東京はミンミンゼミがうるさい!あのサビ、蒸し暑い気温の中であの騒がしい声は溜まったものではない。以前パパに連れてってもらった名古屋で聞いたアブラゼミの鳴き声の方がよっぽどうるさくなくていい。
夏休み間近の7月中盤、授業が少ないのは良いことだが、この一日で一番暑い時間帯に帰らされるのは納得がいかない。エアコンの効いてる教室で涼ませて優雅な時間を送りたいものだ。ママの料理が食べられるのは嬉しいが…。小学校最後の1年、僕だって若者なのだからもっと色めきだった日々を送りたい。友達と騒ぎながら帰り道を歩いたり、来年からは彼女がトレセンに行ってしまう関係で離ればなれになってしまうユメノライトちゃんと甘酸っぱい時間を送ったりしたいわけだ。僕だって立派な男なのだ。
『お兄ちゃ~ん!』
今僕におぶられているこの小童。僕の妹、ユナカイトである。小学1年生になりたてのこの甘えん坊は、僕と帰る時間が同じということを目聡く見つけ教室に乗り込み泣きついてきたのだ。人見知りなこいつはクラスメートと帰りが被るだけでぐずつく。仕方がなく、僕は青い時間を手放しお兄ちゃんをさせられるのであった。
「お兄…重い…」
「トレーニングだ~頑張れ~」
もう一人の妹、アーモンドアイが恨めしそうな呻き声を上げて自分とユナカイト2人分の荷物を持つ。重いとは言っているが、流石はパパのトレーニングの賜物。全然余裕そうではある。重いと嘆いているのは…僕ももっと荷物を持てと言う非難なのか、それとも持たされているアサガオの植木鉢が持ちずらくて悲鳴を上げているのか。イマイチ判別付かないので適当な応援を送って荷物の増加から逃げる。
まぁ…なんだかんだ言って家まであと少しなんだし行けるでしょ。あ~やめなさいユナカイト。くっつかないの熱いから!!!
______
無事帰宅。アーモンドアイから刺さる恨めしい目を無視しながら家のドアを開ける。都内にしては珍しい戸建ての我が家は、おじいちゃんからの贈り物らしい。と言っても、よく見るスタンダートな家だからたぶんパパが頑張ってお金出させすぎないようにしたんだろうな。
白い家の壁紙の中に、ママの金髪とピンクの服が生える。フサイチパンドラ。昔すごいレースを勝った天才なんだとパパが苦笑しながらも嬉しそうに何度も語っている。生憎、僕はレースに興味がないから全くわかんないけど、ママがすごい人っていうのは素直に嬉しいし自慢だ。
「おかえり~なぁにお兄ちゃん、ユナちゃんおんぶしてきたの?超えらいじゃ~ん♡アイちゃんは?」
「アサガオ置きに行ってる」
甘えん坊で甘やかし。ママはそんな人。帰ってきた僕の頭を撫でまくってからユナカイトを抱きかかえ奥に戻っていく。小学6年生にもなって母親に撫でられるなんて恥ずかしいことこの上ないが、こうされないと拗ねるので仕方がない。ユナカイトという重荷が外れたのでため息を吐いてからアーモンドアイの回収に向かう。庭にアサガオの鉢を置き3つのカバンを持ってくる妹から、2つを預かり家に戻る。
