現在、まったりと蒸気機関車からの景色を眺めている。
灰色のビル群があっという間に遠くなり、だんだんと景色が山並みへと変わっていく。
普段は出張は新幹線ばかりだが、こういうのもたまにはいいものだ。
本室に乗っているのは少年探偵団と俺、そしてコナン君である。
本来は引率役に阿笠博士がいるはずだったのだが、危険もあるため俺に代わってもらった。
また、8号車のB室には蘭ちゃんと園子ちゃん、そして毛利探偵が乗っている。
こちらは園子ちゃんのお誘いだ。
今頃一等車でまったりしていることだろう。
他にどうやら世良さんも乗っているようで、姿を少し見かけている。
このベルツリー急行は鈴木財閥の鈴木次郎吉氏がオーナーの最新鋭豪華列車だ。
年に一回だけ運行するようで、今年のみ二回運行。
一等車はKIDの対決に使うのだとか。
「黄衣さん」とコナン君に静かに声をかけられて、俺は頷いた。
「列車内に怪異等なし。魔術あり。概ね安全」
「ッ、魔術あり?」
「身の安全を守る保護魔術がかかってるだけだね。脅威にはならないかな」
「………」
光彦君に「黄衣さん!テリメロンはどこまで育ちましたか!?」と声をかけられた。
スマホを取り出して、99Lvまで育ち切ったそれを見せれば歓声が上がる。
阿笠博士作成のスマホゲームだ。
前世で強く見覚えのある…こう…ボールにモンスターを捕まえるタイプのグラフィックのゲームだ。
だが今世では見ないので、もし売り出したら死ぬほどヒットするような気がしないでもない。
わいわいと子供達と騒いでいれば、ドアが静かに二度、ノックされた。
ドアを開けて外を見れば、床に小さなメッセージカードが落ちていた。
人は誰もいないようだ。
「『貴方は探偵役に選ばれました。10分後の7号車のB室にお越しください』?なんだこれ」
コナン君が拾って読み上げると、子供達が盛り上がり出す。
緊張した様子の志保ちゃんは俺のそばを離れない。
「行ってらっしゃい」と駆けて行く子供達を送り出す。
コナン君もチラリと志保ちゃんを見たが、子供の引率を優先したようだ。
志保ちゃんと残って、静かに車窓を眺めることとする。
無いと思うが、ベルモットとやらが強硬手段に出ないとも限らないからな。
志保ちゃんは浮かない顔で、暗く外を眺めるばかりだった。
心配になって、そっと声をかけてみることにする。
「大丈夫。君が死ぬことはないさ」
「でも、子供達や周りに危害が加わるかもしれない」
「ははは。俺、本物の魔法使いだぞ?子供達だけと言わず、この列車の乗客とその家に残る家族全員だって同時に守れる」
嘘ではない、というか楽な部類だ。
実際に俺の守護する奉仕種族ビヤーキーは8億年前より魂の寿命以外で命を落としたことは一度もない。
志保ちゃんは「魔法って素敵ね」と皮肉げに言って、また口を閉じた。
どこか過ぎ去った過去を思っているような、そんな表情であった。
しばらくのち、念話に着信があった。
コナン君の焦ったような声が念話に入ってくる。
この列車に乗る間はコナン君、俺、降谷さん、警視庁で後方支援してる諸伏さんを繋ぎっぱなしでいるのだ。
『今、こっちで殺人事件が見つかった!8号車B室の客が殺されたんだ!』
『そりゃ……下手したら計画に狂いが生じるな。どうせ機関車は途中駅で止まるだろうし…』
『いや。次郎吉氏の意向で名古屋までノンストップだそうだ。逮捕できるのもそこになる』
『うーん。良かったのか悪かったのか』
ちょうどいいから俺も現場へ向かうことにする。
隙を見て志保ちゃんには一人になってもらう予定だが、今のところ彼女にもついてきてもらうものとする。
二人で8号車まで行けば、やはり騒ぎになっていた。
客達の他、コナン君と世良さん、そして子供達が現場にいる。
「すみません」と後ろから声をかけると、8号室の客達が皆一様に驚愕の表情を浮かべた。
口髭の男性客が「貴方まさか、かの名探偵黄衣ハスタ…!?」と声を上げる。
