推理は行き詰まっているようだった。
俺が目撃した以上、真犯人は秘書さんで確定。
加えて被害者の部屋のドアノブに細工して、その罪を奥さんに被せようとしている。
だが、二つあったはずのバウムクーヘンから、的確に毒入りを被害者に自ら取らせたトリックがわからないのだ。
可能性として、本当は専務を狙っていた説も今は視野に入れているようだ。
服部君が眉間に皺を寄せながら俺に話しかけてくる。
「なんか気づいたことあらへんか、黄衣サン?」
「いやあ、それに関しては俺もさっぱり。当時、俺が見ていても、二つのバウムクーヘンは毒の有無を除いて全く同じに見えたよ」
秘書さんが毒を振りかけた段階でもう俺の「目」はバウムクーヘンに釘付けだった。
もし他のバウムクーヘンと違いがあるなら、遠目から見えたとか取り分ける時見えたとか、色々理由をつけて指摘するつもりだったのだ。
だがそれは他のバウムクーヘンと何一つ変わらなかったし、何も言えない以上俺は被害者を見捨てるしかなかった。
なんでジャストで毒入りの方を取らせることができたかは、正直もう犯人と被害者の思考を「見る」しかないだろう。
服部君が頭をかいて唸った。
「やっぱ軽井沢の別荘の件を先に解かなあかんかもしれへんな」
『……ちょっと兄さんに連絡入れてみるよ。長野県警だし』
「ん?幽霊の兄ちゃん、警察官の身内でもおるんか?」
服部君の問いかけ、諸伏さんはやや嬉しそうに頷いた。
やっぱり諸伏兄のことになると、諸伏さんは少しだけ幼なげで柔らかい口調になる。
『ああ。頭の切れる兄さんがいてね』
「だが新野署の所属だろう。管轄が違わないか?あの人なら気にせず突っ込んでいくだろうとは思うが」
『いや、本日付で長野県警に復帰したって。今日電話があった』
「あーー、時間の問題だとは、思ったが」
降谷さんが黙祷するように目を伏せて「ついに爆発したか。所轄も哀れな」と呟いた。
そう言えばこの間、降谷さんがぼやいていたな。
諸伏兄は自ら公安に行きたいと直訴したらしく、それで一悶着あったそうなのだ。
直訴を受け、彼を持て余していた各部署が「本人の希望なら」と両手をあげて送り込もうと動き出し、仰天したのは降谷さんの方だ。
怪異対策に独断専行でギュルギュル動かれては困るということで、一旦は突っぱねたらしい。
ところが、それで止まる諸伏兄ではなかった。
どういう嗅覚か、怪異案件を探り当てて勝手にプロ探索者的大格闘を経て地雷処理。
後から駆けつけた公安の人員に掘り出した怪異を渡して「こういう仕組みでこう対処すればいい」と教えて去っていくのだとか。
いっそのこと抱え込んで監視していた方が良かったのではないかと、降谷さんは今でも後悔しているらしい。
すげーよ諸伏兄。
各方面から自我を持った核ミサイル扱いされている。
落ち着いたいい人に見えるんだが、人は見かけによらないということなのだろう。
『ともかく電話してみるよ。現場を見れば何かわかるかもしれないし』
諸伏さんがスマホを取った。
電話は数コールで繋がった。
『おや、どうした景光。何か用事でも?』
『あ、兄さん。ちょっとこっちで殺人事件が起きて、先月起きた軽井沢別荘の社長殺害について調べてるんだ。何か知らないか?』
『それなら今ちょうどその現場の浴室にいるが』
『想定の5倍の速度感だった…!今日異動初日だったよね!?引っ越しは?研修と引き継ぎは?』
『さて。現場で血のダイイングメッセージが消されてる件だが』
『兄さん…』
諸伏さんが萎れている。
ほんと強い兄貴すぎて警察組織は肌に合わないんじゃなかろうかと思うなど。
ほぼ一昔前の刑事ドラマの世界観である。
まあ、ともあれ現場に諸伏兄が居るなら話は早い。
詳しく聞こうと口を開いたら、既に諸伏さんは全てを解き明かしてしまっていたようだ。
電話越しに聞こえる静かな声が耳を打つ。
『クレイジーダイヤモンド錯視だろう。現場のタイルが錯視を利用して入れ替えられていた。ルミノール反応を調べたところ、SON(息子)の文字が出ている。現在、社長の息子へ嫌疑をかけているところだ』
『ッ……その息子だけど、今さっき毒を盛られて死んだよ。東京の本宅だ』
『!!!では、犯人の狙いは復讐か、あるいは口封じか』
何にせよ社長殺害とは別の犯人が隠れていると見て間違いないだろう、と諸伏兄は締め括った。
電話を切り、場に沈黙が満ちる。
しかし、これでバウムクーヘンの謎も解けたようだ。
コナン君が苦々しい表情を隠さずに吐き捨てた。
「犯人は錯視を利用して、毒入りの方を大きく錯覚させたんだね」
