追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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リッキー②

 ◆

 

 足元で乾いた音がした。

 

 視線を落とす。革のブーツが石畳を蹴りつけていた。蹴ったのはヴァンスだ。この即席のパーティにおけるリーダー格の少年である。

 

 彼は伸び放題の赤髪を苛立たしげにかき上げた。その瞳には満たされない功名心が飢えた獣のように宿っている。

 

「……やってられないな」

 

 ヴァンスが吐き捨てるように言った。

 

「いつまで続くんだ。このドブ浚いみたいな生活は」

 

 リッキーは黙って足元の銅貨を拾う。先ほどの報酬だ。四人で山分けすればパンとスープで消えてしまう額である。

 

「地道にやるしかないだろう」

 

 リッキーは努めて平静な声を出す。

 

「まだ俺たちには信用がない。まずは雑用で顔を売るんだ」

 

「またそれか」

 

 ヴァンスが鼻を鳴らす。

 

「あのシャルとかいう男の受け売りか。お前はすっかりあいつの信者だな」

 

 リッキーは言葉に詰まる。反論したかったが図星でもあった。

 

 シャールの仕事ぶりには美学がある。無駄がなく洗練されている。それに比べて自分たちはどうだ。ただ闇雲に体を動かし、疲労だけを溜め込んでいる。

 

「俺はもっとデカいことがしたいんだ」

 

 ヴァンスが腰の剣を叩いた。安物の鉄剣だが彼にとっては唯一の財産だ。

 

「剣で稼いでなんぼだろうが。冒険者ってのはそういうもんだろ」

 

 その言葉に横にいたトトが同調する。小柄で目端の利く斥候役だ。

 

「違いねえ。銅貨を数えるのはもう飽き飽きだぜ」

 

 トトは周囲を窺うように声を潜めた。

 

「なあ。実はいいネタがあるんだ」

 

 ヴァンスの眉が動く。

 

「なんだ」

 

「こないだの薬草採取の時だ。俺は見ちまったんだよ」

 

 トトは勿体ぶって間を置く。

 

「小鬼さ」

 

 リッキーの心臓が跳ねた。

 

 小鬼──冒険者が最初に直面する壁であり、死因の筆頭でもある。

 

「東の森の浅いところだ。一匹だけポツンと藪の中にいやがった」

 

「一匹か」

 

 ヴァンスの目に光が宿る。

 

「ああ。俺と目が合ったらキーキー喚いて逃げていったよ。背中を見せて一目散にな」

 

 トトは小馬鹿にしたように笑う。

 

「武器も持ってなかった。痩せっぽちの弱そうな奴だったぜ」

 

「はぐれ小鬼か」

 

 ヴァンスが唇を舐める。獲物を見つけた肉食獣の顔だった。

 

「群れから弾かれた落ちこぼれだ。餌にもありつけず弱り切ってる」

 

「だろうな。俺たちなら楽勝だぜ」

 

 トトが煽るように言う。もう一人の仲間である大男のミランも無言で頷いた。

 

 嫌な予感がする。リッキーは必死にブレーキをかけようとした。

 

「よせ。小鬼は群れる習性がある。一匹に見えても近くに巣があるかもしれない」

 

「だから逃げたんだろ」

 

 ヴァンスが一蹴する。

 

「仲間がいるなら呼ぶはずだ。あいつはただ怖くて逃げたんだよ」

 

 論理の飛躍がある。だが焦燥感に駆られた彼らにそれは届かない。

 

「そいつを狩る」

 

 ヴァンスが宣言する。

 

「いきなり討伐依頼をするほど俺も無茶じゃない。まずはそのはぐれを一匹狩って、俺たちの力を証明するんだ」

 

「無茶だ」

 

「無茶じゃない。四対一だぞ。俺たちが小鬼一匹に負けるとでも思うのか」

 

 ヴァンスがリッキーの肩を掴む。指が食い込むほどに強い力だった。

 

「リッキー。お前はどうする」

 

 試すような視線。

 

「あの兄貴の言いつけを守って待っているか。それとも俺たちと来るか」

 

 リッキーは視線を泳がせる。

 

 断ればどうなる。彼らは三人で行くだろう。そしてもしものことがあれば。自分は一生後悔することになる。

 

 それにここで断ればこのグループでの居場所はなくなる。孤独への恐怖。それがリッキーの判断を鈍らせた。

 

「……行くよ」

 

 リッキーは絞り出すように答える。

 

「でも条件がある。一匹だと確認できるまでは手を出さない。危ないと思ったらすぐに逃げる」

 

「分かってるって」

 

 ヴァンスが破顔する。

 

