さっきあたしたちが交戦したエネミーは、その後も二体以上で現れることなく単体でうろついていた。二人で話し合って、撤退のときの煩わしさを避けるために優先して倒すことにきめる。ああいったエネミーは基本的にリポップまでの時間が長いから、あまりダンジョンに長居しない場合には効果的なんだよね。
そして嬉しいことにあのエネミーは倒したときに得られる経験値の量が多めに設定されていたらしい。ダンジョンの中心部と思われる場所に着くまでに、あたしは2つ、フィリアさんは1つレベルを上げることができた。
今までここは神殿だとばかり思っていたけれど、どちらかといえば教会と言うべき場所なのかもしれない。それは、今あたしたちが立っている場所がまるで聖堂のようだったからだ。
「そういえばところどころ階段を登りましたが……中はこんなことになっていたんですねー」
「入り口からじゃ見えないようになってたんだね。いきなり明るくなったせいで眩しく見える」
実際にまぶしそうに目を細めながらフィリアさんは言った。頭上には大きな空間がアーチ状に広がっていて、ずっと高い位置にある窓はいくつか開け放たれていて日の光を差し込ませていた。
今までの通路もそうだったけど、やはりこの聖堂らしき場所もところどころ崩れているところがある。荘厳な雰囲気を放つ柱もいくつかがその身を横たえ、欠けていると思われる装飾も散見された。
「ええと、とりあえず二手に分かれていろいろ探してみましょうか? 広いとはいっても迷子になるほどじゃないですし」
「うーん、個人行動はやめとこう。あのホロウミッションのときみたいにいきなり何かが起こることがあるからさ、ここって」
「あー……」
あれはかなり理不尽だったとあたしでも思う。投石でのタゲ取りをしたら周囲を取り囲まれるようにエネミーが出現するなんてトラップにも等しい。
あのときはエネミーのレベルも抑え気味(それでもあたしより高かったけど)だったし二人でも切り抜けられたかもしれないけど今ここに出現するエネミーはあの高レベルな騎士型だ。一人だともしもがありえる。時間がかかっても二人で探索した方がよさそうだった。こういうきれいなところではあたしが不用心になりがちだしね……。
「そうですね。それじゃあ始めましょうか」
「うん」
調査は一時間もかからずに終わった。まあ広いとはいっても室内だから野外ほどじゃない。ひとまわりするだけならすぐに終わってしまうくらいだ。
意外だったのは調査の間エネミーが一切現れなかったこと。てっきり固有名持ちが現れるだろうと思っていたらそんなことはなく、終始平和なままだった。こういうのは何かあった方が気が休まると言うもので今もちょっと不安だ。
「とりあえず見つけたのはあの碑石の文くらいですか?」
「そうなるね。何かネームドが出てきてそれを倒したらキーアイテムが手に入る、とかが定石なんだけど……ちょっと意外」
「ですよね……でも、これもかなり重要ことが書かれてましたよね?」
聖堂の壇上に当たる場所、といえばいいのかな? そこに放置されていた焼けただれた絵本のようなもの。そこから読めるページを探し、見つけ出した文だ。それぞれフィリアさんがメモしている。
『In order to break the fresh blood of reincarnation, the boy wanted a holy sword』
『The sound of the bell echoed. Gear out around. Pledge of past days led the doy』
あたしはフィリアさんのメモ帳を覗き込んで苦々しく言った。
「なんで英語……対象年齢が高めだからこそできる芸当でしょうか」
「その発想はなかったけど今回のはけっこう簡単だよ。リーファでも読めるんじゃない?」
「知らない単語が多すぎますよ~……」
あたしの学年だと習わない単語だと信じたい。あたしの成績は良くも悪くも普通ってくらいだから成績の良い人は読めるのかもしれないけど。
「まあとりあえずここから出ようか。正直エネミーが出てこないのが不気味すぎて集中できない」
「そ、そうですね。実はあたしもさっきから気になってて……帰りにやばいやつがくるとかない……ですよね?」
