取り押さえられた爆弾男の供述は次のとおりであった。
先月妹が旅館で亡くなった。
警察は自殺と断定したが、男はそれが他殺であると予想している。
おそらくはこの女流作家三人の中に真犯人がいるから、解き明かしてほしい、と。
目を覚ました作家三名は「私じゃない!」という話はしても、「そんなの嘘だ!自殺に違いない!」という話は誰一人しなかった。
自殺するような人じゃない、というのは彼女らとしても共通認識らしい。
証拠は男の持ってきたSNSの記録、新聞記事、そして作家さんの持つサイン本のみ。
一応男は他の宿泊客にも聞き回っていたらしく、それがいくらか関係してきそうではある、か。
諸伏さん、コナン君、降谷さんが証拠類を覗き込んで話し合っている。
女流作家三人は何故か「こんな爆弾犯のことを信じるのか!」とは言い出さなかった。
本当によっぽど自殺しそうにない人だったのだろう。
この中に本当に犯人がいるとして、犯人すら「ちょっと自殺は無理があったかな」みたいに思っているのかもしれない。
すげぇ生命力の被害者だ。
『色であだ名を付けてると考えたとして……客の証言と齟齬が出るな』
「ああ。三人のあだ名は決定。とすると、二番目の狐が居座っていたと考えるのが自然だろう」
「!そうか、トイレを貸してもらえないって、だからか!とすると小口の裁断がおかしかったのは!」
「……バスマットの切れ目はそれが原因だったと見るべきだな」
もう既に推理が完成しているようだ。
三人は断片のみの会話を交わして、ニヤリとしたり顔で頷きあった。
俺はもう全部わかってますよみたいな顔をして椅子に座っていることしかできない。
悲しいことだ。誰か蹴っ飛ばしてやろうか。
「誰だ!誰が妹を殺したんだ!」
手脚を縛られた男が悔し涙を流しながら絶叫する。
それをつまらないものを見るように一瞥し、降谷さんがため息をついた。
「犯人を殺そうと銃と爆弾まで持ってきた人間に、それを教えると思いますか?」
「ぐ、うぅぅぅぅ…」
『とはいえ、安心してくれ。この件はしっかり警察に伝える。まもなく警察も到着するからな』
必死で縄を抜けようともがく男をよそに、事務所のチャイムが鳴る。
どうやら捜査一課が到着したらしい。
目暮警部、高木刑事ほかゾロゾロと何人も。爆発物処理班らしき人達もいるようだ。
相手は拳銃持ちな上、体に爆弾を巻いてたのだから、そりゃ物々しくなるのは仕方ないか。
銃を持った部下を伴い、目暮警部が警戒しながら入室する。
無事な俺達の姿を見て少しだけ安堵した様子で近寄ってくる。
「それで、黄衣君。確保したという爆弾犯は?」
「こちらの男で、名は沢栗勲と言うそうです。向こうの三人の女性は男に騙されてここに誘い出されたと思われます」
「ご苦労。この男はワシらで預かろう」
「ああそれと、別件でお伝えしなければならないことがあるので、俺たちも警視庁について行って良いでしょうか?」
「んん?どうせ聞き取りもあるし構わんが…」
ぺこりと一礼してから、コナン君達にサムズアップする。
全員が揃ってニヤリとサムズアップを返してくれた。
よしよし。和やかなムードが戻ってきたようだ。
まあ、その後は流れ作業だ。
いつも通りの事情聴取に付き合って、事務所に帰るだけ。
自殺事件の真犯人の方もコナン君達が伝えたようだから、そちらも再捜査・逮捕となることだろう。
また、残念ながら事務所には降谷さんが跳ね返した弾痕がそのまま残ってしまっている。
これも鑑識が捜査をしたあとだが、修理には結構バカにならない金額が必要そうだ。
そちらの賠償は後々男からいただくとして、暫くは剥き出しのままにしておくしかないだろう。
なんとも、物騒な事務所になってしまったものである。
まあ、そんなわけで軽く事件も終わり。
ようやくニャルラトホテプの搬入という本番が待っている。
