「実装えれめんと調査?」
「うん。今気付いたんだけど、なんか今日になってメインメニューに出てきたみたいなんだよね。ユウキはどう?」
次の日、僕とユウキは生い茂る森の中の小道を歩いていた。
相変わらず空は晴天で、遠くに大きな入道雲ができているのが見える。時間帯は朝に設定されているみたいで、森は少しひんやりとしていて静謐な雰囲気が漂っていた。
道中にエネミーの姿も見えず、探索は順調に進んでいる。まだ眠っているのかな?
そんな中で僕がふと切り出した話題に、ひゅんひゅんと片手剣を弄んでいた少女はほほう、と興味深そうにつぶやいて空中で指を振った。今は片手間にメインメニューを開けるくらいの余裕があった。
「どれどれっと……あ、ほんとだ。ボクのメインメニューにも出てるよ。なんだろこれ?」
「僕も全然。でもこれ、確か僕たち聞いたことはあったと思うんだよ。ほら、ログインした時に」
「――ああ、あのときの! あれ名前なんだったかなー」
「僕もよく覚えてない。だけど、あのあと決闘になったんだから試練というか目標というか……クエストウィンドウ的なものだと思ってるんだ」
僕が少しだけ声のトーンを落として言うと、ユウキも「あー、あれかあ」と呟きながらメニュー画面を端に追いやる。
そして足元に倒れていた倒木をひょいっと飛び越えてから、また画面を正面に向けた。
「あれのせいでログインできなかった人、いっぱいいそうだもんね。ちょっと気を付けないといけないかも」
「……うん、だから、その。少しだけ時間貰っていい? 出来ればちゃんと見てみたいからさ」
僕にはメニュー開きながら周りにも注意を配るという高等作業は出来そうにもない。
そんな僕の情けない内心を知ってか知らずか、彼女は僕の提案を快く了解してくれた。
「おっけー! ボクもじっくり見たいし、小休憩!」
「ありがとう。えっと、じゃあさっき飛び越えた木に座ろう」
そう言って僕たちは倒木に並んで腰を下ろす。
そしてメインメニュー画面を呼び出していざユウキの方を向こうと…………
「……あ、あの、ちょっと近くないですか?」
「んー? そんなこともないよ。しかもこれくらい近づかないとリオルナと話しながら操作しにくいじゃん」
「そ、そっか……」
ユウキは僕の隣、30センチくらいの場所にちょこんと腰かけていた。
横に並ばれるという経験がほとんどない僕にとって、その距離はないに等しいものだ。ましてやその隣のにいるのが女の子だなんて、緊張しないのが難しいというかなんというか……。あわわわわ、となる。
でも、このほうが話しやすいと彼女に言われては仕方がない。僕はなるべくユウキの方を見ないようにしながら言った。
「じゃあ、まずは一緒に開いてみよう」
「はいはーい」
……よし、舌噛まなかった。
僕は内心でぐっとこぶしを握りしめながら『実装エレメント調査』と書かれたアイコンをタップした。
「……これは」
「んんっ? なんか項目がずらっと」
新しく開かれたウィンドウからは、たくさんの短冊状のアイコンがスクロールバー付きで並んでいた。
とりあえずざあっとスクロールを下げてみる。……100個以上はありそうだ。
「もの凄い数だねー。って、あ。リオルナ。画面の上の方見てみて」
僕と同じように手を滑らしていたユウキが、何かに気付いたかのように声をかける。画面の上の方っていうとページの見出し辺り……。
「お、ほんとだヘルプ欄がある。よく見つけたね。こんな分かりにくい場所にあるやつ」
「えへへ。でしょ?」という自慢げな声にうんうんと頷きながら、僕はそのページを開いた。
短くて簡単な文章だけど、実装エレメント調査やらがいったいなんなのか説明してある。
「ええと、ホロウエリアで受けることができるクエストで、特定の調査内容をホロウミッションに参加しつつ実行することで達成することができます。非常に手間がかかりますが、その分有用なスキルやアイテムが手に入ります。……だって」
ひととおり音読してみたけど、いまいちよく分からない。でも、クエストであることは確か見たみたいだ。というかホロウミッションって何だ?