「……ジャストロー錯視か。それなら黄衣君が『全く同じに見えた』のも当然だな。人間の脳の愚かな錯覚は、神の認識とは無縁だからな」
降谷さんがため息をついた。
そんなの言われても困るが、確かに俺は脳で考えてるわけじゃないので錯視や錯覚とは無縁だ。
知覚の構造も人間とは大きく異なる。
それっぽく近づけてはいるものの、視覚は特に人間のそれとは乖離が大きいだろう。
服部君が口をへの字に曲げて腕を組んだ。
「けど、どないするんや。これじゃ証拠があらへんで」
「業腹だが、第二の殺人に出ようとしたところを確保、が一番楽か。コナン君も気付いてはいるんだろう?」
「現場の状況からして、奥さんも共犯。だから犯人の目的が復讐なら、狙われる可能性は十分にある。だよね?」
『加えて、服部君に手紙を送付した人物と同一であるなら、社長を殺された件を早く解決してもらいたがっているのは明白だ』
俺はだんだん矢継ぎ早に交わされる相談についていけなくなってきて、廊下を無駄に彷徨き出した。
ふらあっと事件のあったリビングを覗くと、刑事さん達が現場検証していた。
この後事情聴取が行われるらしく、すこしレイアウトを変更させている。
そのままふらふらと屋内を彷徨いたあと、調理場の横でもたれかかる。
流石に人の家を勝手に家探しすると後で咎められるかもしれないし。
毒を見た瞬間、俺はつい未来に出る死者を一瞬だけ見てしまっている。
はあ、と肩を落として天井を見上げる。
たぶんそろそろ通り掛かると思うのだが。
数秒、狙い通り「どうしました?」と家政婦の米原さんが話しかけてきてくれた。
俺はおずおずと家政婦さんに質問する。
「あー、なんかさ、奥さんに隠し事って無かった?夜中ひっそりどこかを確認してたとか」
「それなら毎晩、奥様は金庫の中をしきりに覗いていましたけど」
「なるほど。うーーーん。なら、そのこと俺の連れにも説明してもらえないか」
「いいですけど…」
一瞬見た中に、奥さんの死後金庫の中から封書を取り出す犯人の姿が見えた。
中身は知らないが、これで少しでも推理が進むといいのだが。
正直。
そこまでして庇うほど被害者がいい奴か、というと首を傾げざるを得ない。
会社の金を使い込んだり、放蕩息子の挙句親を殺したり。
まあ割と悪人だ。
だから降谷さんも「羽虫を助けるために労力を割くのか?」と微妙にやる気が出ていないのだろう。
そのままくるりと指を回す。
2階にある書斎。第二の殺人の舞台となる場所。
そこにある国語辞典の奥、青酸系毒物の入った袋へと干渉する。
魔術的に作り出した秘書さんの指紋をぺたり、と塗布する。
もし奥さんがこの仕掛けで死んだら、この指紋が直ちに発見されて動かぬ証拠になる。
そうでなくとも、この仕掛けが見破られたらその時点で証拠として成立する。
立派な証拠偽造だ。
奥さんが殺されない範囲で犯人を捕まえようとするのは現状不可能だからな。
このままだと第二の殺人は間違いなく起きる。
コナン君は「事前に教えられていたのに」とひどく後悔するのだ。
だからと言ってコナン君にSOSしておいてこれは、まあ、裏切りなのだけれど。
やっぱり指紋を消そうかしばらく迷って、ウロウロと廊下を彷徨う。
決意ができてようやく戻ったころには、家政婦さんの証言ですっかり場は緊迫した状況になっていた。
目暮警部が封書を解いて、その中を見て「これは、どう言うことですかな?」と奥さんを詰問している。
中身は「息子が社長を殺したのを隠蔽しました」という罪の告白だったようだ。
絶対に見られるべきではなかった中身を見られ、奥さんは顔面蒼白だ。
コナン君が戻ってきた俺を見て「どこ行ってたの!?」と駆け寄ってきた。
「野暮用。で、今何が起こってる?」
「社長殺害の件が奥さんと息子さんのせいだってバレたとこ。けど黄衣さん酷いよ、自分で対処しちゃうなんて」
「何が?」
「だから、奥さんが牢屋に入れば、一応安全は確保されるって話でしょ?」
「!!!そっか、その手があったか!」
「違うのかよ!」
俺はとりあえずなんか探偵のヒントにならないかと家政婦さんを送り込んだだけだ。
冷めた視線が俺に突き刺さる。
流石に自分の復讐が叶わなくなる可能性に焦ったのか、秘書さんがおもむろに口を開いた。
「夜ももう更けてきています。礼状もなしということは任意の聴取でしょう。応じる義理もありませんし、一度休憩をとらせてもらっても構わないと思いますが」
「そっ、そうよ!こんな話をしてたら気分が悪いったらありゃしない!少し休憩させてちょうだい!」