降谷さん家にニャルラトホテプを迎えにいく面子は俺、コナン君、諸伏さん、降谷さんのフルメンバーだ。
俺と降谷さんはニャルの宥め役、諸伏さんは降谷さんの心の支え、コナン君は一人免除は悔しいので俺が連行してきた。
コナン君は「僕行かなくていいじゃん!?なんにも関係ないじゃん!!」と喚き立てているが、聞こえないふりをした。
ええじゃないかええじゃないか。
地獄に連れ合いは多い方がええんじゃて…。
板金屋から帰ってきたハイエースに乗って、悍ましい神話的恐怖の旅が始まる。
おおハイエース君、帰還早々過酷な任務を押し付けてすまない。
まず辿り着いた降谷さん宅は、10日も経っているのにまだ一般的なアパートの形をしていた。
異界化してもいないし、アパートが呪詛で歪んで見えたりもしない。
もうこれだけで降谷さんの苦労が偲ばれてもらい涙が出てくる。
部屋の前まで到着。
コナン君達はサッと部屋の壁に張り付いてクリアリングの姿勢に入った。
特殊部隊かよ。
俺は一人で遠慮なくチャイムを鳴らした後入室する。
ニャルラトホテプは部屋の中央、ちゃぶ台の前にだらりと座っていた。
紙でできた小さな家の模型の中にたくさんの人形を詰めて遊んでいるようだ。
容姿は相変わらず美しく、艶やかな黒髪は流れるよう。
褐色の肌は降谷さんとトーンが似ていて、もしかしたら兄妹に見えるかもしれない。
そのあまりにも整った顔はどこか非人間的で、美しさと悍ましさを同時に想起させる。
何故かシャツは降谷さんのものを着ているらしく、サイズがドボドボであった。
下は何も着ていない。
シンプルに痴女である。
ニャルが模型の中を覗いて、若干肩を落とした。
「あっ、もう一匹ダメになりましたか」
そう言って破れた人形を除去している。
小さな人形は首が取れて、断面から血が垂れている。
俺は黙って眉間を揉みほぐしたが、見える結果は変わらなかった。
「なんか凄く邪悪な遊びをしてる最中悪いんだけど、新居の用意ができたから来てもらって良いか?」
「おお!ようやくですか、待ってましたよ!」
「その前にまずまともな服を着てくれ。とんでもねーなオイ」
そう言うと、「仕方ないですねぇ」と言って一瞬で服を着た姿へと変化した。
服込みでこいつの体なので実質全裸なのだが、まあはたから見てセーフかどうかなので良しとしよう。
コナン君達が入り口で固唾を飲んで見守っていた。
入ってこようとしないあたり、ここが如何に死地であるかを物語っている。
「あ、ちょっと待ってください、今片付けますね」
「ん?あっ、ちょっ」
ニャルラトホテプが立ち上がり、ぼす、と模型の家を叩き潰し、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へと捨てた。
中の人形も質量を無視して丸められ、見えなくなった。
「……最低限、この近くの人じゃないよな?」
「もちろん。貴方の周囲の羽虫はできる限り傷付けないように僕も努力してるんですよ?」
「アリガトウ……」
返事はカタコトになった。
諸伏さんとコナン君が入り口で抱き合って震えている。
なお対象が日本人じゃないと悟ったらしい降谷さんが、興味ありげな顔で捨てられた紙の家を覗いていた。
「凄いな、どういう術式だ?俺も習得できるかな…」じゃないんだよ。
とりあえずニャルの手を握って、先導するように部屋から連れ出す。
変なところに目移りされないように、なるべく手をぎゅっと握って離さないようにする。
ニャルは俺の手を握り返して、優しくはにかんだ。
車に案内して、俺の隣、助手席へとニャルを座らせた。
運転手は不測の事態を考慮して俺が務める。
ニャルは照れ照れして「ヒロインがよくこの席に座ってるの見ました♡」と甘く声を漏らす。
何を読んだか知らないが有害図書ではなさそうで何よりである。
