翌日。
阿笠博士の家での解析の結果が出たらしい。
解析者は志保ちゃん。あの人も多才であることよ。
「現場には破裂したIoT圧力ポットがあった。たぶんガス栓を開けて部屋にガスを充満させた後、ポットを発火物にしたんじゃないかな」
「……なるほど。このことは公安には言ってある?」
「伝えたよ。公安部はアクセス元の特定を急ぐって」
とすると、公安部がアクセス元をどれだけ早く開示させられるかが肝になってくるだろう。
使われたシステムはNor。
まず犯人は日本から米国のNAZUを踏み台にしてエッジ・オブ・オーシャンへとアクセスした。
NAZUが踏み台にされていることまでなら、公安でも掴むことができるはずだ。
あとはそのことでNAZUを責めれば、NAZUも己の潔白を証明するため動くことだろう。
確かNAZUには匿名化解除のシステムがあったはずだから、犯人を特定するのもすぐというわけだ。
全ては公安部がNAZUへ辿り着くまでの時間との勝負となる。
コナン君が冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出してきて、ソファでぶらぶらと足を揺らした。
「小翠さんの方はどう?」
「そっちは順調。いま捜査一課が家宅捜索してる。今日の深夜に降谷さん達が急ピッチで用意してくれた部屋だけど」
「それ、周辺住民に聞き込み調査されたらバレない?」
「バレると思うけど、大勢に影響なしとして処理するんじゃないかな」
途中から公安で調査をぶんどるつもりらしいし。
指紋という決定的証拠を使ってゴリ押して捜査一課を黙らせるのだろう。
なんというか実に汚い感じである。
加担しておいてなんだが、めちゃくちゃ悪いことをした気分だ。
しかしながら俺の仕事は特に変わらず。
俺の分析データも渡したし、あとは通常通りだ。
高度なやり取りが必要とされる取り調べが始まったら、俺が手動で渡されたカンペ通りに受け答えする手筈になっている。
印刷したデータをパラパラとめくって事務処理を続ける。
コナン君も依頼されたコールドケースの推理をしようとしているのだが、どうも集中できないようだ。
「あー!もう!」と言ってコナン君が立ち上がった。
「ちょっと小翠さんのところに行ってくる。住所教えて」
「へ、良いけど何しに?」
「なんか全然推理のピースが集まらないから、気分転換に」
「了解。ほら、ここ」
途端にスケボーを片手に駆けていく後ろ姿を眺めながら、やっぱり若い力っていいよなぁ、とジジくさいことを思うなど。
その後の流れも案外早かった。
まもなく小翠リャマは逮捕され、取り調べを受けた。
エッジ・オブ・オーシャンに侵入した彼女は高圧ケーブルに細工をして、その指紋が格納扉に焼き付いていた、という設定だ。
公安刑事が変わる変わる同じことを形式的に聞いていく。
最初は俺がカンペを読んで答えていたのだが、途中からプログラムに切り替えて自動で応答するようにした。
こんなん8時間もぶっ続けでやってたら頭可笑しなるで。
一応弁護士さんも付いた。
橘境子と言って、どこか影のある女性弁護士だ。
ふわっとした敵意を隠すことなく俺に向けてくるので、どうにも苦手な印象を受ける。
送検され、検事も明らかになった。
地検公安部の日下部という人物らしい。
俺は魔術で解析したので知っているのだが、この人が今回の不正アクセスの真犯人である。
だというのにどうも事件に対する態度がやけに真摯だ。
小翠リャマの冤罪をなんとか覆そうと奮闘しているようにも見える。
そもそも優秀な検事として何一つ生活に不足していなさそうなのに、なぜ爆破事件など起こしたのか。
疑問が残るばかりである。
今日も警視庁に捜査の進捗を尋ねに、コナン君と一緒に訪ねていく最中である。
エントランスに入ると、忙しそうに警視庁から出ようとする高木刑事と遭遇した。
