追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話   作:スパイン・ケレス

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親切な男

 

 ◆

 

 タマさんに連れられ、二人は広間の一角へと移動した。

 

 壁際に並ぶ長椅子に腰を下ろすと、タマさんは向かいに座って腕を組む。

 

「さて、と。まずは心構えの話からだ」

 

 その声には先ほどまでの軽さとは違う真剣さが滲んでいた。

 

「この街じゃあ毎日うんざりするほど新人冒険者ってのが生まれるんだけどよ」

 

 タマさんは周囲を見回しながら言った。

 

「そのうちの半分は一ヶ月以内には死ぬか引退するかしちまってるんだ」

 

 セフィラの顔がわずかに強張った。

 

 シャールもまた、その言葉の重みを噛みしめている。

 

「なんでかわかるか?」

 

 タマさんの問いに、二人は黙って首を横に振った。

 

「理由は二つある」

 

 タマさんは人差し指を立てた。

 

「ひとつ目。無理をすべきでない場面で無理をするからだ」

 

 その言葉と同時に、広間の喧騒の中から若い冒険者たちの笑い声が聞こえてきた。

 

 酒を片手に、己の武勇伝を吹聴している一団である。

 

「ああいう連中を見ろ。登録したばかりで浮かれてやがる。俺たちならもっとやれる、あいつらより強い、そう思い込んで身の丈に合わない依頼に手を出すんだ」

 

 タマさんの目が細くなる。

 

「結果はどうなる? 帰ってこないか、担架で運ばれてくるかのどっちかだ」

 

 シャールは黙って聞いていた。

 

 騎士譚の英雄たちはいつも勝利を収めて帰還する。

 

 しかし現実の冒険者たちにはそんな約束などどこにも存在しない。

 

「で、もうひとつ」

 

 タマさんは二本目の指を立てた。

 

「無理をすべき場面で無理をしないからだ」

 

「……矛盾しているように聞こえるが」

 

 シャールの言葉に、タマさんは首を振る。

 

「そうじゃねえ。これは別の話だ」

 

 彼は身を乗り出した。

 

「依頼を受けて現場に出る。そこで予想外の事態に遭遇する。敵が想定より多かったとか、強かったとか、地形が悪かったとかな」

 

 シャールは頷く。

 

「そういう時に撤退する判断ができるか。それが無理をすべきでない場面の話だ。で、無理をすべき場面ってのは別のことを指す」

 

 タマさんは背もたれに身を預けた。

 

「仲間が窮地に陥った時、自分も逃げたら助かるかもしれねえ。でも、そこで踏みとどまれるかどうか。依頼を完遂するために、最後のひと踏ん張りができるかどうか。そういう話だ」

 

 その言葉には単なる講釈以上の重みが含まれているように思えた。

 

 過去に何かを見てきた者の、経験に裏打ちされた言葉。

 

「要するにだ」

 

 タマさんは肩をすくめた。

 

「引き際と攻め際を見極めろってことよ。それができない奴から順に消えていく。この世界はそういうもんだ」

 

 セフィラが静かに口を開いた。

 

「では私たちはまず何から始めればよいのでしょう」

 

 タマさんは満足げに頷く。

 

「いい質問だ。何事もまず積み重ねってやつよ」

 

 彼は立ち上がり、広間の一角を指差した。

 

「ほら、あそこの壁によ、木板が沢山吊るされてるだろ?」

 

 二人は示された方向を見る。

 

 壁一面に、大小様々な木の札が無数にぶら下がっていた。

 

 その前には数人の冒険者が立ち、何やら熱心に板を眺めている。

 

「あれは街の雑用だ」

 

「雑用……?」

 

「ああ。冒険者ギルドってのは魔物討伐だけを扱ってるわけじゃねえ。この街で暮らす人々の困りごとを解決するのも、立派な仕事のひとつなんだ」

 

 タマさんは歩き出し、二人もその後に続いた。

 

 壁際に近づくと、木板に書かれた内容が見えてくる。

 

「内容はまあ、色々だな」

 

 タマさんは適当な板を手に取って見せた。

 

「これは『荷物運搬。港から倉庫まで。報酬銅貨二十枚』。単純な力仕事だ」

 

 次の板を取る。

 

「こっちは『薬草採取。東の森で特定の草を十束。報酬銅貨五十枚』。街の外に出るが危険度は低い」

 

 さらに別の板。

 

「『迷子の猫探し。灰色の雌猫、右耳に傷あり。報酬銅貨十五枚』。こんなのもある」

 

 セフィラが興味深そうに板を眺めた。

 

「本当に雑多ですわね」

 

「そうだ。でもな、こういう依頼をこなすことには意味がある」

 

 タマさんは板を壁に戻した。

 

「まず、この街の地理を覚えられる。どこに何があるか、どの道が危険か、そういうことが身体で分かってくる」

 

 シャールは頷いた。

 

 確かに、まだこの街の構造すら把握できていない。

 

「それから、人脈ができる。依頼を出した商人や職人と顔見知りになれば、情報も入ってくるし、いざという時に助けてもらえることもある」

 

