ハスターなオリ主と米花町   作:ラムセス_

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今回ちょっと分量が多すぎた。


諸伏景光が思うに

 

 諸伏景光は幽霊である。

 

 三年前、自ら拳銃で胸を撃ち抜いて死に果てた、単なる一警察官だ。

 

 自死の時は分不相応にも「仲間のため」だとか「国のため」だとか、色々考えての決断だと思っていた。

 しかし、それが大きな間違いだと気付いたのはその後だった。

 

 死後の世界なんてものは存在せず。

 ただ死した後には肉体を剥奪された苦痛だけが広がっているのだと知っていたら……諸伏も自死なんてしなかったのに。

 

 孤独。誰にも認識されることのない日々は鉛のようで、じわじわと心を削っていく。

 五感。嗅覚も触覚も無いのに、ただ寒くて悍ましい感覚が透明な体を支配する。

 飢餓。飲食の叶わぬ身は痛みにも似た飢餓に苛まれていて、ただ1秒1秒耐え凌ぐことすら苦痛を伴った。

 

 一週間もすれば後悔は絶望に、1ヶ月もすれば無力感に。

 一年経った頃には、「何故俺ばかりがこんな目に遭うんだ」という醜い怨念へと変化していた。

 

 それでも親友である降谷零の元を離れなかったのは、残った僅かばかりの良心が、友情が、諸伏の心を確かに支えていたからだった。

 

 それでも、諸伏が友人のために何もできない身である事に変わりはない。

 これは自ら命を絶った報いなのだ。

 ただ苦痛の中、贖罪のように命を投げ打って職務を遂行する親友を見守るしかできないのだと。

 そのように自らを罰し続ける事で諸伏は発狂しそうになる己の心を保っていた。

 

 

 そんな時に出会ったのが、黄衣ハスタであった。

 

 

 魔術師だなんてふざけた名乗りをしていたが、一定程度諸伏も納得はしていた。

 なにせ、そうでもなければ死んだはずの己を知覚できるはずがないとこの三年で嫌と言うほど思い知ったからだ。

 寺社仏閣を幾度素通りして、自称霊媒師の肩に乗ってやったことか。

 

 本物の魔術師でもなければ、こんな奇跡起こりうるはずがない。

 

 にこやかに黄衣に擦り寄ってみせて、諸伏の内側はドス黒い思念でいっぱいだった。

 どう利用してやろうか。憑依はできないものか。この男を言いくるめて親友の手助けをさせるにはどうすべきか。

 

 しかし、この男と会話するにつれて、己がいかにいわゆる「悪霊」となりかけていたかを認識してから、諸伏は認識を改めた。

 

 ゆったりと露天商を営みながら、二人で会話をする事一週間。

 黄衣は実に穏やかで、善良だった。

 このような日常を守りたくて警察官になったのだと、思い出すのに十分なのんびりとした日々。

 

 だからこそ安アパートに滞在し続けようとする黄衣を本気で心配したし、忠告もしたのだ。

 この善人が組織に殺されて欲しくないと、諸伏はそう思ったのだ。

 

 彼が引っ越しの時トンチキな魔法で業者も使わず荷物の移転を完了したのは流石に驚いたが……。

 魔法などという便利なものを使えばそれも可能なのか、と納得できた。

 

 しかし、今回のトンチキさは一等諸伏を驚かせた。

 

 ジローっと半目で睨めつければ、黄衣は見えないふりをして目線を右往左往させた。

 「信者」とやらが公安に紛れ込んでる?

 青天の霹靂だ。

 元公安としても諸伏としても到底見て見ぬ振りをすることはできない。

 

 「詳しい話は工藤くんが帰って来たらまとめてするから」なんて言って話を先送りにしたが、諸伏の胸の内は焦りと困惑でいっぱいだった。

 

 断片的な話からすると、どこぞの宗教団体の一員が公安に紛れ込んでいて、黄衣ハスタはその信者に命令できる立場にあるということだと思われる。

 

 まさに由々しき事態だ。

 カルト教団などが主導する大規模テロに対抗せねばならぬ身分である公安が、内部に入り込まれているなんて。

 

 どうにかしてゼロに知らせないと、と諸伏は歯噛みした。

 

 黄衣は宗教団体の権力者ではあるものの、その本体とは距離を置いているようだ。

 こうして致命的なことが起こる前に知ることができて僥倖だった、

 一刻も早く、どうにかしてゼロにその情報を伝えなければ。

 

 などと思案していると。

 

 ようやっと、工藤新一がこのマンションに帰ってきたらしい。

 黄衣のスマホに工藤新一が電話をかけてきたのだ。

 

 諸伏が散々口出ししてようやく購入を決意してくれたセキュリティの充実したマンションは、エントランスに24時間警備員が常駐している。

 生体認証と他複数の機能があり、部外者が入るのは難しい。

 だからエントランスまで来て工藤新一は電話をかけたのだ。

 

