ユウキと名乗る女の子は、おおよそ同年代とは思えないくらい自然な笑顔を浮かべていた。
僕は最初それに見惚れてしまっていて、我に返って目線をそらすと、それまでの間ずっと彼女の手を握りっぱなしだったことに気付く。
「え、あ。ど、どういたしまして……」
僕は慌てて握っていた手を放し、俯きながら応える。恥ずかしさで顔がかっかと火照っていた。
「んー? 別に緊張しなくてもいいのに。ボクはそんなにこわい人に見える?」
「いや、その、そうじゃないいんですけど……僕ってそういう性格、だから」
「ああ。人見知りさんだったのか! ごめんね。無理させちゃって」
「う、うん」
気遣わしげにかけられる言葉に、僕は返事しかすることができなかった。ああもうどうしたってこんなに頭が回らないんだ!
何か言わなきゃという焦りはどんどん大きくなっていて、でもじゃあ何を言うかってなると頭が真っ白になる。なにこれもう泣きたい。
結局僕が返事をしてから最初の言葉を口にするまでに、たっぷり一分はかかった気がした。
このとき彼女は何も言わずに僕が話し出すのをずっと待っていてくれたんだけど、僕はそのことにまで頭が回っていなかった。
「……あの、ユウキさんも、アルヴヘイムから」
そして投げかけた最初の言葉がこれだ。
単刀直入にも程がある。これで相手がSAOのプレイヤーだったら訝しがられるにきまってるじゃないか。
己の不甲斐なさを嘆いていると、しかしそのことを気にも留めず彼女は嬉しそうに話し出した。
「よかったー! やっと同じ場所から来た人を見つけたよ。正直これでソードアート・オンラインから来た人だったらどうしようと思ってたとこなんだ!」
その言葉に息が詰まる。お互いに懸念していたことは同じだったみたいだ。
ということは、彼女もまたあの決闘を乗り越えてきたんだろう。僕はそのことについて尋ねられずにはいられなかった。
「えっと、ログインのとき、自分そっくりなアバターと、その、決闘になりませんでしたか?」
「あーやっぱり? ってことはあれログインしようとした人全員がやられたんだねー。うん。ボクも戦ったよ」
「……よく、勝てましたね。……あ、その、ごめんなさい」
「謝らなくていいよー。実際ボクとかけっこう危なかったもんね。でも君も――ってそういえば、君の名前をまだ聞いてなかったよ!」
ぽん、と手を打って僕を覗き込んでくる彼女。
ちなみにさっきまで完全に俯いていた僕の顔は、ようやっと彼女の顔が見れるようになるまで持ち上がっている。……上目遣いだけど。
そういえば、と僕も思った。流石に相手に名乗られておきながらこっちが名前を言わないのは失礼なことだ。
決闘の話は中断されてしまったけど……僕は今のやり取りでもう満足だった。この子もあれと戦った。その事実だけが分かればいい。
「えっと、僕の名前はリオルナって言います」
「リオルナ君かあ。ふふ、なんだか女の子みたいな名前だね!」
「じ、自己紹介の時にはよくそれでからかわれてます……」
僕のその返しに、彼女はおかしそうに笑った。そ、そんなに面白いこと言ったかな?