秘書さんの言葉に奥さんはまんまと乗せられたようだった。
奥さんも相当追い詰められているからな。
自筆の告白文が出てきてしまった以上、いくら「犯人による罠だ!」なんて喚いたところで信じてもらうのは難しい。
彼らは制止を振り切り、奥の書斎へと引っ込もうとした。
秘書さんの狙い通りだ。
だが少しばかり流れが強引すぎたな。
失礼、と言って彼らを遮ったのは降谷さんであった。
「犯人の次の狙いが貴方だということは、わかってらっしゃいますよね、奥さん」
「……!」
「書斎に篭られるなら、まず警察による書斎の調査を終えてからにしましょう?万が一、毒が仕込んであっては死んでしまいますから」
「ッ、勝手にしてちょうだい!」
降谷さんはニコニコと「目暮警部、お願いします」と目暮警部に一礼した。
目暮警部は動揺しながらも部下を引き連れて書斎へと入室していく。
警察の見ている前で殺人なんて起きたら普通に大失態だからな。
やって損はないということなのだろう。
服部君がそっと目暮警部に耳打ちする。
「ちょい俺も気になることあるから中見せてくれへんか。中で仕事しようとしてたみたいやし」
「はぁ。構わんが」
容疑者たちをリビングで待たせ、警察官が書斎を調べていく。
すぐに錯視を利用した罠に探偵達は気づいたようで、国語辞典に仕込まれた毒は速やかに白日の元に晒されることとなった。
結果、そこから秘書さんの指紋が発見され。
毒の成分もバウムクーヘンにかかっていたものと一致したため、言い逃れできない状況が完成。
殺人、および殺人未遂の犯人として秘書さんが逮捕されるに至ったのであった。
帰り道。
もう時刻は深夜だ。皆眠いのか動きも鈍く、のろのろとハイエースに乗り込んでいく。
運転は俺。いつも通り車を魔術でSF仕様にしてハンドルを握る。
助手席に座ったコナン君が、視線を下げたまま俺に問いかけた。
「黄衣さんはさ、魔術で他人の指紋を物に貼り付けたりとかできる?」
俺の細工はあっという間にバレてしまっていたらしい。
そりゃそうか。
慎重な犯人だったのに、あんなに派手に指紋を残すはずないんだし。
俺はぼんやり前を見て、駐車場から車を発進させた。
「……できるよ」
「そっか。これからはやらないでね」
俺はコナン君の方を見ることなく、「わかった」と答えた。
降谷さんがスマホで何やら確認しながら、特に感情のこもらない声でこのように口を挟んだのだった。
「それは困る。黄衣君に違法捜査させづらくなる」
「安室さんは自重して」
・探索者、諸伏高明
新進気鋭の探索者。
いつも公安の先回りをして怪異を爆破して華麗に去っていく。
降谷さんの最近の胃痛の種。
生命力や危機察知能力はイマイチだが、怪異の真相と正解を瞬時に悟る能力が魅力。
そのうち現場でジンニキに会うかも。
・ジンニキ進捗
熟練探索者。前回より引き続きナマズと対決中。
並行して近隣の村で聞き取り調査をした結果、生きて帰ってきた事例を確認。
村人は「祖父が戦時中、あの炭坑跡地に隠れた人の中で唯一生き残った」と証言した。
幾度も空襲があったので服が焼け、唯一丸裸で坑道に入ったのだという。
火傷と寒さに震えて一夜を過ごし、出てきた時には既に皆死んでいたという。
こんな山奥を幾度も米軍が空襲した理由は不明。
試しに下っ端の服を剥いで丸裸で突入させたところ、最奥の扉まであっさりと辿り着いた。
木箱を持って帰ってきたのでそのまま開けさせれば、中には木彫り仏の一部が入っていた。
順調すぎる。
嫌な予感がして、突入させた下っ端を組織の息がかかった病院に突っ込んだ。
下っ端は正気だったが、中はナマズでいっぱいだった。
その場で下っ端を処分し、ナマズも全て駆除した。
乱戦中偶然卓上にあった薬剤がかかり、ナマズに薬剤の効果があることが判明。
坑道を封鎖して気化した薬剤を散布。
一旦沈静化を確認した。
村人の感染が気がかりだが、ひとまず当時の生き残りである男性の血族を全て始末して、「寒村で起きた大規模火災」として処理するに留めた。
疑わしきは罰せよ、である。
・ニャル谷さん評価:B
鮮やかな解決お見事。できる限りのアフターケアもしているようで何より。
少し組織の力に頼り過ぎですが、これくらいなら許容しましょう。
一般人の殺害に関しても、残念ながら血族は重度の感染媒体でしたし、対応は間違っていません。
実は小部屋の壁面にはよく調べるとナマズ完全退散のヒントと発生経緯が隠されていました。
回収できればもっと盛り上がったかもしれません。
次の探索も期待しています。