明日へ繋ぐ切先   作:Senritsu

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第9話 海上に浮かぶ集落

 

 朝の静謐さを抜け出し始めた森の中を、なるべく音を立てないようにして走る。このミッションには制限時間があるから、のんびり動くことはできない。

 ユウキはスキルスロットに『疾走』を入れているらしく、僕よりも足運びが軽いために先を走ってもらっていた。前方警戒と案内役はユウキ、周囲の敵発見役は『索敵』スキルを取得していてエネミー補足範囲に補正がかっている僕の役目だ。

 と、そのとき、僕の視界にエネミーコマンドが入った。焦げ茶色の木の幹っぽいモンスターが一匹だけで佇んでいる。

 

「ユウキ、ストップ。たぶん見つけた」

 

「ありゃ、見落としちゃってたか。どれどれ?」

 

 僕の呼びかけに気付いたユウキは、ざっと走りに急制動をかけた。そして僕が指差している方向を見やって「うわ、さすが木のお化けだあ。見つけにくい!」と顔をしかめながら小声で呟く。

 たしかに、ぱっと見ただけでは木のオブジェクトと見間違えてしまいそうだ。だた、意識すればそのエネミーには足があってゆっくりと歩いているのが分かる。

 

「もうちょっと近づこう。まだレベルまで分からない」

 

「りょーかい」

 

 ひそひそ声で話し合って、静かにエネミーとの距離を詰める。幸い対象は後ろを向いていてこちらに気付いているそぶりを見せてこない。音にはあんまり敏感じゃないみたいだ。

 あと十歩分といったぐらいまで近づいた僕たちは、改めてそのエネミーの名前とレベルを確認した。

 

「うわ、でっかいねえ」

 

「周りの木くらい大きいじゃないか……。レベルは……84か。一匹だけってことはクエストボス扱い、『ウッドスクイーザー』って名前は固有名だな」

 

「強敵ってことかあ。腕が鳴るよ!」

 

 昨日倒したイノシシとは比べ物にならないくらいの大きさだ。優に僕の身長の三倍くらいある。腕だけでも太さは僕の胴くらいあった。あんなんで殴られたくないなあ……。

 僕たちよりレベルは上だから苦戦するだろう。でも隣のわんぱくさ溢れる女の子はやる気満々みたいだ。既に片手剣は右手に握られていて、今にも飛びかからんとしている。

 

「あんまり突っ込みすぎないようにね。絶対なんかスキルみたいなの持ってるはずだから。攻撃を受けたら教えて。できるだけタゲとってみる」

 

「ボクそんなに子どもじゃないってば! よし、行くよっ!」

 

 待ちきれないとばかりにユウキは駆け出した。ぼくも彼女に付き添って走る。ざっざざっ、と木々をかき分け土の地面を疾駆する音が僕たちを追いかけた。

 背後から襲い掛かるつもりだったんだけど、敵もさるもので間合いに入る前に僕たちに気付いたみたいだ。

 

「先制いただき! いっけえぇ!!」

 

 が、振り返る前にユウキが動いた。剣を地面に垂直に合わせ、片手剣突進単発技『ヴォ―パル・ストライク』を発動させる。山吹色の疾風を剣に纏わせた彼女は、一瞬で僕を置き去りにするとエネミーの足元に鋭い一撃を突き入れて、そのままスライディングでその股を……くぐり抜けた!?

 

「そこ通りますかっ!?」

 

 見てるこっちが冷や汗ものだ。

 ウッドスクイーザーのターゲットがユウキへと移行した。しかし振り返った先に彼女はいない。突進後の技後硬直は少ないらしく、そのまま背中を『ソニックリープ』で切り裂かれて体勢を崩す。

 そこでようやく僕が追いついた。ぐらついているスクイーザーに向け正面で踏みとどまって剣を振りかぶり、一撃。その勢いにまかせ、ぐるっと回ってもう一度その脚を切り裂いた。

 

「まだまだぁっ!」

 

 敵の向かい側で威勢のいい掛け声と共に黄色の光が瞬いた。片手剣単発技『スラント』が降り抜かれる。隙あらばソードスキルを使うと言っていただけあって、出し惜しみはしないみたいだ。

 ただ、ちょっと詰め込みすぎだ。最初からスクイーザーの狙いはユウキ。同じところにずっといるとすぐに反撃をもらってしまう。

 スクイーザーがユウキを捕捉したとき、彼女はまだ技後硬直から抜け出せていなかった。太い腕が緩慢に持ち上がる。

 

「――ブラスト!」

 

 まあそのために、僕がいるんですけど!

