追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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第24話 元騎士

 ◆

 

 ラスフェルにセイルという冒険者がいる。

 

 二十八という年齢は冒険者として若いとも言えず、かといって老成したとも言い難い。中途半端な歳だ、と本人も自覚していた。だがその中途半端さこそが彼という人間を象徴していたのかもしれない。かつては西方諸国連合の騎士であった。由緒ある家門の三男として生まれ、剣の才覚を認められ、若くして騎士団の一員となった。真面目一辺倒の男であった。規律を重んじ、誠実さを信条とし、正義という言葉を本気で信じていた。

 

 今となっては笑い話にもならない。

 

 セイルは酒場の片隅で安酒を舐めながら、窓の外を眺めていた。夕暮れの光が石畳を橙色に染めている。行き交う人々の影が長く伸び、やがて闇に呑まれていく。

 

 上司の不正を告発した。それが彼の転落の始まりであった。軍需品の横流し、帳簿の改竄、そうした証拠を揃えて上層部に報告した。正義が勝つと信じていた。だが勝ったのは権力だった。証拠は握り潰され、告発者であるセイルこそが不正の張本人であると断じられた。弁明の機会すら与えられなかった。軍法会議は形ばかりのもので、判決は最初から決まっていたのだろう。

 

 騎士団を追われ、爵位は剥奪された。婚約者は一度も面会に来ることなく、使者を通じて婚約破棄の書状を送りつけてきた。実家からは勘当され、家名を名乗ることすら許されなくなった。

 

 すべてを失った男がどこへ向かうか。答えはひとつしかない。

 

 ラスフェル。いかなる国家にも属さず、いかなる権力の介入も拒む自治都市。追われる者にとっての最後の砦である。セイルはそこに流れ着き、冒険者として登録した。騎士としての技量は確かなものがあった。依頼をこなすこと自体に困難はない。

 

 だが人との関わりは別だ。

 

 セイルの目つきは荒んでいた。かつての真面目さは皮肉と不信に取って代わられ、言葉遣いも粗くなっている。他の冒険者たちは彼を避けるようになった。誰かが流した噂がそれに拍車をかける。元野盗だとか、人を殺して逃げてきたとか、そういった讒言が囁かれていた。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 セイルはジョッキの底に残った酒を一息に飲み干した。こんな噂を流す連中の方がよほど信用ならない。だが弁明する気力も湧かなかった。信じたい奴は信じればいい。どうせ誰も自分のことなど見ていない。

 

 そう思っていた。

 

 あの女に会うまでは。

 

 ◆

 

 最初に彼女を見かけたのはギルドの受付だった。

 

 依頼の報酬を受け取りに行った時のことである。カウンターの前に一人の女が立っていた。亜麻色の髪を後ろで束ね、翠色の瞳が静かに受付嬢と言葉を交わしている。身なりは質素だったがその立ち居振る舞いには隠しきれない気品があった。背筋の伸び方、手の動かし方、声の抑揚。どれをとっても庶民のそれではない。

 

 貴族崩れか。

 

 セイルはそう思った。自分と同じように、どこかで何かを失い、この街に流れ着いてきた者。だがその女の表情にはセイルが鏡で見る自分の顔にあるような荒みはなかった。穏やかで、知的で、どこか遠くを見つめているような静けさがある。

 

 隣には男がいた。寡黙そうな風貌で、腰には使い込まれた長剣を帯びている。こちらも庶民の出ではないことは一目で分かった。

 

 二人は手続きを終えると、並んでギルドを出ていった。肩が触れ合うほどの距離で歩く二人の背中を、セイルはぼんやりと見送っていた。

 

 それから数日後、セイルは再び彼女を見かけた。今度は依頼の掲示板の前である。彼女は熱心に木札を眺め、時折連れの男と何やら話し合っていた。その横顔を見つめているうちに、セイルは自分の心臓が妙に速く打っていることに気づいた。

 

 馬鹿な、と自分を嘲笑う。女の顔を見て心臓が高鳴るなど、年頃の小僧でもあるまいに。だが目が離せなかった。彼女が微笑むたびに、胸の奥で何かがざわめく。

 

