追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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一夜明けて

 ◆

 

 翌朝。

 

 窓から差し込む陽光で、シャールは目を覚ました。

 

 見慣れぬ天井が視界に入る。

 

 一瞬、ここがどこか分からなくなったがすぐに昨夜の記憶が蘇ってきた。

 

 粗末な寝台の硬さが王宮の羽毛寝具とはまるで違う。

 

 隣の寝台ではセフィラがまだ静かな寝息を立てている。

 

 七日間の逃亡で疲労が限界に達していたのだろう。

 

 その安らかな寝顔を見つめながら、シャールは静かに身を起こした。

 

 窓の外からは既に街の喧騒が聞こえてくる。

 

 朝から活気に満ちた声が飛び交い、荷車の車輪が石畳を転がる音が響いていた。

 

 やがてセフィラも目を覚まし、二人は身支度を整えて一階へと降りていく。

 

 食堂を兼ねた酒場には朝食を取る冒険者たちの姿がちらほらと見えた。

 

 昨夜と同じ髭面の主人がカウンターに立っている。

 

「おう、起きたか。朝飯は銅貨五枚だ」

 

 シャールは銀貨を一枚差し出した。

 

 主人は釣りの銅貨を渡してくれる。

 

 運ばれてきた朝食は硬いパンと薄いスープ、それに干し肉が少々という質素なものだった。

 

 王宮の朝餉とは比べるべくもない。

 

 だが七日間の飢えを経験した二人にとって、それは何よりの御馳走に思えた。

 

 ◆

 

「ところで、冒険者ギルドというのはどこにあるのだ」

 

 食事を終えたシャールが尋ねると、主人は顎をしゃくって窓の外を示した。

 

「この道をまっすぐ北に行きな。突き当たりに馬鹿でかい建物が見える。見落としようがないから安心しろ」

 

「馬鹿でかい……?」

 

「ああ。ラスフェルの心臓部だからな。この街の冒険者は全員あそこで登録してる。仕事の斡旋も、報酬の受け取りも、揉め事の仲裁も、全部あそこでやるんだ」

 

 礼を言って宿を出ると、朝の陽光が二人を包んだ。

 

 昨夜は暗くてよく分からなかったが明るい日差しの下で見るラスフェルの街並みは想像以上に雑多で活気に満ちている。

 

 石畳の大通りを北へと歩いていく。

 

 道の両側には様々な店が軒を連ね、武器屋、防具屋、薬屋、雑貨屋といった看板が目に入った。

 

 行き交う人々の姿も実に多様である。

 

 重そうな鎧を纏った戦士風の男、杖を手にしたローブ姿の女、獣の毛皮を身に着けた狩人らしき者。

 

 中には人間ではない種族の姿も見える。

 

 尖った耳を持つ者、小柄で髭を蓄えた者、肌の色が緑がかった者。

 

 王都では決して見ることのなかった光景がここでは当たり前のように広がっていた。

 

 ◆

 

 そして大通りの突き当たり。

 

 シャールは思わず足を止めた。

 

 そこにそびえ立つ建物は主人の言葉通り「馬鹿でかい」としか形容のしようがなかった。

 

 石造りの巨大な建築物。

 

 正面の幅だけで百メートルはあろうか。

 

 高さも五階建てはゆうに超えている。

 

 荘厳な柱が並ぶ正面玄関はまるで王城の謁見の間を思わせた。

 

 いや、規模だけで言えば王城にも匹敵するかもしれない。

 

「これが……冒険者ギルド」

 

 セフィラも目を丸くしている。

 

「想像していたものとは随分と違いますわね」

 

 もっと薄汚れた雑居小屋のようなものを想像していたのだろう。

 

 シャールも同感だった。

 

 書物で読んだ冒険者たちの拠点はもっと質素で粗野な場所として描かれていた。

 

 しかし目の前にあるのは国家の威信をかけて建てられたかのような壮麗な建造物である。

 

 二人は圧倒されながらも、意を決して正面玄関をくぐった。

 

 ◆

 

 内部に足を踏み入れた瞬間、喧騒が二人を包み込んだ。

 

 吹き抜けの大広間には数百人はいるであろう冒険者たちがひしめき合っている。

 

