追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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第75話 森の民

 ◆

 

 切り口の甘い匂いを確かめてから、セフィラは布を広げその上に蕾を一つ並べた。

 

 二株目に鋏を入れる。茎の根元から二寸ほど上、葉の付け根の少し下のあたりだ。根は土に残す。これを数十株分、ひとつずつ繰り返していく。

 

 セフィラの手つきに迷いはない。鋏を当てる角度にも刃を進める呼吸にも淀みがなく、切った蕾を布へ運ぶ仕草まで一連の流れのようだった。単純に慣れているのだ。公爵令嬢であった頃からの趣味の延長のようなものだった。

 

 ちなみに茎を根元から断たず途中で切るのは、根さえ残れば来季また芽吹くからだ。森の民への配慮であるとテレザは言っていたが、配慮というよりは取り決めに近いのだろうとセフィラは思う。森のものを根こそぎにはしない。それはこの森で採取を許される者が暗黙のうちに負う、一種の通行料のようなものだった。

 

 

 二十株を数え終えて手を止めた。布で包み、背嚢の一番上の段へ収める。記録票を引き抜き、葉の数や斜面の向き、木漏れ日の射す角度といったものを木炭筆で手早く書きつけていく。

 

 その間、シャールは少し離れた場所で周囲に目と耳を配っていた。鳥の声は途切れていない。念のために()を伸ばしてみても、森の浅層は相変わらず穏やかなものだった。

 

 ◆

 

 顔を上げたのは、ほとんど偶然だった。

 

 凝った首をほぐそうと窪地の向こうへ視線を流す。その先、銀星花の群落を挟んだ反対側の斜面、楢の幹と幹の隙間に、誰かが立っていた。

 

 セフィラの手が止まる。

 

 長身の、ほっそりとした姿だった。肌は雪のように白く、木漏れ日の斑がその頬の上を滑っている。何より目を引くのは耳だ。長く、先の尖ったそれが髪の間からはっきりと覗いていた。

 

 ──森の民ですわね。

 

 ギルドや帝都でも見かけたが、そういった者は良くも悪くも()()()()いた。しかし眼前に立つ者からは得も知れない雰囲気のようなものを感じる。陳腐な言い方をすれば神秘的と言った所か。

 

 年の頃は分からない。ただ若い、ということだけは分かる。だが少年なのか少女なのか、それがまるで判じられなかった。顔立ちにも首から肩へかけての線にも、どちらとも決めかねる特徴があって、見れば見るほどわからなくなる。

 

 そんな森の民の視線が一瞬だけこちらを向くが、まるで二つの穴があいているようだ──とシャールは思った。瞳に何の感情も浮かんでいないのだ。驚きも警戒も好奇心も、何ひとつ。採取された蕾の山をちらと見るが、すぐにそっぽを向いてしまう。

 

 シャールは自身の力の感知網をかいくぐり、さらにどうにも出方が読めないこの森の民に対して警戒を強めたが、無論剣は抜いたりはしない。先に敵対行動を取ってどうするのだという話である。

 

 セフィラはといえばシャールほど警戒心は抱いていなかったが、相手がどう出てくるかは気になった。もし採取を禁じられればどう説得するか、テレザがいう所ではそういう場合は別の場所で採取をすればよいそうだが、その別の場所にも森の民がいた場合はどうすればいいのか。

 

 シャールたちと森の民の間に数秒の沈黙が流れる。

 

 そして森の民は──踵を返し、去って行った。

 

 一体何だったのか──そんな思いでシャールとセフィラは顔を見合わせる。

 

 ◆

 

「そういえば」

 

 しばらくの沈黙のあとで口を開いたのは、シャールだった。

 

「昔読んだ冒険譚に、こんな話があった」

 

 セフィラが記録票から顔を上げる。

 

「森の民は一定の齢に達するまで、男でも女でもないのだという。蕾が花になるまで色を秘めているように、彼らもまた然るべき時が来るまでは、どちらでもない姿のまま森を歩く──と」

 

「あの方はお若く見えましたわね。でもそんなお話が冒険譚に?」

 

「ああ、ハルメルン王国の勇者の話……だったかな、確か。勇者が魔獣から助けた森の民がそのまま従者になるんだが、共に旅をしている間に段々と──」

 

「勇者様を……という感じでしょうか?」

 

 セフィラの問いに頷くシャール。

 

「ああ、まあそれで自身の性を女と定めて結ばれる──はずだったのだが」

 

 シャールは少し意地悪そうに笑みを浮かべた。

 

「悲恋物なのでしょうか?」

 

 セフィラはどこか「えー」といった風に尋ねる。セフィラはその気になればかなりシビアな思考ができるリアリスティックな一面が強いが、創作物に関しての好みはどこか夢というか理想を求める一面もある。そんな彼女に、シャールは「いいや」と首を振り──。

 

「肝心の勇者が実は女だったのだ」

 

 などと言った。

 

 え、とセフィラ。

 

「では二人は──」

 

「結ばれたさ。女と女だが、まあその辺は読者の想像の余地を作者が残してくれたのだろうな……」

 

「まあ!」

 

 セフィラは両手を合わせて何故だか嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

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