「なるほど」

 

「何より、冒険者としての基礎体力がつく。荷物を運んで歩き回れば足腰は鍛えられるし、薬草採取で野外活動の勘も養える。そういう下地がない奴がいきなり魔物と戦ってどうなると思う?」

 

 タマさんは首を横に振った。

 

「話にならねえんだよ。すぐにバテるか、足を滑らせるか、どっちかだ」

 

 シャールは改めて壁の木板を見渡した。

 

 数百枚はあるだろうか。

 

 その一枚一枚が誰かの困りごとであり、誰かの仕事である。

 

「いきなり討伐依頼なんてのはやめときな」

 

 タマさんの声が静かに釘を刺した。

 

「討伐依頼……魔物を倒す仕事か」

 

「ああ。報酬は確かにいい。雑用の何倍も貰える。だから新人は飛びつきたがる」

 

 タマさんは壁の別の区画を指差した。

 

 そこには雑用とは明らかに違う雰囲気の板が並んでいる。

 

 赤い縁取りがされたものや、警告を示す印が押されたものもあった。

 

「でもな、あれに手を出していいのは最低でも一ヶ月は雑用をこなして、この街のことを知り尽くしてからだ。それも、できれば経験者と一緒に行くのが望ましい」

 

 シャールはその区画に目を向けた。

 

『小鬼討伐。東の森林地帯。推定五体。報酬銀貨三枚』

 

『大型狼駆除。北方街道沿い。単独行動確認。報酬銀貨五枚』

 

 確かに、雑用とは報酬の桁が違う。

 

「小鬼程度なら……」

 

 小鬼とは背丈は人間の子供ほどしかなく、薄汚れた緑色の肌と醜悪な顔つきをした下級の魔物である。知能は低く、武器といっても粗末な棍棒や錆びた短剣を振り回す程度。

 

 シャールが愛読していた騎士物語において、彼らは常に英雄の剣劇を引き立てるための、取るに足らない雑魚として描かれてきた存在であった。

 

 シャールが呟くと、タマさんは鋭い目で彼を見た。

 

「その考えが命取りになるんだ」

 

 声に冗談の響きはない。

 

「小鬼は確かに弱い。一対一なら、まともな剣士なら負けることはねえ。だがな、連中は群れで動く。五体と書いてあっても、実際に行ってみたら二十体いたなんてことはザラだ」

 

 セフィラが息を呑んだ。

 

「それに、森の中で戦うってのは想像以上に難しい。足場は悪いし、視界は効かないし、どこから何が飛んでくるか分からない。王都の訓練場で剣を振るのとは全然違うんだ」

 

 タマさんの言葉に、シャールは口を閉ざした。

 

 確かに、自分が戦ったのはあの森での一度きり。

 

 しかもあの時は追い詰められた状況での、ほとんど本能的な行動だった。

 

 計画的に魔物を狩るという経験はまったくない。

 

「分かった。忠告に従おう」

 

 シャールの言葉に、タマさんは満足げに頷いた。

 

「そうしとけ。死んだら元も子もねえからな」

 

 彼は懐から小さな紙片を取り出した。

 

「これは俺の連絡先だ。この街の三番通りにある『赤銅の盾亭』って酒場に行けば、大抵は俺を見つけられる」

 

 シャールは紙片を受け取った。

 

「何か困ったことがあったら相談に来い。銀貨一枚ずつで、色々教えてやるぜ」

 

 タマさんはにやりと笑う。

 

「商売か」

 

「当たり前だ。情報ってのは金になるんだよ。でもまあ、あんたらは筋がいい。真偽の瞳をあっさり通過したってことは少なくとも心根は腐ってねえってことだからな」

 

 タマさんは立ち上がり、軽く手を振った。

 

「じゃあな。死ぬなよ、新人」

 

 そう言い残して、彼は雑踏の中へと消えていった。

 

 ◆

 

 タマさんの姿が見えなくなった後、シャールとセフィラは壁の前に立ち尽くしていた。

 

「……色々と考えさせられますわね」

 

 セフィラの声は静かだった。

 

「ああ」

 

 シャールは木板を見つめている。

 

「私たちにはあの力がある。だから大丈夫だと、どこかで思っていた」

 

「わたくしも同じです」

 

 セフィラも同様の思いを抱いていたのだろう。

 

 騎士団を一撃で葬った、あの圧倒的な力。

 

 それがあれば、冒険者として成功するのは容易いと、心のどこかで慢心していた。

 

「でも、力があっても知識がなければ意味がない」

 

 シャールは一枚の木板を手に取った。

 

『水汲み。鍛冶屋への水運び。桶十杯。報酬銅貨二十枚』

 

 地味な仕事だ。

 

 騎士譚の英雄なら、決して手を出さないような依頼。

 

「……これを受けよう」

 

「水汲みですか。技術も要らなそうですし、ちょうどよいかもしれませんね。わたくしにも出来そうです」

 

 そう言って二人はカウンターへと歩き出した。

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