明日へ繋ぐ切先   作:Senritsu

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第5話 剣技を知る

 

 冷たい意志をもって、あたしの腕を切り落とそうと迫ってくる刃を紙一重で避ける。

 ひゅんっという風切り音とともに通りすぎたそれに肌をざわつかせながらも、傾いた身体に刀を引きずらせて一閃。

 相手の背中を的確に狙ったはずのそれは、だけど直前に立ち塞がった刀身をなぞるだけに終わった。

 

「っ――!」

 

 斬撃が届かなかったのを目視してからすぐに、強く地面を蹴って後方へ。

 仮想世界仕様のあたしの身体は、その一歩で5m近い距離を生み出した。

 

 一気に離れたように見える距離は、しかしこの「ソードアート・オンライン」においては無いに等しいみたいだ。

 立った一歩の踏み込みで、三歩分の足運びでこの差は埋められる。

 魔法や遠距離攻撃が一切存在しないというコンセプトのこのゲームにおいては、この距離はまだまだ近接戦闘を繰り広げられる間合いだということ。

 

 現に、一拍置く暇もなく私の分身はあたしを追いすがってきた。

 叩き斬る。迎え撃つ。高い剣戟の音が木霊した。全く息をつくこともできない。

 一呼吸の合間に一太刀、それを受け流したと思えば二撃目がもうあたしを捉えんと迫ってきている。

 

 迅い。速い。疾い――。

 

 経験したことのないスピードの応酬に、今はまだ後手に回ることしかできなかった。

 

 

 不意に、お腹がずきりと鈍い痛みを訴える。

 決して無視できない痛みに体が強張ってしまうけど、意識をそこに向けてしまったらそこでお終いなんだ。目線と剣先だけは絶対に外すもんかと歯を食いしばった。

 

 痛いのはここだけじゃない。右ふくらはぎや左手首、首筋の喉の近くが同じような痛みを発している。それはどれも、あたしが今までに斬撃を受けたり峰で叩かれたりした部分だ。

 その感覚があたしを無意識のうちに怖がらせていた。だから反射的に攻撃を捨てて、防御に徹してしまうんだ。

 

 (まさか、痛さをリアルに味あわせてくるなんて……)

 

 今のあたしは苦い顔をしているんだろう。さっきのパニックになっていたときよりかはいくらかましとはいえ、慣れるようなものじゃないし慣れたくもない。

 不幸中の幸いなのはそれらはただ痛いだけで、かがむと激痛が走るとかの追加効果がなかったということかな。それがあったらとっくにあたしは負けていただろうから。

 まあどちらにせよ本当に悪趣味だとしか思えない仕様だった。文句でも言ってないと挫けてしまいそうだ。原理が全く分からないけど恨むぞテスト執行者。

 

 

 そして痛覚云々の話は置いといて、この決闘にあたしが勝てるかと言えばそれも怪しいものがあった。

 たぶん、技量だけならあたしは相手を凌駕していると言っていい。現実での剣道で培った姿勢の保ち方と反射神経、仮想世界で飛ぶ練習をしたときに覚えた全方位への意識の傾け方が、相手の攻撃を見切る手助けをしてくれている。

 だから、この斬り合いが続くなら勝てるのはあたしだと自信を持って言える。防戦ばっかりだとはいえ、実際に刃を相手に届かせた回数はあたしの方が上なのだから。

 ただ問題が一つ。これを乗り越えないとあたしは絶対に勝てない。そう思わせるだけの『技』を相手は持っていた。

 

 大きく弾いたはずの相手の刀が、淡い青色の光を帯びる。

 それを見てすぐに、あたしは出来る限り広い範囲に警戒を広めた。無駄なことかもしれないけど、これを対処しないとあたしは負けてしまう。

 

「……ウキフネ」

 

 呟かれた言葉は、さっきとはまた違うものだった。

 その刀身が腰下にあったことから、咄嗟に刀を立てて身体に添わせる。恐らく、今のあたしじゃ剣閃を捉えきれない。

 

 刹那の後に襲ってきたのは、今まで経験したことがないほどの重さの衝撃だった。一際大きな金属音が響き渡る。

 

「――くぅっ!?」

 

