大まかに降谷さんから話を聞いて、俺はひとまず頷いた。
話の内容は小翠リャマの今後の扱いについて。
「なるほど、要は公安の協力者として少々特殊な形で運用したい、と」
「そうだ。今後はできれば幅広く魔術を用いた作業もしてもらいたいと思っている」
この国には、怪異以外にも厄介な魔術師の団体がいくつか存在している。
そうした中には不法に人々を誘拐して生贄としたり、邪悪な儀式で近隣に被害を与えたりするもの達もいるのだ。
公安としてもそれを放っておくことはできない。
小翠リャマにはこれら団体内部に潜り込み、調査を行なってほしいと。
概ねそのような内容の話であった。
「できそうか?」と降谷さんが俺に問いかけてくる。
俺は「勿論」としっかりと頷いて見せた。
「問題ないよ。そうだな、そういう運用をするなら少し中を組み換えようか。腕利き魔術師が調べても、これが俺の人形だとバレないように」
「!その懸念は課長も話していたが、可能なのか?」
「勿論。俺の体との接続をギリギリまで薄めて、仮想魂魄に内部魔術を詰め込んで。うん。できるな」
せっかくだし、目の前で組み換え行ってみようか。
化身を立たせその周囲にまた御簾を出現させる。
この御簾はSAN値チェックを抑える効果があるだけではなく、内部情報をあやふやにする効果もある。
中に入っているものをよくわからなくする、と言うべきか。
黒田理事官がじろりと御簾を睨みつけた。
魔術を編んで、擬似的な魂を作成していく。
魂の中身は自律可動のためのプログラムを詰め込んだ。
外部からは普通の魂にしか見えないが、実態はよく出来た人型ロボット、みたいな感じだ。
それが終わったらギリギリまで触手を切り離し、俺とのつながりを薄くする。
処置を終えたら御簾を取り外して完成である。
化身の口で、たおやかに口元を隠しながら語ってみせる。
「これでいかがでしょうか。おそらく君永さんから見て先ほどまでは私がエメラルド・ラマであることは自明だったと思われますが」
「……はい、神よ。今のあなたの御姿はただの人にしか見えません…!」
「良かった。これなら捜査に支障はなさそうですね」
にっこりと柔らかく微笑めば、降谷さんが胸を押さえて「うっ!」と声を漏らした。
そんな言うほどどストライクなの?
逆に任せるの不安になってきたのだが。
降谷さんは真顔で頷いて口を開いた。
「可憐だ……ではなく。ゴホン。魔術組織対策は怪異の厄介さと人の悪意の入り混じった、最も難易度の高い脅威だ。そこに君の力を借りられるのは望外の幸運と言えるだろう」
「今色ボケてなかった?」
「今後、小翠リャマは東都で生まれ育ったデザイナーとして、都内のSの息がかかった会社に勤めていた設定とする」
俺のツッコミを全然聞こえなかったものとして降谷さんが言葉を続ける。
別に良いけど不安が加速するんだよな。
部屋の空気はまだシリアス臭いし、仕方ないので俺も本題を続けることにする。
「デザイナーって、俺デザインのことは殆ど無知だぞ?」
「今回の逮捕時での設定のみに留めるから問題ない。警察側の推定した犯行理由を『自らのデザインが採用されなかったため爆破を思いついた』とするだけだからな」
「なるほど。凄いラディカルなデザイナーだ…」
「無罪放免後はデザインの道を諦め、ほそぼそとプログラミング教室の講師をして生計を立てているとする予定だ」
「あ、そっちなら俺も分かるし助かる」
この化身は人形だし、実際生計が立てられるほど収入がなくても問題ない。
自由時間も多いだろうし、各地に潜入しに行くにはちょうど良いだろう。
降谷さんが不自然に咳払いした。
「また、デザイナー時代に知り合った探偵・安室透とは婚約関係にあり、休日に二人で出歩く姿が」
「待った待った待った誰が婚約関係やねん!!!」
「だがこうすることで事件調査諸々のため頻繁に探偵事務所に出入りしても怪しまれなくなり、効率的だ」
澄ましこんで堂々としているが、普通に私情にバリバリである。
俺のギロっとした視線をまるで無視して、降谷さんが陶酔したような息を吐く。
「せっかくだし婚約指輪も作りたいところだ。僕の虫除けにもなるし。写真も待ち受けにしておこう。この間無礼な女に勝手にスマホを触られたから、こうしておけば威嚇になるだろう」
「最早私情しか感じられない件。ナニコレ、俺はどういう顔して化身を操作すれば良いの?」
なお、隣に座る公安信者さんの歯軋りが先ほどから凄い音量でこちらまで聞こえてきている。
睨み殺すかのような視線を降谷さんに向けているが、降谷さんには何の効果も無いようだ。
降谷さんはウキウキと今後に思いを馳せている。
あまりに強い。
ちなみに諸伏さんは静かに気配を消していないふりをしている。
心なしか実体化も解け、透明に霞んで見える。
触らぬ神に祟りなし、ということなのだろう。
一部始終に全然興味なさそうな黒田理事官が、ぽつりと迷惑そうに言葉を発した。
「降谷、話がズレている。本題に戻れ」
「っ失礼しました」
お、降谷さんがピンと姿勢を正した。
流石だ。出会ったばかりの黒田理事官への尊敬の念が湧き出してくる。
その後の話は、逮捕後の動きが大部分だった。
まずは用意した仮の住まいを警視庁に家宅捜索させる。
その後公安にて逮捕。警視庁で取り調べを受けて送検。
弁護士は公安の方からつけてくれるらしい。
調査が長引けば裁判まで行われる予定とのこと。