ミステリートレインに乗車するような推理マニアなだけあって、俺の顔まで知っていたようだ。
……実際のところ俺は名探偵でも何でもないのだが、そこは大目に見てもらうこととする。
TV番組ではINT(知性)を上げて取り組んでいるのでちゃんと名探偵だけど、それ以外はオフということで一つ。
現場には既にコナン君と世良さんが軽く調べた後のようだ。
二人が現場の証言をまとめたものを聞かせてくれた。
正直俺にはさっぱり分からんので、へー、ぐらいにしか相槌は打てなかったが。
露骨に俺が分かってない顔をしていることに気づいたのか、世良さんが胡乱な顔をした。
「前から思ってたけど。あんた、本当にできる探偵なのか?現場を調べる様子もないし」
「いやぁー、俺の本体はコナン君だからさ。俺のことは大人型の高性能スピーカーだと思って貰えれば助かる」
なんとも申し訳なくてコソコソと本当のところを伝える。
世良さんはすごい蔑んだような顔で「なんだよそれ…」と俺を睨みつけた。
すまない。本当にすまない。
コナン君がはははと笑いながら俺をフォローしてくれた。
「黄衣さん、便利ではあるんだよ?子供だと問答無用で現場から追い出されたり話聞いてもらえなかったりするから、割と必要だし」
「それはそうだけど。君はいいのかよそれで」
「むしろ僕からお願いしたんだ。探偵のふりしてくれって」
すっかり遠くなってしまった過去を懐かしむように、コナン君が優しい笑みを浮かべる。
そういえば、俺が探偵を始めたのはコナン君に言われたからだったか。
なんだか日々が激動過ぎて、凄く昔のことを話しているような感覚に陥る。
いやまあ、実際すごく過去なんだが。
時空異常の影響で一年の間に圧縮されてしまっているようだが、実態としては意外と年月が経っているし。
世良さんが目を細めて、飛び掛からんとする肉食獣のようにコナン君を見た。
「ふぅん。コナン君は、いつものように『新一君から推理を聞いた』って言わないんだ」
「新一兄ちゃんにあこがれてて。僕が推理したら変かな?」
「いいや。君らしいと思うよ」
INT高い者同士での鍔迫り合いがギャリギャリと音を立てている。
巻き込まれたら怖いので、俺はそっと距離を取った。
主に謎は二つ。
一つは内側からロックされた密室にどうやって犯人は侵入したか。
もう一つはずっと廊下にいた車掌さんにどうやって見られずに出入りしたか。
さっぱり分からんので、まったり推理が出来上がるのを待つとする。
コナン君が念話越しに降谷さんにと相談しているのが聞こえる。
『安室さん、どう思う?』
『ロックに関しては心当たりがある。どうやら車掌の制服が一着無くなっていたそうだ』
『侵入して鍵を細工したってこと!?』
『ああ。他のトリックはまだ…』
『いや、それなら明かりが切れてる理由も全部説明がつく!ありがとう安室さん!』
『構わないよ。僕の方は動けない、そちらは頼んだ』
なにやら高速解決の兆しが見える。
スピーカーとしてそろそろアップを始めておくべきだろう。
なお、小五郎さんはまったり客室で酒を楽しんでいるので不在である。
彼はこういう頭脳労働ではなく浮気調査とか純粋に足を使う作業が得意だし、適材適所だな。
コナン君が世良さんを伴いなにやら駆けていく。
その間に俺はD室へと尋ねることとしよう。
元気いっぱいの子供達を車掌さんと志保ちゃんに預けて、しばし離席する。
D室の客は小蓑さんは車椅子の老婦人と、そのメイドの住友さんだ。
ドアをノックして声をかける。
「すみません、黄衣です。お尋ねしたいことがあって」
「……どうぞ」
中に入れてもらうと、やはり一等車だけあって広い室内が俺を迎え入れてくれた。
きっちり扉を閉めて、念のため軽く防音魔術をかける。
振り返り、俺はメイドさんへと声をかけた。
「よ、久しぶりだな怪盗キッド。元気だったか?」
「……あのさぁ、俺変装中。仕事中。おわかり?」
すごい困った顔だ。