「……十分ありえそうだから気を付けよう」
と、いうわけであたしたちはその場からそそくさと撤退を始めたのだった。
それにしても破壊が目立つダンジョンだった。人の行為によるものではなさそうだけど、地震のような災害にも思えなかった。内部だけが荒らされている感じだ。それでもどこか独特な雰囲気を感じ取ることができて、こういうのはゲームだからこそできることだなと改めて思う。
前回のダンジョンに出てきた骸骨エネミーと言いここの破壊具合と言い、ここの舞台設定には薄暗い何かが潜んでいそうな気がする。あたしはそんなことを頭の片隅で考えながら先を行くフィリアさんを追いかけていた。
ぱちぱち、と火のようなエフェクトが弾ける。流石に火のゆらめきをVRで表現するのはALOと同じく難しいみたいだ。でも手をかざすとそういう設定になっているのか暖かく感じる。
ここに来て何回目かの野宿だ。地面に腰を下ろして、あたしは仮想世界の夜空を見上げた。ALOとあまり変わらずリアルの空より星が賑わっている。と、そこに武器の手入れを終えたフィリアさんがやってきた。
「はい、刀のメンテ終わったよ」
「ありがとうございます。……おぉっ、耐久値が結構回復してる!」
「あんな無茶な戦い方するから結果マイナスだけどね? これより以上は『探索』スキルだと回復できないから鍛冶屋頼みになるよ」
「うっ……ごめんなさい」
ただでさえ耐久値が低めに設定されてるらしい刀で硬い鎧を無理やり切り裂いたからだというのはなんとなく分かる。
自分でもチャレンジしてみたかったとは言えかなり無茶なことした記憶はあるし、フィリアさんを相当心配させた。これは反省しないと。
「それじゃ、これからの攻略について話し合おう」
「あっはい。そう言えばお兄ちゃんたちはまだ来れなさそうなんですよね?」
あたしの問いかけにフィリアさんは頷いて「あと数日はかかるね」と言った。
「どうしても準備期間が長くなるんだって」
「それは……まあ、当たり前ですよね」
HP全損=死という危険が付きまとうSAOにおいて、ボス戦は飛びぬけて気を使うとお兄ちゃんは言っていた。パーティメンバーと入念に打ち合わせをして、手に入れられるだけの情報をかき集め、レベル的にも念には念を置いてから初めて挑むらしい。
ALOではボス戦はただの大きなイベントだ。楽な相手だといかに効率を上げるかを重視した作戦をとることもあるけど、基本当たって砕けろと言うか当たってやばかったら一目散に逃げることがセオリーとなっている。
SAOのボス戦に近い雰囲気となるときと言えば……期間限定イベントのときとか? ALOでもゲームオーバーのペナルティは軽くないしイベントボスは何回も挑める敵ではないので結構ピリピリするけど……。ううん、きっとそんなもの比較にもならない。
とにかく、あと何日かはお兄ちゃんは帰ってこない。とすると多少危険を冒してでもあたしたちでここの調査を進めていた方がここで待っているよりずっとよさそうだ。
「しばらくは二人で攻略していくんですね、了解です。ところで、さっきのダンジョンに遺されてた英文は解読できてるんですか?」
「たぶんできたと思う。リーファはどう?」
「二つ目のは無理でした。難易度高すぎます……。一つ目のはなんとかなった、かも。 in order to って『~するために』って意味でしたよね」
あたしの確認にフィリアさんはうんうんと頷いた。その様子はどこか面白がっている雰囲気を感じさせる。こういう謎解きみたいなものが好きなのかもしれない。トレジャーハンターらしいといえるかも。
「予想でいいから言ってみて?」
「これあたしが間違ってたらかなり恥ずかしいんですけれど……!」
「いいよいいよ。こういうのは一緒にやらないと面白くないしね」
明らかに楽しんでした。ひょっとすると、こういう謎解きをする機会が久しくなかったからなのかもしれない。
一緒に冒険をする人が楽しそうならこっちだって嬉しくなる。あたしは間違ってないか心配になりながらも恐る恐る自分なりの和訳を口にする。
「新鮮な血……鮮血、の、転生……じゃない輪廻? を壊すために、少年は聖なる剣を求めた……で、どうでしょう」
「うん。だいたい正解だよ」
「そ、それなら良かったです。ほっとしました」