 壁一面に貼り出された羊皮紙の前で何かを確認する者、カウンターに列を成す者、仲間同士で談笑する者。

 

 その服装も装備も実に様々だった。

 

 重装備の戦士がいるかと思えば、ほとんど裸に近い軽装の者もいる。

 

 煌びやかなローブを纏った魔術師風の女がいるかと思えば、ボロ布を巻いただけの男もいる。

 

 人種も年齢も性別も、何もかもがごちゃ混ぜになった空間。

 

 それでいて、妙な秩序が保たれているように見えた。

 

 シャールとセフィラはあまりの情報量に立ち尽くしていた。

 

 どこに何があるのか分からない。

 

 カウンターらしきものはあちこちにあるがどれが何の受付なのか見当もつかない。

 

 案内板のようなものを探して視線を彷徨わせていると。

 

「よう、新人さんかい?」

 

 背後から声がかかった。

 

 ◆

 

 振り返ると、一人の男が立っていた。

 

 年齢は三十代半ばといったところか。

 

 くすんだ茶色の革鎧を身に着け、腰には使い込まれた剣を佩いている。

 

 目つきは鋭いが口元には人懐っこい笑みが浮かんでいた。

 

「見れば分かるぜ。そのキョロキョロ具合、初めてここに来たって顔だ」

 

 シャールは警戒しつつも、素直に頷いた。

 

「ああ、そうだ。私はシャール……いや、シャルという。こちらはセフィ。あなたは?」

 

「俺はギンタマってんだ」

 

 男はにやりと笑った。

 

「ここらじゃタマさんで通ってる。あんたらもそう呼んでくれていいぜ」

 

 ギンタマ。

 

 奇妙な名だと思ったが冒険者というものは通り名で呼び合うことが多いのかもしれない。

 

 シャールが口を開く前に、タマさんと名乗った男は続けた。

 

「で、だ。あんたらは今困ってる。そうだな? あちこちに受付があって、どこに行けばいいのか分からないってツラしてるぜ」

 

 図星だった。

 

「……ああ、その通りだ」

 

「ならよ、この俺がその辺を教えてやる」

 

 タマさんは親指で自分の胸を指した。

 

「どこに行ってどういう手続きをすれば冒険者になれるのか、その流れをよ。で、冒険者登録が済んだら、初心者はまずどんな依頼を受けるべきかってのも教授してやれるぜ」

 

「それは助かるが……」

 

 シャールは言葉を濁した。

 

 見ず知らずの人間がここまで親切にしてくれる理由が分からない。

 

 タマさんは察したように笑う。

 

「ああ、そうだ。タダじゃない。銀貨一枚だ。どうだ?」

 

 なるほど、商売か。

 

 シャールはセフィラと目を見合わせた。

 

 彼女は小さく頷く。

 

 右も左も分からない状況で、案内人を雇えるなら安いものかもしれない。

 

「……分かった。頼む」

 

 シャールが銀貨を差し出すと、タマさんは満足げにそれを受け取った。

 

「よし、契約成立だ。ついてきな」

 

 ◆

 

 タマさんに導かれ、二人は広間の奥へと進んでいった。

 

「まず最初に行くのはあそこの受付だ」

 

 彼が指差したのは広間の最も奥にある一際大きなカウンターである。

 

 そこだけ列が長く、待っている者たちも緊張した面持ちをしていた。

 

「新規登録専用の受付だ。冒険者になりたい奴は全員、まずあそこを通る」

 

「なるほど」

 

「で、登録が済んだら冒険者証ってのが貰える。これがないと依頼は受けられないし、この街での身分証明にもなる。要するに、あれがあんたらの新しい身分ってわけだ」

 

 タマさんの説明は簡潔で分かりやすかった。

 

 列に並びながら、シャールは周囲を観察する。

 

 前に並んでいるのは自分たちと同じく新人らしき若者が多い。

 

 中には明らかに場違いな高級そうな服を着た者もいて、シャールは少しだけ安心した。

 

 やがて順番が回ってくる。

 

 カウンターの向こうには若い女性が座っていた。

 

 穏やかな笑顔を浮かべてはいるがその目にはどこか不思議な光が宿っている。

 

「いらっしゃいませ。新規登録ですね?」

 

「ああ」

 

