ハスターなオリ主と米花町   作:ラムセス_

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漆黒の特急〈思い出話〉

 

 杯戸シティホテルのロイヤルスイートにて。

 

 ベルモットはホテルの自室にバーボンを招き入れ、精一杯取り繕って優雅な笑みを浮かべていた。

 

 眼下の夜景は美しく、雲一つ無い空には丸々と月が浮かんでいる。

 部屋は静かで、この密会用に取ったため盗み聞きの心配もなく安全だ。

 

 ベルモットは顔が引き攣らないよう意識して四肢の力を緩めた。

 手に持っているワインもろくに味がしないが、ここでしくじるわけにはいかなかった。

 

「よく来てくれたわね、バーボン」

「あの方の名を出されては、僕も逆らえませんから」

 

 白々しく小首を傾げて、バーボンはスマートな形の北欧家具の椅子に腰掛けた。

 

 黒いベストに小洒落たボウタイを身につけたバーボンの姿は美しい。

 胸元に光るネクタイピンは上質だ。

 どれも一流のもので身を固めているのだろう。

 

 ガラス玉のように人間味のない瞳がベルモットを捉えている。

 

 優雅でいて生命を感じさせない、どこか作り物めいた表情。

 人の皮を被った化け物という他ない、悍ましい異形の香り。

 

 こんな男が大切なシルバーブレットの周りを彷徨いているなど、考えるだけで吐き気がする。

 

 静かに息を整え、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「言った通り、これはあの方からの命令でもあるのだけれど。貴方にはシェリーの暗殺任務が下りているわ」

「そうですか。シェリーは組織を抜け出して消息不明と聞いていますが」

 

 つまらなさそうに足を組んで、男はベルモットを睥睨した。

 この男はいつでもベルモットを殺せる。

 そのような余裕と軽視が滲んでいる。

 

 乾いていく口内を何とか誤魔化し、言葉を続けた。

 

「下っ端がこの間見つけたのよ。群馬の山奥にいたらしいわ。それで、もうすぐ東都から名古屋へ向かうベルツリー急行に乗るそうよ」

「そこでシェリーを仕留めろ、ということですね」

 

 バーボンはわずかに視線を斜めにやって、ぼんやりと口を開いた。

 

「へぇ。でも意外ですね。列車ごと吹っ飛ばすとばかり思っていましたが」

「シェリーが生死不明じゃ困るのよ。必ず仕留めたと確信できなきゃ意味がない」

「はあ。ずいぶん入念なことだ」

 

 実に興味なさそうだ。

 100年もすればどうせ死ぬのに、とでも思っていそうな人間への無理解が見え隠れする。

 

 異論も無いようなので、計画の詳細を伝えていく。

 

 本当はこの男の存在はリスクにしかならないからベルモットとて任務に関わらせたくはなかった。

 だがあの方の意向もある以上、一人で事を運ぶわけにはいかない。

 

 あの方はバーボンを重要視しているようであった。

 それが尚更に恐ろしい。

 

 ベルモットは目を細めて、目の前の男を問い詰めた。

 

「ところで、話は変わるのだけれど。貴方が公安のお偉いさんって何の冗談?」

「なんの話ですか?」

 

 薄っぺらな笑顔だ。

 ベルモットは鼻で笑った。

 

「任務で警察の動向を探っていて、スタッフに成り代わってメディア関係者に入り込んだのよ」

 

 そこでバーボンの姿を見た。

 警察官としてメディア界の重鎮と受け答えするバーボンの姿をだ。

 

 本来なら裏切り者を問い詰めるという体で銃を向けるところだが、バーボンを刺激しないためにそれはしない。

 ただ問い詰めるための視線だけをまっすぐに向ける。

 

 バーボンは肩をすくめた。

 

「僕は自由にやっていいとRUMに許可はもらって──」

「貴方、本当にバーボンなの?」

 

 すう、と細められた瞳に、つい背筋が凍えてしまう。

 

「それ以外の誰に見えるんです?」

「バーボンの本名と足跡を調べたわ。その半生は、警官として組織に潜入したNOCにしか見えなかった」

「………」

 

 顔と本名がわかっているのだから、この程度を調べるのは容易な事だ。

 文面上を見る限り、この男は公安のNOCでしかない。

 それを分かっていてRUMは自由にさせている。

 あの方は重要視している。

 

 そんなものがシルバーブレットとエンジェルの周りを彷徨いているなど、とても耐えられるものではない。

 

「でも今年の初めから、貴方はガラリと変わった。行動も、発言も、仕草や根本的な人格まで。警察組織内での昇進も異例。RUMもジンもそれを黙認している、異例尽くし」

「そのどこに問題が?」

 

 鮮やかに艶やかに、ゾッとするほど美しく男が口角を吊り上げた。

 

 前々から整った顔立ちの男ではあったが、ここのところの男はどこか人を超越した美を滲ませるようになった。

 