フィリアさんはメモ帳の英文に『鮮血の輪廻を破るため、少年は聖剣を求めた』と追加して書きこんだ。続けて、二つ目の文にも訳を書き入れていく。
「二つ目はたぶん、『鐘の音が響く。歯車が回り出す。過去のあの日の誓いが少年を導いた』だと思う」
「……この前から思ってましたけどこのエリアのストーリーって暗いですよね……」
アスナさんが解読した英文の訳は『剣と生贄を捧げよ。運命に反する者』だったはず。この三つの文の他にもヒントとなる文は隠されているのだろうけど、少なくともこの三つの文からは明るい雰囲気は感じ取れない。
あたしの言葉にしかし、フィリアさんは首を振って否定した。
「ううん。それがそうでもないみたいなんだ」
「えっ、どうしてですか?」
「この文だけ見るとなかなか暗い感じだよね。でも、フィールドとかダンジョンの正式名称だとちょっと違うことが書かれてるんだよ」
フィリアさんはそう言ってメニューからマップ画面を開く。このエリア全体を映す、ダンジョンとフィールドのそれぞれを点と線で結んだ地図だ。あたしもそれを覗き込んだ。
「キリトたちと最初に攻略したところがここだね」
「『蜂たちが乱舞する繁殖の森』と『聖剣を望んだ待機所』ですね。そこからあたしたちは『植物たちの楽園:北領域』と『捕縛者の森』を通ってその右下にあるダンジョン……『二人が邂逅した教会』を攻略しました」
「そう。それで、私たちが初めて会った場所が『セルベンディスの神殿前広場』。まだリーファは言ってないけどここから南に行くと『供物が導かれた新緑の街道』ってところに行くんだ」
供物っていうのはたぶん生贄のことだから、そのひとたちが歩いてきた道ってことかな。
「うーん、やっぱりフィールドもこの暗めのストーリー絡みのような気が……」
「ここからだよ。キリトたちと攻略してたとき、高レベルのネームドエネミーが出入口を塞いでた階段があって、そこを迂回して行ったでしょ? あの先にあるエリアの名前をマッピングスキルでなんとか捉えてみたんだけど、それがこれ」
「……『遠い日の誓いを遂げた広間』……」
「つまり、あの文の『過去のあの日の誓い』は達成されてるんだよ。あんなにレベルの高いネームドが守ってたってことはあそこに行き着くまでの過程を私たちが飛ばしてるんだと思う」
す、すごい。今までフィールド名なんてお飾り程度にしか思っていなかったあたしはフィリアさんの探索時の抜け目のなさに感嘆しきりだった。
そして、この流れからいくと当然、『誓い』とは何だったのかが気になってくる。フィリアさんはそのことが分かっていたのか、マップの拡大画面を一気に北東まで持っていった。
「それで、あたしが途中まで探索してるもう一つのダンジョンがこの『供物の神殿』と『少年が駆け抜けた回廊』だよ。『供物の神殿』の時点で敵が強くて『少年が駆け抜けた回廊』が高レベルのエネミーしかいない感じだから全然探索できなかったけど……」
「……ああ、なんとなく分かってきたかもです」
『二人が邂逅した教会』が恐らく出発点だ。そこからマップでは離れ離れだけど『供物が導かれた新緑の街道』、『聖剣を望んだ待機所』、『少年が駆け抜けた回廊』と繋げていくと浮かび上がるものは……
「生贄になった女の子を救い出すために少年が聖剣を手に入れて、二人が出会った教会で立てた誓いを遂げるまでの過程……といったところですか」
あたしの言葉にフィリアさんは今度こそ頷いた。
「その線ならさっきのダンジョンに日記が置いてあったのも不自然じゃないんだ。『二人が邂逅した教会』がスタート地点になるわけだから。『鮮血の輪廻』はたぶん生贄の風習のことだよ」
「その『運命に反する』ために『少年は聖剣を求めた』。『過去のあの日の誓いが少年を導いた』。確かにロマンチックですね……!」
攻略の糸口が一気に見えてきた感じだ。あたしは気分の高揚を隠せなかった。
「たぶんここの攻略はほとんど終わってるよ。残ってるのはたぶんこのエリアのボス……エリアボスを倒すことくらいだと思う」
フィリアさんは迷いなくそう言い切った。ここまで長かった……のかな? アインクラッドの人たちじゃないと分からないかな。
