追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話 作:スパイン・ケレス
◆
「一つ、頼みがある」
「言ってみな」
ドリスの右目が顎の下から上目にシャールを見る。
「帝都の事を色々と知りたいのだが、案内人のような者は雇えるか?」
「ああ、問題ない」
ドリスは即答した。
顎を引いて広間の北の隅へ目をやると、声を張る。
「おーい、アストレイ!」
北の壁際、依頼板の脇の小卓で書類の束を整えていた小さな影が顔を上げた。それから書類を急いで卓に置き、小走りに駆けてきた。
「はい、なんでしょうドリスさん」
卓の前に立った少年の背丈は、セフィラの肩よりほんの少し低い程度。鳶色の髪は短く刈り込まれている。年の頃は十二か十三か、そのあたりであろう。
ドリスが顎で二人を示した。
「この二人が案内人を所望だ。シャルとセフィ、最近帝都にやってきたおのぼりさんだ。ここの勝手がまだ分かっていなくてね。案内してやりな。ああ、二人とも冒険者だから『冒険者向け』にね」
アストレイと呼ばれた少年は二人へ向き直って、丁寧にぴょこりと頭を下げた。
「分かりました。はじめまして、シャルさん、セフィさん。準職員のアストレイです」
「準職員、というのは?」
シャールが尋ねると、ドリスが「丁稚奉公の事だ」と答える。
「帝都のギルドは色々と事情がある子供の働き口になってる側面もある。やることは小間使いみたいなものだけどね。真面目に勤めればいずれは職員になれるんだ」
シャールは少年の身なりを目で追った。袖口の継ぎは細やかで、布の色味も合わせてある。靴の革は薄かったが、磨きはきちんと入っている。一見して、手が掛けられているという印象だった。
「そうか、宜しく頼む」
「お願いしますね、アストレイさん」
セフィラが微笑みながら言うと、アストレイはやや照れた様にはにかんだ。
◆
ギルドの裏口から狭い路地に出ると、アストレイは振り返って二人の歩調を確かめた。
「表通りからもご案内できるのですけど、ここを抜けると鍛冶屋通りに早く出られるんです。冒険者向けという事で、とりあえず鍛冶屋の方からご案内しますね」
路地は石畳の継ぎ目に苔が滲み、両側の壁から張り出した梁の影が縞をなしていた。アストレイは慣れた足取りで梁の下をくぐる。
「帝都は大通りが東西と南北で交わっておりまして、中央広場が交点になっているのです。広場を中心にぐるっと七つの街区に分かれていて、こちらのギルドは中央寄りの北東街区にあります」
そうして話ながら路地を抜けると──
鎚音が一斉に押し寄せてきた。
◆
鍛冶屋通り。
名の通りである。両側に小さな鍛冶場が軒を連ね、戸口は皆開け放たれている。中から橙の火が漏れ、鎚を振るう影が壁に踊っていた。途切れる事のない打音がまるで街そのものの拍動のようにも思える。
「残念ながら、全てのお店が素晴らしいというわけではありません。
歩きながら説明を聞くシャールは、この少年は随分と大人びているなと感じた。まず話し方が子供のそれではない。ギルドでの教育が行き届いている証左である。
「普段使いするならあのお店が良いと思います」
通りの中ほどに明らかに他の店より屋根が低い店があった。さもありなん、戸口には山の民が立っていたのである。店のサイズは家主のサイズに合わせたものなのだろう。山の民の男は短く編んだ髭を胸の前に垂らし、太い腕を組んで通りを眺めていた。
「あの親方は信用できる人ですよ」
アストレイの言葉に、シャールは小さく頷いて戸口の前で足を止めた。
「親方、少し見せてもらっていいか」
声をかけると、太い腕を組んでいた男はゆっくりとこちらに向き直った。シャールの腰のあたりまでしか頭がないが、見上げてくる視線は妙に重い。鉄を扱う者の目だ。