 さっきの攻撃とは比べ物にならないくらいの威力を秘めた剣がスクイーザーを真横に二度切り裂いた。ここで脚のダメージが一定値を超えたのか『転倒』が発生する。スクイーザーはその腕を振り下ろすことなく、地響きを立てて地面に倒れ伏した。

 

「あっぶなあ!? 助かったよ!」

 

 倒れている敵を飛び越えて(抜け目なく硬直時間の短いソニックリープで背中を切り裂いていた。器用だな……)ユウキが僕の隣に降り立った。

 

「まあなんとなくやりかねないと思ったからね」

 

「むー! リオルナだったら分かってくれると思ったからだもん! 実際大丈夫だったでしょ?」

 

 ユウキのその何故か得意げな言葉に僕は少し驚いて、ぱっと彼女から目をそらした。

 意外な答えだった。まさか僕が初っ端からスキルを使わなかったのを見て、その訳を察してスラントを繰り出したんだろうか。だとしたら凄い直感の持ち主だ。

 というか、なんで素でこう、恥ずかしいことがいえるんだろう……? 目線を戻しても、頭上にはてな浮かべてるし。分かってないんだろうなあ……。

 

「まあ、うん、結果オーライってことで」

 

「――? まあいいや、ってうわ。まだちょっとしか減ってない! 頑張らないと!」

 

 ユウキは釈然としなさそうな様子だったけど、エネミーのHPを見てすぐに駆け出した。スクイーザーは未だに倒れたままでじたばたしている。

 直後に発動したのは『ヴォ―パル・ストライク』。今度は一撃目のあと宙返りしながら向かい側まで飛び越えた。あれって突進技だよね?

 でも彼女のおかげで、僕も存分に武器を振るうことができる。この何気ない気遣いも自覚なしなのかな……。

 

 

 

「そういえばさっ、リオルナのクエストの達成条件って?」

 

 次々とソードスキルを見舞いながら、ユウキが僕に声をかけてくる。そういえばまだ言ってなかったっけ。

 僕はと言えば、円を描くようにゆっくりと両手剣を持ち上げていた。その刀身の色は淡い赤だ。

 

「ユウキとおんなじだよ! ソードスキルの定数回使用!」

 

「そうだったんだ! 目標回数はー!?」

 

 スクイーザーがやっと『転倒』状態から抜け出した。手を尽き、憤然とした様子で体を持ち上げる。残りHPは六割ほどだ。

 そのとき、ソードスキルの構えが完成した。大上段の少し後ろまで持っていかれた両手剣。その位置で固定させたまま駆け出す。

 やたら長い予備動作の代わりに、高い攻撃力を約束された両手剣二連撃技『イラプション』が発動する。

 

「300回!!」

 

 掛け声代わりの返答と共に、×印のダメージエフェクトが深々と刻まれた。

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ出口かな?」

 

「たぶん。向こうにある岩壁の切れ目でマップが切り替わるんだと思うよ」

 

 その日の夜。僕とユウキは森の出口に向けて歩みを進めていた。ゲームの中だから、辺りを見渡せるくらいの明かりは残っている。蛍みたいな虫が飛んでいたり鈴虫っぽい鳴き声がしたりとなかなかににぎやかだ。

 結局あのあと、僕たちは反撃を許さないままウッドスクイーザーを倒した。報酬として『コル』というお金と素材、ホロウポイントというものをもらったけど、最後のがいったい何なのかはよく分かっていない。

 

 それから別のホロウミッションをもう一つこなした。《兵隊蜂の飛来》というミッションで内容はハチ型エネミー『サーバントビー』十匹の討伐。これはなかなかにやっかいだった。

 あいつらは素早いくせに徒党を組んで辺りを徘徊しているので、一匹に気付かれると何匹かに囲まれてしまう。身軽なユウキはなんとか対応できたみたいだけど、僕は背後から何度か体当たりを食らって涙目で応戦する羽目となった。針攻撃だけは全力で回避したけどね。絶対痛い。