軽く高木刑事に挨拶すると、高木刑事は「あっ黄衣さん!」とパァッと顔を明るくした。
「またエッジ・オブ・オーシャン爆破事件の調査ですか?」
「ええ。所員の恋人が関わっている事件ですし、俺も気になって」
「え!?小翠リャマとですか!?一体どなたが!?」
あわわわわ、と高木刑事が顔を赤くして慌て出した。
そういや最低限コナン君には伝えたけど、公言はしてなかったか。
言うべきか言わざるべきか若干悩む。
降谷さんのことだし、あまり大っぴらにしないほうが良いからな。
などと考えていたら、いつのまにか背後に立つ人物が一人。
「僕ですよ、高木刑事。僕が彼女の婚約者です」
「っ安室さん!!」
胸にビジターカードを付け、どこかラフな服装をした降谷さんが小首を傾げて笑っていた。
なるほど、今日の情報交換会に降谷さんも出席するのだろう。
安室透のふりをして警視庁に出入りしていたと言うわけだ。
高木刑事が目を白黒させて聞き返す。
「え、それほんとですか!?対象に肉親はおらず、親密な関係の人間も居ないと聞いてましたけど!?」
「はは。彼女も照れ臭かったのかもしれませんね。僕も忙しくてそう会えていませんでしたし」
ごく自然に恥ずかしそうな様子を見せる降谷さんに、「そ、それは…愛する人がこんなことになって…その、なんとお言葉をかけて良いか」とひどく申し訳なさそうな顔をした。
高木刑事、良い人すぎる。
降谷さんは柔らかく笑って「それで、何か分かりましたか?」と聞き返した。
ピシッと気合を入れたらしい高木刑事が、それでも進捗なしであることに落ち込んだように眉を下げる。
「いえ……起訴が決まったぐらいで。ただ、日下部検事が追加の捜査を求めたらしいですね」
「追加の捜査?」
「詳細は僕も分からないんですけど、何か引っかかったところでもあったんじゃないかと」
降谷さんがするりと目を細めて、何か考え込む仕草をした。
「あっ、そろそろ僕も捜査があるので!では!」と言って高木刑事が駆けて行く。
すると、入れ違いで風見刑事が入り口を潜ってくる姿が確認できた。
その袖口に一瞬キラリとなんか付いているのがチラッと見えて、俺は思わずコナン君を凝視した。
あれは間違いなくいつものコナン君の盗聴器!
コナン君が目を逸らした。
「き、昨日トイレで会ってさ。なんか聞こえないかなーって」
「通り魔か何かかな?」
ちなみにこのノリで俺も三度ほど仕掛けられたことがある。
マジでいつのまにか仕掛けてくるので、これをかわす事は不可能に近い。
降谷さんもじとっとコナン君を睨みつけた。
「容易く仕掛けられた風見にも非はある。だからあのままでいいけど、不要不急の盗聴は控えるように」
「はーい」
風見さんを見送ったあと、わざと時間をずらして上階に上がる。
会議室に入ると、そこには風見さんと部下数名が既に席についていた。
降谷さんと俺たちも座る。
ピリッとした空気の中、降谷さんがゆったりと口を開いた。
「それで、進捗はどうだ?」
「はい。ようやく不正アクセスの元が特定できました。………米国NAZUが、アクセスの発信元でした」
「なに?」
降谷さんが眉を吊り上げた。
コナン君もすぐに見当がついたのか、「踏み台にされたのか?」と小さく独り言を漏らしている。
「その可能性は高そうです。ただ、昨年の不正アクセスを受けてNAZUもセキュリティを強化しており、協力を依頼すれば大元を辿るのは容易になるでしょう」
「道半ば、というわけか。だがこれで不正アクセスの証拠も揃った。小翠リャマをこれ以上拘束しておく意味もない」
「では、こちらで釈放の手続きを進めておきます」
実に淡白なやり取りだ。
俺も疑問点が出てきたので恐る恐る質問する。
「あ、なら釈放後の小翠リャマは貰ったマンションに置いておけばいいか?」
「そうだな。適度に生活感を持たせられるとなお良いんだが、そこまで高望みはしないさ」