 黄衣と来たら引っ越し先の選定の時、殺してくれと言わんばかりのざるアパートばかりを選んでいたもので。

 

 せっかくの幽霊を視認できる唯一の人材をそんなところで亡くしてなるものか、と諸伏も必死になって説得したものだ。

 彼の魔術は確かにすごいが、四六時中組織に狙われたら限界もあるだろう。

 

 エントランスまで黄衣が迎えに行くとのことで、たたたと駆ける音と扉の閉まる音が部屋に響く。

 

 部屋に残されたのは諸伏一人だ。

 ふたたびあの孤独の日々に戻ったようで、僅かな焦燥感が胸を撫ぜ上げる。

 

 ふわり、と諸伏は黄衣の出て行った隙に部屋を物色することにした。

 自分の恐怖を誤魔化すためだ。

 

 見ると、安い組み立て式の本棚にはいくつか本が並んでいる。

 見覚えのない文字ばかりで読めないものがほとんどだ。

 古びた背表紙の、いくらか読める英語版のもののタイトルを追っていく。

 

 ……ネクロノ、ミコン?エイボンの書?聞き覚えのないタイトルばかりだ。

 

 内容が気になるが、幽霊の腕では実体を掴むことはできない。

 黄衣の所属するという教団の教義を記したものだったなら、その正体を掴む手掛かりになったというのに。

 

 嘆息し、ふわふわと諸伏はただ無重力に身を任せる事にした。

 未だ飢餓は魂を苛み、寒さは肌を震わせる。

 それも慣れてきていた諸伏は、ただぼんやりと天井を眺めた。

 

 しばらくすれば、黄衣は小学生になった工藤新一を連れて部屋へと戻ってきた。

 

「お邪魔します。服持ってきたのでどっかに置いておいてもいいですか?」

「おうよ。使ってないカゴがあるからそれを使ってくれ」

「ありがとうございます!」

 

 和やかに会話して、工藤新一はぽてりと床に腰を下ろした。

 

 諸伏としては、工藤新一が五体満足で元気なのが未だに信じられない。

 無力な高校生があのジンに命を狙われて生きているのだ。

 それこそ神の導きがあったのだと信じたくなるレベルの異常事態である。

 

 工藤新一は見慣れない大きなメガネをかけていて、「あ、そういえばこれから江戸川コナンって偽名で行くことにするんで、お願いします」などと黄衣へ笑いかけた。

 

 簡易であっても変装と偽名は良いことだ。

 いつも黄色っぽい服装ばかりの黄衣にも諸伏は変装を求めたのだが。

 「それをすると『黄衣の王』じゃなくなるからまずい」とかで受け入れてくれなかったのだ。

 

 恐らくは宗教的なものだろう。

 無宗教な諸伏は命の方が大事だろうに、と思わないでもないが……そこは個人の自由か。

 

 黄衣は「夜食〜」などと言いながらカップラーメンを棚から取り出した。

 工藤新一改め江戸川コナンも「あ、俺味噌がいいです!」などと声を上げる。

 まったりした空気感に、諸伏もほっこりした。

 

 しかしなんとなく恨めしくなって「俺、台湾ラーメン」と黄衣の耳元で囁く。

 

 諸伏はいつだって死ぬほど腹が減ってるのに、幽霊の体では食べられないのだ。

 お供えするくらいはしてもらってもバチは当たらないだろう。

 

 そう言うと、黄衣はにかっと屈託なく笑って江戸川コナンに聞こえないように密やかに諸伏に囁きかけた。

 

「コナン君が寝たら諸伏さんも食事ができるように魔術をかけるよ。その時にラーメン出すから待っててくれ」

『………本当に?』

「本当本当」

 

 こともなげにいう姿に、諸伏は思わず期待に胸が膨らむのを感じて恥ずかしくなった。

 

 本当に底が知れない男だ。

 幽霊になって食とは無縁だったが……本当に食べることができるなら、これほど嬉しいことはない。

 

 やかんを火にかけて、そのまま黄衣は台所越しに江戸川コナンへと向き直った。

 

「えーっと、明日なんだけど予定ができたから一緒に来てもらって良いか?」

「?いいですけど、何かあるんですか」

「ちょっと公安の人に会いに行くことになったから」

「!?!?!?」

 

 雑に切り出された重大事項に、江戸川コナンが目を白黒させて立ち上がった。

 先ほどまでの自分と全く同じ反応に笑いが止まらない。

 いや本当にどういうことなのか知りたいものだ。

 

「公安警察に協力を依頼したってことですか!?そんな伝手どこに、まさか黄衣さん協力者だったりします!?」

「協力者って何?」

「あ、それは違うんですね……いやなら尚更なんでそんな伝手があるんですか!」

 

 「お、沸いた」などと言いながら黄衣は沸いたヤカンをこちらへと持ってくる。

 カップ麺に湯を注ぎながら、黄衣は嫌そうに思い口を動かしている。

 