 夜の褥のような淫靡な仕草で、男はベルモットの顎を撫ぜた。

 咄嗟に振り払いそうになったが、ギリギリで堪える。

 

「抵抗していいんですよ?」

「それを口実に私を殺さないと誓えるなら、喜んで抵抗もするのだけれど」

「ははは。あの方のお気に入りである貴方を殺したりしませんよ」

 

 瞬間、舌の奥に灼熱を感じてベルモットは肩を跳ねさせた。

 なにか、焼印でも押し付けられたような熱さだった。

 

 バーボンが三日月の裂けるような、悍ましい笑みを浮かべている。

 

「でも、知りたがりの羽虫には首輪をつけておきましょうか」

「……!!」

「賢く黙りできれば長生きできますよ。お利口な貴方なら問題ないですよね?」

「っ、私に何を」

「ああ、シェリーの暗殺はきちんと行いますから安心してください」

 

 席を立ってバーボンが背を向ける。

 その後ろ姿につい、ベルモットは問いかけていた。

 

「貴方は何なの」

「……さて。貴方は何だと思いますか?」

 

 

 そのように言い置いて、来た時と同じようにバーボンは静かに、扉を閉めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 降谷さんは志保ちゃんに話がしたいらしい。

 

 現在、俺と降谷さんが連れ立って阿笠邸に向かっているところである。

 

 近くだし駐車場もないので、てくてくと夕方の路地を歩いている。

 この時間帯はいい具合の可愛い犬達がよく散歩で歩いているのだ。

 時折撫でさせてももらえる。可愛い。

 

 既に志保ちゃんも学校から帰宅しているから、その辺の心配もいらないようだ。

 

 ちなみに歩いている間、降谷さんはひたすら主語のない愚痴をずっとぶつぶつ呟いていた。

 

「僕も誤解されて困ってるんだ。分かるか?別に僕は何も企んでない。悪巧みもしてない。職務に忠実なだけだ」

「でもニャルの化身だしなぁ」

「それなのにやけに突っ込んでこられたら、口止めに呪詛の一つでもかけるしかないじゃないか」

「うーんニャル仕草」

「年増の雑談に付き合う義理はこちらには無いんだぞ。あと僕を化け物扱いするな」

「実質化け物扱いは否めないと思うけど」

「さっきから相槌酷くないか」

 

 くしゃくしゃの顔をして降谷さんが目を三角にした。

 

 何かストレスフルな出来事があったらしい。

 しかし残念ながらニャルの化身というだけで同情の余地がなくなってしまう世知辛さである。

 

「で、何の用なんだ?ほんとに急に話が来たけど」

「明後日のベルツリー特急の件で、問題が発生したんだ」

 

 やや難しい顔をして降谷さんが口を開く。

 

「詳細は着いてから彼女を交えて話すが。組織がベルツリー急行で彼女の命を取りに行くつもりだ」

「!そりゃ大変だ。だから先に降谷さんが保護するってことか?」

「いや、彼女には一芝居打ってもらおうと思ってな」

 

 降谷さんは少しだけ目を伏せてから「なんにせよ、ここで僕は自分が公安であることを彼女に伝えておくつもりだ」と苦々しそうな声を出した。

 

 今のところ、降谷さんは彼女にバーボンであることも公安であることも明かしていない。

 その状況で全て伝えてしまうとは、秘密主義な降谷さんにしては随分と大胆な決断だ。

 

 俺の疑問が顔に出ていたのか、降谷さんはむすっとしたようだった。

 

「どうせ組織には僕が公安であることは伝えてある。いまさらリスクにはなりようもないさ」

「凄い発言聞いた気がするけどマジなのか?潜入捜査の概念が崩れてる気がするけど」

 

 なぜに組織はオープン公安潜入捜査官を放っておくのか。

 

 ……いやニャルが「この組織でしばらく滞在しますね」って言ったら拒否できるわけないな。

 「警察官やってます!」って言われても、あーそーゆーお遊び中ね、としか思わないし。

 

 ついつい梅干し並みの酸っぱい顔になってしまう。

 降谷さんは文句ありげに眉間に皺を刻んだ。

 

「いや違うんだ……なんか組織は僕のことを『警察組織を掌握しようとしている黒幕系化け物』みたいに思ってて……」

「なるほど、間違ってはないな」

 

 ニャル野郎に対する高い解像度をも持つ組織のようだ。

 俺も見習わねばなるまい。

 

 降谷さんは憤懣やる方なしと言った様子で暴れ出した。

 

「失礼だな君は!僕は真っ当に昇進してるだけだし、健全に日本を守ろうと日夜身を粉にして働いているんだぞ!」

「問題はなさそうなんだけど、ニャルラトホテプの化身が言ってると思うともう全部胡散臭く聞こえるという仕様があってな」

 

 「差別だろうそれは!」と激しく憤っている。

 でも実際ニャルが警察のお偉いさんだったら俺も問い詰めると思うし、妥当でしかないのである。

 