「オッケー。近いうちに日常生活プログラムを更新しておくよ」
そう不自然じゃない程度のルーティンをこなすよう設定しておこう。
風見さんがなんとも言えない表情で眉間に皺を寄せた。
「取り調べの様子は私も確認しましたが、生きている人間にしか見えませんでした……。あれが単なる人形というのは、今をもって信じられません」
「そりゃフレッシュミートでできた暖かい人形を俺が直接操作してるんだしな。分からなくて当然だよ」
「………」
風見さんは悍ましいものを見るような表情で黙り込んでしまった。
許せ…こんな妙なタイミングでSAN値チェックをさせる気は無かったんだ…。
コナン君が降谷さんへと静かに声をかける。
「ねえ、安室さん。安室さんはこれで犯行は終わったと思う?」
「どういう意味だい、コナン君」
「エッジ・オブ・オーシャンの爆破のタイミングが不自然だった件。あれ、本命がまだ残ってる、っていう可能性はないよね?」
わずかに目を見張り、そのあと降谷さんは眉を下げた。
「……たしかに。君の言う通り、まだ犯人には思惑がある可能性が高いだろう。その前に、早急に逮捕する必要がある」
「ならさ。去年あったNAZU不正アクセス事件。この警察の捜査資料、誰が読んだか秘密で洗い出すことってできる?」
「ッ!!!……内部犯、だと?」
降谷さんの言葉に、風見さんと部下数名がざわめき立った。
「分からない。でも可能性は全部潰さないと。もしそうだとしたら、犯人の狙いは『警察官』あるいは『公安警察』ってことになるから」
「……やってみよう。ふ、相変わらず流石だなコナン君」
「やめてよ。こんな証拠も何もない話、推理にすらなってないんだから」
不満げなコナン君を俺が軽く撫ぜたら、ますます不満げになってしまった。
難しいお年頃というやつか。
そこで俺は降谷さんにだけ念話を繋いで、話しかけた。
『そういえば降谷さん。夜に俺のマンションに来れるか?』
『問題ないが、なんの用だ?』
『降谷さんの魂の調整を、しておこうかと思って』
先ほど高木刑事と会話する時の降谷さんの様子に特に変なところはなかった。
だが、小翠リャマを実際に前にした時とのテンションの落差が激しすぎる。
降谷さんに自覚はないのか、「……?分かった」と言って、その場は解散となった。
夜。
俺たちの住むマンションに顔を出した降谷さんは、律儀にも手土産の和菓子を持参していた。
「よくきたなゼロ!ゆっくりしていってくれ!」と諸伏さんがひどく嬉しそうな顔をする。
「へえ、整理され……本を除けば整理された綺麗な部屋じゃないか」
「僕の本に文句ある?」
「コナン君はもっと物量を減らそうね…」
素早くコナン君が噛み付いたので、どうどうとそれを宥める。
多分スーツ姿のままのところを見るに、この後も戻って仕事をするつもりだろう。
手早く済ませておかねばなるまい。
降谷さんを居間のソファまで案内して、横になってもらう。
スーツの上着は脱いでもらって、そちらはハンガーにかけて適当な場所に引っ掛けた。
諸伏さんもコナン君も興味深げに覗き込んでくるので、降谷さんはやや迷惑そうだ。
「それで、魂の調整って何をするんだ?」
「降谷さんの精神に影響が出てる部分を改善するんだ。多少だけど奇行が少なくなると思う」
「今俺が普段奇行しているみたいに聞こえる発言があったと思うんだが」
沈黙は金である。
コナン君が「でも降谷さんていつも薄っすら変だよね」などと言うものだから、降谷さんは憤慨したらしい。
寝転がったまま胸を張って腕を組んだ。
「僕に恥ずべきところはない。撤回しろ」
「そう言うところだよ」
『ゼロ……』
諸伏さんは悲しそうだ。
ちなみに、上記のやり取りに関しては普通に降谷さんなので手の施しようはないのである。
降谷さんの胸の上に手を置いて、ゆっくりと魂を露出させる。
それは人類種のものよりも明確かつ格段に大きく、外周に外付けされた部分があることが確認できる。