 

 それにしても即席ペアなのにどうしてこんなにも連携がうまくいくのか。普通なら多少はぎくしゃくするはずだけど、僕たちは最初からそう言ったものが一切なかった。

 やっぱりユウキのおかげなんだろう。あの子の直感というか、事態を把握する能力はずば抜けている。その立ち回りが自然と相方を引っ張ってくれているんだ。

 

 じゃあ僕は一応ユウキのペースについて行けてるってことかな? ……相性? あわあわ。

 

「――――ルナ。リオルナ!」

 

「え、あ、はい。なんでしょう?」

 

「もう。ぼーっとしてたら危ないよ! 武器とかアイテムとかの話!」

 

 僕がしばらく上の空だったことに、むうと頬を膨らませながらユウキは言った。でもその内容はけっこう深刻なものだ。その顔じゃある意味台無しだけど。和む。

 

「明日にはどうにかしないといけないね。このままじゃろくに探索もできなくなる」

 

「やっぱり生産系のスキル取らないとダメなのかな?」

 

「ドロップ品じゃ安定しないからなあ。少なくとも『鍛冶師』と『ポーション作成』は覚えとかないと、手持ちのものがすぐになくなっちゃうし」

 

 僕たちが今直面しているのは、消耗品の補充の問題だった。回復アイテムは使った分だけ減るし、武器にも防具にも耐久値というものがあってメンテナンスしないまま使い続けると壊れてしまう。たまにモンスターが落としていくこともあるけど、恐らくジリ貧になってしまう。

 ユウキは生産系スキルの習得に乗り気ではなさそうだ。生産系よりも戦闘系のスキルを多く習得しておきたいんだと思う。それは僕だって生存率を上げたいから同じ方針だけど、彼女はたぶんもっとこの世界を楽しみたいからなんだろう。

 

 なら、もしものときには全部の生産系スキルは僕が取ろう。幸い火力は両手剣が稼いでくれているし、絶対必要な戦闘系スキルだけを選べば両立もできるはずだ。

 ユウキがそんなことで悩む姿なんて見たくない。全力でこのゲームを楽しもうとしている彼女の足を引っ張るものは、僕が全部引き受けたい。

 ――恥ずかしいから絶対に言わないけど。

 

「まあ、お金がドロップするんだからNPCが全くがいないなんてことはないはずだよ。この森だけで決めつけるのはまだ早いさ」

 

「――うん。そうだよね! じゃ、あの出口まで競争しようよ! はいスタート!」

 

「ん? って、まってまって。それ出来レースだろ!?」

 

 唐突な競争に付き合うのはやぶさかじゃないけど、『疾走』スキル持ちかつAGIとDEXの二極振りの子に僕が勝てるとでもお思いですか?

 楽しそうに笑いながら「はやくはやくー!」と振り向きざまに僕を急かすユウキを、僕は割と本気で追いかける羽目になった。

 それにしても、ユウキの髪は月夜によく似合う。世闇に溶け込むか浮かび上がるかの狭間にある夜色は、昼間のときよりもずっときれいだった。

 

 

 

 

 

 

「うっわあ……!」

 

 満月が美しい夜空に、少女の歓声がとけていく。その隣に立っている僕は、あまりの驚きに呆然としてしまっていた。

 巨大な岩壁の裂け目をくぐりぬけた先の光景が、今までとは一線を画すものだったからだ。

 

 空一面に広がる星空に、その空へと向かって架けられた光の階段。方向的に見れば、あの先には別のエリア……バステアゲート浮遊遺跡エリアがあるはずだ。

 坂道を下った先には海と砂浜が平がっていて、水平線はずっと向こうにある。海中のサンゴや砂浜に転がっている巻貝がぼんやりと多様な光を放っていて、まるで幻想世界のようだった。

 

 そして、打ち寄せる波の向こう側に浮かぶ小島に転々と建っているのは……

 

「リオルナ……! あれ!」

 

「うん。きっと人の集落だ!」

 

 僕たちの前に立ち塞がっていた消耗品の問題は、杞憂で終わってくれるかもしれない。

 

 ぐい、と手を引っ張られる。僕の手をユウキがしっかりと掴んでいた。

 