「できれば、裁判までには決着をつけたいが…どうなるかは未知数だな」
「神よ。不出来な我々をお赦しください。マスコミに規制をかけ、可能な限り汚名を被らないようにこちらにて努力いたします」
「いやいや、そんな気にしなくて大丈夫だよ。そのために作った化身だし、これが警察の助けになるなら安いものさ」
「おお、偉大なる神よ…!」と公安信者さんが感動の涙で頬を濡らした。
テンションに異常を抱えている人しか居ないのかこの空間には。
一通り話話を終えた頃には、既に夜もかなり更けた時間帯であった。
今から帰っても家には俺一人だし、少しばかり寂しい気もするが仕方あるまい。
解散、ということで一旦お開きとなった。
黒田管理官は予定が詰まっているのか、「先に行く」と言い置いてすぐに部屋から出ていった。
もしかしたらこの変な空間に迷惑していたのかもしれない。
申し訳ねぇ思いでいっぱいとなる。
とと、忘れるところだった。
軽く化身の操作プログラムのマニュアルを整理して、紙に魔術で印刷する。
出来上がったマニュアルを、諸伏さんと話し合っていた降谷さんに手渡した。
「これ。手を引く以外にも手招きすれば近寄って来たり、笑顔を向ければ微笑み返したり色々暫定的に機能をつけといたから。俺なしで化身を動かしたい時は使ってくれ」
「助かる。どれどれ」
降谷さんが席を立って化身の前まで行き、ニコッと安室透的笑みを見せた。
化身もそれに合わせてふわりと優しく微笑み返す。
降谷さんは無言で化身の手をねっとりと撫でた後、色っぽい仕草で手の甲にキスをするなどした。
諸伏さんが「ゼロ……」と悲しい声を出している。
最早不安しかない。
俺は覚悟を決めて釘を刺すことにした。
「なあ降谷さん。最低限の話だけど、気が付いたら化身がベッドに連れ込まれてたとか無いようにしてくれよな」
降谷さんはきょとんとこっちに振り返り、何を言っているかわからないみたいな顔をした。
「……?安室透とは婚姻関係にあるわけだし、とするならやることは一つだろう?」
「このヘンタイ野郎ッッッ!!お巡りさんこいつです!!」
「お巡りさんは俺だが」
堂々とする降谷さんの後ろからヌッと立ち上がる、ドス黒い殺意を纏った公安信者さん。
瞬時に発射された「ニャルラトホテプの退散」を物理でかわしきり、降谷さんは俺の後ろに隠れて満足そうな顔をした。
公安信者さんは大量の魔術を装填してごうごうと燃える瞳で降谷さんを睨みつける。
「冗談だ。営みは愛を重ねた先にあるものだ。まずきちんと小翠さんと愛を育んでからと決めているさ」
「降谷ァ……身の程を弁えろよ……」
「まず、そうだな。ゆったりとデートと行こう。俺の手料理も食べてもらって」
「至高の神に……なんたる無礼……私が直々に打ち果たし、その臓物を晒してやる…」
やめて!!!俺のために争わないで!!
ひとまず降谷さんには渾身のオリジナル魔術「魂の撃滅」を拳に纏って腹に一撃入れる。
ドゴ、と俺の拳が無防備な降谷さんの腹にめり込む。
降谷さんは目をひん剥き、脂汗をかきながら七転八倒して床に転がった。
手加減はした。だが悪は滅びるべきだろう。
そして公安信者さんの装填中の魔術へ干渉し、全部霧散させた。
それを全て解放した場合この会議室はチリになるからな。
流石に事案すぎるだろう。
そのまま「悪は滅びた、オーケー?」と恐竜を宥めるような仕草で話しかける。
公安信者さんは素早く床に五体投地し、「神よ…おお…!」と号泣した。
降谷さんは床でまだ痙攣している。
少し強すぎたかもしれないので、軽く治癒をかけた。
復活した降谷さんが生まれたてのバンビみたいな足取りで立ち上がって震えている。
「ほ、本気で殴る奴があるか…!?死ぬかと思ったぞ!!」
「昨今ハラスメントは厳罰化されてきてるから。ばちが当たったんだよ」
「そのばち物理的な威力が凄くなかったか?」
「化身に変なことしたら次は北斗百裂拳だからな」
「なんかかっこいい必殺技名までついてるのか」
降谷さんに突っ込まれて、おれは一瞬ふむと訝しむ絵文字みたいな顔になった。
そうだった、この世界に北斗神拳は無かったね。
なんにせよ降谷さんが変なことしたら次は必殺技が火を吹くことには違いあるまい。
「俺、帰るな。あと化身には接触禁止」と言い置いてラオウのように堂々と背を向ける。
話しかけてくるものはいなかった。
ただ背後で「ゼロ、後で黄衣に謝ろうな?」と話す声のみが静かに聞こえていたのだった。
・魔術「魂の撃滅」
非実体の敵にも有効な、魂への直接攻撃。
ハスターによって作られた非常に純粋な攻性魔術。
普通に放てば星系内に存在する魂を全て粉砕する極大の呪詛となる。
が、調整すればニャルの化身を七転八倒させる程度に抑えることが可能な利便性を持つ。
この魔術により、旧支配者ハスターの怒りを買った深きものどもの母星は死の星と化した。
・ニャル谷さん
超痛くてちょっと反省した。
後で諸伏さんにこんこんと嗜められた。不服。
やっぱりきちんと手土産揃えて「お父さん、娘さんを僕に下さい!」って言うべきだったかななどと考えている。
本体とも話し合ったが、「何が悪かったのかわからない」と二人して首を傾げていたようだ。
・黒田理事官
純粋に迷惑してる。
でも冷静に考えたら元いた長野県警も大概ヤバかったので気にしたら終わりだと思うことにした。