コナン君達が特殊部隊みたいな統率された動きで後部座席に乗り込んだら、出発進行である。
車を発進させ、ついでに曲をかける。
今日のために腕によりをかけて作った、「ニャルを飽きさせないための曲」である。
ニャルの心身を回復させる効果もあるが、どちらかと言うと「気を引く」ことに重点を置いている。
ところどころ魔術でショートカットするから20分ほどの道のりの間、ずっと曲は途切れずニャルをやんわりと宥めてくれることだろう。
なお、本来「門の創造」を使えば一瞬であるところそれだけの時間を要するのは、それ以上のショートカットはニャルがいたずら心を起こしかねない魔術規模になるため避けたからだ。
ニャルの搬入はキリンのお引越し並みに手間がかかる一大作業である。
もちろん、野に放っておいても頻繁に山を降りて人を喰らうので注意が必要となる。
俺の作った曲が静かに流れ出す。
流石にニャルに向けての曲だから、人間が聞いて愉快な曲調ではない。
コナン君達には悪いが、行きの間少しだけ耐えてもらうしかない。
ニャルがクスッと笑って体を揺らした。
「へえ、良い曲ですね。もしかして貴方が作ったんですか?」
「ああ。曲名は『三眼』。お前用に作った曲だ」
「わあ!嬉しいなぁ!」
ニャルは上機嫌そうに手を合わせた。
こうしていると非常に可愛いんだが、実際はニャルだと思うとどうにも素直に喜べない。
なお、諸伏さんとコナン君は開始早々グロッキーになった。
たぶん車酔いみたいになってるのだろう。
普通の酔い止めで軽減できるので飲んできてもらったが、やはり全ては抑えきれなかったか。
逆に降谷さんはポヤッと宙を眺めて放心している。
「ニャルの気を引く」効果が効き過ぎてしまったのだと思われる。
曲に心奪われる、と言えば聞こえはいいが半分洗脳なのでちょっと心苦しい。
流石に有事の際の対応役がぼんやりしてもらっては困るため、「降谷さん、起きてるか?」と声をかけた。
「うぁ……起き、て、…る」
「一応後ろにイヤーマフも乗っけてるから使って良いぞ」
「……音が、聞こえない、のは、困るから。…このままで行く」
「オッケー。辛くなったら使ってくれ」
かなり辛そうだ。というか快楽に持ってかれそうになってると言うか。
もう少し降谷さんにも配慮して作るべきだったか、と後悔する。
20分とは早いもので、途中「門の創造」を使って跳躍することでかなりの道のりをカットすることができた。
普通に行けば三時間はかかるからな。
ずいぶん短いと考えるべきだろう。
とはいえ何事もなかったわけもなく。
途中変わり映えのない景色に飽きたニャルが周囲を絶景に変えようとしたのを必死で止めたりとか。
道を歩いてた通行人をちょろっと攫ってミニデスゲーム開催しようとしたりとか。
「この方が速い」とか言って降谷さんを車に変えようとしたりとか。
まあ色々あったが、割愛することとしよう。
ようは降谷さんのトラウマが増えただけだし。
あまり深く突っ込まないでおいてやるのも優しさというものである。
到着した黄昏の館に、ニャルは「へぇ!結構豪華ですね!」と目を丸くした。
別にニャルは黄金造りが豪華と言っているわけではない。
黄金なんて外なる神にとって意味のあるものではないし。
これは俺がこの屋敷の中にいくつもの広大な空間を魔術的に内包させていることを示しているのだろう。
「一から手作り、DIYしたお前の城だ。良い感じだろ?」
「ええ!気に入りました!中見ても構いませんか?」
「もちろん」
中をガチャリと開ければ、そこには上も下もない宇宙の景色が遥か彼方まで広がっている。
一目見てその仕組みに気付いたニャルが、ぐるぐると自由自在に部屋の中身を切り替えていく。
月の地表に、遥か知らぬ惑星の空に、恒星の中心部に。
最後に、中を米花水族館そっくりに変えてそのまま固定した。
俺は思わずニャルを二度見した。