「早く行こう! 今度は一緒にさ!」

 

「わ、分かった。手は離さないから! だからそんなに走らないでー!!」

 

 僕の悲鳴はお構いなしとばかりに、ユウキは僕の手を握ったまま振り返らずに坂道を駆け下っていく。

 自身の顔の熱さと拍動が伝わらないことを一心に祈りながら、僕もまた彼女の手を握り返した。

 

 

 

 坂を駆け下って、入り江を砂に足を取られながらも走って走って、何時間か走ったあとに僕たちが辿りついたのは、浮島に一番近い岩場だった。あいかわらずひとつの区域の広さがアルヴヘイムとは桁違いだ。

 でも、そこから浮島の集落までは深い色をした海が横たわっている。とてもじゃないけど足が届く浅さじゃないだろう。

 ユウキは一番大きくて高い岩の上に登って、もどかしそうにあたりを見回していた。少し遅れて、僕もユウキがいるところまで這い上がる。

 

「うーん、あと少しなんだけどなあ! いっそのこと泳いじゃおうか?」

 

「え、ユウキってこっちで泳げるの?」

 

「うん! むかし仮想世界でプールに行った事があってさ。そこでコツは掴んだからやろうと思えば……」

 

 と言ってさっそく海に飛び込もうとするから危なっかしい。

 

「まってまって! まだ泳げるかどうか分からないし、海にもエネミーがいるかもしれない。泳いで渡るのは最後の手段だよ」

 

「あれ? もしかしてリオルナが泳げなかったりする?」

 

「いや、僕もアルヴヘイムで水中戦やったことあるから泳げるけど……剣じゃなくて魔法主体の戦いだったから自信ないんだ」

 

 正直、剣だけじゃまともに戦えるかも分からない。慎重論を唱える僕だけど、ユウキの着眼点は全く違ったみたいだった。

 

「水の中での戦いかあ……やってみたいなー!」

 

 目をキラキラさせて呟くユウキの隣で、僕はため息をついた。なんでこの子はこんなに新しいことに目がないんだろう? まあ飛び込みを思いとどまってくれただけで良しとしよう。

 でも、困った。このままじゃらちがあかない。さっきこのあたりを探索したときも変わったものは見つからなかったし、関連するクエストも発生していない。

 どうしたものかと考え込んでいると、相変わらず隣できょろきょろとしていたユウキが「リオルナ、あれは?」と言って浅瀬の向こう側を指差した。

 

「ん? 特に何もあるようには見えないけど……って、あ!」

 

 ここで、僕はユウキが言わんとしていることが分かった。

 確かにあれはただの岩棚だけど、向こう側に何があるかは全然わからない。向きは浮島の方を向いているから、探索してみる価値は十分にある。

 

「ナイスユウキ! あれのこと全然考えてなかったよ。さっそく行ってみよう」

 

「えへへ、すごいでしょ! よーし、今日は夜更かしだー!」

 

 そう宣言するや否やユウキは岩を降りていく。駆け飛び降りる、って表現の方が彼女の折り方的にはあってるんだけど、彼女の空間認知能力はどうなってるんだろう……?

 

 

 さっきの岩場から目標地点まではそれほど離れてはいなかった。ときどき襲い掛かる魚型エネミーを倒しつつ、数十分で辿りつく。

 

「……隣のでっかい彫刻みたいなのも気になるな」

 

「なんか模様が光ってるしね。これどこから流れてきたんだろ?」

 

 岩棚の隣にはひときわ大きな装飾板みたいな一枚岩が斜めに突き刺さっていた。左右対称の青白い模様が不思議さを際立たせている。

 

 しかし今は岩棚の探索が先だ。あの岩場から見えなかった場所を重点的に見てまわっていく。何があるか分からないので二人で手分けはしなかった。

 何分かした後、ユウキが「リオルナ。あっちにかなり大きな穴がある」と言って僕を呼び止める。変わったものを見つけるのはユウキの方が得意みたいだ。

 

 ユウキが見つけた場所はは岩棚を登った先にあった。穴を覗き込んでみる。ユウキが「わぁ」と小さな歓声を上げ、僕は「ほう」と呟いた。

 

「小さい船だ!」

 

「ゴンドラか? まさかこんなところにあるとは」

 

