追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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ギルドの面々②

 ◆

 

「銀狐亭」の奥まった席に、三つの影が集まっていた。

 

 カウンターの向こうでは酒場の主人が黙々とグラスを磨いている。窓の外には夜の帳が下り、街灯の明かりが石畳を淡く照らし出していた。ギルド職員たちが仕事終わりに集うこの店は表通りの喧騒とは無縁の静けさを保っている。

 

「今日はアレッサンドラは?」

 

 マリアが麦酒のジョッキを傾けながら尋ねた。

 

「別件で動いてる」

 

 ベルトランが短く答える。

 

「諜報絡みか。忙しいことね」

 

 カティアがため息をつきながら席に着いた。真偽の瞳を持つ彼女の目元には相変わらず疲労の色が滲んでいる。毎日のように押し寄せる新人冒険者たちの素性を見極める作業は想像以上に神経を擦り減らすものらしい。

 

 三人は杯を軽く打ち合わせると、それぞれの仕事の話を始めた。

 

「ところでベルトラン。例の二人組、討伐依頼を受けたんでしょう」

 

 マリアが切り出す。

 

「ああ、シャルとセフィな」

 

 ベルトランは頷きながら、懐から取り出した帳簿に目を落とした。そこには依頼の完了報告が几帳面な字で記されている。

 

「ケリガンの森での小鬼討伐。結果から言えば、危なげなく完遂した。負傷もなし。新人としては申し分ない」

 

「へえ、よかったじゃない」

 

 カティアが安堵の声を漏らす。あの二人を登録したのは他ならぬ彼女自身だ。送り出した新人が無事に戻ってくるというのは審査担当者にとっても喜ばしいことに違いない。

 

「ただな」

 

 ベルトランの声がわずかに曇った。

 

「討伐証明の耳がひどく損傷していた」

 

「損傷?」

 

「ああ。持ち帰った耳のほとんどが潰れたり千切れたりしていてな。形を保っているものを探すのに苦労したらしい」

 

 マリアとカティアは顔を見合わせた。

 

 討伐証明として持ち帰る小鬼の耳は通常であれば刃物で切り落とすだけの単純な作業で済む。それがひどく損傷しているということはつまり討伐の過程で何かしら激しい力が加わったということだ。

 

「戦闘で暴れすぎたってこと?」

 

 カティアが首を傾げる。

 

「分からん。ただ、耳だけじゃない。現場を確認した調査員の報告によれば、死骸そのものが原形を留めていなかったそうだ」

 

 ベルトランは帳簿を閉じた。

 

「まるで上から巨岩で押し潰されたような状態だったとある。調査員もかなり戸惑っていたな」

 

 沈黙が落ちた。

 

 三人の脳裏に、あの二人組の姿が浮かぶ。物腰は穏やかで、礼儀正しく、どこか品のある立ち居振る舞い。だがその内に秘めた力はどうやら外見からは想像もつかないほどのものらしい。

 

「……もしかして」

 

 マリアが口を開いた。その唇にはどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 

「あの二人、実は相当な戦闘狂だったりして」

 

「は?」

 

「だって考えてみてよ。あんな静かな感じなのに、小鬼を原形が残らないほど叩き潰すって……普通じゃないわ」

 

「いやいや、それは」

 

 ベルトランが苦笑する。

 

「さすがにそれは違うだろう。あの二人は雑用依頼でも丁寧な仕事をしてきた。短気な戦闘狂がそんな地道な積み重ねをするとは思えん」

 

「でも本性は分からないわよ。普段は猫を被っていて、いざ戦いとなると人格が変わるとか」

 

「本の読みすぎだ」

 

「心外ね。わたしは事実に基づいて推理しているの」

 

 二人のやり取りを聞きながら、カティアは麦酒を啜った。

 

 あの二人の登録審査を担当したのは自分だ。真偽の瞳を通して見た彼らの本質を、カティアは今でも覚えている。嘘はなかった。ただ、何かを隠している気配はあった。それが何なのかまでは分からなかったが。

 

「まあ、結果として依頼は完了したんだし、いいんじゃない?」

 

 カティアは話を切り上げるように言った。

 

「ギルドとしては冒険者が生きて帰ってきて、依頼を達成してくれれば文句はないでしょ」

 

「それはそうだな」

 

 ベルトランも頷く。

 

 話題が変わり、三人は最近のギルドの出来事について語り始めた。

 

 ◆

 

「そういえば」

 