恐らくは規模の膨れた黒い風の制御用だろう。
降谷さんが目を見開いて己の上にぼんやりと浮かぶ魂を凝視している。
問題は人格とニャルの侵食の接合部分である。
ふわりと手を差し入れると、降谷さんが「うっ」と声を上げた。
『苦しいのか?』
「いや、くすぐったい。ふ、ふふ、変な感じだ」
全体を調べると、問題の箇所が判明した。
降谷さんの精神にニャルの感情が流れ込んでくる出口あたりだ。
降谷さん自身の感情は、当然常に理性によってコントロールされる。
だがニャルから流れ込んできた感情はルートを見る限り直接降谷さんから表出されることになる。
つまり、ニャルが嬉しかったり怒ったりした時、降谷さんの理性のコントロールがほとんどできてないということだ。
このせいで同じ小翠リャマの話題でも、直接目の前にしたときのテンションが可笑しかったのだ。
しかも認識もそれに合わせて書き換わるらしく、自覚症状が出ないのが厄介だ。
少し考えてから、感情の出入り口を迂回させて理性の検閲を受けるように組み替える。
過去の行動についても理性で振り返れるようパイプを伸ばしておく。
これでもニャルの感情がビッグだと流されるだろうが、前よりはマシになるはずだ。
降谷さんが「ん…」と小さく声を上げた。
痛みはないだろうし、問題なかろう。
後は全体を軽く治癒してから、魂を降谷さんの体に戻すだけ。
ミッションコンプリートである。
何をされたか分からなかったらしく、降谷さんが困惑したように己の胸を撫ぜている。
「……何がどう変わったんだ?」
「ふむ。聞くんだが、小翠リャマについてのこれまでの降谷さんの行動をどう思う?」
「どうって………、…………」
長い沈黙の後。
降谷さんは静かに体を丸めて隣のクッションを抱え込んだ。
うんともすんとも言わない。
『ゼロ!気を確かに!!大丈夫、傷は浅い!!』
「これ多分致命傷じゃない?」
『ゼロ!!!』
降谷さんは丸くなったまま小刻みに震えている。
可哀想に、これまで自分が犯した行いという神話的恐怖と向き合う時がやって来たのだ。
クッションの間から蚊の鳴くような声で「俺の墓には桜を供えてくれ……」などと言っている。
コナン君は飽きたのか「僕もう寝るね」と言って寝室へと向かっていった。
非常にクールである。人でなしともいう。
そうして、愉快な我が家では「ゼロ、ゼローッ!」という諸伏さんの声が遅くまで響いていたのだった。
メディック呼ぶみたいなテンションは笑うからやめてくれ。
・ジンニキ進捗
廃線になった鉄道トンネルに来ている。
そこを鉄道が通った記録はなく、線路の名残も途中で途切れている。
絵巻物の四つ目は古い路線図であった。
地域に残った鉄道構想とそれは一致した。
鉄道トンネルに入ると、中には一人の男が立っていた。
口髭を生やし、特徴的な目元を怜悧に細めている。
「誰だ、テメェは」
「おや、貴方が放火事件の犯人ですか。初めまして。早速ですがこのトンネルに入るのはやめたほうが良さそうですよ」
銃を突き付けても動揺もせず足元の小石を拾って奥へと投げた。
いつまで立っても、落下した音は返ってこなかった。
「この地域の住民は、『電車が頭の中を通る』夢をよく見るそうです」
「……それがどうした」
「聞き取り調査の結果、頻度も期間も、この廃線に訪れて行方不明になっている人もどんどん増えています」
「!」
「協力しませんか?互いの利益のために」
ジンは銃を向けたまま、鼻で笑った。
「テメェが使えるんならな」
・降谷さん
正気に戻って一番に「あっ自分ジンでヤバい火遊びしてるやんけ!!!」と気付いて様子を見たらこれである。
アイェェエエエ兄上なんで兄上!?
今めっちゃ頑張って現地に向かってる。
相変わらず羽虫遊びは恍惚となるぐらい好き。
とはいえ、理性による検閲が機能し始めたので少しは控えめになる予感。