 そこにあったのは人が数人座れるかどうかの小さなゴンドラだった。船尾がロープで取り付けられるかたちでゆらゆらと海に浮いている。

 その船体はそれなりに頑丈そうで、オールもしっかり乗っているという親切設計だ。

 

「この大きさの穴なら降りられそうだし、乗ってみようよ!」

 

 ユウキが興味津々と言った感じで僕を見つめてくる。僕が頷くとさっそく壁を飛び下りてすとっと船に着地した。ぎしぎしという板を踏みしめるような音が響く。

 ユウキはしばらくの間オールとか舟板とかの耐久値を調べていたけど、問題なかったみたいだ。笑って僕へと声をかける。

 

「うん、乗れそうだよ。リオルナも降りてきて!」

 

 その言葉を合図に、僕もゴンドラへと乗り移る。ぐらっと船体が揺れて少し慌てたけど、すぐに持ち直してくれた。これくらいの揺れなら転覆の危険はなさそうだ。

 船首の方を見てみれば、ちょうど集落のある浮島が視界に入った。これを使って島を目指せということなんだろう。だったらこんなに分かりやすい目印にはしないはず。

 

「オールはリオルナにお願いしていい? ボクじゃ力が足りないみたい」

 

「気にしないでいいよ。STR依存のことならおまかせあれ。ユウキは水中エネミーに警戒して」

 

 ユウキがちょっと申し訳なさそうにしながら手渡したオールを、僕は笑顔でしっかりと受け取った。珍しく僕のSTRとVITの二極振りステータスが役立つ番だ。今までサポートばっかりだったからやる気は十分にある。

 ゴンドラを留めていたロープを外して、その場でちょっとオールで漕ぐ練習をしたあと、僕たちは大海原へと舵を切った。

 

「じゃあ、出発進行!」

 

「了解ですリオルナ艦長!」

 

 目指すはまっすぐ先にある浮島だ。海賊船を出て、だんだんと白み始めた夜空のもとゆったりとオールを漕ぐ。波がぜんぜん高くないので、油断さえさなければ進路をずらしてしまうこともない。

 

 でも、このゲームがそんなに気楽に船旅ができるように設定しているわけがなく。

 途中で水棲エネミーに襲われて逃げ惑うこのになったのもまあ……お決まりだったんだろう。

 

 

 

 

 

 道中アクシデントに見舞われたこともあったけど、僕たちの乗ったゴンドラは水棲エネミーの突進から僕たちをしっかりと守ってくれた。

 ユウキはこういう乗り物に乗った経験があんまりないからか(僕も人のこと言えないけど)終始楽しそうにしていた。

 僕がはらはらしながらオールを漕いで追手から逃げてるあいだ、正面から迫る大きなサメ型エネミーを『武器防御』スキルを上手く使っていなしていたけど、それはもう生き生きとした笑顔を浮かべてましたね。

 

 ともかく、僕たちは無事に浮島まで辿りつき、集落の船着場にゴンドラを留めた。

 驚いたことに、集落は全て海上に編み目のように張られた桟橋と、その間に隙間なく敷き詰められた樽のような浮き具の上に建っている。なかなかに凝った作りだ。

 もしかしたらプレイヤーがいるかもしれない。そんな予感に緊張を高めていた矢先、僕の肩がとんとんとつつかれる。

 

「ねえリオルナ。ボクたちちょっと怖がられてるんじゃないかな?」

 

 彼女は僕の耳もとでひそひそ声で話すと、ゴンドラから降りることなくじっと集落の方を見つめている。珍しく真面目そうだ。

 

「まさか、プレイヤーならともかく、NPCが入ってくるプレイヤーを怖がるなんてこと……」

 

 ありえない。と続かせようとした僕の口が、ふと閉じられる。ふと見やった家の窓からこわごわとこちらを見つめる女の子を見つけたからだ。その子は僕と目が合っていることに気付くと、ぱっと窓の奥に隠れてしまった。

 その挙動がとてもNPCには見えなくて僕は戸惑った。確かにあんなに小さい子がプレイヤーなわけがないし、さっきから人と出会わないということは他の住民たちもあの子と同じように隠れてしまったいるのかもしれない。ユウキが疑うのも頷ける話だった。

 

「……とりあえず降りてみよう。こっちから話しかけないことには始まらないし」

 