メイドさんの正体は怪盗キッドその人である。
キッドって素の能力値がかなり高くて、普通の人に化けるとかなり目立つんだよな。
椅子に座る老婆も恐らくは誰かの変装だろう。
俺は気にせずに言葉を続ける。
「ところで小泉さん元気?仲良くやってる?」
「まあな。今日も出立間際に散々忠告されたよ。気をつけろって」
「やっぱ凄いな小泉さん。未来視か何かか?俺たちの動きを把握してるのか」
時間干渉系は人の身には非常に負担が大きい。
原始魔術でそれを平然とやってのけるとなると、相当な術者であることは間違いないだろう。
「それで、わざわざ何の用だよ」
「依頼があってさ。これから俺たち、一人の女の子を死んだふり大脱出させようと思ってて」
キッドが片眉を釣り上げた。
「今のところ、俺の仲間が物理的に二人に分身して乗り切る予定なんだけど」
「怖えよ。人間は分身しねぇんだよ」
これは降谷さんが頑張って風をふたつに分けて、大人の志保ちゃんを作り出すという力技だ。
だが、やはり負担が大きくて俺としては推奨できないが本当のところだ。
分身して別人格として作り出すというのは、ニャルラトホテプの在り方そのもの。
それを実行すると、どうしても降谷さんの様子が一時的におかしくなってしまう。
諸伏さんの実体化魔術に細工して志保ちゃんにみせるという手も考えはしたのだが。
『諸伏景光を拳銃で撃つ』というシチュエーションが恐らく凄まじく降谷さんのSAN値を減少させるため却下。
明美さんを巻き込むのは志保ちゃんが拒否。
「ゴルゴロスのボディ・ワープ」の類を生身の人間にかける気はない。
俺の幻覚は強過ぎて最大SAN値が減る。
というか、幻覚系は苦手だ。
別に幻覚にしなくとも現実を変えてしまえば良いわけだし、使う必要性も薄かった。
そんなこんなで頑張って降谷さんが分裂することになったのだが。
せっかく乗り合わせた怪盗キッドがいるのなら、それを使わない手はない。
しばらく考えてから、怪盗キッドは大きなため息をついた。
「危険は無ぇんだろうな?」
「俺が防護魔術で護るから安全だよ。銃に打たれたり爆発に巻き込まれたりするけど絶対死なない」
「どうして怖え話しかしねぇんだよアンタは」
ともかく引き受けてくれるようだ。
俺はうんうんと頷いて、紙をざらりと具現化して手渡した。
キッドが首を傾げる。
「これは?」
「不老不死を齎すかもしれないビッグジュエルのリスト。危険だから覚えたら返してね」
「はぁ!?!?」
キッドは仰天してA4用紙五枚にびっちりと印刷された文字を必死で目で追った。
かなり真剣な目つきだ。
「……いやいや、なんでこんなんあるんだよ」
「協力のお礼用に今作った。パンドラとかいう宝石は知らないけど、不老不死案件は昔から沢山あるからな」
「………というか沢山ありすぎじゃね?」
「うん。手を出す時は小泉さんと相談の上、きっちり準備していくこと。じゃないと死ぬより酷い目にあうからな」
「だから怖いって!」
大袈裟に怯えて怪盗キッドは身を震わせた。
冗談じゃないから怪盗キッド氏にはきちんと注意してもらいたいところである。
でも、正直準備しても死ぬより酷い目に遭うことはあるので、誤差の範囲かもしれないと思うなど。
ついでに、その場で念話グループで協力者を獲得したことを報告しておく。
『降谷さん、助っ人獲得成功!』
『何がだ』
『偶然車内に怪盗キッドが居たから声をかけて、志保ちゃんの変装役してもらえることになった!』
『君突然何をしてるんだ!?民間人を計画に組み込むのか!?』
目を剥いて怒鳴っている空気を感じる。
降谷さんにとって怪盗キッドは犯罪者ではなく民間人のようだ。
未成年だし、事情も事情だし羽虫扱いは考慮してくれているらしい。
『でも分身するたび半日は降谷さん様子おかしくなるじゃん。具体的にはニャル2号になる』
『…………まあ』
『大丈夫、怪盗キッドには魔術的に保護をかけるから、銃で撃っても爆弾で吹っ飛んでも無事だから』