「ね。ボクってさ。君より大人だと思う?」
そしてちょっと真面目な顔で僕に尋ねてくる。でも、その内容が少し反応に困るものだった。
これはからかわれてるんだろうか? どう答えたものか分からなくて狼狽える僕を見るために。
しかし、彼女の目を見てみれば、ただただまっすぐな想いあるだけだった。今までこの手の質問を投げかけてきた人たちの、なんというか嗜虐的なものを一切感じない。
「……僕には、そうは見えないです」
だからあっさりと、そう答えることができた。素直に思ったことを言葉にできたのは、何時ぶりのことだろう。
僕の返事を聞いた彼女は、また嬉しそうに笑って言った。
「じゃあ、敬語なんて使わなくてもいいよ! ボクは君よりたぶん年下だもんね! ほんとはボクの方がちゃんと敬語使わないといけないんだけど……そういうの苦手でさ」
話しながら苦笑いを浮かべる。確かに、敬語とかの類いはあんまり得意じゃなさそうだ。
いろんな人に怖気なく話しかけることができるから、それらを使いこなす機会があまりないんだと思う。ましてや、僕みたいながっちがちのコミュ障を会話が成立するくらいまで引っ張り上げてくれる。こんな子のことを、何というんだっけ。
「――天真爛漫、か」
「ん? 何か言ったかな?」
僕の呟きは、幸いなことに彼女には届かなかったようで。
「いや、なんでもないで……ないよ。慣れるまでに時間かかるとおもうけど……よろしく。ユウキさん」
「はーい、よろしくね! ただし、さんづけもナシ! なんだかむずがゆいからね」
「……了解。ユウキ、ね」
「うんうん! ボクも君のことをリオルナって、そう呼ぶよ」
僕はやっと、顔を上げて彼女と向き合うことができた。
僕とほとんど背の変わらない、綺麗な夜色の髪の女の子。楽しそうに微笑みながら、右手を伸ばしている。
僕はその手をしっかり握って、初めましての握手をした。
「そう言えば、ユウキはよく僕を見つけられたよね。そんなに遠くに響く音じゃないのに」
「そうそう。けっこう偶然だったんだよ。ボクもここの近くの原っぱで目が覚めたんだけどさ、ここって全然人がいないよね。とりあえず高いところに登って辺りを見下ろしてみようと思って走ってた真っ最中だったんだ」
焚き木の音がぱちぱちと響く。辺りはすっかり暗くなり、夜の訪れを告げていた。
火を焚く行為には温かさがある程度でゲーム的にはなんにも意味がないんだけど、人を安心させることができる。管理者側もそこは分かっているようで、特にスキルも使わずにアシストだけで火をつけることができた。
仮想世界の火はアルヴヘイムで見慣れたものだけど、やっぱり現実の炎みたいな動きは難しいみたいだ。でも、僕はこのポリゴン状の火が結構好きだった。
「僕も今までユウキ以外のプレイヤーは全然見かけてないな。僕たち以外にはいない……のかも」
「捨てられちゃったエリアっていうのは本当だったのかなー。こんなによくできた場所なのにさ」
ユウキは小さくため息をついていた。僕も同じ気分だ。どうしてこんなに作り込まれているのにプレイヤーがいないのか? 答えは出そうになかった。
(ともかく、ユウキと早いうちに会えてよかった)
話し相手、それどころか人の気配を一切感じない未知の場所でたった一人で迎える夜というのは、想像以上にきついはず。寂しがりの人なんかには特に、だ。
僕はもともと一人だったからそれほどでもないけど、ユウキがそうだとは限らないんだ。たぶん、僕よりもメンタルは強いだろうけどね。
あの後、僕とユウキは折角だからという理由でその場にいた残りのイノシシ型エネミーも狩ることにした。
結果は拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。ソロとペアでは難易度が桁違いだ。そのことをお互いに思い知って、揃って苦笑いを浮かべてたっけ。
ユウキは片手剣を使う。そして、その剣の振るい方はとても軽やかだった。
ボクの攻撃はなんか軽くて苦戦しちゃうんだよねー。とは彼女の談だけど、その軽さを補って余りある巧さがあると僕は思う。
いくら片手剣が手数と素早い動きで戦う軽量武器だとはいえ、あそこまでその特性を引き出すのは難しいんじゃないだろうか。
まるで、舞うように戦うのだ。イノシシの背中を飛び越え、体当たりを前転して躱し、通常攻撃の間にソードスキルを叩きこむ。
空色の光を放ちながら放たれる片手剣単発技『ソニックリープ』は綺麗にイノシシの腹に命中し、それによってよろめいたところを僕が両手剣単発技『アバランシュ』で大上段から叩き斬る。
イノシシは反撃の機会すら与えられずに、蒼いポリゴンとなって散っていった。
「リオルナの『アバランシュ』だっけ? あれすっごく痛そうだよねー。さすがは両手剣」
「ユウキが注意を引きつけてくれたからだよ。あれ隙が大きいから一人じゃとても使えない」