 納得いかない降谷さんを宥めながらも阿笠邸に到着。

 チャイムを鳴らす。

 

 まもなく、玄関から阿笠博士が出てきた。

 

 阿笠博士は「おお、安室君と黄衣君か!」とほんわか笑顔を浮かべた。

 降谷さんも「いつもお世話になっています」と一礼した。

 

 たしか、阿笠博士には松田さんへ渡すメカなどを工面してもらっていると聞いている。

 幽霊にメカを渡してどうするんだ、と思いましたが、詳しくは知らない。

 

 降谷さんが手土産の高級和菓子を差し出して、そのまま中へと入れてもらう。

 

 広いリビングのやや右端にあるソファに、志保ちゃんは座っていた。

 やや怯えた様子で、手足を固くして警戒の視線を向けている。

 

 降谷さんは少しだけ寂しそうな顔をした。

 

 志保ちゃんの向かい側に俺と降谷さん。

 志保ちゃんの隣に阿笠博士が座る。

 

 阿笠博士の袖をやんわりと志保ちゃんが掴んだので、阿笠博士が困り顔で口を開いた。

 

「そ、それで今日の話とは一体なんだったのかな」

「……改めて。僕の自己紹介からさせていただきたいと思います」

 

 降谷さんの語り口は簡潔かつ整理されていた。

 

 本名が降谷零であること。

 公安より、バーボンとして潜入捜査していたこと。

 来たるベルツリー急行で志保ちゃんが命を狙われるから、死んだふりをしてほしいこと。

 

 初めは身を固くしていた志保ちゃんも、話が進むにつれてゆっくりと肩から力を抜いたようだった。

 

 全ての話が終わってから、志保ちゃんは静かに目を伏せた。

 

「………そう。なら全面的に貴方たちに従うわ。工藤君も一枚噛むのでしょうし」

「感謝する。伝えるのが遅くなって申し訳ない」

「気にしないでちょうだい。そんな命に関わること、普通教える方がどうかしてるんだから」

 

 頭を下げる降谷さんに、志保ちゃんはそっけなくいい放った。

 それが志保ちゃんなりの気遣いだとも分かった。

 

「それより、貴方はどういう人外なの」

「……は」

「黄衣さん、いつも人外丸出しじゃない。あの諸伏って人も幽霊のようだし。あの探偵事務所にいて、今更普通の人間っていうんじゃ無いでしょうね」

 

 つっけんどんだが、そこには空気を和らげる意図が見える。

 根は本当に優しい子だ。

 

 というか俺が人外丸出しってどういうこと?

 めちゃくちゃ秘されてる情報のつもりなんだが。

 

 志保ちゃんの柔らかな笑顔に、降谷さんはむぐっと言葉に詰まったようだ。

 

「僕は、あー、嵐や台風が人型になったもの…のような感じ…?」

「嵐?……よく分からないけど強そうだし、私の身の安全を頼んでも安心できそうね」

「任せてくれ。必ず君の安全は守り切る」

 

 親愛の情を込めて、降谷さんが少しだけ表情を緩めた。

 

「君の母親には昔世話になったんだ。恩返しができるなら嬉しく思うよ」

「!」

 

 志保ちゃんが思わず、と言った様子で目を見張った。

 

「お母さんに、会ったことあるの?」

「ああ。宮野明美さんとは幼馴染になる。君の母親は優しい人だったよ」

「………そう。なら少し、時間があればで構わないけれど。……お母さんの話を聞かせてくれない?」

「勿論だ」

 

 そうしてしばし、かつての思い出に二人は浸った。

 色褪せぬ過去を静かな、しかし確かな語り口で交わしていく。

 

 二人とも穏やかに微笑んでいて。

 よかった、と俺と阿笠博士は素直に頷きあったのであった。

 




・女医さんの記憶
人に寄ったことで一時的に取り戻されている。
諸伏さんは涙目で喜んだとか。

・バーボンの呪詛
舌の奥の方に刻まれたニャルラトホテプの紋章。
加護と呪詛とは紙一重。
方向性の違いでしかない。
まだ何も効果が仕込まれてないので、今のところはただのアザ。
降谷氏「面倒臭かったので後で効果を考えようと思ってたら放置したまま忘れた」

・役職付き降谷氏
勿論だが、役職になったということは仕事は激増する。
部下の監督、各種承認作業、上への取りまとめと報告、仕事の振り分け、なんか重要な会議。
そこに潜入捜査が加わるので、どう考えても人間にこなせる仕事量ではなくなる。
だがニャルラトホテプの化身なので、寝食の時間を0にすることで捻出が可能となる。
スーパー社畜化身の誕生である。
本体のニャル野郎は宇宙猫の顔をして「なぜ…羽虫は働くのか…。働くとは…?」とこの世の不条理に思いを馳せた。
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