「俺だって死にたくはない。慎重にやるさ」

 

 その笑顔には根拠のない自信が張り付いていた。リッキーは胸の奥に鉛を飲み込んだような重さを感じる。

 

 シャールの顔が浮かんだ。あの人なら止めるだろうか。

 

 だがリッキーは首を振ってその像を消し去る。いつまでも甘えてはいられない。これは自分たちの冒険なのだ。

 

 ◆

 

 翌朝。

 

 東の空には厚い雲が垂れ込めていた。湿った風が頬を撫でる。

 

 四人は早朝にギルドで形式的な手続きを済ませていた。名目は薬草採取だ。嘘をついているという罪悪感がリッキーの足を重くさせる。

 

 街を出て一時間ほど歩く。街道沿いの森は朝露に濡れて静まり返っていた。

 

「ここからだ」

 

 トトが指差す。獣道とも呼べないような細い隙間が緑の壁に開いている。

 

 ヴァンスが剣を抜いた。

 

「行くぞ。音を立てるな」

 

 四人は森の中へと踏み入る。

 

 腐葉土の匂いが鼻を突く。木々の梢が日光を遮り視界は薄暗い。鳥の声もしない。不気味な静寂が支配していた。

 

 リッキーは短剣を握りしめる。掌が汗で滑る。心臓の音がうるさいほどに響いていた。

 

「……おい」

 

 トトが足を止める。

 

「あそこだ」

 

 前方の茂みの陰。古木の根元にそいつはいた。

 

 薄汚れた緑色の肌。腰に巻いたボロ布。背丈は子供ほどしかない。小鬼だ。

 

 背中を向けて地面を漁っている。何かを食べているようだ。

 

「一匹だ」

 

 ヴァンスが声を潜めて言う。

 

 周囲に他の気配はない。リッキーも目を凝らす。確かに一匹だけだ。武器も持っていないように見える。痩せ細った背中が無防備に晒されていた。

 

 いける。そう思ってしまった。

 

 ヴァンスが合図を送る。左右から回り込んで包囲する作戦だ。

 

 リッキーは左へ展開する。足音を殺して位置につく。小鬼はまだ気づいていない。

 

 ヴァンスが剣を振り上げた。

 

 刹那。

 

 小鬼が振り返った。

 

 リッキーはその顔を見て息を呑む。

 

 笑っていた。

 

 恐怖など微塵もない。醜悪に歪んだ唇が三日月のような弧を描いている。

 

 罠だ。そう叫ぼうとした時にはもう遅かった。

 

「死ねえ」

 

 ヴァンスが叫びながら斬りかかる。

 

 小鬼は驚くべき反応速度で横に跳んだ。剣が空を切り地面を叩く。

 

 同時に森の静寂が破られた。

 

 ヒュッ。

 

 風切り音がしたかと思うとヴァンスの肩に矢が突き刺さる。

 

「ぐあっ」

 

 ヴァンスが体勢を崩す。

 

 どこからだ。リッキーは視線を走らせる。

 

 頭上。枝の上に別の小鬼がいた。短弓を構えている。

 

 それだけではない。茂みが揺れ、木の陰から次々と緑色の影が湧き出してくる。

 

 三匹。五匹。十匹。

 

 一匹などではなかった。ここは小鬼の狩り場だったのだ。

 

「うわあああ」

 

 トトが悲鳴を上げて逃げ出そうとする。

 

 だが背後にも小鬼が回り込んでいた。錆びた棍棒がトトの足を払う。転倒したトトに二匹の小鬼が飛び乗った。

 

「助けて。助けてくれ」

 

 絶叫が森に響く。ミランが吼えて突進するが多勢に無勢だ。四方から石や礫が投げつけられる。

 

 リッキーは動けなかった。

 

 足が竦んで一歩も出ない。これが実戦か。これが冒険か。英雄譚にあるような華々しさなど欠片もない。あるのは泥と血と理不尽な暴力だけであった。

 

 目の前でヴァンスが囲まれている。肩から血を流しながら必死に剣を振り回している。

 

 だが小鬼たちは嘲笑うように距離を取り、じわじわと追い詰めていく。弄んでいるのだ。獲物が弱るのを待っている。

 

 リッキーと目が合った。

 

 ヴァンスの瞳にあるのは常の強気ではなかった。あるのは恐怖と懇願である。

 

 助けてくれ──ヴァンスはリッキーにそう言っている。

 

 リッキーはがちりと歯を食いしばり、やぶれかぶれで特攻をしかけようと考えた──その時。

 

 ──『リッキー』

 

 名を呼ばれた気がした。

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