 名前を知ったのはそれから間もなくのことである。セフィ、と呼ばれていた。連れの男の名はシャル。どちらも偽名だろうと見当がついた。この街では珍しくもない。

 

 セイルは気づけば二人の姿を目で追うようになっていた。ギルドで見かければ視線が吸い寄せられ、街で擦れ違えば振り返らずにはいられない。自分でも馬鹿げていると思う。だが止められなかった。

 

 ある日、思い切ってセフィラの前に姿を現してみた。

 

 彼女が一人で薬草の調合をしている場面に出くわしたのである。男の姿は見えない。別の依頼に出ているのだろう。

 

「よう」

 

 声をかけると、セフィラはゆっくりと顔を上げた。その翠色の瞳がセイルを捉える。警戒の色はない。だが親しみもない。ただ静かに、こちらを見つめている。

 

「何か御用でしょうか」

 

 丁寧な言葉遣いだった。だがそこに媚びはない。対等な人間に対する礼儀正しさであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

「いや、別に。ただ、ここらで見かけない顔だと思ってな」

 

「わたくしたちは最近この街に参りましたの。まだ不慣れなことも多くて」

 

 セイルは彼女の顔を観察した。噂を聞いていないのか、それとも聞いた上で気にしていないのか。元野盗だの人殺しだのという噂が流れている男に対して、この女は微塵も怯えた様子を見せない。

 

「俺のこと、聞いてないのか。この辺じゃ色々言われてるんだがな」

 

「噂のことでしょうか」

 

 セフィラは首を傾げた。

 

「ええ、耳にしたことはございます」

 

「で、怖くないのか」

 

「なぜ怖がる必要がありますの?」

 

 その問い返しに、セイルは言葉を詰まらせた。

 

「貴方様がもし本当に悪辣な方であれば、ギルドの登録審査で弾かれていらっしゃるはずですわ。あの受付嬢の瞳は嘘を見抜くと聞いております。それを通過なさったということは少なくとも悪人ではないという証明になりますわね」

 

 セイルは目を見開いた。

 

 そう来るか、と思った。

 

 確かに彼女の言う通りである。ギルドの登録審査は厳格だ。嘘をつけば見抜かれ、弾かれる。セイルがここにいるということは審査を通過したということであり、それは彼が少なくとも凶悪な犯罪者ではないことを意味している。

 

 だがそんな理屈で自分に接してきた者は今までいなかった。皆、噂を聞いて遠巻きにするか、あるいは噂を鵜呑みにして敵意を向けてくるかのどちらかだった。

 

 この女は違う──そう思うと同時に、セイルの胸の奥で何かが熱く燃え上がった。

 

「……変わった奴だな、あんた」

 

「よく言われますわ」

 

 セフィラは小さく微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、セイルは自分が恋に落ちたことを悟った。

 

 ◆

 

 だが彼女には連れがいた。

 

 シャルという名の男。セイルはその男のことが気になって仕方がなかった。どんな奴なのか。セフィラにふさわしい男なのか。彼女を幸せにできる器なのか。

 

 気づけばセイルは二人の行動を観察するようになっていた。尾行、と言えば聞こえは悪いがそれ以外に表現のしようがない。朝、二人が宿を出るところから、夜、宿に戻るまで。できる限り彼らの動きを追った。

 

 最初は純粋な好奇心だったのかもしれない。だが次第に、その動機は変質していった。

 

 もしあの男が彼女にふさわしくないような人間だったら。

 

 もし彼女を粗末に扱っているような奴だったら。

 

 そうしたら、俺が叩きのめしてやる。そしてセフィラを奪い取る。

 

 そんな暗い欲望がセイルの心の底で蠢き始めていた。騎士だった頃の自分なら、唾棄すべき考えだと切り捨てただろう。だが今の彼にはそうした歯止めが失われていた。

 

 観察を続けるうちに、シャルという男の人となりが見えてきた。

 

