追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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リッキー

 ◆

 

「よし、この壁を壊せばいいのだな?」

 

 シャールはそう言って大金づちの柄を握りしめた。

 

 使われなくなった石造りの倉庫を前に腰を深くひねる。

 

 横殴りに叩きつけられた一撃が壁面に轟音を響かせ、人の頭ほどもある石塊が四方八方に吹き飛んでいった。

 

「おお……」

 

 周囲から感嘆のどよめきが漏れる。

 

 同じ解体の依頼を受けた冒険者たちが足を止め、その光景に見入っていた。

 

 シャールは構わず二撃目を放つ。

 

 三撃目。

 

 四撃目。

 

 休む間もなく振り下ろされる金づちが石壁を容赦なく砕いていく。

 

 粉塵が舞い上がり視界が霞むがその足取りに淀みはない。

 

 ◆

 

「なあ、あれ本当に人間か?」

 

 解体作業に参加していた冒険者の一人が隣の仲間に囁いた。

 

「知るかよ。俺たちが三人がかりで叩いても崩れなかった壁だぞ」

 

「それを一人で……しかもあのペースで……」

 

 二人の視線の先ではシャールが黙々と作業を続けている。

 

 振りかぶり、打ち込み、石を砕く。

 

 その動作が機械仕掛けのように正確に繰り返されていた。

 

 額に汗すら浮かんでいない。

 

「……俺たち、ここにいる意味あるか?」

 

「ないな」

 

「だよな」

 

 冒険者たちは顔を見合わせ、そっと作業場の隅へと退避していく。

 

 手伝おうにもあの圧倒的な破壊の只中に割って入る勇気が湧いてこないのである。

 

 ◆

 

「シャルの兄貴、すげえっす」

 

 壁際で見物していた少年が目を輝かせて呟いた。

 

 まだ十五、六歳といったところか。

 

 痩せぎすの体躯に擦り切れた革鎧を纏い、腰には安物の短剣を下げている。

 

 駆け出しの冒険者だろう。

 

「兄貴って呼ぶな。シャルでいい」

 

 シャールは金づちを振り下ろしながら答えた。

 

「でも兄貴は兄貴っすよ。昨日の薬草採取でも助けてもらったし」

 

「あれは君が転んだから手を貸しただけだ」

 

「そういうとこが兄貴なんすよ」

 

 少年の名はリッキーといった。

 

 数日前にこの街に流れ着いたばかりの新人で、偶然同じ依頼を受けたことがきっかけでシャールに懐くようになっていた。

 

 ◆

 

 昼を告げる鐘の音が街に響き渡る。

 

 シャールはようやく手を止め、額の汗を拭った。

 

 倉庫の壁はすでに半分以上が瓦礫と化している。

 

「休憩にするか」

 

 金づちを地面に立てかけ、日陰へと移動する。

 

 リッキーが小走りについてきた。

 

「兄貴、これ」

 

 差し出されたのは水の入った革袋である。

 

 シャールは礼を言って受け取り、喉を潤した。

 

 冷たい井戸水が乾いた喉に染み渡っていく。

 

「なあリッキー」

 

「はい」

 

「なぜ冒険者になった」

 

 唐突な問いに少年は一瞬目を瞬かせる。

 

「えっと……金っすかね。故郷じゃ食えなくて」

 

「そうか」

 

「兄貴は?」

 

 シャールは空を見上げた。

 

 青く澄んだ空に白い雲がゆっくりと流れていく。

 

「……自由が欲しかった」

 

「自由っすか」

 

「ああ」

 

 それ以上は語らなかった。

 

 リッキーも深く追及しようとはしない。

 

 しばしの沈黙が二人の間に横たわる。

 

 だがそれは決して居心地の悪いものではなかった。

 

 ◆

 

「兄貴の連れの姉さんは今日はいないんすね」

 

 リッキーが何気なく尋ねた。

 

「セフィか。今日は別の依頼を受けている」

 

「へえ、どんな?」

 

「調理場の手伝いだそうだ」

 

「調理場? 姉さんって料理できるんすか」

 

 シャールの口元がわずかに緩んだ。

 

「どうだろうな。覚えたいと言っていた」

 

 ◆

 

 その頃、セフィラは街の大通りに面した食堂の厨房に立っていた。

 

 湯気と煙が立ち込める狭い空間には三人の料理人が忙しく立ち働いている。

 

「お嬢さん、そこの鍋の火加減見といてくれ」

 

「はい」

 

 白い前掛けを締めたセフィラは言われるままに鍋の前に立つ。

 

 ぐつぐつと煮えるシチューから立ち上る香りが鼻をくすぐった。

 

「こう……でしょうか」

 

 木杓子で中身をかき混ぜながら首を傾げる。

 

 火加減を見るとはどういうことなのか。

 