「うーん。ボクにはいまいち分からないけど……、物は試しってことで。何か一つ選んでみよう!」
「……確かに、実際やってみないとわからないやつだよね。僕もそうするよ」
同じくヘルプ欄を見ていたユウキが提案した方針に僕も乗っかっることにする。こういうのを分からないからって放っておくのはもったいないと言うより、後々後悔しそうだからだ。
で、僕たちはしばらくページのスクロールに集中していた。一つの項目をタップしては詳しい内容を読み、元に戻す。それを何度も繰り返してもスクロールは少ししか動かないんだから、本当に凄い数だった。
どうやらこのクエスト群は「数をこなすもの」がほとんどっぽい。ミッションクリア回数だったり類型ダメージ量だったり、目標が数値化されているのはこちらとしてもありがたいことだ。
「――よしっ! ボクはこの『OSS仕様の実装』にする」
たっぷり十分くらいの時間をかけて声を上げたのはユウキだった。
OSSとはオリジナルソードスキルの略称らしい。自らの手で全く新しいソードスキルを編み出すことができるというなんともロマンに溢れたものだ。僕もさっき確認した。
「確か条件はソードスキルの指定回数仕様だったっけ。ユウキだったら案外簡単に達成できちゃうかもね」
「むう。これが簡単じゃなさそうなんだよ~。……1000回やれってさ! いや数えきれないからっ!?」
ユウキが悲鳴を上げつつやけっぱちとばかりに立ち上がる。そのあんまりな回数の多さに僕もたまらず吹きだした。まさかの四桁。かなりの長期間クエストだ。いったい何日かかるか分かったものじゃない。
「えっぐい達成条件だな……。そうか、これからはユウキがソードスキルを連発する光景を見ることができる」
「くぅ~~! でもオリジナルソードスキルって使ってみたいし……。仕方ない! もう隙あらばソードスキル使う。リオルナの期待に応えるよ!」
やってやるー! と意気込み満々な彼女にぱちぱちと拍手を送る。オリジナルソードスキルはそれだけユウキを惹きつけてやまないらしい。
なら、僕はそれをサポートできるようなものにしよう。直感的にそんな考えが頭に浮かんで、僕はその勢いに従った。さっきまで吟味していた時間はそっちのけだ。
「……じゃあ、僕はこの『ソードスキル多重連携の実装』にするよ。これが上手くいけば、ソードスキルの技後硬直を打ち消して別のソードスキルに繋げることができる」
「ほうほう、それも面白そう! スキル使ったあとの硬直時間ってすっごくもどかしいしね。リオルナがいなかったらあんなに思い切って使えないもん」
ユウキが立ち上がったついでにどれどれと僕のメニュー画面を覗き込んでくる。――近い。近いから。かあっと頬が熱くなるのを感じる。きれいな紫色の髪の毛が一本一本に至るまで見える距離だ。システムも細かいところまで頑張ってるんだなあ、と僕は半ば現実逃避気味な思考に移っていた。
と、同時に、心のどこかでなにかおかしいな、と感じている自分がいた。普通の僕ならまず他人との距離を近づけさせないし、もし相手側が近づいてきたら恐怖心で身を縛られてしまっていたはずだ。ただ、今はそれが無い。
さっきの直感といい今の心境といい、いったい何が僕の身に起こっているのか、自分でもよく分からななかった。
「ゆ、ユウキ。その……画面が、見えないです」
「あっ、またうっかりやっちゃった。リオルナの人見知りのことすっかり忘れてたよ。――ごめん」
冷静に戸惑っているところがあるとはいえ、そこ以外の思考の大部分はあわあわしっぱなしだ。なんとか声を出すことができたのは奇跡に等しい。声はものすごく震えてたけどね!
ただ、それに対する返答が割と本気で僕はまたわたわたすることになった。がっくりと声のトーンを下げた彼女に対して、慌てて取り繕う。
「ええと。気にしないで! そんなに落ち込むことじゃない。僕が早く慣れないといけないんだ」
「――?」
「だから、なんていうべきか……。僕はユウキが言ったように、人見知りだから。せめて、きみだけでも……。ユウキが落ち込まないように、頑張る」
僕自身、何を言っているのか分からない。混乱してるせいでまたも思考は真っ白だ。ちゃんと動けよ僕の頭……!
ただ、ユウキはなんとなくでも僕の言いたいことを汲み取ってくれたみたいだ。少し俯いてなにやらぼそぼそと呟いた後に、顔を上げて座っている僕の正面に立ち、膝たちになって言う。
「それなら、ボクもリオルナが落ち着けるようになるまで待っとくよ。頑張ってくれるんだもんね?」
その笑顔が何とも言えなくて、僕はまた息を詰まらせることになった。正直可愛い。しかし悲しきかなコミュ障の僕は、未だに口をつむいで頷く以外の対応ができていない。しかし彼女はそれで満足した様子だった。さっきまでの暗めのテンションはどこへやら。
いつか、笑って返せるようになろう。そう心の中で目標を立てた僕は、立てかけていた両手剣を杖代わりにして立ち上がった。朝はもうとっくに過ぎ去って、昨日目覚めたときみたいな真っ青な空が広がっている。
「けっこう時間がたっちゃったね。今日までにこの森を抜けるのは難しいかもしれないけど、行けるとこまで言ってみよう」
「了解です! リオルナ隊長!」
「いや? 隊長とか決めた覚えがないんですけども」
「でも、ボクよりは適任でしょ? ここは任されてよ」
びしっと敬礼を返してきた彼女に対して抗議を申し立てるも、まっとうな理由を挙げられて取り下げられてしまった。まあ、名目上ならいいかな。ペアだから気軽なものだ。
「じゃあ、かたちだけなら引き受けようか。あくまでもこれは――」
「男の子の意地?」
「……否定はしない」
渋面で答えた僕に、ユウキは声を上げて笑った。ぐう、図星だから何も言えない。恥ずかしさに染まった頬を隠すように歩き出す。
と、そのとき、電子音と共に目の前に『!』のマークが現れた。
「わっ、なんだこれ?」
「クエスト……フラグ?」
ユウキの視界にも表れたみたいだ。いきなりのことに戸惑う僕たちの目の前に、メッセージ画面のようなものが表示される。
《Hollow Mission:森の命を搾取する樹》
■作戦概要
森の植物からエネルギーを吸い取る樹のモンスターが出現し、日々強くなっている。手が負えなくなる前に討伐せよ!
