追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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第68話 ドリス②

 ◆

 

 ナイアに軽く会釈をして、二人はカウンターの前を歩き出した。

 

 広間の中央を横切る。採掘事業の列の後ろを抜け、魔物討伐の列の脇を迂回する。

 

 ドリスの卓だけがぽつんと島のように浮かんでいた。よほど人気がないらしい。シャールが見る限り、ドリスは確かに近寄りがたい雰囲気を放ってはいるが、それでもどこか親しみのあるものだった。ビシッとしている──というと語弊があるが、規律という筋が一本通ったあの堅苦しさは嫌いではない。まあその辺はシャールが王族時代、狂ったように鍛錬に明け暮れていた経験があるからそう思えるのかもしれないが。

 

 卓の前に立つがドリスは書類から目を上げない。

 

 指先が書類を一枚めくるたびに、左手の鉛筆が紙の隅へ小さな印を打つ。印は四種あった。横棒、丸、斜線、×。見ているうちにどうやらそれが処理の区分らしいと分かる。卓の脇には四つの木箱が並んでおり、印を打ち終えた書類はそのいずれかへ仕分けられていく。

 

 人気はないが仕事がないわけではないようだ。

 

「……ドリスさん、でいらっしゃいますか」

 

 セフィラが声をかけた。

 

 ドリスの手が止まり、顔が上がる。眼帯の下の右目がシャールとセフィラを一度ずつ見た。シャールはその眼光の鋭さに獣のそれを幻視した。目の前にいる奴らが骨があるかどうか、手ごわいかどうか、もし(ヤワ)だったり(アマ)だったりすれば、喉元を食いちぎってやるぞという切れ味鋭い眼光を発している。

 

「ああ、私がドリスだ」

 

 怒鳴り慣れた者特有のやや荒れた声だ。

 

「用向きはなんだ?」

 

 シャールは懐の布に手を入れる。グレンの紹介状は先刻ナイアに渡してある。布の奥にはもう一通、折り目の雑な書状が入っている。マルディンの宴席の喧騒のさなか、バーヴェラが卓の上で筆を借りて走り書いたものだった。

 

 差し出すと、ドリスは怪訝な顔をして文面を眺める。

 

 眉が片方だけ上がり──そして小さな舌打ち。

 

「──あの女の紹介か」

 

 苦々しげな低い声であった。

 

 ◆

 

 シャールとセフィラが、そろって顔を見合わせた。

 

 これは予想していた反応ではない。

 

 セフィラが半歩、卓に近づいて控えめに口を開く。

 

「あの……もしかしてお二人は仲が──」

 

「私はあの女をぶち殺してやりたいと思っている」

 

 最後まで言わせず、ドリスが遮る。

 

 シャールの肩が僅かに強張った。卓の周りの空気が一段重たくなる。

 

 ドリスは書状を卓の上に伏せて言った。

 

「だが、それは逆恨みのようなものだ。それを私も理解している」

 

 二人は再度顔を見合わせる。

 

 どうやら複雑な事情がある様だった。

 

 ◆

 

「二人はどういう関係なんだ」

 

 シャールが訊いた。

 

「分かりやすく言えば」

 

 ドリスは組んだ手の上で顎を少し持ち上げる。

 

「上官と部下だ」

 

 卓上に伏せた書状の端をドリスの指が意味もなく撫でた。

 

「そういえば」

 

 シャールが記憶を手繰る。

 

「バーヴェラは帝国軍に所属していたと聞いた。西方国境だと」

 

「そうだ。西方国境警備軍の重装歩兵部隊。第三中隊だ」

 

 ドリスが短く息を吐いた。

 

「腹立たしいが、良い上官だったよ。あの女は」

 

「良い上官」

 

「人格だけではない。能力もあった。あの女の下で戦っていると、自分の背に翼が生えたような気がしたものだ」

 

 シャールは口を挟まず続きを待つ。

 

「西方の戦線はな。もう十五年以上、国境らしい形をしていない。西方諸国連合の戦士たちは優秀で──しかも残虐なんだ。そこかしこに罠があり、油断をすれば朝でも夜でも喉笛を掻き切られる。勝つ為ならなんでもするのさ、連中は。でもうちの軍人ときたらまるで脳みその代わりにおがくずでも詰まっているかのような作戦しか立案しない。確かに数じゃあ帝国が大きくまさっているが、だからといって少し頭を使って戦うってことをしてみてもいいんじゃないかって私は思うね」

 

「優れた指揮官だったのだな」

 

 シャールの言葉にドリスは頷く。

 

「部下にすぐ手を出す──ああ、殴ったり蹴ったりってわけじゃないよ。まあ色んな意味でだ。あんたらには少し刺激が強い話かもしれないけどね、ま、そういう意味でろくでもない女だったが、帝国には珍しく頭を使って戦う将軍だったよ」

 

 ◆

 

 セフィラがもう一歩、卓に近づいた。

 

「バーヴェラさんが帝国軍を退かれて、寂しいのですね」

 

 セフィラが言った。

 

「それが、憎悪にも似た念に転じていらっしゃる──」

 

 ──随分踏み込むな。だが彼女は話を聞いてもらいたがっている。止める必要はないか。

 

 シャールは内心でそんな事を思う。

 

 読心というほどでもないが、貴族教育を長年受けていると、心のひだの一枚や二枚くらいは簡単に読めるようになるし、そのひだの表面が荒れているのかなめらかなのかもまあ察する事ができるようにはなる。

 

 案の定ドリスは怒らなかった。

 

「ああ、そうだな。私は寂しいのかもしれない」

 

 一度区切って、ドリスは自分の言葉に自分で疑義を呈するように続けた。

 

「いや、失望というべきかな。そのあたりは私自身にもよくわからないんだ」

 

「失望?」

 

「そうだ。彼女なら帝国を変えてくれると、本気で思っていたからな。だが彼女は逃げた。ついてこいと言われたが、私は断った」

 

 ◆

 

「今の帝国はあなたの目にどう映っているんだ?」

 

 シャールの問いにドリスが苦笑する。

 

「あんたは慎重な男だな。まどろっこしいが、こういう場所ではそういう聞き方で正解だ」

 

 ドリスの右目が広間を一度だけ見回し、それからシャールに戻る。

 

「外から見れば帝国は繁栄しているだろうな」

 

「ああ」

 

「しかし、中から見れば印象は大分変わってくる。まあ帝国に限った話じゃあない。どこもそうだろうね」

 

 ウェザリオ王国の元王太子としては、内心で頷かざるを得ない言葉ではあった。

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