 強すぎず弱すぎずとは具体的にどの程度なのか。

 

 書物で読んだ知識と実際の調理は驚くほど異なっていた。

 

「もうちょい火ィ落として。焦げるから」

 

「わかりました」

 

 竈の薪を一本引き抜く。

 

 その手つきは明らかにぎこちなかった。

 

 ◆

 

「お嬢さん、料理は初めてかい」

 

 休憩時間、厨房の裏口で風に当たっていると料理長が声をかけてきた。

 

 恰幅のいい中年の女である。

 

「はい。お恥ずかしながら」

 

「見りゃ分かるよ。野菜の切り方からしてまるでなってない」

 

 セフィラは頬を染めた。

 

「申し訳ありません」

 

「謝ることじゃないさ。誰だって最初は素人だ」

 

 料理長は腰に手を当てて笑う。

 

「それよりあんた、なんでまた料理を覚えようと思ったんだい?」

 

「冒険者として旅をすることになるかもしれないので……。そうなれば自分で食事を用意する必要がありますから」

 

「ふうん、そういうことか」

 

 料理長は感心したように頷いた。

 

「いい心がけだね。冒険者ってのは野宿も多いからねえ。現地で食材を調達して自分で調理できりゃ、それだけ身軽に動ける」

 

「はい。それに……」

 

「それに?」

 

 セフィラの脳裏にシャールの顔が浮かんだ。

 

 いつも自分のために危険を引き受けてくれる彼。

 

 せめて食事くらいは自分が用意してあげたい。

 

 その思いを口にするのは気恥ずかしく、セフィラはただ微笑んで言葉を濁した。

 

「連れがよく食べるものですから」

 

「ああ、なるほどね」

 

 料理長は何か察したようににやりと笑う。

 

「じゃあしっかり覚えていきな。今日中に野菜の切り方くらいは叩き込んでやるよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 セフィラは深々と頭を下げた。

 

 ◆

 

 夕暮れ時。

 

 解体作業を終えたシャールは報酬を受け取り、宿への道を歩いていた。

 

「兄貴、また明日も一緒に依頼受けていいっすか」

 

 リッキーが隣を小走りについてくる。

 

「構わないがなぜ私なんだ。他にも冒険者はいるだろう」

 

「だって兄貴といると安心するんすよ。なんか、頼りになるっていうか」

 

 シャールは苦笑した。

 

 かつて王宮にいた頃は誰からも頼りにされることなどなかった。

 

 無能の王太子として蔑まれ、疎まれるばかりだった。

 

 それが今では見ず知らずの少年から「兄貴」と慕われている。

 

 不思議なものだと思う。

 

「明日は薬草採取の予定だ。朝、ギルドの前で待ち合わせよう」

 

「はい、兄貴」

 

 リッキーは嬉しそうに笑うと、路地の向こうへと駆けていった。

 

 その後ろ姿を見送りながらシャールは宿へと足を向ける。

 

 ◆

 

「お帰りなさい、シャール」

 

 部屋の扉を開けると、セフィラの声が迎えてくれた。

 

 窓際の椅子に腰かけ、何やら書物を広げている。

 

「ただいま。そちらはどうだった」

 

「散々でしたわ」

 

 セフィラは苦笑を浮かべながら両手を見せた。

 

 指先のあちこちに小さな切り傷がある。

 

「野菜を切るだけでこの有様です。包丁というものがこれほど難しいとは思いませんでした」

 

 シャールはその手を取り、傷を確かめる。

 

「痛むか」

 

「少しだけ。でも、塗り薬をいただきましたので大丈夫ですわ」

 

「そうか」

 

 シャールはそっとその手を離した。

 

 セフィラが手を引き、自分の膝の上に置く。

 

「シャールは? お仕事はいかがでしたか」

 

「壁を壊してきた。それだけだ」

 

「それだけ、と仰いますけれど……」

 

 セフィラはシャールの腕を見つめる。

 

 粉塵にまみれ、擦り傷がいくつもついている。

 

「お疲れ様でした」

 

「ああ」

 

 二人は向かい合って座った。

 

 窓からは夕陽が差し込み、部屋を橙色に染めている。

 

「明日も依頼を受けるつもりだ」

 

「わたくしも、もう一度調理場で働かせていただくことになりました。料理長が明日も来いと」

 

「そうか」

 

 シャールの唇に微かな笑みが浮かんだ。

 

「君の作った料理を食べられる日が楽しみだ」

 

「ふふ、期待しないでお待ちくださいませ」

 

 セフィラも笑う。

 

 小さな部屋の中に穏やかな空気が流れていた。

 

 王宮にいた頃には想像もできなかった日常。

 

 地位も名誉も失い、明日の保証すらない暮らし。

 

 それでもこうして二人でいられるなら、悪くないと思えるのだった。

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