とりとめのない雑談が続く。このときばかりは、張り巡らしていた警戒を少しだけ緩めることができていた。
ここは、「安全エリア」という数メートル四方のサークルの中だ。システムの案内によればここの周辺にエネミーは現れず、万一襲われてもサークル内ならダメージを受けないらしい。休憩所みたいなものだ。
ますますこの辺りにプレイヤーがいない理由が分からなくなってきた。もしかしてとうの昔に踏破された場所なのかもしれない。だとしたらちょっと悲くなってくるなあ……。
「とりあえず、明日からどう動こうかな」
「ボクはさっき言ったように高いところを目指したいんだけどー……」
「高い場所……か。だったらとりあえずこの森を抜けないとね」
「えっ、どうして? マップにはこの近くに崖があるって書いてあるし、そこに行った方がいいんじゃないの?」
ユウキが首を傾げて尋ねてくる。僕はちらっと眼をそらした。
確かに近くに険しいけど登れなくはなさそうな崖があるのは見えた。しかし、そこからでは遠くまで見通すことは難しいだろう。
「えっと、さっき調べてみたんだけど、このマップ三段階くらいまで拡大できるんだよね」
「あ、そうなんだ! ってことは、ホロウエリア全体のマップも見えるってこと?」
「うん、それが最大縮尺。それより倍率をもう一段下げたら、今僕たちがどんな場所にいるかが分かるよ」
おっけー、という返事と共に、ユウキの目の前にマップが表示された。ご丁寧なことに等高線まで表記された本格的なものだ。
ユウキはしばらくそのマップとにらめっこした後、マップの右隅にあるアイコンをタップした。途端にマップが一段階範囲を広くしたものに切り替わる。
「わっ、こうなってたんだ! えっと―……。グレスリーフの入り江エリアってとこにボクたちはいるんだね」
「そうだね。で、今いるのはそこの『バステアゲートの落とし物』って名前の点だよ。そこから見ればあの崖の高さはそれほどでもないって分かるんじゃないかな」
「そう……みたいだ。で、この線と線で繋がっている場所は……移動ができる場所?」
ユウキもアルヴヘイムにいた経験があるらしく、こういったゲームならではの仕様をすんなりと飲み込んでいた。
「たぶん。そのマップを見たらわかると思うけど、僕たちがいる区域に繋がってる『グレスリーフの砂浜』ってとこが基点みたいに見えない?」
「あっ、確かに! その点からたくさん線が伸びてるもんね! リオルナはそこを目指したいってことか……」
「そういうこと。まずこの森を抜けるのに一日くらいかかりそうだけど、焦らないでゆっくり行こうと思う」
僕のその言葉に、ユウキはふむと考え込んだ。選択を決めかねてるというよりも、僕が今まで言った事を反芻しているみたいだ。
「――じゃあボクも、そこを目指すよ。一緒に行こう!」
そして、自分の意見をあっさりと取り下げたことに少し驚く。僕としては一緒に行動するならユウキに付いて行くか、お互い別行動で連絡だけ取り合うといった展開を予想していたんだけど。
僕はきょとんとした顔をしていたんだろう。ユウキはむう、と頬をふくらまして言った。
「ボクそんなにわがままに見える?」
「……ごめん。少し」
「あーー! その沈黙はボクが子どもっぽいと言っているな! ゆるすまじ!」
リスみたいに頬を膨らませるユウキ。それが可笑しくて、僕は思わず笑ってしまう。
ホロウエリアにやってきて一日目の夜は、こうやって更けていった。
僕とボク……分かりづらさが半端じゃない!
気弱な主人公ですがどうか温かい目で見守っていただけると助かります。
【用語・設定説明】
・アバランシュ
両手剣の熟練度0で習得可能(最初から使用できる)
スーパーアーマー(敵の攻撃を受けても中断されない)付き。大きく剣を振り被って、対象に駆け寄りながら一息に叩き落とす。
威力は高いが隙も大きい、ソロでは使いにくい技。
・ソニックリープ
片手剣の熟練度0で習得可能(最初から使用できる)
スーパーアーマー付き。頭上左から右腰下へ右斜めに大振りの斬撃を見舞う。稀に状態異常『束縛』(その場から一定時間動けなくなる)を対象に付与する。
スキル硬直が短く、使い勝手が良い技。
・安全エリア
オリジナル設定。原作ラノベではフィールドやダンジョン内に点在しているようである。
・グレスリーフの入り江エリア
ホロウエリア全体のマップで見れば、左下に位置するエリア。ホロウエリアには、このエリアのほかに5つのエリアが存在する。
・リオルナの装着防具
名称:クロスベスト
STR+15 VIT+15 防御力+110 攻撃力+20 命中+20
言わばただのモブ防具
・ユウキの装着防具
名称:ナイトリークローク
AGI+25 DEX+25 防御力+100 毒+25 麻痺+25 出血+25
ゲーム版では破格の性能であったため調整。外観はほぼALOでのそれと変わらない。