「客か。何が要る」
「短剣が一本ほしい」
「武器としての短剣か? それとも──」
「武器には限らない」
親方は短く鼻を鳴らして、店の奥へ顎をしゃくる。シャールが続いて中に入り、セフィラとアストレイは戸口で待った。
店の中は外から見るより奥行きがある。鉄の棚に剣身が立てかけられ、研ぎ台の周りには手入れの布と砥石が並んでいた。値札は紙ではなく薄い木札だ。ただ、その木札一枚にしても雑に削ったものではなく、丁寧に仕上げられていた。
「派手な飾りは要らんだろう。実のある物を見せてやる」
親方は棚から三本の短剣を抜いて、研ぎ台の上に並べた。一本目は柄が革巻きで両刃。二本目は柄が骨で、刃の根元に細い血溝が一筋走っている。三本目はやや長く、片刃で重みがあった。
「一応三本並べたが、あんたには一本目か三本目が良いだろうな。二本目はどちらかと言えば対人向きだ」
「あの溝に何かあるのか」
「柄に工夫があってな。毒を流す」
「それは──随分と不穏なものを」
「不穏なものかよ、今帝国は西の連中と余り宜しくない関係にある事は知ってるな?」
シャールは頷いた。
西方諸国連合と帝国がもううんざりするほど揉め続けている事はラスフェルで知り合ったセイルや、マルディンで知り合ったバーヴェラからも聞いていたし、シャールも王族としての基礎教育の過程で学んだ事実である。
「そういったいざこざもあってな、ヒトと斬った張ったなんてのは珍しくはねえ。西の連中も帝国領に随分と浸透してきているからな。護身用の得物は持っておくに越したことはない、が──まああんたは腰のそれがあるからな。取り回しも良さそうだ」
「ラスフェルの鍛冶師に譲ってもらったものだ」
「そうかい、まあ剣なんてのはいつかは折れたり欠けたりするもんだ。それがどうにかなったら試しにうちに持ってくるといい。で、話を戻そう。どれにする?」
シャールはほとんど直感で三本目を選ぶ。
「少し重いがまああんたなら余り苦にしなさそうだな。体つきを見れば分かる。随分と鍛えているみたいだが──」
親方は一瞬いぶかしげな視線をシャールに向けた。
だが本当にほんの一瞬である。
「……まあいい、三本目でいいんだな?」
「ああ、これを貰おう」
親方は値を告げた。ラスフェルの基準しか知らないが、少なくとも妥当な値段であるようにシャールには思えた。
「鞘はそこの棚から選びな。鞘代は負けてやる」
「ありがとう」
渡された黒革の鞘に買ったばかりの短剣を収める。腰帯の左に下げると、フォルカで失った一本のあった位置に、括りつけた。
「世話になった」
シャールが軽く頭を下げると、親方は片手だけ上げて応じて奥へ引っ込んでいってしまう。この辺り、他の者ならば不愛想だと気を悪くするかも知れないが、シャールとしてはむしろあのくらいの態度の方が気楽だった。基本的にシャールという男は傅かれ、おだてられ慣れているのだ。そして貴族の習性として、口数が多い者の言葉を分析してしまう癖もあった。これは心からの言葉か、それともこちらをおだてようとしているのか、あるいは──と言った様に。
親方くらい不愛想で明け透けとしていれば、穿って見る余地もなく、言葉をそのまま受け止める事が出来る。それはシャールというまあ──いささか暗い男にとっては気楽な事であった。巧言令色、美辞麗句、そういったものはこの男の鋼の様な精神に瑕を付ける武器なのである。
戸口の外で待っていたアストレイに「良い店だと思う、助かった」と告げると嬉しそうに笑みを返す。こちらはこちらで素直そうで、シャールが思うところは特にない。
シャール・レオン・ウェザリオ──冒険者シャル。この男が好む異性のタイプはセフィラであり、好感を持つ同性のタイプは言葉数が少ない老人と言葉に裏がない子供である。