 僕の提案に、ユウキはこくんと頷いてとんっと桟橋へと飛び移った。続いて僕もユウキの手を借りつつ乗り移る。

 集落はほぼ全域が安全エリアになっているみたいだ。すなわち、ちゃんとシステム側から認められた『村』みたいなところなんだと思う。

 

 それぞれの武器をストレージにしまって、桟橋から集落の入り口へと二人で並んで歩く。相変わらず人の気配は感じられなくて、ある意味不気味だった。まあ寝てるっていう可能性も否めないんだけどね。

 しかし、入り口の門をくぐると、一人の男の人が小さな丸太に座っているのが目に見えた。彼もまた僕たちを見つけたみたいで、立ち上がって杖をつきながら僕たちのところへ向かおうとする。

 

「――――っ」

 

 ユウキが音もなく駆け出す。そしてすばやく男に人の手を取って「無理しないで、座っていてください」と言ってさっきの場所へと戻らせた。

 ペアを組んでからたったの二日間しか経っていないけど、その気遣いはとても彼女らしいと思えた。NPCに対してもユウキの優しさは絶好調だ。

 遅れてきた僕が小走りで彼のもとに駆け付けると、彼の頭上に緑色のアイコンが表示される。僕が名前を確認しようとする前に、彼はおもむろに話し始めた。

 

「剣士殿よ、お気遣い感謝する。この際座ったままで悪いが、このまま挨拶に移ってもよかろうか?」

 

 その言葉に僕とユウキは顔を見合わた。ユウキが口だけで「よろしく」と言っている。もしかしてこの手の会話は苦手なのかな。ちょっと意外だったけど僕は小さく頷いて話し始めた。

 

「はい。構いません」

 

「うむ、では歓迎の挨拶を述べよう。ようこそこの『モガ村』へ。わしはこの村の長だ。大したもてなしは出来ぬがゆっくりしていくといい」

 

 彼はそう言って僕たちへと笑いかけた。よかった。どうやら歓迎はしてもらえるらしい。多くの話を引き出すためになるべく返事を返さないと。

 

「ありがとうございます。宿があればそこに泊まりたいのですが」

 

「ふむ。この村には来客が少なくてな。宿と呼べるものはないが、通りの近くに空き家がある。そこを使うといい」

 

「分かりました。道具と武器の補充もできるでしょうか?」

 

「広場に薬屋と道具屋、武具屋がある。昼の市場のときにでも来るとよいだろう」

 

「助かります。是非使わせていただきます」

 

 よし、拠点として必要なものはそろってるみたいだ。僕は身近な問題が解決したことに内心でガッツポーズしながら別れの挨拶をしようして――くっと服の袖を引かれて踏みとどまった。ユウキだ。

 

「あの、どうして村の皆は僕たちを怖がっているんですか? 何かあったとか……」

 

 うっかりしていた。そのことか。アイテム補充ができそうなことが嬉しくてつい忘れてしまっていた。

 ユウキの不安そうな言葉に、しかし村長NPCは笑みを浮かべて「ああ、気にせずともよいだろう」と言った。

 彼の話曰く、この村に僕たちのような正規プレイヤーのような存在が訪れるのは初めてのことだったらしく、どう対応したものか分からなかったのだろうとのこと。

 「まあ寝静まっていて君たちに気付かなかったものが大半だったでだろうが」と快活に笑う村長の言葉に、ユウキはほっとした表情を浮かべていた。

 

 でも、今の話で分かったのは村人たちの事情だけじゃない。僕たちが最初だということは、この村が成立してから一度もプレイヤーがここを訪れていなかったことになる。単にあの岩陰にあったゴンドラを見つけられなかっただけかもしれないけど、どちらかというとこの「ホロウエリア」そのものにプレイヤーがいない可能性の方が大きいだろう。

 それなら今度はこの村が存在する理由が分からなくなってくる。謎は深まるばかりだ。

 

「よかったー! 僕たちみたいな人が嫌われてるのかと思っちゃって。お昼になったら皆に挨拶しに行きます!」

 

「ああ、しっかりと挨拶しておけば村人たちともすぐに打ち解けられるだろうよ」

 

 さっきまで静かだったユウキはここで一転。いつもの調子に戻っている。余程あのことが気になっていたみたいだ。村長が孫でも見るような目になっている気がするけど気にしすぎかな?