我が家のリビングは物が多い。僕がゲームをそこらに転がしているのもあるが、一番多いのはママの小物。ハートとかなんかの可愛いグッズを買っては置いている。パパも乗り気なのか、たまにパパも増やす。正直恥ずかしい。カバンを放り、ソファに身を投げようとして、煌めく何かが目に入った。何かと思い拾い上げると…女児アニメのおもちゃだった。なんだったかな…プリ…フォイ?ファイ?ママが好きな奴のはずだ。
「ママ~!おもちゃソファに置きっぱにしないでよ」
「あ、ガチ~?ごめぴごめぴ☆夜使いっぱだったわ~♡」
キッチンのママに文句を言っておもちゃを床に置きソファに寝転がる。肌触りのいいこのソファは僕の第二のベッドだ。エアコンが効いた空間でお腹を出しながら寝転がる。これ程の贅沢があろうか。スベスベの冷気を纏った生地が、外の熱気に当てられた肌を覚ましていく。
あぁ…ごく…らく…。
「お兄!手洗う!床に物置かない!!」
眠気に身を任せようと意識を薄くしているとアイの大声が響く。ママに比べてしっかり者で優等生の妹はこうして僕の煩雑な性格を時折正そうとする。床の物は放っておけばアイが回収するだろうが…まぁ、妹の手を煩わせすぎるのも気分が良くない。仕方がないので床のおもちゃをリビングテーブルに置き、洗面所へ歩き出した。
______
昼下がり。宿題を終え、丁度3時に差し掛かるくらい。今日はみんないるからとママが豪華なプリンを作ってくれた。プリンにバニラアイス、サクランボやスイカを散りばめた我が家特製夏バージョンプリンアラモードというやつだ。
テーブルをみんなで囲いプリンを頬張る。ママが作ってくれたものだろうか、普段買ってくるプリンよりも卵の味が少し濃い。
「ママは追いホイップしちゃおかな~☆」
少し食べてると、ママが絞り袋を取り出しプリンにモリモリかけていく。真っ白いクリームが黄色いプリンの上に何段も積み重なって山を作っていく。甘さを何個も何個も重ね掛けして極上の甘味を求める。…いつもこうだ。甘党のママはこういう時トッピングを何段も重ねる。
当然、自分だけかければ反感を買うのは当然なわけで子どもらから手痛い反論が飛び交う。
「ママ!自分だけずるいよ僕も僕も!」
「あんな量かけすぎでしょお兄!」
「いいだろアイ!甘いのは甘いから美味しいんだよ!甘けりゃ甘いほど良いの!」
絞り袋を受け取りプリンにかけていく。プリンにも、アイスにも、フルーツにも、純白のお宝で染め上げていく。白く美しく甘く、そうして出来上がっていく自分だけのご褒美の味を想像してよだれが垂れる。もう止めあっれない。僕は甘さのギアを上げる。
「お兄ちゃ~ん私も私も!」
「はいはい。ほら、お皿出して」
ユナカイトのおねだりも受け入れ彼女のお皿にもクリームを乗せる。とはいえ自分の皿に乗っけた量ほどは乗せない。…ユナカイトは僕ほど甘党ではないのだ。
「ほら、アイは?」
「うぅ…私は…」
「要らないなら僕とママで使い切っちゃうよ?」
「…欲しい」
「お兄ちゃんやっさし~♡偉い偉い♡」
ママのなでなでを受けながらアイのプリンにクリームのタワーを作っていく。ぐるぐると積まれていくタワーに目を輝かせる妹の顔を見て顔を綻ばせる。甘党なのは僕の性格にも反映されていたのだろうか。笑顔でプリンを食べる妹たちを見て、誇らざるを得なかった。
自分もプリンを掬い口に運ぶ。う~んこの濃さ!クリームってプリンの食感を良い感じに変えてくれるから最高なんだよね!!
