追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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第67話 ドリス

 ◆

 

 一言で冒険者ギルドと言っても様々だ。

 

 ラスフェルのギルド、マルディンのギルドにはそれぞれギルドの()があった。

 

 では帝都のそれはどうか。

 

 まず広い。

 

 ラスフェルのギルドの三倍はあろうかという広間が目の前に開けている。石造りの天井は高く二階層の回廊が壁を巡り、依頼板は壁一面を覆って近づかなければ字も読めぬほどに紙が張り重ねられていた。

 

 受付の窓口は横一列に七つ並んでいる。それぞれ「新規登録」「採掘事業」「魔物討伐」「探索・護衛」「鑑定」「紛失届」「諸事」と上から木札で用途別に書き分けられていた。

 

 帝都の冒険者ギルドはもはや一個の役所である。

 

 しかしシャールの目を奪ったのは規模ではない。

 

 そこに集う者たちであった。

 

 まず、入口に近い長椅子に腰掛けている男。座っているにもかかわらず、頭が背の低い者の立ち姿よりも高い。褐色の肌が剥き出しの腕を覆い、肩から胸にかけての筋肉の盛り上がりは並みの人間のそれではない。あれは見上げるどころか真下から眺めねば顔が拝めぬ偉丈夫だ。

 

 その向かいの卓には三人の男が車座になって朝の麦酒を傾けている。三人ともシャールの腰までしか背丈がない。体躯は大人のそれを縮めたかの如くに逞しく、長い髭を編んで胸の前に垂らしていた。手元の麦酒の椀は通常の半分の大きさで、それでも彼らの掌には十分に大きく見える。

 

 依頼板を眺めている女が一人。

 

 背は人並みだが、頭巾の隙間から覗く耳がやけに長く尖っている。肌は雪のように白い。陶器を思わせる白さである。指の先で依頼書をめくる仕草に妙な品があった。

 

 他にも様々だ。

 

 彼らは別段珍しがられているわけでもなく、人間の冒険者と並んで普通に依頼板を眺め酒を呑み書類を書き、ごく当たり前にそこに在った。

 

「ここは……」

 

 シャールが小さく漏らした。

 

「色々な姿の者たちがいるのだな」

 

 (わらし)なみの感想である。

 

「ええ」

 

 セフィラが頷く。

 

「文献では存じておりましたけれど、こうして実際に目にすると印象が随分と違いますわね」

 

 ◆

 

「どうもこんにちは」

 

 不意に背後から声がかかった。

 

 振り返ると若い女が立っている。ギルドの制服を着た受付嬢だ。胸元の名札にはナイアとある。年の頃は二十そこそこだろうか。栗色の髪を後ろで束ね、頬にはまだ少女のあどけなさが残っている。

 

「他所からお越しでしょうか?ようこそ、帝都アルヴァマーへ」

 

「分かるのか」

 

「ええ。皆さん、最初はだいたい今のような顔をなさいますから」

 

 ナイアの笑みには厭味がなかった。

 

「アルヴァーラ帝国は初めてでいらっしゃいますか」

 

「ああ。ウェザリオから来た」

 

「あら、ウェザリオ。それでしたら亜人の姿は初めて目にされたかもしれませんね」

 

「亜人……?ああ、あそこにいる──」

 

 ナイアはにこりと笑って一歩前へ踏み出し、腕を広げて広間全体を示した。

 

「ええ、その通り。ヒトではない者の総称ですわ。耳の長い、肌の白い方々──あちらの方ですね。あれは森の民と申します。森を住処に永く生きる種族で、私たちより長命で魔力との相性も大変よろしいの」

 

 ナイアが指した先で、長耳の女が顔を上げた。視線が一瞬こちらへ向き、すぐに依頼板へ戻る。

 

「それから、あちらの方々──小柄の、お酒を飲んでらっしゃる方々ですね。あれは山の民です。山の奥の地中に都を築く種族で、鉱石の目利きと鍛冶の腕前は他の追随を許しませんの。帝都の鍛冶屋通りには山の民の親方が何人もいらっしゃいます」

 

「種族として人間とは別なのか」

 

「まあ亜人もまた人間である、という説だとか、亜人こそが人間である、といった説もありますが、一般的にはそうですわね。ヒトではない者──そういった方々を総じて亜人とお呼びしますの」

 

「そうか」

 

「ウェザリオではほぼお見かけにならなかったのではありませんか」

 

 ナイアが訊ねる。

 

「ああ。私の知る限り、王都にも辺境のラスフェルにも一人もいなかった」

 

「それはですね──」

 

