
「それ、多分詩みたいな読み方なんじゃないかな? ……『捧げるは剣と贄。運命に抗う者』」
あ、なんだかそれっぽくなった。思わず顔が綻ぶのを感じる。英文が綺麗に和訳できると気持ちいいよね。
「なんかそれっぽい感じだな。おとぎ話なんかの切り口にありそうだ。そのダンジョンを攻略してみて損はないと思うが……皆はどうだ?」
私と同じ感想を持ったらしいお兄ちゃんがみんなの確認を取る。もちろん、あたしは大賛成だ。あの神殿凄く作り込まれてたからなあ……えへへへへ……。
「もともとあそこにはお宝がありそうな雰囲気がしてたし、私は賛成。リーファは……言うまでもないね」
「わたしも異論はないよ。じゃあ、決定かな?」
「よしっ、じゃあ今日はその神殿の入り口まで行くことにしよう!」
お兄ちゃんの掛け声を合図に、あたしたちは北東へと進路を向けた。
こんばんは。お久しぶりです。失踪してしまって申し訳ない。ちょっとモチベーションがメルトしちゃってました。
久しぶりに書いたらなんかキャラの性格が変わってきてる気がします。主にリーファが。これあと一年もすれば別人になってやしないだろうか。
まあ、これからリーファ、フィリアの章が再開です。適度に頑張ります。
【用語・設定説明】
・Devote sword and Sacrifice. A person against fate.
オリジナル設定。ただ公式の攻略フローには従います。
HFをクリアして未だにあのエリア名を覚えてる人はこの時点でピンとくるはず。