降谷さんがやってきたのは、お昼頃のことであった。
開口一番、「エッジオブオーシャンのニュースは見たか?」と言って降谷さんは俺たちを睥睨した。
そしてソファにどかりと腰を下ろし、やや疲れた様子で腕を組む。
俺は昼飯の諸伏さん手作り焼きそばを貪りつつ顔を上げた。
「見たぞ。派手に爆発してたやつだろ?何かあったのか?」
「テロの疑いがあるため、公安の方で事件化を狙っている」
これに驚いたのはコナン君だ。
まだニュースでも調査中としか言っていなかったし、身を乗り出したようだった。
「どういうこと?」と真剣な眼差しを向けている。
降谷さんが手に持っていた資料を卓上に広げる。
俺はあわてて焼きそばを退避させた。
「爆発のあった部屋は、インターネットを介してガス栓の開け閉めができる機構があった。爆発があったのはエッジオブオーシャンのネット開通初日だ」
「……それは確かに凄く怪しいけど、事件化するにはちょっと弱いかな」
「ああ。それは課長からも言われてな。暫定で『犯人』をでっち上げようという話になったんだが、釈放後も騒がない犯人役が中々捕まらないんだ」
汚い流石公安汚い。
降谷さんが「うーん」と唸りながらゴキゴキと凝り固まった肩を鳴らした。
「まず真っ先に黄衣君が思い浮かんだんだが、やはり黄色の印の兄弟団と今ギクシャクするのはまずいからな」
「うん……たぶん聖戦になるネ……」
とんでもねぇ泥沼になること間違いなしである。
兄弟団のテンションだと、もう神は無実だを通り越して「エッジオブオーシャンの爆破は神による決定であり正しい運命だ」とか言い出しかねない。
降谷さんが不服そうに鼻を鳴らす。
「次にヒロだが、本名であろうと潜入用であろうと、マスコミに深掘りされると困るだろう?」
『確かに小学校の頃とかまでは偽装してないから、ボロが出そうな気はするな』
「とするとどうもな……」
重いため息が自然と漏れる。
そこではっと気がついたように降谷さんが「そうだ、毛利探偵というのは」と途中まで言ったところで、コナン君がギロリと睨んだ。
「ダメ」
「彼は元刑事だろう?その辺しっかり弁えているし、ビルの定期収入もあるから逮捕中仕事ができなくても問題ないし」
「本気で蹴るよ」
キック力増強シューズをパチパチ言わせ始めたので、降谷さんもしょんぼり引き下がった。
どの角度から見ても良いわけないんだよなぁ。
本当に汚ぇ公安である。
そこで俺はふと思い立って、明るい声を出した。
「ニャルを使うのはどうだ?あいつ今無職の不法入国者扱いだろ?」
「なんて恐ろしいことを考えるんだ君は。命が惜しくないのか」
降谷さんに凄まじいドン引きの顔をされてしまった。
もはや「祠壊すんかお前!」の顔である。村の古老でももうちょっと穏やかな顔するぞ。
諸伏さんもコナン君も激しく頷いて否定をあらわにする。
俺は悔しくてつい言い募った。
「で、でもニャルも逮捕されるのは物珍しいだろうし、ちょっとぐらいなら付き合ってくれると思うぞ?」
「ならそのちょっとが過ぎた後どうなるんだ」
「……警視庁は……灰燼に帰すね……」
声は尻すぼみに消えていった。
そうだね……。
奴はメチャクチャに飽きっぽいから、長時間の取り調べの間我慢が続くとはとても思えない。
ただ警視庁が爆破炎上するなら幸運だろう。
たぶん逮捕半日で警視庁は日本に出来た最初のダンジョンと化し、定期的に内部から怪異が流出する惨事となるのだ。
俺は「だめかー」とがっくりと肩を落とした。
降谷さんが大きくため息をついて「見えている核地雷を踏もうとしないでくれ」と俺に釘を刺した。
すまんやで。
コナン君がふうむと考えるような仕草をした。
「僕、っていうか工藤新一は?丁度いないし」
「流石に日本の未来ある若者をこんなことに使う気はないよ」
『ゼロに…良識がある…だと…!?』
そのまま降谷さんに素早く羽交締めされた諸伏さんが机を激しくタップしている。
確かにこの頃すっかりニャルらしくなってしまったし、意外に思うのも仕方あるまい。
降谷さんはむすっとして「君、何か文句でもあるのか」と俺を睨みつけた。
何でもないっす。沈黙は金である。
煮詰まる空気に、俺は仕方なく最終手段を取ることにした。
「んー、じゃあ適当な犯人を作るか?」
目を丸くする皆の前で、ピンと人差し指を立てて仮顕現を設定する。
仮名は小翠リャマぐらいでいいか。
アルパカっぽくて可愛くて良いと思われる。
今の俺は男だし、せっかくだし女性のアバターにしよう。
残念ながら中身は俺だが、VRでも元来男は女性のアバターを使うと言うし。
よいしょ、と触手の先をもう一本、爪の先ほど現世に出して化身エメラルド・ラマの姿へと変化させる。