「これで良いのか?」
「ええ。初めて貴方とデートした思い出の場所ですから」
「……そっか」
俺はニャルの頬にそうっと手を添えて、撫でてやった。
ニャルは気持ちよさそうにそれを享受し、顔を寄せて頬を染めた。
なお、キスはしない。
うっかり舌を千切って喰われても怖いので。
「じゃあ、俺は一度帰るよ。でもまた明日遊びに来ても良いか?」
「ええ!楽しみに待ってますね!」
手を振り合って黄昏の館を出る。
うーん。恥ずかしい。照れくさい。
車に戻ると、コナン君と諸伏さんが泥のように後部座席で折り重なってへばっていた。
降谷さんは気絶したまま黒い風状態でトランクに詰められている。
カオスかよ。
とりあえず降谷さんをトランクから出して、人の形に丸めて座らせる。
そしてスマホにヘッドホンを繋いで、先ほどのニャル向け曲を流してセット。
これでだいぶ気力体力共に回復するはずだ。
ちょっとトリップするかもしれないが、依存性は無いし良かろうの精神である。
コナン君達は疲れて寝ているだけのようなので、椅子にしっかり座らせる。
で、俺が帰りの車を運転しながら癒しの曲を歌えば問題なし。
夕方の日が山間に沈みゆく中、ハイエースの中に俺の歌声が響いている。
協力者達を労るための即興音楽。
魔術的意味を含み、その魂と肉体を十全に回復させる、俺からの細やかなプレゼントである。
のんびりと車を運転し、家に着いた頃には彼らもすっかり疲れが取れていた。
明日も仕事だ。
コナン君は学校だし、諸伏さん達も公安として忙しい。
たまには、こうして所員を労わってやるのもいいかもしれない、と。
俺は少しだけ思ったのであった。
・諸伏さん&コナン君
起きたら家だった。
黄衣の肉声による音楽魔術で大変癒された。
めっちゃスッキリ体力全回復しているが、黄衣に聞いても「?俺は何もしてないぞ?」としか言わないので不審に思っている。
なお黄衣は途中で歌うの面倒になってやめたせいでそのことを忘れた模様。
・降谷さん
強制的に車にされそうになって気絶していたから、気付いたら帰りずっとトリップさせられてた。
家に着いた後も呂律すら回らなくて黄衣の家で一泊した。
体力全回復。嘘のように疲れが取れた。
すごく心やすらか。今ならジンにも優しくしてやれる。
・ジンニキ近況
岐阜県にある山の坑道に来ている。
絵は山に伝わる伝承を描いていた。
ここでは真っ黒なナマズが宙を泳いでいるらしい。
やはり強い危機感を覚えたが、外からでは爆破もできない。
下っ端を三人、行動調査に行かせたところ、一人は帰ってきた。
あとの二人は共喰いしたという。
「腹ァ、空いてるんす…!」と言って帰ってきた下っ端が襲いかかってきたので、距離をとって両足の関節を撃ち抜いた。
頭だと死なない恐れがあるからだ。
下っ端はケタケタ笑い、口から黒いナマズを吐いた。一匹、二匹、三匹。まだ出る。
ナマズが飛び立つ気配があったため、全て大経口のマグナムで肉片にした。
大量に銃弾を持ってきたのが幸いした。
ナマズは23匹でストップした。
下っ端は骨と皮しか残っていなかった。
軍用ドローンを投入したところ、最奥に小さな部屋があることがわかった。
つまり、大量のナマズをかわして、あの部屋に辿り着く必要があるということだ。
・翌日
朝、降谷零が起きると、隣にニャルがいた。
どうやら降谷自体が黄昏の館内に引き込まれたようだ。
ニャルが寝起きで下着一丁の降谷に命令する。
「飽きた。なんか面白いことしろ」
やはりジンで遊ぶより他、降谷に残された安らぎはないのだ…。
・上機嫌のニャルラトホテプ
家はたいへん気に入ったからあまり外には出ない。
デート時居た他の客も再現しようかな、と思ったが愛しの彼に怒られるかなと思って羽虫の剥製を飾るのはやめておいた。
奥の方には米花サンプラザホテルの再現もある。