______
おやつを食べれば当然晩御飯まで暇になる訳で。夏休みの宿題なぞちょちょいと終わるのだから、授業を午前中受けて疲れた体に鞭打つ必要もないだろう。パパも月始めから出張でいないしあれこれ言われることもないのだダラダラを満喫しようじゃないか。
こんな時間から友達たちと遊ぶ理由もなく、ダランとゲーム機を起動してゲームを始める。クリアが簡単なRPGはすぐ飽きてしまうから、最近はもっぱらアクションゲームのタイムアタックにはまっている。
繰り返しやって体に染みついてきた動きを繰り返していると、逆に環境音が耳に入ってくるようになる。上の階で響く少し高めのキャッキャ音。何か楽しんでいる音だ。ガールズトークってやつだろうか。
あっ階段降りてきた。
「や~んアイちゃんめっかわ~♡これじゃパパもメロメロになちゃうじゃね?」
現れたのは水着姿のママとアイ。…ユナカイトはどうした。
「で・も~♡ママの方が可愛いもんね~」
「お兄!私の方が可愛いよね!?」
優劣など決めるつもりもなければ大した興味もない。適当に誉めてまたゲームの画面に目を戻す。
毎年夏休みの中頃、パパが出張しに行ってるトレセンの合宿所に遊びに行く。その際の水着を選んでいるのだ。パパならどんな水着でも褒めてくれるだろうし、僕に聞く理由なんてないと思うんだけどなぁ。
「も~!ユナちゃんからもアレコレ言わせちゃうぞ~?」
「ユナカイト盾にするのは卑怯じゃん!」
くっ…僕がユナカイトには特に甘いからって…!仕方がなくゲームの手をぱたりと止め、母と妹の方を向く。ママの水着はビキニ。…見ててキツいから多くは言わないよ。強いて語るなら、色は桃色。
アイの水着は水色のセパレート。裾の長い星柄の入ったスカートがひらひらしている。くびれてんな~お腹。モテるだろうな確実に。…ちょっとやだな妹に彼氏できるかもしれないの。いつかの想像をして少し頭が痛む。
「…アイのが可愛いよ」
「やった~!」
兄魂と言うのだろうか。褒めなきゃならんとかの使命感もなく、純粋にアイが可愛らしく思えた。この可愛らしい妖精を褒めて、撫でて、笑顔にしてやりたい。そんな思いに駆られる。
そこまで深い思いなど伝わるはずもなく、ママに勝ったと喜び跳ねるアイは二階に駆け上がっていくのであった。リビングには、何かいつもより大人びた笑顔を浮かべるママが残っていた。
______
さらに時刻は進み夕暮れがリビングに差し込む頃。だらけに任せひたすらにゲームをする。工夫は現段階じゃしつくしてる。これ以上大幅なタイム短縮をするなら新技開発とか求められる段階だ。今僕が出来るのは、細かな動作を最短にすることだけ。
ボタン音とママの家事の音だけが聞こえてくる。流水の勢いよく飛び出る音、食材が刻まれる音、炒められ水分が急速に抜けていく音。匂いがする。肉、野菜、それにエビ…はは~ん中華丼だな。
一度そっちに気を完全に持っていかれてしまっては集中してゲームを再開するのは困難と言うもの。諦めてゲーム機の電源を落としキッチンに向かう。そこではママが尻尾を揺らしてフライパンに向かっていた。金とピンク。生まれた頃から飽きるほど見てきた組み合わせの色。でも、これがママの色なのだ。可愛いけどどこか引き込まれるような、少し心に優しさをくれる色。
「なぁ~に~?ママに甘えたくなっちゃった?いいよいいよ~まだまだ甘えん坊だねぇ~☆」
気づけば、ママにぴっとりと抱き着いていた。妹らが2階にいる今だけ、今だけこうしていたかった。あれこれ考えて、自分を律して、妹や下級生を守って。小学6年生になって4カ月近く。意識がガラッと変わって日々を過ごしてくると、どこか寂しさを覚えた。
家族から離れて行っているような。自分らしさがなくなっているような。僕の、ママから受け継いだ才能ってやつで乗り切ってきたし頼られてきたのに。大丈夫なはずなのに、心は不安を抱えている。
それを包み隠して小さくしていくみたいに、ママの抱擁が返ってくる。考え事が段々なくなっていく。帰る場所はここだ。まだまだ、僕はここにいる。だからまだ、ほんの少しでいいから、先を見てみようと思う。先を見るために進んでみようと思う。
「ママ…」
「なぁに?」
「…大好き」
「ははっ、ママもだよ~☆」
これフサイチパンドラ引く前から構想してたのでトレウマ結婚想定なんですが、いざシナリオ読んだ後だとトレウマ結婚はなくないか…?と思ってるのでそこだけミスった。というか構想から1カ月近くかかってるのはおかしいぞ筆遅すぎだ俺
母は偉大だよやっぱし
ご拝読ありがとうございました。お気に入り登録評価感想お待ちしております!