 鞘を持っていた右手と、添えていた左手が悲鳴を挙げた。崩れかけた姿勢を取り戻すべく一歩身を引く。

 しかし連撃はやって来ない。それを確かめた直後に、肩先がかっと痛みを発した。どうやら受けきることは出来なかったみたいだ。じんじんとした痛さにちょっとだけ視界が滲む。

 でも、なにも対処しないよりかは遥かにましだった。強張らずに冷静に対処してくれた反射思考を褒めてあげたい。

 下手したらたぶん腕を切り落とされていた。そう考えると冷や汗ものだけど、あたしの身体ももうこれ以上痛いのはごめんだそうだ。

 

 そして相手はといえば、刀を大きく切りあげた状態のまま固まっていた。

 

(硬直時間? やっぱりこれスキルなんだ!)

 

 アルヴヘイムで魔法を唱えた後にも起こる硬直。その経験から推測するにその硬直が存在するのはスキルや特殊技を放った後だ。このとき、対象は完全に無防備になる。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。あたしは軋む肩を強引に動かして大振りに剣を振りぬいた。

 ざん、と確かな手ごたえが伝わってくる。戦闘の最初に背中を斬り裂いて以来の感覚だった。つい欲張ってしまいそうになるけど、今度は油断せず後退する。

 そしてちらっとお互いのHPバーを確認して、あたしは歯噛みした。

 

「やっぱり通常攻撃より威力は高いか……!」

 

 あたしのHPは今のだけで二割ほども削られていた。防御してこれだから本当に怖い。最初に無防備に受けたときには四割弱も削れていたから仕方ないかもしれないけど、理不尽なくらいの攻撃力だ。

 今までの通常攻撃で失った分も含めて、もうあたしのHPは三割ほどしか残っていなかった。黄色くなったバーが警告を発している。

 対して相手のHPはまだ半分くらいしか減っていない。さっきまでほぼ互角だったのに途方もない差をつけられた気分だった。

 

(このままじゃ押し切られる……。 なんとかしないと!)

 

 焦って反撃を増やせばスキルをくらって今度こそお終いだ。だからといって防御に徹してもジリ貧になるのは目にみえていた。

 ならどうする。どうやってこの状況を覆す?

 

 かく乱するにも速さが足りない。スキルを弾き飛ばすだけの力が足りない。攻め立てるにも技量が足りない。大分詰んでるなあ……。

 ないないだらけとはいったものだけど、じゃああたしに残された手段は何があるんだろう。

 

(――うん。それに賭けてみるか)

 

 今のHPならまだ、なんとかできることが一つある。うまくいくかは分からない。

 成功したら勝負に勝つし、失敗したらほぼ確定で負けてしまう。負けた先に待っているのは、この世界からの拒絶だ。

 

 でも、残された道が一つしかないなら、絶対に勝ち取ってみせる。勝利以外は考えない。

 ゆっくりと体勢を立て直した相手アバターがこちらへ向き直ったのを見て、あたしは再び刀を構えた。

 

「――お兄ちゃんに会えるなら……!」

 

 この痛みなんて、どこかに吹き飛んでしまうのだから。

 

 

 

 

 

 剣戟を重ねて、何合も打ち合って、互いに距離を取って、また突貫する。もう何回、同じことを繰り返したんだろう。

 気付けば互いのHPはじりじりと削れていて、あたしが残り二割近く、相手は四割ほどになっていた。

 さっきからあたしのHPバーは赤く点滅し、視界も赤く染まって早くHPを回復しろとあたしに訴えかけてくる。

 

(そろそろ……動いてほしいんだけどなっ……!)

 

 この緊張はなかなかきつい。攻勢に出たくなるのを抑えながら、その瞬間まで耐え続ける。

 でも、それももう間に合わなくなりそうだった。あたしのHPが二割を切ったらその手札は切れなくなってしまう。それはあまりにも悔しいことだった。祈りにも似た気持ちで相手の刀をはじき返す。

 

 

 そのとき、弾かれた刀がふっと碧い光を放った。

 

 

(――!)