 ナイアの声が少し弾んだ。説明することに悦び感じる人種というのは確かに存在する。ちなみにセフィラもその一人である。

 

「亜人の方々は魔力の質にとても敏感でいらっしゃるんですよ。ウェザリオの土地は強い火の魔力に満ちておりますでしょう?ラスフェルもやや火の気が強い。火の魔力は亜人にとっては年中焚き火の前に座っているような感覚なんですって。長く住むには向かない土地という話ですよ」

 

「なるほど」

 

 シャールの声に納得が宿る。

 

「対して帝国の領土は土の魔力に満ちておりまして、土の魔力というのは本来、生き物全般と相性がよろしい性質を持っております。木が育ち虫が湧き獣が集うのと同じ理屈で、亜人の方々もこの土地には集まりやすいのです。帝都ともなると、ご覧の通りの賑わいですね」

 

 ナイアは一旦言葉を切り、それからふと微笑んだ。

 

「他に何かご質問はございますか?」

 

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

 

 シャールが軽く頭を下げる。

 

 ナイアの頬がふわりと緩んだ。

 

 ◆

 

「で、本日はどのようなご用件で」

 

「登録をしたい」

 

 シャールが懐から布を取り出し、開いて中の証票を見せた。ラスフェル冒険者ギルドが発行した身分証明と、ギルド長グレンの署名入りの紹介状である。ラスフェルを発つ朝、リッキーの仲間づてに届けられたものだ。

 

 ナイアは両手で証票を受け取り、目を通すと顔を上げる。

 

「グレン様の紹介状ですか」

 

「ご存じか」

 

「それはもう。一度お会いした事もありますよ。」

 

 ナイアは証票を木の匣にしまうと別の窓口へ目をやった。

 

「新規登録窓口の方へご案内いたします。お二方とも、銅等級の証明はそのままお引き継ぎ頂けますわ。帝都での実績を一定数積まれましたら、改めての等級審査を受けて頂く形になりますね」

 

「分かった」

 

 手続きは思いのほか短く済んだ。新規登録窓口の中年の男は紹介状を一瞥し台帳に二人の名と特徴を書き写すと、薄い金属片に番号を刻んで紐を通したものを差し出した。仮の登録証である。

 

「正式な証票は明後日に出来上がります。それまではこの仮証で問題なく依頼を受けていただけますよ」

 

「ありがとう」

 

 窓口を離れるとナイアが声をかけてくる。

 

「無事登録できた様ですね。お疲れ様でした」

 

「ああ。世話になった」

 

「いえいえ。私の仕事ですから」

 

 ここでセフィラが一歩前に出た。

 

「あの──ひとつお訊ねしてもよろしいですか」

 

「はい、何でしょう」

 

「ドリス様という方が、こちらにいらっしゃると伺ったのですけれど」

 

ああ、という様にナイアは頷く。

 

「バーヴェラという女性から紹介を受けまして、ぜひ一度話しておくようにと……」

 

「そうですか、バーヴェラ様から……懐かしいですねえ」

 

 ナイアは腕を上げて広間の左手の方を指した。

 

「あちらのカウンターの女性が見えますか?」

 

 ◆

 

 指し示された方向にカウンターが一つあった。

 

 他のカウンターには行列が出来ている。一番混んでいる「採掘事業」の窓口には十人を超える男たちが並んでおり、二番目に混んでいる「魔物討伐」の窓口にも六人ほどの列があった。

 

 しかし、その一つだけは無人である。

 

 卓の前に椅子が三脚並んでいるが、誰も座っていない。

 

 卓の向こう側に女が一人座っていた。

 

 日に焼けた肌をしている。マルディンの坑夫たちのそれとは違う焼け方だ。年の頃は三十路の半ばか後半か。短く刈り込んだ黒髪の下に、左目を覆う革の眼帯がある。鼻筋が通っており、口元は引き締まっていた。エキゾチックという形容がふさわしい顔立ちで、ウェザリオでもラスフェルでも見たことのない種類の美貌であった。

 

 女──ドリスは卓の上で何やら書類を捲っていた。客のいない時間を惜しむでも嘆くでもなく、ただ淡々と紙を繰っている。

 

 シャールとセフィラが黙って眺めていると──。

 

 背後から、ナイアが囁くような声で言った。

 

「あのカウンターもいくつかある依頼の受注カウンターなのですが──ドリスさんは怖がられていますからね。余り人は寄りません」

 

「怖がられている?」

 

「ええ。まあもと軍人でして。武人肌というのでしょうか、規律と礼節を重んじている方なのです。まあその──人よりも少しだけ」

 

 ナイアは苦笑しながらそんな事を言った。

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