 寡黙だがしかし冷淡ではない。依頼をこなす姿勢は真面目で、手を抜くということを知らないようだった。重労働の依頼でも黙々と取り組み、周囲への気配りも怠らない。一緒に依頼を受けた新人冒険者が困っていれば手を貸し、困難な場面では率先して危険を引き受ける。

 

 セフィに対する態度も丁寧であった。決して横柄にならず、彼女の意見に耳を傾け、尊重している様子が見て取れる。二人の間には言葉にならない信頼が築かれていた。視線を交わすだけで通じ合うような、そういう関係である。

 

 セイルは歯噛みした。

 

 文句のつけようがなかった。

 

 シャルという男はセイルが探し求めていた「欠点」を持っていなかった。傲慢でもなければ、軽薄でもない。セフィを利用しようとしている気配もなければ、彼女の才知を妬んでいる様子もない。ただ静かに、誠実に、彼女と共に歩んでいる。

 

 それが分かれば分かるほど、セイルの胸は虚しさで満たされていった。

 

 俺には勝ち目がない。

 

 そう思い知らされるたびに、胸の奥が軋むように痛んだ。

 

 ◆

 

 ある日の午後のことである。

 

 セイルがいつものようにシャールたちを観察していると、不意にシャールがこちらを振り返った。

 

 心臓が跳ねた。

 

 見つかったのか。いや、まさか。十分な距離を取っていたはずだ。だがシャールの視線は明らかにセイルを捉えていた。

 

 セイルは咄嗟に視線を逸らそうとしたがしかしその前にシャールが歩み寄ってきた。

 

「少しよいだろうか」

 

 静かな声だった。敵意は感じられない。だがどこか有無を言わせない響きがある。

 

「あ、ああ。何だ」

 

 セイルは精一杯平静を装って答えた。

 

「ここ最近、私のことを見ているようだが」

 

 シャールは淡々と言った。

 

「何か用があるのだろうか」

 

 図星である。だがここで狼狽えるわけにはいかない。セイルは内心の動揺を押し殺し、尊大な態度を取り繕った。

 

「別に。ただ、お前のことは噂で聞いていてな」

 

「噂?」

 

「なかなかやる新人だと。それでどの程度のものか、確かめてみようと思っただけだ」

 

 嘘である。だがシャールはそれを追及しなかった。ただ静かにセイルの顔を見つめている。その視線には品定めするような鋭さがあったがしかし不快さは感じられなかった。

 

「それで、確かめた結果はどうだったのか」

 

 セイルは鼻で笑ってみせた。

 

「ろくに街から出ないし、討伐依頼もほとんど受けていないじゃないか。とんだ臆病者だな」

 

 挑発のつもりだった。相手を怒らせ、隙を見せさせる。そうすれば、この男の本性が見えてくるはずだ。少なくともそう考えていた。

 

 だがシャールの反応は予想外のものだった。

 

「確かに、少し怯えているのかもしれないな」

 

 あっさりと認めたのである。

 

「は?」

 

「私はまだ、この世界のことをよく知らない」

 

 シャールの声には自嘲の響きがあった。

 

「自分がどの程度の実力を持っているのか、客観的に見るのは難しいものだ。だから慎重になっているのかもしれない」

 

 セイルは言葉を失った。

 

 普通ならば「臆病者」と言われれば怒るか、あるいは反論するかだろう。だがこの男は挑発を真正面から受け止め、自省の材料にしている。

 

 まるで騎士のようだ、とセイルは思った。いや、騎士以上かもしれない。

 

「ところで」

 

 シャールが口を開いた。

 

「貴殿はかなり剣を使うと見た」

 

「……何?」

 

「立ち姿、足の運び方、腕の位置。どれをとっても素人のそれではない。それも我流ではなく、きちんとした師について学んだ剣だ」

 

 セイルの背筋が伸びた。見抜かれている。この男は一瞬でこちらの技量を測ったのだ。

 

「その目から見て、私はどのように見える」

 

 シャールの問いかけに、セイルは虚を衝かれた。

 

