東京サミットまであと一週間。
統合型リゾート「エッジ・オブ・オーシャン」にやってきた降谷は、静かに外周を検分した。
周囲は公安の人間が取り囲み、ものものしい空気に包まれている。
エッジ・オブ・オーシャンは東都の埋め立て地に作られており、2本の橋で本土と繋がっている。
現在は安全のため封鎖されており、車で入る手続きが煩雑で面倒だったため、降谷は今回「飛んで」入ってきたわけだが。
一通り周囲を確認してから、内部へと入る。
館内に入ってすぐ、部下を伴ってエレベーターで上がってきた風見の姿が見えた。
降谷はそこへ表情を鋭く近づいた。
「風見、少しいいか」
「降谷さん!この件に貴方は関わっておられない筈ですが、何故こちらへ?」
「少し気になる点があってな。予定はなかったが、寄らせて貰ったんだ」
書類を手渡し、口を開こうとしたあたりで、降谷は妙な音が聞こえることに気がついた。
何か、ねっとりして重いものが漏れているような、微かな音が耳に響いたのだ。
音は下、地下からしているように聞こえる。
音というより気配に近い、不思議な感覚だ。
降谷は眉間に皺を寄せて「なんの音だ?」と周囲を見渡して問いかけた。
風見は困惑した顔で首を傾げて、「音?なんのことで」まで言ったのは確かだった。
風見が言い終わる前に、それは起こった。
まず、チカっとした閃光。
追って爆音。
最後に凄まじいまでの衝撃と熱が、遅れてエレベーターの昇降路から爆発的に一階部分に広がった。
降谷は閃光が見えた段階で、反射で風を展開した。
恥も外聞もなく必死で本性をあらわにして、風を通じて建物内にいる全人員の位置を把握。
コンマ秒以下で風の防護壁を作り上げたのだ。
轟音と共に、驚いた風見達が身を屈めるのが見える。
自分と一緒にいた風見達と、外の人員は感触的に無事のようだ。
だが地下階にいたメンバーは間に合わなかった。
降谷が閃光を見てから動いたため、風で包むのが間に合わなかったのだ。
爆発の熱と衝撃をもろに受け、既に風の中で息のない者、激しい全身火傷で呻いているものが風越しに感じられる。
流石に、エッジ・オブ・オーシャンの建物自体を守る余裕はなかった。
爆風が窓ガラスと家具とを破壊し、炎と煙が一階にも充満し始めている。
早く避難する必要があるだろう。
降谷は激情を抑え、本性を出したまま人の声を出すよう努めた。
【怪我はないか、風見】
「はい、こちらは何も…一体何が起こって…、ッ降谷さん、その姿は!」
【下階で爆発があった。被害多数。失態だ】
「そん、な…奥のメンバーは」
遅れて状況を理解したらしい風見が顔を上げて青ざめた。
黒い煙のせいでもうほとんど視界がない。
そんな中で風見達がむせることなく呼吸できているのは、降谷が風を回して一酸化炭素他有害物質を除去しているからだ。
日頃の地道な練習もあり、疫病に関しても完全にコントロールできている。
だから風見達が病呪により死ぬことはない、が。
本性を解放し、開放感が全身を満たしている。
気分が高揚して落ち着かない。
こうしてみると、普段人形としてどれほど窮屈に過ごしているかを感じてならない。
意識して人間として声を出さなければ、人の言葉すら喋れない高揚感に苛まれる。
降谷は顔面蒼白の風見に、静かに返事した。
【俺が炎に気付いた瞬間に風を巡らせたが、既に内部は爆風でやられていた。風で保護はしたから一酸化炭素中毒でやられることはないが、今から病院へ運んでもおそらく助からないだろう】
「…ッ!」
【ともかく俺が煙と炎を押し留めるから、外の人員と一緒に地下にいる者達を一刻も早く救助してくれないか】
消防の到着を待った方が後々面倒はないが、公安のメンバーでなら、風での救助をしても簡単に口止めが可能だ。
今は一刻も早く中の重症者を助けるのが優先される。
「分かりました!すぐ向かいます!」
風見は隣の部下を助け起こし、外で慌てふためく人員8名を招集した。
降谷はその間身体を空気に溶けさせ、煙と炎を抑えることに集中する。
また、いくらか崩落の危険のある箇所もあったので、風で暫定的な補強もしておいた。
風を揺らし、風見の耳元のみ「気をつけろよ」と声をかける。
爆発で崩れかかった建物中に部下を無装備で突入させるなど、降谷としても不本意だ。
同時に救急と消防にも連絡を入れてあるので、彼らの到着前に終わらせる必要がある。
黒く色づいた風の塊を矢印の形にして先導していく。
風見の部下の一人が慄くように身を固くしているのを風越しに感じる。
「風見さん、これは…まさか怪異対策課の、」
「緊急事態だ。危険はない」
風見の言葉に、部下達は皆息を呑み警戒を露わにしているようだった。
