追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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買い物デート

 ◆

 

 その日、二人は依頼を受けずに街へ繰り出していた。

 

 冒険者として活動を始めてからひと月あまり。

 

 日々の報酬は決して多くはないが堅実に積み重ねてきた結果、いくらかの蓄えができている。

 

 必要な物資を買い揃える頃合いであった。ラスフェルでの生活は安定してきているがしかし、ここに永住するわけではない。いずれまた何処かへ旅立つ、あるいは逃亡することになるかもしれない。

 

 その備えをしておこうというのだ。

 

「まずは薬草類を買っておきませんと」

 

 セフィラが大通りを見渡しながら言った。

 

「傷薬の備えがあるとないとでは大違いですものね」

 

「ああ、それから保存食もだ。その辺の木の実をかじるのはもうごめんだよ」

 

 シャールがそう言うと、セフィラはくすりと笑った。

 

 二人は並んで石畳の道を歩いていく。

 

 朝の市場は活気に満ちていた。

 

 露店の商人たちが声を張り上げ、行き交う人々が品定めに足を止める。

 

 野菜を山と積んだ荷車が脇を通り過ぎ、香辛料の匂いがどこからともなく漂ってくる。

 

 王都の整然とした市とは趣がまるで異なっていたが、この雑然とした空気にも二人はすっかり馴染んでいた。

 

「シャール、あちらの店はいかがでしょう」

 

 セフィラが指差したのは薬種問屋の看板を掲げた店である。

 

「品揃えがよさそうですわ」

 

「行ってみよう」

 

 店の中に足を踏み入れると、様々な薬草の香りが鼻を突いた。

 

 乾燥した葉や根が棚に並び、壁には効能を記した札が所狭しと貼られている。

 

 セフィラは目当ての傷薬の材料を手に取り、店主と値段の交渉を始めた。

 

 その横顔を眺めながら、シャールはふと思う。

 

 彼女はこの生活に驚くほど順応している。

 

 公爵令嬢として何不自由なく育てられた身でありながら、今では商人相手に値切り交渉までこなすようになった。

 

「まけてくださいませんか。こちらも三つ買いますから」

 

「うーん、そこまで言うなら銅貨二枚引いとくよ」

 

「ありがとうございます」

 

 交渉成立を見届け、二人は店を後にする。

 

「だいぶ慣れたものだな」

 

 シャールが言うと、セフィラは小さく肩をすくめた。

 

「お仕事先で教えてもらったのです。上目遣いをすると大抵まけてくれますわね」

 

 したたかになったものだ、とシャールは内心で苦笑する。

 

 ◆

 

 保存食を扱う店、革製品を売る露店、日用品の雑貨屋。

 

 二人は必要な物を順に買い集めながら、街の中を歩いていった。

 

 広場に差しかかった時、シャールの足がふと止まる。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 セフィラが振り返った。

 

 シャールは広場の一角に目を向けていた。

 

 噴水の傍に数人の少年たちが固まっている。

 

 その中心に見覚えのある姿があった。

 

 痩せぎすの体躯に擦り切れた革鎧。

 

 リッキーだ。

 

 だが様子がおかしい。

 

 少年たちの輪は決して和やかなものではなかった。

 

 何やら言い争いをしている様に見える。ただ、険悪というほどでもない。

 

 リッキーと向き合う少年たちは三人。

 

 いずれも同じくらいの年頃で、こちらも駆け出しの冒険者風の出で立ちであった。

 

 仲間なのだろうか。

 

 だとすれば内輪揉めということになる。

 

「シャール、あれは……」

 

 セフィラがシャールの視線の先を追う。

 

「ああ、リッキーだ」

 

「何かあったのでしょうか。声をかけますか?」

 

 その問いにシャールは少し考え込んだ。

 

「いや」

 

 シャールは静かに首を横に振った。

 

「放っておこう」

 

「よろしいのですか?」

 

 セフィラの声には微かな驚きが滲む。

 

 普段のシャールならば、慕ってくる少年のために何かしら手を貸そうとするはずだった。

 

「ああいうのは、必要なものだ」

 

 シャールはリッキーたちから視線を外し、再び歩き出す。

 

 セフィラも黙って後に続いた。

 

 しばらく二人は無言で歩いていく。

 

 広場の喧騒が遠ざかり、やがて耳に届かなくなった頃、セフィラが口を開いた。

 

「必要なもの、とは?」

 

 シャールは足を止めず、前を向いたまま答える。

 

「仲間との衝突さ。意見がぶつかって、言い争いになる。時には拳が飛ぶこともあるだろう」

 

「それが必要だと?」

 

「そうだ。そうやって互いの考えを知り、折り合いのつけ方を覚えていく。譲れないものと譲れるものの境界を探っていく──まあこの辺はタマさんの言葉を借りているが」

 

 セフィラは黙って聞いている。

 

「自分たちで向き合って、ぶつかり合って、それでも一緒にやっていくと決める。そうやって初めて本当の仲間になれるもの──らしい」

 

 言いながら、シャールの胸に奇妙な痛みが走った。

 

 仲間との衝突。

 

 意見の相違。

 

 ぶつかり合いながら深まっていく絆。

 

 そういうものが、自分にはあっただろうか。

 

 脳裏にひとつの顔が浮かぶ。

 

 燃えるような赤い髪。

 

 挑戦的な光を宿す双眸。

 

 マーキス。

 

 弟の名を心の中で呼ぶ。

 

 思えば、あの弟との間にそうしたものは何もなかった。

 

 対立はあった。

 

 だがそれは意見の衝突などという生易しいものではなく、もっと根深い、存在そのものへの否定に近いものだったように思う。

 

 言葉を交わすことすら稀であった。

 

 同じ王宮に暮らしながら、互いに相手を避けるようにして過ごしてきた。

 

 シャールが書庫に籠もっている時、マーキスは訓練場で剣を振るっていた。

 

 シャールが孤独な鍛錬に明け暮れている時、マーキスは貴族の子弟たちと騒いでいた。

 

 交わることのない二本の線。

 

 ぶつかり合うことすらできなかった二人の兄弟。

 

 もし、あの頃もっと言葉を交わしていたなら。

 

 もし、互いの考えを知ろうとしていたなら。

 

 今とは違う結末があっただろうか。

 

 その問いに答えはない。

 

 今さら考えても詮無いことだった。

 

「シャール?」

 

 セフィラの声で我に返る。

 

 気づけば足が止まっていた。

 

「どうかなさいましたか。何か考え事を?」

 

「いや……」

 

 シャールは小さく首を振った。

 

「何でもない。少し昔のことを思い出していただけだ」

 

「昔のこと」

 

 セフィラは問い詰めようとはしなかった。

 

 静かにシャールの横顔を見つめ、やがて視線を前に戻す。

 

「リッキーには仲間がいるのですね」

 

「そのようだな」

 

「喧嘩をしても、また一緒にいられる相手が」

 

 その言葉の奥にセフィラが何を感じ取ったのか、シャールには分かるような気がした。

 

 彼女もまた、孤独な少女時代を過ごしてきたのだ。

 

 公爵家の令嬢として周囲に人は多くとも、心を許せる相手はいなかった。

 

 本音をぶつけ合える友はいなかった。

 

「羨ましいと思うか」

 

 シャールが尋ねる。

 

 セフィラは少しだけ考えてから答えた。

 

「かつてなら、そう思ったかもしれませんわね」

 

「今は?」

 

「今はあなたがいらっしゃいますから」

 

 その言葉にシャールの胸に温かいものが広がっていく。

 

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