「話せば長くなるんだけど、いい?」

 

 江戸川コナンが頷く横に無言で座り、同じように頷く

 黄衣はいい加減腹を括ったようだった。

 

「あー、どこから話せばいいのやら。まず、俺は元々ちょっと特殊なカルト教団で御神体やってた身分なわけだ」

「初手で聞きたいこと山ほど出て来たんですけど???」

『ぶっ込んでくるなぁ!』

 

 あっという間に江戸川コナンは背後に宇宙を背負った。

 やはり彼は宗教団体の権力者のようだ。

 御神体、というからには教祖に近しい立場なのだと思われる。

 

「それってカルト教団を主導してたってことですか!?」

「違う違う違う!!俺を勝手に祀ってた集団が居ただけで、俺は教団を作ったことも経典を作ったことも無いから!!」

 

 「無関係だ!!」と手でばつ印を作って黄衣は関係を否定した。

 しかし、往々にして経典は有能な信者が作るものだし。

 黄衣の証言は当てにならない。

 

 諸伏が胡散臭いと思っていたのが丸わかりだったのか、

 黄衣は【本当に!!俺はああいうのとはマジ無関係ですからね!!!】とテレパシーを送ってくる。

 

 なお、同じことを江戸川コナンは疑念と好奇心でいっぱいの瞳で「教団名は?」と聞いてくる。

 

「こ、個人情報なんで秘匿で」

「ふーーーん」

「………ともかく!!!その信者の一人が公安に居たらしいから協力してもらう事にしました!以上!!」

 

 教団が嫌なのは今までの生活からしてもわかっていた。

 もしかしたら教団内の権力争いに敗れたために今の生活になったのか…とも思えど。

 それにしては若すぎることがネックだ。

 もしかしたら親が教団上層部で、親の失脚に伴って教団を追い出されたのかもしれない。

 公安にいるという信者も、かつての黄衣の派閥の人間なのだとも考えられる。

 

 きゅるん、というぶりっ子の顔をした江戸川コナンが「あの、主にどこで活動してる教団とかぐらいは教えてくれたりはしませんか…?」と目をキラキラさせた。

 

 横で「子供がこんなに頼んでるんだ。教えてくれたっていいだろ?」と追撃する。

 黄衣はしわくちゃな顔をした。

 

「………アメリカだよ。でも絶対に首を突っ込まない事。下手すると本気で殺されるからな」

「もっちろん!了解です!」

「信用おけないなぁ。復唱して」

「えぇー、僕6歳だしぃ、そんな怖いことしないよぉ」

「急に幼児化を利用し出したぞこの高校生!黒づくめの組織に集中しろよもう!」

「はーい」

 

 愉快な会話を繰り広げる二人の背後で、諸伏は無言で思考を巡らせた。

 

 アメリカ。

 人種の坩堝であり、多くの宗教と団体が入り乱れる地だ。

 そこで特に有名な宗教団体といえば、フリーメイソン、クー・クラックス・クラン、アーミッシュ…それに「The Cult of the Yellow Sign」。

 日本語訳するなら「黄色の印の兄弟団」となる

 黄色の印の兄弟団は歴史が古い分、分派も多く世界各地に土着の宗教と混ざった形の系譜が散らばっている。

 黄衣がやけに黄色にこだわるあたりを思うに、黄衣の母体もそれに類するものだと思われる。

 

 黄色の印の兄弟団の教えはすでに戦国時代には日本に渡ってきている。

 それらの教えは当時の仏教とも融合して独自の宗教となって地域によっては根付いている。

 そうして緑色に塗装した仏像なんかが残っている仏閣もあるくらいだ。

 

 その黄色の印の兄弟団分派が規模としてどのくらいかは知らないが、厄介には違いない。

 

 思わずため息出かかる。

 幽霊の身が恨めしいとはまさにこのことだ。

 

 眼前では、黄衣が家探しする気満々という顔の江戸川コナンの頬を餅のようにひっぱって止めていた。

 無理やり布団をかけて「今日はもう遅いから寝る!!!」と母親のようなセリフを吐いている。

 

 諸伏は無言でカップ麺の前で待機した。

 いくら公安の潜入捜査官とはいえ、空腹には勝てないのだ。

 これは三年ぶりの飯だし。仕方ない。仕方ないのだ。

 

 

 そんなわけで久々に食べたカップラーメンの味は、涙が出るほど美味しかったとかなんとか。

 




・ハスター信仰
コナン世界各地にハスター信仰は広がっている。
主に仏教と混じってエメラルド・ラマ信仰に、一神教と混じって黄衣の王信仰に、アニミズムの一部として彼方より来たりて饗宴に列するもの信仰などがある。
純粋なハスター信仰はカルト気味だが、こうした亜種は割と広く公に信仰されている。
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