あれほど緘口令を敷いているのに、もう怪異対策で起こった悲劇が噂として漏れているらしい。
これには降谷も若干苦々しい思いを隠せなかった。
機密とは外部には決して知られてはならないから機密であるのに、何たる口の軽さ。
帰ったらメンバーを引き締め直さねばなるまい。
救急と消防が到着する頃には、無事全員を地下から救助して外の地面に転がすぐらいはできていた。
残念ながら、外に運ぶ段階で幾人かは既に息絶えていた。
特に爆発のあったキッチン周辺の警備をしていた人間がそうだった。
中には見知った顔もあって、やるせない思いが去来する。
風見は随分と憔悴しているだろうに、それを見せまいと必死で取り繕っているようだった。
空はもうもうとエッジ・オブ・オーシャンから立ち上る煙で黒く染まっている。
この分では、TVカメラが来るのも時間の問題だろう。
降谷の姿を見られるわけにはいかないし、もう力を使う必要もないので人の形を取り直す。
そして風見に声をかけた。
「監視カメラの映像に手を入れろ。黒い風が映り込んでいる部分を早急に削除する必要がある」
「ッ、わかりました。今すぐに作業に取り掛かります」
「人員の救助は消防に任せるとして、統率はお前に任せた。俺は上に掛け合って事件化を進める」
「事件?まさかこれは事故ではなく、何者かによる事件だというんですか!?」
降谷は少しだけ迷って、「その可能性が高い、というだけだ」と答えた。
風の流れからして、爆発の大元はキッチンだ。
ガス漏れの可能性も大いにある。
が、ガス線はネットで開け閉めできる最新型のもので、エッジ・オブ・オーシャンのネットが開通するのが今日であった。
だとしたら、悪意が介在している可能性は否定できないだろう。
降谷はスーツから煤を払い、背を向けた。
「そろそろ俺は行く。あとは頼んだ」
「っ待ってください降谷さん!いま道は規制中で、おそらく簡単には通れませんよ!」
「問題ない。車は使っていないからな。くれぐれも抜かるなよ」
風に体を霧散させる。
そのまま一定程度希釈させれば、無色透明。
不可視の状態で風に乗って高速で移動できるというわけだ。
身体を空に踊らせ、宙を泳ぐように無形のナニカとして東都の空を進んでいく。
ああ、不愉快だ。
いるかもしれない爆破犯も、何もできなかった己も、なにもかも。
この国は俺のものなのに、どうしてこうも愚かな羽虫が湧くのか。
眼下に東都湾と、広大な海原とが広がっている。
空は高く、風に紛れた体は軽やかだ。
すこし降谷が手を振るうだけで、きっとこの国は脆く崩れ去るだろう。
ならばこそ俺が守ろう。
永劫の果てまで続くよう、那由多の先まで在り続けられるよう。
管理して支配して、古の楽園に似た幸福を、大切で大切なこの国の人々に提供してみせよう。
そのように、降谷はそっと空に祈った。
・ジンニキ進捗
見つけた木彫り仏の一部二つを組み合わせようとするも、うまくいかない。
寄木細工のようにパズルになっているようだ。
三つ目はとある公民館の井戸のようだ。
古民家を改装して作られた市民館で、そこにある井戸に刻まれた絵が、絵巻物に書かれたそれと一致した。
絵はどう見てもイカに見えたが、そこは海に隣接した地域ではない。
現地へ行くと、着いて早々地震があった。
この地域は昔から微弱な地震がとても多いそうだ。
村は昔から鉄鋼業が盛んで、まだ細々と続いているらしい。
問題の古井戸を見たが、外見状は普通の井戸に見えた。
井戸の縁にイカの絵が彫ってあるだけで………。
ジンは気がついた。
もう触るものがいない古井戸と言っていたのに、この井戸は丁寧に整備され掃除されている。
思い返せば、村人の様子もどこか嘘と欺瞞の香りに満ちていた。
・降谷さん
降谷さんなりに日本をめちゃくちゃ大切に愛している。
ちょっと愛し方がニャルっぽいだけで。
部下が傷付いて割とおこ。
つきましてはジンニキを酷い目に遭わせようと画策している。
・諸伏さん
そこにダイナミックエントリーを仕掛けようとしている暴走特急。
変な火災現場に連続して現れた銀髪の男を夜な夜な探し回って大和警部にぶん殴られそうになってる。
銀髪の男は変な仏の彫り物を見せて「これに見覚えはねぇか?」と聞いていたらしい。
青仏は日本だけでなく世界的に見られるものだ。
一般的にそれらは苦しむ衆生、特に病に苦しむ人々を救うため現世に現れると言われている。
だから日本にも青仏はいくつもあり、中には国宝に指定されている仏像もあったはずだ。
また、チベット仏教では「エメラルド・ラマ」とも呼ばれ、悟りに悩む修行僧の前に現れ教えを授けるのだとか。
何故その銀髪の男は青仏を見せて回っているのか。
何かあるのか。
高明は目を細め、少し調べてみる価値がありそうだと思案した。