「ではまず私の目を見てください。じっと見つめてくださいね」

 

 奇妙な指示だった。

 

 しかしシャールは言われるままに、受付嬢の瞳を見つめる。

 

 澄んだ青い目。

 

 その奥に、何か揺らめくものが見えた気がした。

 

「では質問です」

 

 受付嬢の声が妙に頭の中に響く。

 

「あなたは犯罪者ですか?」

 

 ◆

 

 不思議な感覚だった。

 

 嘘をつこうという気持ちがまるで湧いてこない。

 

 この女の目を見つめていると、何もかもを正直に話さなければならないという衝動に駆られる。

 

「いや、犯罪者ではない」

 

 言葉が自然と口をついて出た。

 

 受付嬢は微かに頷く。

 

「ではあなたは人を殺したことがありますか?」

 

 シャールの喉がわずかに詰まった。

 

 森での出来事が脳裏をよぎる。

 

 オズワルドの首が飛ぶ光景。

 

 騎士たちの血が噴き出す様。

 

 嘘はつけない。

 

 いや、つこうとも思わなかった。

 

「……ある」

 

 後ろで息を呑む気配がした。

 

 タマさんだろう。

 

 しかし受付嬢の表情は変わらない。

 

「ふむ、殺したことがある……ではその理由はお金目当てですか?」

 

「いいや」

 

「復讐?」

 

「違う」

 

「快楽のため?」

 

「断じて違う」

 

「では……正当防衛?」

 

 シャールは一瞬、言葉を探した。

 

 正当防衛と言えるのだろうか。

 

 追い詰められていたのは確かだ。

 

 しかし先に手を出したのは自分である。

 

「……彼らは私たちを連れ戻しに来た。抵抗しなければ、私たちの自由は奪われていた」

 

 正確な答えではないかもしれない。

 

 だがそれが偽りのない本心だった。

 

 受付嬢はしばらくシャールの目を見つめていたがやがて静かに頷いた。

 

「分かりました。問題ありません」

 

 ◆

 

 同じ質問がセフィラにも向けられた。

 

 彼女もまた、正直に答える。

 

 人を殺したことがある、と。

 

 受付嬢は同じように質問を重ね、最後には「問題ありません」と告げた。

 

「お二人の登録を受け付けます。冒険者証の発行には銅貨五枚枚が必要ですがよろしいですか?」

 

 シャールが銅貨を支払うと、受付嬢は二枚の金属製のプレートを差し出した。

 

 銅色に輝くそれには二人の名前が刻まれている。

 

「これが冒険者証です。等級は銅からはじまり、実績に応じて鉄、銀、金、白金と上がっていきます。依頼は等級に応じたものしか受けられませんので、まずは銅級の依頼から始めてください」

 

「……ありがとう」

 

「ご活躍を期待しています」

 

 受付嬢は変わらぬ笑顔でそう言った。

 

 ◆

 

 カウンターを離れると、タマさんが口笛を吹いた。

 

「驚いたぜ。まさか人殺しの経験者とはな」

 

 シャールは眉をひそめる。

 

「それでも登録は通った」

 

「ああ、そりゃそうだ。あの受付嬢は『真偽の瞳』の持ち主でな。嘘をついてるかどうかが分かるんだ」

 

 タマさんは肩をすくめた。

 

「殺人の経験があるかどうかは問題じゃない。問題なのはそれが金目当てだったり、快楽目的だったりする場合だ。そういう奴は冒険者として登録できない」

 

「なるほど……」

 

「あんたらは自由を守るために戦った。それなら問題ないってわけだ。冒険者ってのはそういう連中の集まりだからな」

 

 タマさんの言葉にはどこか共感めいたものが含まれているように聞こえた。

 

 シャールは銅色のプレートを見つめる。

 

 冒険者証。

 

 これが新しい自分たちの身分。

 

 王子でも令嬢でもない。

 

 ただの冒険者、シャルとセフィ。

 

 その事実が不思議と心地よかった。

 

「さて、登録は済んだ。次は依頼の受け方を教えてやる」

 

 タマさんが歩き出す。

 

 シャールとセフィラはその後に続いた。

 

 冒険者としての第一歩。

 

 それがどこへ続くのかはまだ誰にも分からない。

 

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