■ターゲット
ウッドスクイーザー×1
■制限時間
40分
「……さっき言ってたホロウミッションって」
「ああ、これのことみたいだな」
ユウキの呟きに応えながら、僕視界の横のミニマップを見た。ちょうど僕とユウキがある場所が、いつの間にか現れた緑色のサークルの中に入ってしまっている。
メニューからマップを開いて範囲を広くすると、ひとつの区域を示す点のいくつかが緑のサークルで覆われていた。昨日まではなかったものだから、これも今日になって出てきたんだろう。
どうやら突発的なイベントに近い形式のクエストらしい。この緑色のサークルに侵入すると始まって、挑戦するかどうかはその後も自由みたいだ。流石に強制イベントではなかった。このゲームだったらありそうだから嫌だ。
《Hollow Mission start!!》
画面が切り替わり、視界の右上に制限時間が現れた。同時に、《【ソードスキル多重連携の実装】の調査内容のチェックを開始します》というメッセージが表示される。
「うわっ、なんかいきなり始まっちゃってるし!?」
「うーん。別にこのままここから離れて時間がたてばそれでお終いなんだけど、ユウキはどうする?」
僕はとりあえずユウキの動向を確認してみた。ただ、返事はだいたい予想できる。
「そんなのもってのほかだよ! きっとモンスター討伐系だし、実装えれめんと調査ってやつも進められる。挑戦してみよう!」
夜色の髪をぴょんぴょんと揺らしながら、ユウキは好戦的な笑顔で言った。こういったイベントごとは大好きらしい。
なら、僕もそれに付き添うまでだ。戦闘の痛みが嫌で逃げ出したりなんかしたら彼女に愛想を尽かれかねないし、いざというときにあっさりと現実世界に返されてしまう。それだけはごめんだった。
「うん、もとから僕もそのつもりさ。たぶん対象エネミーはかなり近くにいる。見つけたらレベルを確認して、倒せそうなら突撃。これでいい?」
「異議なーし!」
「じゃあ、捜索を始めよう。付き添いを頼むぞユウキ隊員」
「了解でありますっ!」
威勢のいい返事が返ってくる。いかにもわくわくしてますって感じだ。受けたダメージが痛みに変わってしまうこの場所において、こんなに前向きに構えられるのは彼女くらいだろう。僕にはとてもできることじゃない。
緊張で高まってきたテンションのせいで、僕もいけそうな気がしてきた。これが相乗効果って奴かな? ユウキがいなかったら、むしろこの緊張は悪い方向にはたらくと思う。でも油断は禁物。視察なしの突撃は自殺行為だ。
「あ、ちょっと待って!」
歩き出そうとした僕を、今度はユウキが引き留めた。どうしたんだろうと思って振り向くと、彼女は掌を下に向けて右手を差し出している。握手ってわけではなさそうだ。
「リオルナも、ボクの手の平の下に右手を出して」
「ん? なにかの掛け声的なもの?」
「そんな感じ。ボクが前いたギルドがダンジョンとかクエストの前に皆でやってたんだ。簡単だから、リオルナもやってみてほしいかなって」
ちょっと真面目な顔でユウキは言う。その掛け声にけっこうなこだわりというか、愛着があるみたいだ。やらないとすっきりしない的な?
掛け声はパーティなどでよく使われている。ペアでするのはあんまりなさそうだけど、彼女が簡単って言うんだから堅苦しくもないだろう。
「はい、こうだよね」
「そうそう! それじゃ――」
ユウキは差し出された僕の右手をえいっと言って押した。あわあわ。
「手をグーに握って!」
ユウキの指示通りに手を握る。すると彼女は僕のこぶしと自分のこぶしをこんっとぶつけて、「頑張ろう!」と言ってずんずんと歩き始めた。……うん? まさか……
「それだけかいっ!」
「でも気持ちいいやり方でしょ! ボクは気に入ってるよ!」
振り返らずにユウキは言った。あれ、なんか恥ずかしがってる? でも嬉しそうだからいいかな。
確かに、頑張ろうというフレーズにはぴったりだ。シンプルなのがまたいい。ユウキがいたギルドというのはきっと仲が良かったんだろうなあ。
「僕も気に入ったよ!」と返しながら、僕は夜色装備の少女を追いかけた。
【用語・設定説明】
・実装エレメント調査
ゲーム要素の一つ。本作ではゲームに出てこなかったオリジナルの調査も存在する。
・ホロウミッション
ゲーム要素の一つ。エンカウント制のクエストで、ホロウエリアを探索しているとよく発生する。
・掛け声的なもの
アニメ版SAO二期のOPでユウキたちのギルド『スリーピング・ナイツ』がアスナと一緒にやっていたアレ。
作者が大好きな場面である。