 どういう意図だ。試されているのか。それとも、純粋に意見を求めているのか。

 

 だがシャールの目に邪気はなかった。ただ真摯に、自分の評価を知りたがっている。

 

 セイルは少しだけ頭を冷やし、シャールを「騎士」としての目で見つめ直した。

 

 立ち姿は安定している。重心の置き方に無駄がない。剣を帯びた腰の位置も適切で、いざという時にすぐに抜刀できる構えになっている。

 

 少なくとも、ラスフェル周辺の狩り場で出るような小物を相手に不覚を取るようには見えなかった。むしろ、もっと高位の何かと渡り合える器があるように感じられる。

 

 だがそれを素直に伝えるのは癪に障った。

 

「……俺が試してやる」

 

 セイルは顎をしゃくった。

 

「この先にギルド併設の修練場がある。そこで手合わせしてみるか」

 

 シャールは少し考える素振りを見せたがやがて頷いた。

 

「願ってもない。よろしく頼む」

 

 ◆

 

 修練場は広い砂地の空間であった。

 

 周囲には観覧席が設けられ、普段は訓練中の冒険者たちを見物する者で賑わっている。だがこの時間帯は人影もまばらで、二人が対峙しても注目を集めることはなさそうだった。

 

 壁際の武器架には様々な訓練用の武具が並んでいる。セイルは刃引きされた長剣を二本取り、一本をシャールに投げ渡した。

 

「真剣でやり合うわけにはいかないからな。これで我慢しろ」

 

「感謝する」

 

 シャールは剣を受け取り、刃の状態を確かめた。刃引きされているとはいえ、重量や重心は実戦用のものと遜色ない。訓練用として十分な品質である。

 

 二人は中央で向かい合った。

 

 セイルは剣を構える。騎士時代に叩き込まれた正統派の構えである。右足を前に、左足を後ろに。剣は中段に据え、切っ先を相手の喉元に向ける。

 

 対するシャールも剣を構えた。その構えを見た瞬間、セイルの目が細くなった。

 

 悪くない。

 

 いや、悪くないどころではない。隙がなかった。足の開き方、膝の曲げ具合、剣の角度。どれをとっても教本通りであり、なおかつ実戦を経験した者特有の柔軟さがある。

 

「いくぞ」

 

 セイルが踏み込んだ。

 

 初撃は様子見のつもりだった。相手の反応速度を測り、守りの癖を見抜く。それが定石である。

 

 だがシャールはそれを受けなかった。

 

 セイルの剣が届く前に、シャールの剣が横から薙いできたのである。攻撃を攻撃で返す。それは守りに入らないという意思表示であった。

 

 金属が打ち合う甲高い音が響く。セイルは咄嗟に剣を返し、シャールの斬撃を逸らした。だが威力が尋常ではない。腕に響く衝撃で、シャールが見た目以上の力を持っていることが分かった。

 

 二撃目が来る。三撃目。四撃目。シャールは休む間もなく剣を振り下ろしてきた。技巧的には粗い部分もある。だが一撃一撃が重い。まるで大岩を叩きつけられているような圧力がある。

 

 セイルは舌を巻いた。

 

 だがそれでも受けるのは難しいことではなかった。重さだけなら凌げる。問題は持久力だ。この男はどこまで続けられるのか。

 

「……貴殿は騎士か」

 

 剣戟の合間にシャールが問いかけてきた。

 

 セイルの動きが一瞬だけ止まった。

 

「違う」

 

 否定の言葉が口をついて出た。

 

「騎士なんかじゃねえ」

 

「だが貴殿の剣は騎士の剣だ」

 

 シャールの剣がセイルの剣と噛み合う。鍔迫り合いの体勢になった。至近距離で、二人の視線が交わる。

 

「護るべき者を背後に控えての剣捌き。民を、あるいは主君を守るために磨かれた技。それは騎士の剣だ」

 

 セイルの目が見開かれた。

 

 見抜かれている。

 