 

 

 瞬間、あたしは刀を地面に思い切り突き立てた。即座に右手を鞘に、左手を刀身に添える。

 そして、その刀身越しに、襲い掛かる碧の軌跡をじっと睨みつけた。

 

「……ツジカゼ」

 

 

 一瞬の踏み込みの後に紡がれた言葉は、疾風を乗せていた。

 

 衝撃。

 ぎいぃぃぃん! という聞いたことのない音がフィールドを駆け抜けていく。あまりの音に鼓膜が破れそうだ。

 びりびりと身体が震えるほどの余韻が刀から伝わってくる。左手に至っては自らの刃がいくらかくい込んでいた。痛みはない。多分それどころじゃないからだと思う。

 

 削りダメージが加算されていく。それによりあたしのHPはぐんぐんと低下し、残り一割を切ってもまだ止まることを知らず――。

 

 

 残り3ドットになってやっと、踏みとどまった。

 

 

(――ここからだ!)

 

 それを目視する間もなく、あたしは刀を地面から引き抜く。今動けているという事実だけでもう十分だ。

 相手がスキル硬直で動けなくなっている間に、全てを終わらせないといけない。

 

 刀を振りぬいた格好のまま固まっている相手の背後を取り、ふっと息をはく。

 そして今まで正面に構えていた刀身を、腰下へと持っていった。

 

 目を閉じて、イメージする。

 

 相手アバターが放った神速の一撃の軌道を。その際の手の動きを、今、再現するんだ。

 あたし自身がスキルを放つこと。この不利な状況下で勝つためには、それしか方法はない。

 

 重心を下げて、少し俯き加減に。一瞬のために力を込める、居合切りの構え。

 

 自分の身体を信じて。今、刀身に碧い光が宿っていることを願いながら。

 

 

 一歩を踏み出す。

 

 

 「辻風っ!」

 

 

 

 

 

 ホロウエリア調査チームがログインを開始して数時間が経った後、とあるオフィスは喧騒で溢れていた。

 

「調査員65番が意識を取り戻したとの連絡有り! しかしひどく錯乱していて事情聴取は出来ない模様!」

 

「都立病院より帰還者からの情報がありました! 仮想空間で身体を傷つけられた場合、現実とほぼ同じ痛みがあるようです!」

 

「アミュスフィアにはそんな機能があったのか!? レクト社に確認急げ! 各医療施設には人員を増やすように伝えろ!」

 

「調査員31番及び46番ログアウト! 該当する病院に連絡を入れてください!」

 

 切迫した声が飛び交う。目まぐるしい状況の変化に、プロジェクト本部はもうパンク寸前だった。

 しかし、慌ただしく動き回る人々の中に一人だけ、じっと目を閉じて椅子に座っている男性がいた。

 

「き、菊岡中佐。報告があります」

 

「……なんだろうか?」

 

「はっ。先程調査員1番から40番までの自衛隊員が全員帰還しました。現在状態が安定している隊員に事情聴取を行っています」

 

「そうか……。落ち着いたら、お疲れさまと言っておいてくれ。慣れない場所だったんだ。彼らを責めることは出来ないよ」

 

「了解しました!」

 

 通信部職員の連絡を受けた後、菊岡誠二郎はようやくその重い腰を上げた。

 これも想定の範囲内だ。全員ログインできないことも視野に入れてこのプロジェクトは動いている。ただ、仮想世界での訓練も積んでいるはずの自衛隊による部隊が真っ先に全滅したというのは、彼にしても予想できなかった事態であった。

 せめて、まだ残っている人物がいるとするなら彼らを最大限に補佐する方向性に切り替えよう。菊岡はそう考えてホロウエリアのモニタリングをしている隊員に声をかけた。

 

「現状は今どんな感じだい?」

 

「はい。現在ホロウエリアに残っているメンバーは……あ! 今彼らに動きがありました! モニターを見てください!」

 

 目の前の画面を指差す隊員の言葉に従って、菊岡はマップにある一つの光点を見つめる。

 すると、ホロウエリアの入り口辺りで留まっていたその点が急に動き出し、ホロウエリアに入ったかと思うと『CANT SEARCH(追跡不可能)』というメッセージ分と共に消え去った。

 

「ろ、ログイン成功です……! 一般人のメンバーがホロウエリアへの侵入に成功しました!」

 

 感極まったかのようなその声に、おお、とオフィス内がどよめく。追跡不可のメッセージは潜入メンバーのアカウントがプロジェクト本部のハッキング用サーバからソードアートオンラインのサーバへと移行したこと、すなわちログイン成功の証だ。