 二杯目の麦酒を注文したところで、マリアが思い出したように口を開いた。

 

「新人冒険者から苦情が来たのよ」

 

「苦情? またか」

 

 ベルトランがうんざりした顔をする。

 

 マリアの役割は多岐にわたるがその中でも特に神経を擦り減らすのが苦情対応であった。依頼の受付から報酬の支払いまでを担当するベルトランとは異なり、彼女は冒険者たちとの対人関係を円滑にする接客的な側面を担っている。

 

 理不尽な要求。報酬への不満。八つ当たりの暴言。そうしたものを笑顔で受け止め、時には宥め、時には毅然と跳ね返す。それがマリアの仕事だ。

 

「今度は何だ。報酬が安いとか、依頼内容が聞いてたのと違うとか」

 

「違うの。ケリガンの森の難易度がおかしいって」

 

 その言葉に、ベルトランの眉が動いた。

 

「難易度がおかしい」

 

「ええ。新人向けの採取依頼でケリガンの森の浅層に入ったら、小鬼に遭遇したんですって。それも複数」

 

「浅層で小鬼か……」

 

 ベルトランは腕を組んで考え込んだ。

 

 ギルドでは冒険者たちが活動する「狩り場」に推奨難易度を設定している。これは主に三段階に分類される。すなわち、高、中、低である。

 

 高難易度の地域には強力な魔物が跋扈し、熟練の冒険者でなければ命を落とす危険がある。中難易度は一定の経験を積んだ者向けで、油断さえしなければ問題なく活動できる程度。低難易度は新人でも安全に依頼をこなせる地域とされていた。

 

 ケリガンの森の場合、浅層は低難易度、中層は中難易度、深層は高難易度に分類されている。浅層では通常、薬草採取や木の実集めといった非戦闘系の依頼が中心となり、魔物との遭遇はほとんど想定されていない。

 

 だがしかしとベルトランは内心で付け加える。

 

 この分類はあくまでも目安に過ぎないのだ。

 

 自然とは本来、人間の都合で区切れるようなものではない。魔物たちは領域を定めて大人しく棲み分けてくれるわけでも、ギルドの設定した境界線を律儀に守ってくれるわけでもない。低難易度に設定された地域であっても、時として強力な魔物が現れることはままある。

 

 その辺りの事情は冒険者登録の際にも説明されているはずだった。依頼を受ける前に難易度と危険性についての注意事項を伝え、同意を得た上で依頼書に署名させている。にもかかわらず、難易度について文句を言ってくる者は後を絶たない。

 

「で、その新人はどうなったんだ」

 

「命からがら逃げてきたって。怪我はなかったみたいだけど、かなり怯えてたわ」

 

「逃げられたなら上出来だな」

 

 ベルトランは肩をすくめた。

 

「難易度設定はあくまでも目安だと説明してあるだろう。それを理解せずに依頼を受けたのは本人の責任だ」

 

「分かってるわよ。だからそう説明して帰ってもらったの」

 

 マリアは麦酒を一口飲んでから続けた。

 

「でも気になることがあって」

 

「何だ」

 

「最近、似たような話をよく聞くの。ケリガンの森の浅層で小鬼を見かけたって」

 

 カティアが身を乗り出した。

 

「わたしも聞いたわ、その話。登録に来た新人が言ってた。友人が森で小鬼に追いかけられたって」

 

「偶然かしら」

 

「偶然にしては頻度が高すぎるな」

 

 ベルトランの声に真剣味が増した。

 

 小鬼は本来、森の中層より奥を棲み処としている。浅層に姿を現すことは稀であり、それも単独の個体がまれに迷い込んでくる程度のはずだった。だがマリアの話が本当なら、複数の小鬼が浅層で目撃されていることになる。

 

「数が増えているのか、それとも何かに追い立てられて浅層まで出てきているのか」

 

 ベルトランは顎に手を当てて思案した。

 

「調査員を派遣してみるか」

 

「調査員?」

 

 マリアが目を瞬かせる。

 

「これといった根拠があるわけじゃないんでしょ? 新人の苦情だけで調査員を動かすの?」

 

「ああ」

 

 ベルトランは頷いた。その目には長年の経験に裏打ちされた直感の光が宿っている。

 

「何となく勘が働いた」

 

「勘、ねえ」

 

 マリアは懐疑的な視線を向けたがそれ以上は追及しなかった。ベルトランの勘がただの思い付きではないことは長年の付き合いで知っている。彼が動くと言うなら、それなりの理由があるのだろう。