 僕は別にアイテムさえ補充できれば村人との関係なんて気にもしないんだけどね。でも、ユウキが笑ってくれているならそれに従おう。

 

 村長にお礼を言って空き家を目指そうとした僕たちだけど、その彼から「少しばかり待ちな」と呼び止められた。珍しい。NPCに対して会話を済ませた後に呼び止められることは滅多にないことだ。

 何だろうと思って二人そろって振り返ると、彼は背後にある大きめの家のすだれを持ち上げ、中にいる人に何か言ってから僕たちの方へと向き直った。

 

「お前さんたち、昨日からずっと何も食べていないんだろう。顔で分かる。わしの家に寄っていくといい。簡単な朝餉だが、最初に腹に入れるにはちょうどいいだろうよ」

 

 村長がそう言うと同時に、さっき彼が声をかけていた家の中から香ばしい香りが漂ってきた。魚でも焼いてくれているかのような……

 

「美味しそうな……」

 

「……香り……?」

 

 僕とユウキは再び顔を見合わせる。そして、僕たちが今まで完全に忘れ去っていた欲求をやっとのことで思い出したとき、僕たちはへなへなとその場に座り込んでしまった。

 

「そうだった……お腹すいてるんだ……」

 

「ち、ちからがでないよぅ~……」

 

「ど、どうしたお前さんたち。おい、大丈夫か!? 誰か彼らを早く運んでやってくれ!」

 

 突然の事に村長が大慌てで村人を呼んでくれている。申し訳ないんだけど……だめだ。お腹が空きすぎて何もする気が……。

 

 

 

 その後、村長の家で朝ご飯をいただいた。涙をぽろぽろと流しながら次々とご飯をかきこんでいく僕とユウキは周りからどんな目で見られていたか……考えるのも恥ずかしいので止めておこう。

 

 

 





【用語・設定説明】

・疾走
 原作ラノベでは存在していたサブスキル。現段階のユウキは移動速度強化と転倒耐性のパッシブスキルが発動している。熟練度を上げればこのほかにもいくつかのバトルスキルを習得できる。

・バトルスキル
 アクティブスキル(特定のコマンド操作で発動するスキル)の一つで、サブスキルの熟練度を上げていけば習得できるようになる。その数は膨大で、それぞれの効果も多岐にわたる。ただしリキャストタイムが存在するため同じバトルスキルの連続使用はできない。

・索敵
 サブスキルの一つ。現段階でのリオルナは索敵範囲広域化のパッシブスキルが発動しており、いくつかのバトルスキルを使用できる。

・スキルスロット
 原作ラノベでは存在していた設定。スキルスロットを超える数のサブスキルを習得することは出来ない。
 レベル20段階で5個あって、以降10レベル刻みで1つ増える。

・転倒
 原作ラノベでは存在していた状態異常。その場に倒れ込んでしまい一定時間(10秒程度)起き上がれなくなる。脚にダメージを蓄積させると発生する。

・ヴォ―パル・ストライク
 片手剣の熟練度0で習得可能(最初から使用できる)
 スーパーアーマー付き。ゲーム版では3連撃技だったが、本作は原作ラノベに準拠して単発技という設定になっている。
 軽い衝撃波を伴いながらの突進突きで、駆け抜ける距離が長めなので敵中突破によく使われる。

・スラント
 片手剣の熟練度100で習得可能。
 スーパーアーマー付き。頭上右から左腰下にかけて大振りに剣を振りおろす。ソニックリープに比べ技後硬直は長いが威力は高い。
 対象に『暗闇』の状態異常(視界不良)を付与する。

・イラプション
 両手剣の熟練度100で習得可能。
 スーパーアーマー付き。肩上に剣を寝かせるように構えて対象に駆け寄り、正面の敵に向けて右斜め、左斜めに剣を振り回す。
 威力は高いが隙も大きい、ソロでは使いにくい技。

・ゴンドラ
 原作ラノベに登場。ホロウフラグメントには存在しないギミック。

・モガ村
 オリジナル拠点。ホロウエリアには存在しない。海の上に浮いているため、移動するにはゴンドラを見つけて海を渡らなければならない。
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