エリアボス。お兄ちゃんたちアインクラッドの人たちがその存在をほぼ確信している大型のネームドエネミーだ。ALOでも似たような敵はいるのであたしでも雰囲気は分かっているつもりでいる。
「ストーリー的にはそのエリアボスが生贄を捧げる対象ですよね。だとすると……」
「『供物の神殿』か『少年が駆け抜けた回廊』、どちらかのダンジョンの深部にそれはいるはず。ボス攻略はできればキリトたちとやりたいから、私たちはこのダンジョンをできるだけ詳しく探索しておこう」
フィリアさんの言葉にあたしは大きく頷いた。ここからそのダンジョンはエリアの対角線上にある感じだから辿りつくまでに時間がかかりそうだけど、そこまで焦ることもない。あたしのレベルも上げとかないとボス戦にも差し支えるしね。
このエリアを攻略すれば、アインクラッドへの道筋が近づくかもしれない。そのためにも、レベル上げと痛みへの耐性をこれまで以上に意識しようとあたしは思った。
――フィリアさんがこのとき、葛藤を隠せない表情で俯いていたことに気付かないまま。
「もしかしたら今すぐにでも行きたいかもだけど、今日はもう暗いから寝よう。見張りはあたしからしようか?」
「あ、いえ。あたしからでいいです。ちょっと光明が見えたのが嬉しくて目が覚めちゃって……」
あはは、と笑うあたしにフィリアさんも苦笑した。
ダンジョンから出てきて今までに安全エリアが見つからなかったので、今日はふつうのフィールド上での野宿になる。一応エネミーのポップが確認できなかったところを選んでテントを建てたけど、安全エリア以上に何が起こるか分からないので交代で見張りをしよう、という話になっていた。
「じゃあ遠慮なく。四時間後に起こしてね。おやすみ」
「おやすみなさいです」
テントにフィリアさんが入り、テントの明かりが消えて光源はいよいよ焚き木の火だけになる。あたしが焚き木に薪をくべるとその火は少しだけ大きくなった。
「………………」
じっと息をひそめて、そのまま二時間近くが経過する。相変わらず周囲にエネミーの出現はない。遠い向こうにエネミーらしき姿が見えるかな、といったぐらいだ。基本的には、音は風と木々と虫の鳴き声しか聞こえない。
もし、あたしがフィリアさんと出会わなかったとするなら、あたしはこんな夜を一人で過ごすことになっていたんだろう。穏かだけど、寄り添うものを見つけられない、そんな夜に。
その覚悟はこの計画の話を持ちかけられた時点で決めていたはずだった。一人でもできるところまで挑もうと。しかし、実際にその状況に置かれたとき、果たしてあたし一人で何ができただろう?
「そういう意味の寂しさっていうのはちょっと予想していなかったなあ……」
無力感、ともいえるそれは、きっと止まない雪のように静かに心を蝕んでいくんだろう。決意の叫びをそっと包み込んで閉じ込めながら。
それだけ、ホロウエリアは広かった。過酷な場所だった。フィリアさんが閉じ込められていたのは、そんな場所だったんだ。
「いつか、ちゃんと寄り添えられたらいいな」
そう呟いたあたしは、メニューからあるコマンドを選択し、開く。認証画面が出たのであらかじめ決められていたパスワードを打ち込む。
その後いくつかの確認を経て、『Call』のボタンを押し、右手を耳に当てた。
数秒間の静寂。
「――――接続完了。こちら総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課、SAO事件対策チーム。そちらの調査員番号は」
カチッという小さな音に続いて聞こえてきたのは落ち着いた声だった。
「125番。――桐ケ谷直葉です」
「了解。この回線はダミーソフトウェアが動作する限り接続されるため、急な断線の可能性も考慮すること」
「……が、そういうことはひとまず置いておこう。侵入成功おめでとう直葉君。調子はどうだい?」
「ありがとうございます。調子はいい感じです」
「ふむ、それを聞いてひとまず安心だ。この回線を使ったということは何か伝えたいことがあるようだね?」
あたしをこのホロウエリアへ導いた人、菊岡さんへと繋がったのだった。
来月でホロウフラグメントが発売されてから二年が経ちますね。
そうか……二年か…………
ラストの電話については第三話を参照してもらえるとなにかと思い出せると思います。