ボロボロの緑のローブを着た僧侶だ。
目に毒なので、軽く御簾も一緒に出現させて覆うこととする。
次に「ゴルゴロスのボディ・ワープ」を発動。
降谷さんが誰かに呼ばれたみたいな反応で左右を確認した。
これはニャルラトホテプの力を借りているから、それに反応してしまったのだと思われる。
同時にヴーっとスマホが鳴った。
見ると、メッセージにニャルから「がおー!」とゆるい絵柄の虎が吠えるスタンプが送られてきていた。
「サンクス!」とひよこが言っているスタンプで返信しておく。
こんなの念話でもよかったはずだが、ニャルとしては今朝交換したアドレスを使いたかったらしい。
多分そのうち飽きて俺の脳内に直接「がおー」のスタンプを送ってくるのだろうと思う。
最後に、不要になった御簾を消去して完成だ。
そこには、黒い髪を結った、20代後半ほどの日本美人が一人佇んでいた。
たおやかな立ち姿。すっきりと優しく結い上げられた髪型。
タレ目ガチの目元と白い肌は和服が合いそうだ。
「俺の化身、小翠リャマだ。どうだ、可愛かろう?」
俺が胸を張れば、コナン君が「名前本当にそれでよかった?」と突っ込んだ。
江戸川コナンのネーミングセンスに言われる筋合いは無いわい。
降谷さんがまじまじと化身を見つめて、酷く納得したように頷いた。
「黄衣君、凄まじくセンスが良いな。学生時代の俺なら一目惚れしていたところだ」
『ゼロのタイプは大和撫子だもんな』
「松田にはオバさん趣味とか悪口を言われたが、やはりこの日本の雰囲気がな、心にグッとくる」
『松田これ処されたやつじゃん。殴り合いになってないよな?』
「俺が勝った」
『ゼロ』
諸伏さんは頭が痛そうな様子になった。
大層ご満悦らしく、降谷さんは舐るように化身を見ている。
流石にちょっと居心地が悪いのだが。
「その、あまり見ないでくださいませんか?」
化身に喋らせれば、降谷さんは「おお!」と感嘆の声を上げた。
「声まで麗しいな。そろそろ年齢的に身を固めておきたい所だったんだ。人格も無いしちょうどいい。俺が貰って構わないか?」
「ダメですけど!?」
『ゼロ、女嫌いなのは分かってるけど発言が地雷男過ぎてどうフォローして良いかわからない』
直後にコナン君が一言、「不潔……」とつぶやいたため、邪悪な地雷男の化身は一撃KOされた。
純粋な青少年のストレートな蔑みが降谷さんの胸を抉ったらしい。
当然なんだよなぁ。
そのまま食べ終わった焼きそばの皿を片付けながら、化身の前に立った。
軽く化身を操作してコナン君の頭を優しく撫ぜる。
「これ黄衣さんが動かしてるの?」
「そうだよ。パペット二つにした感じ。別に自立稼働させても良いんだけど、どうも肌に合わなくてな」
化身と言えば、普通はニャルがやっているように自我を付与するものだ。
でも俺の場合人だった頃の名残で、なんとなく別人格を作る気になれない。
離れたところからでも魔術で自由に動かせるし、ある程度のプログラミングも可能だ。
当面はそのまま自我無しで動かせばよかろう。
「次は戸籍と人物設定だけど──」
『あ、それならこっちで用意するよ。なあ、ゼロ』
「そうだな。今後利用しやすいように設定を調整していきたい。一時的にこちらで預かって良いか?」
「了解、頼んだ」
確かにせっかく作ったのにただの冤罪被害者で済ますのは勿体無いしな。
降谷さんと諸伏さんが相談し始めたので、残された俺とコナン君はフリーになった。
あとは爆破事件の調査の方に手をつけるべきだろう。
コナン君が大きく伸びをして俺に笑いかけた。
「黄衣さん、PC系得意だったよね。ガスの元栓のアクセス履歴を調べとかない?」
「流石にもうネット閉じられてるだろうし、ここからじゃ無理だな」
「ならエッジオブオーシャンに行こっか。僕も調べたいこともあるし」
そこまで話すと、降谷さんがこちらを見ないまま声を上げた。
「それなら風見を付ける。まだゲートウェイも中継したルーターも回収していないし、君の方で一度確認してくれ」
「オーケー。ならデータ出しとくよ」
「助かる」
そうと決まれば、向かうはエッジ・オブ・オーシャンだ。
コナン君と頷き合い、俺たちは事務所を出立したのであった。
・小翠リャマ
新しい化身。エメラルド・ラマ。
たおやかな女性で、どこか人を惹きつける魅力がある。
知識欲が強く公式心旺盛な人、INTが高い人ほど強く惹かれてしまう。
ただし中身はハスター主なので残念さは据え置きなので、夢から覚めるのも早い。
本来は歴史に時折現れる「探索者」と呼ばれる人種の人間に加護を与えるために作られた化身。
ヒーラーとしてさらっと探索に混じるために作成され、「医学」「応急手当て」「精神分析」などを持つ。