『わかった。ならこの会話に彼も入れてくれ』
納得したのか、降谷さんが深くため息をついた。
しかし一部始終を聞いていたコナン君が異論の声を上げる。
『え、キッドも作戦に参加するの!?』
『彼は変装の名人だし、僕達との接点もほとんどない。人選としてはちょうどいいだろう』
『……このゆるゆるのグループ通話を聞かれるのがなんかこう、釈然としない』
『それは確かに』
むすっとするコナン君に、降谷さんが深く頷いた。
そんなゆるゆるだったかな。
時々暇でメンバーでしりとりしたり水平思考ゲームしたりワードウルフしたりはしてるけど。
なお、勝敗としては俺一人が悲しい思いをすることが多い。
むしゃくしゃしてしりとりで一人古今東西の言語を上から順番に発射していたら、最近ついに出禁にされた。
なんでや工藤。というかサーバー主が出禁って何なんや。
よいしょ、とおもむろに怪盗キッドを念話に放り込む。
なんとなくついでに「怪盗キッドさんが参加しました」と通知音を流しておいた。
『何コレ?頭の中にメッセージアプリがあるんだけど。グループチャット?』
『気にするな。たぶん黄衣君のイタズラだ』
『キッドオメー思考早すぎて怖えよ。速度落としてくれねぇと聴き取りづらい』
『うおっなんか声が聞こえる!名探偵と、誰?』
『気にする必要はない。今回だけの関係だからな』
降谷さんはそっけなく答えた。
でもそれでは困るので、俺も発言しておく。
『謎の化身Xさんや、それだと呼びづらいから名乗っておくれ』
『なんだその愉快な呼び名は。採用。僕は謎の化身Xだ。これからそう呼ぶように』
『嘘だろ…だから嫌だったのに…キッドをここに呼ぶの…』
コナン君がたいそうガッカリしている。
その向こうで無言でうずうずと話を聞いている諸伏さんの気配がある。
たぶん名前は「謎の幽霊Y」だろう。
別にキッドとは会ったことあるから謎でもなんでもないのだけれど。
キッドは頭を押さえて目を白黒させた。
俺はその肩を叩いて陽気にサムズアップする。
「よろしく頼むな!怪盗キッド君!」
「おう……」
明らかに失敗したと言わんばかりの顔で、キッドはしおっと小さくなったのであった。
・怪盗キッド
パンドラに関する有力な情報を手に入れた。
愉快な人外どもに囲まれて生きた心地がしない。
画面外では着々とコナン君と頭脳バトルしてる模様。
名探偵…名探偵はいつもこんな奴らと関わってるの?
・ジンニキ近況
シェリー暗殺任務がバーボンに下されたらしい。
シェリーも哀れな女だ、とジンは思った。
改めて、ニャルラトホテプについて調べた。
かつて遺跡で見た書籍を紐解いたのだ。
それは人に混沌と狂気を齎す悪神。
悍ましきもの。人の敵。歴史において幾度も現れ、全てを破滅に追いやった悪性そのもの。
ウォッカが駅に爆弾を仕掛けようとしたので、止めておいた。
シェリーを殺すのはともかく、バーボンに敵対と取られる行動は避けるべきだ。
「ですが兄貴…万が一逃げられでもしたら」
「ベルモットに任せておけ。どうせ逃げられやしねぇよ」
あの女はきっと、悪神に死後まで弄ばれるのだ。
そのまえに殺してやれなかったことだけが、悔やまれてならない。
・旧支配者ハスターによる解説
ニャルラトホテプ解釈が少し不十分でしょうか。
通常ニャルラトホテプは命令なんて聞かないので、この場合異界化したデス機関車が名古屋駅に突っ込んで市を蹂躙するとお考えください。
謎の化身X氏の所感をどうぞ。
・謎の化身X氏の所感
おっしゃる通りですね。
デス機関車が神経毒の蒸気を吹き出し、横から生えた人の手足で線路を超えて家々を薙ぎ出す姿が目に浮かぶようです。
この失礼な銀髪は次の回で殺していこうと考えていますのでご安心を。
山は御本山。人類の原初の恐怖の一つです。
事故死も狙えるし良い立地です。
次こそ殺れる。間違いない(断言)
・諸伏弟のコメント
ゼロ、それ多分フラグ。