 ログアウトメンバーが続出し、失敗かと思われたホロウエリアへのログインに一般人が成功したのだから、彼らの驚きはもっともだった。中には笑顔を浮かべている職員もいる。

 

「……今ログインした人たちの情報は分かるかい? 現状を把握しておきたい」

 

「あ、申し訳ありません! 今から個人を特定します」

 

 あくまでも冷静な菊岡の態度に、その隊員は慌ててログアウトしていない人々の名簿をリストアップする

 

「特定完了しました。ログインに成功したと思われるのは以下の四名となります。……凄いですね。いずれも十代の若者ばかり……」

 

 意外そうに呟く隊員の言葉は、しかし菊岡には全く届いていなかった。

 

「……やはり君が選ばれたか。桐ケ谷さん」

 

 

 

 

 

 

 相手の背中を一直線に斬り裂いたあたしの刀は、しばらくすると碧い光を散らして元の黒い刀身に戻った。

 身体は今動かせない。スキル硬直があたしの身を縛って強張らせていた。

 

 視線だけで、相手のHPバーを確認する。

 四割ほどもあったそれは既に赤く染まり、一割を切ってなお減り続け――

 

 

 ――DEADの文字を表示させた。

 

 直後、パリンというガラスの砕けるような音と共にあたし自身を象ったアバターが蒼い破片を散らせて消滅する。

 同時にファンファーレが響き渡って『YOU WIN!』という文字が目の前を踊った。

 

 正直これで削り切れなかったらその後のことは考えていなかったけど、そんな不安は杞憂だった。

 ただ、あたしがあれをまともに受けて減らしたHPがちょうど四割くらいだったから、割とギリギリのラインだったのかもしれない。

 

 

「か……勝った……よかったぁ……って、いたた……」

 

 スキル硬直が解けた直後に、あたしはぺたんと地面に座り込んでしまった。今になってどっと疲れと痛みが押し寄せてきて、とてもじゃないけど立っていられなかった。

 決闘後にHPが回復することはなく、相変わらず視界は赤色のままだ。全然穏やかじゃない。あたしはアイテムポーチの中から「ポーション」を選択して、表れたそれを一息に飲みほした。アルヴヘイムと同じ要領でいいらしい。

 

《テストプレイヤーの適正を確認しました。承認フェイズを終了します。これよりテスト領域へのログインを開始します》

 

 少しずつ回復する自分のHPを眺めていたら、唐突に電子音が響き渡った。うわあ、しれっとしてる。

 でも、とにかく認証テストとやらは合格したみたいだ。これでやっと、ホロウエリアへと入り込むことができる。

 

(ログインした途端にエネミーとエンカウントとかなければ……いいなあ)

 

 全然安心できないのが悲しい。フィールドに落とされたりしないですよね……。

 まず、このテストに受かった人はそうそういない気がする。せめて自分だけではないことをあたしは祈った。できれば現地で落ち合ってみたい。

 

 視界がまた白く染まりはじめる。どうやらログインが始まったらしい。

 まずは数日間を生き延びること。気の休まらない日々を覚悟しないといけないけど、手を抜いて死んでしまうよりかはずっとましだ。痛いし。

 

「さてっ、お兄ちゃんに会えるように、頑張りますか!」

 

 ぱんっと頬を叩いて、気合を入れる。長い長い探索の始まりだ。

 

 

 白い光はすぐに視界を埋め尽くし、不思議な荷重を感じながらあたしはホロウエリアに引っ張り込まれた。

 

 

 




リーファさんログイン成功。
次回からタグにあった通り別主人公の視点へ移ります。

【設定・用語説明】

・辻風
 刀の熟練度400で習得可能。
 やや大振りな居合切り。発動の際大きく踏み込むと狙い撃ちしやすい(オリジナル設定)
 リーファがログイン初期での特別に補正された熟練度でぎりぎり習得できた高火力の中級ソードスキル。

・浮舟
 刀の熟練度100で習得可能。
 スーパーアーマー付き。自身の右寄り前方120°、刀身の二倍の距離の範囲内にいる敵をまとめて捉える範囲技。
 右腰下から救い上げるようにして放つ。技後硬直は少し長め。

・ポーション
 最初にHPを10000回復し、更にHPリジェネを得る。3分間で計18000回復。
 リーファの初期レベルは80でHPは25000程度。ホロフラ設定に準拠している。
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