 

「分かったわ。申請書類は用意しておくわね」

 

「助かる」

 

 話が一段落し、三人は再び麦酒に口をつけた。

 

 

 ◆

 

 

「そうだ、聞いてよベルトラン」

 

 マリアが不意に声を上げた。その口調にはどこか愚痴めいた響きが含まれている。

 

「今日、とんでもない連中が来たの」

 

「とんでもない連中?」

 

「蒼き鷹、よ」

 

 その名を聞いて、ベルトランとカティアの顔に複雑な表情が浮かんだ。

 

 蒼き鷹。ここ最近、頭角を現しつつある中堅パーティである。リーダーの剣士を筆頭に、魔術師、斥候、神官の四人構成。依頼の完遂率は高く、難度の高い仕事もそつなくこなしてきた実績がある。ギルド内での評価も上昇傾向にあり、このまま順調にいけば数年後には一流パーティの仲間入りを果たすだろうと目されていた。

 

 だが同時に、彼らには芳しくない噂も付きまとっている。

 

「何をしに来たんだ」

 

「新しいメンバーの紹介を申請してきたの」

 

「メンバーの紹介? 四人構成じゃなかったか」

 

「そう。でも五人目を入れたいんですって」

 

 マリアの声が一段低くなった。

 

「代わりに、今いるメンバーを一人追放するから、って」

 

 沈黙が落ちた。

 

 カティアが眉をひそめる。

 

「追放……って、誰を」

 

「荷物持ち。パーティの雑用係をやってた子よ」

 

 マリアは吐き捨てるように言った。

 

 冒険者パーティには戦闘員だけでなく様々な役割を担う者が必要とされる。荷物の運搬、野営地の設営、食事の準備、装備の手入れ。そうした雑務を一手に引き受ける者がいなければ、戦闘員たちは本来の仕事に集中できない。

 

 だがしかしそうした役割は往々にして軽視されがちでもある。

 

「その荷物持ちの子、もうず~っと文句も言わずに雑用をこなしてきたのよ。キャンプの設営も、食事の支度も、装備の修繕も、全部一人で」

 

「それで、追い出すのか」

 

「そうよ。理由を聞いたら何て言ったと思う? 『戦えないから邪魔』ですって。今度の依頼は難易度が高いから、戦えない奴は足手まといになる、って」

 

 マリアの声に怒りが滲む。

 

「三年間、あの子のおかげで彼らは戦いに集中できたのよ。野営地に戻れば温かい食事があって、装備はいつも手入れされていて、必要な物資は常に補充されていて。それを全部当たり前だと思ってたの」

 

「ひどい話だな」

 

 ベルトランが低く呟いた。

 

「で、マリアはどうしたんだ」

 

「断ったわ。紹介の申請も、追放の手続きも、全部」

 

 マリアは胸を張って言った。

 

「それから、たっぷり説教してやったの。あんたたちがここまで来られたのは誰のおかげだと思ってるの、って。雑用を馬鹿にする奴はいつか足元を掬われるわよ、って」

 

「で、その追放されそうになってた子はどうなったの」

 

 カティアが尋ねる。

 

「パーティには残ることになったわ。とりあえず、ね」

 

 マリアの声には複雑な響きがあった。

 

「でも、雰囲気は最悪でしょうね。あの子がいづらくなるのは目に見えてる」

 

「他のパーティに移るという選択肢は」

 

「本人に提案したわ。でも、断られた」

 

「断った?」

 

「自分がいないとダメになっちゃうからって。扱いには思う所はあるけれど、一緒に村から出てきた幼馴染だから、って」

 

 マリアは深いため息をついた。

 

「馬鹿よね。そんな義理立てする必要なんてないのに」

 

 だがその声にはどこか共感めいたものも含まれていた。

 

 絆や思い出はたとえ一方的なものであっても、簡単には捨てられないのかもしれない。

 

「まあ、本人が決めたことだ」

 

 ベルトランが静かに言った。

 

「俺たちにできるのは見守ることくらいだな。あとは──もし別のパーティに入りたいといってきたら、良さそうな所を紹介するくらいだな」

 

「そうね……」

 

 マリアは麦酒の残りを一気に飲み干した。

 

「ああ、むしゃくしゃする。もう一杯頼むわ」

 

「付き合うわ」

 

 カティアも空になったジョッキを掲げた。

 

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