 セイルの剣術は確かに騎士としての訓練で培われたものである。前線で戦う兵士とは異なり、騎士は守るべき者を背にして戦うことを想定している。そのため、無意識のうちに背後を意識した動きになる。

 

 この男はそれを一目で看破したのだ。

 

 だがセイルもまた、シャールの剣に違和感を感じていた。

 

 技巧は洗練されているがしかしそれだけではない。この男の剣には何か別の性質が宿っている。それが何なのか、言葉にするのは難しかった。

 

 王者の覇気とでも言うべきものか。

 

 人の上に立つ者が持つ、生まれながらの威厳──それが剣を通じて伝わってくる。

 

 セイルは歯を食いしばった。怒りが込み上げてきた。

 

「なぜお前にそんなことが分かる」

 

 激昂して剣を叩きつける。シャールはそれを受け止めながら、静かに答えた。

 

「剣を受ければ分かる。わからない方がどうかしている」と。

 

 ◆

 

「降参だ」

 

 シャールが剣を下ろした。

 

「貴殿の方が上だ。認める」

 

 セイルは荒い息をつきながら、シャールを見つめた。

 

 確かにセイルの方が技量では上だった。だがそれは単に経験の差であり、才能の差ではない。この男が同じだけの時間を剣に費やせば、間違いなくセイルを凌駕するだろう。

 

「良い稽古になった。感謝する」

 

 シャールは深々と頭を下げた。

 

 その仕草には裏がなかった。純粋な謝意である。勝負に負けたことを恥じる様子もなければ、言い訳をする気配もない。

 

「また鍛えてくれるだろうか」

 

 シャールの問いかけに、セイルは答えに詰まった。

 

 この男を嫌う理由が見つからなかった。否、最初から嫌う理由などなかったのかもしれない。セイルが勝手に敵意を抱き、勝手に欠点を探し、勝手に失望しようとしていただけだ。

 

「……ああ」

 

 セイルは短く答えた。

 

 それからやや逡巡して、口を開きかける。

 

「お前はいや、あなたは──」

 

 だが言葉は続かなかった。

 

 聞くべきではない、と思ったからだ。この男が何者なのか、どこから来たのか、なぜこの街にいるのか。そうしたことを詮索する権利は自分にはない。

 

 セイルは軽く首を振った。

 

「……いや、何でもない」

 

「そうか」

 

 シャールは追及しなかった。ただ静かに頷き、借りていた剣を武器架に戻す。

 

「では、また」

 

 そう言って、シャールは修練場を去っていった。

 

 セイルは一人立ち尽くしていた。

 

 夕日が傾き、修練場に長い影が落ちている。汗が冷えていく感覚が肌に染みた。

 

 胸の奥を探ってみる。

 

 あの熱い感情が消えていた。

 

 セフィラへの恋慕。シャールへの嫉妬。そうしたものがいつの間にか霧散していた。代わりにあるのは奇妙な空虚さと、そしてかすかな安堵である。

 

 ──馬鹿な真似をした。

 

 だが悪くない時間だったとも思う。

 

 セイルは剣を武器架に戻すと、重い足取りで修練場を後にした。

 

 ◆

 

 それから数日が経った。

 

 セイルの日常に大きな変化はなかった。相変わらず孤独に依頼をこなし、安酒場で一人酒を飲む。だが以前のような荒みは薄れていた。

 

 シャールとの手合わせが何かを変えたのかもしれない。

 

 あの男の剣を受けた時、セイルは自分の中にまだ騎士としての矜持が残っていることを思い出した。腐っても鯛、などという言い方は好きではないがしかし完全に堕ちてはいなかったのだ。

 

 ギルドの大広間で偶然シャールとセフィラを見かけることがあった。

 

 二人は依頼の掲示板の前で何やら話し込んでいる。セフィラが何かを指差し、シャールが頷く。そうした何気ないやり取りの中にも、二人の間に流れる信頼が見て取れた。

 

 セイルはそれを遠目に眺めながら、小さく息を吐いた。

 

 彼らは彼らの道を行く。

 

 自分は自分の道を行くしかない。

 

 それでいいのだ、と思った。

 

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