コナン君はすぐに屋内に運び込まれ、手当を受けた。
お医者さんも脳震盪だと診断したようだ。
ラケットの持ち主の女性が呼んだお医者さんで、その方の別荘に俺たちは一時滞在させてもらうこととなった。
コナン君は静かに寝かしておく予定だ。
俺が手出しし過ぎたら不審に思われるかもしれないし。
申し訳ないが脳の方の治癒のみ魔術で行って、あとは自然治癒に任せておくこととする。
ひたすらに謝る女性は、ラケットを持っていた手が汗で滑ってしまったと供述した。
事故とはいつでもあるものだ。
悪意を持って投げたのなら少し睨みつけてやろうと思っていたが、その必要はなさそうだ。
そんなふうに慌ただしく過ごしていたら、ろくに練習できないうちにお昼もとっくに過ぎていた。
そこで、女性のグループがこの別荘で詫びも兼ねて冷やし中華をご馳走してくれるそうで、
俺たちは喜んでご相伴に与ることにした。
コナン君は太っちょなおじさんとともにクーラーの効いた部屋に入れてもらい、そこのベッドを借りるようだ。
しかし、どうにも空気が悪い。
諸伏さんが俺に対して「あの桃園という女性、何を企んでいると思う?」とひっそりと声をかけてきた。
「え、企んでる?」
『さっきから凝視してるだろ。黄衣がそういう視線を向けるときは大抵碌でもないことを考えてる奴だし』
「ウッソまた俺見てたのか。全然自覚ないんじゃが」
俺は別にこの人型に備えた目で物を見ているわけではない。
だから視線を向けているように見えるということは、どちらかといえば、触手を前に突き出して無意識に防御ポーズを取っている感じに近い。
つまり人間にビビり散らかす旧支配者の絵面である。
なんとも釈然としない気持ちになる。
バッグと財布を持ってきた降谷さんが、ぴらぴらと俺たちに軽く手を振った。
「黄衣君の怖がり癖はいいとして。僕は少し買い出しに行ってくるよ。コナン君の今晩の包帯の替えも欲しいし。コンビニは少し遠いから時間がかかる予定だ」
『了解。じゃあ俺は冷やし中華作りに参加してくるよ』
「俺は毛利探偵のタバコに付き合うから、何かあったら電話で呼んでくれ」
「タバコ?黄衣君は喫煙者だったか?」
降谷さんが怪訝な顔をした。
もちろん俺は本来喫煙者ではない。
触手がニコチン吸ったところで嬉しくもなんともないし、俺本体に脳に当たる器官も無いし。
これは純粋に、毛利探偵と雑談する時の倣いみたいなものだ。
一緒に吸って雰囲気を出すだけとも言う。
ちなみに、吸うタバコはコンビニで乱数で決めてるので時によってまちまちだ。
二人に別れを告げて、やや遠方にある喫煙スペースへと向かう。
とことこと別荘街を歩けば、独特なその整った街並みが目に入ってほうと息を吐く。
毛利探偵は喫煙スペースのベンチにいた。
一人でまったり過ごしているようだ。
隣に座って、持ってきた自分のタバコに火をつける。
「どうもです毛利さん。あんまり吸いすぎるの体に毒ですよ」
「良いんだよ、こういうのは吸ってなんぼなんだから」
へビースモーカーの毛利探偵らしく、すでに大量のタバコがスパスパと消費されている様子が見受けられた。
こっそり肺やその他臓器の状態を調査して魔術で改善させておく。
バレないように会うたびに少しずつ治療しているのだが、こうも大量に吸ってると一進一退な気がしてならない。
ちなみに、禁煙用タバコ型魔術飴についてだが。
工場での製造や人力による再現ができないとして公安信者さんに販売を断られてしまった。
凄い泣いて「私どもの至らなさを…お許しください…!」と全部濁点みたいな声で言うので、宥めるのに少し苦労した。
どうやら舐めると発動するように飴自体の構造を作る、というのがあまりに困難だったらしい。
脳への干渉も非常に多岐かつ高度過ぎた。
魔術的品物が新薬承認されるには高い壁が立ちはだかるが、そちらは米国にて黄色の印の兄弟団が動けばOK。
やはり問題は製造の困難さにある様子。
うーむ。工場ごと作る……などと考えつつ。
俺は毛利探偵の横で、タバコの煙を緩く吐き出した。
特徴的な煙の匂いが充満する。
肺っぽく作った内側に煤が付着し、非常に不愉快だ。
やっぱり人間が吸うのはお勧めしない品物だ。
ハイパーボリアみたいに悪くなった端から体を交換、とかできれば別だけど。
毛利探偵が短くなったタバコを灰皿スタンドに押し付けて捨てる。
「そういやオメー、良い人いるんだってな。蘭から聞いたぞ。何て名前だ?」
「あー、ニャルラトホテプって言います。蘭ちゃん、デートで俺と歩いてるニャルを見たのかな」
「ニャル……外国人さんか?」
「ええ。エジプト生まれって聞いてます。俺の昔馴染みでして」
外国人ではないが、エジプト生まれの化身もいるしまあええやろの精神だ。
スマホに保存されてる写真を見せてあげれば、「ウッヒョー!すっげえ美人さん!」とひょうきんな声をだした。
美人であるのは間違いないのだが、それ以上に災害であるのが玉に瑕。
「隅に置けねーなぁお前もよぉ!」と毛利探偵に肘でうりうりつつかれた。
最近きちんと婚約指輪も贈らせてもらったので、写真に写るニャルの手には指輪が光っている。
ニャルのテンションは天井知らずに跳ね上がり、俺はその場で触手を8本ほど毟り取られた。
俺は触手を毟るとかそんな痛そうなことできないので、軽くニャルの触手に口付けするだけで許してもらった。
ニャルはもう形容し難いほど浮かれ上がっていた。
翌日、世にも恐ろしい目に遭った降谷さんがしおしおの状態で出勤してきたのがニャルの浮かれ具合を表している。
あやつはテンション上がっても下がってもとんでもないことをしでかすからな。
それはともかく。
「幸せにしてやれよ」とか「馴れ初めはなんだったんだ」とか「使わなくなった子供用具いるか?」とか、毛利探偵は凄く俺を気にかけてくれた。
仮に子が出来たとして元気なミニ邪神が誕生するだけなので、こう……エケチャン的可愛らしさは期待できない。
そのまま地球上でオギャアと鳴かれても人間は滅びるしかないし。
また、蘭ちゃんの子供の頃の話も聞かせてもらった。
子育ての大変さとか、生計のやりくりとか、各種手続きとか。
こういうことを人間と話したことはなかったので、ほへー、と人生の先輩として話に熱心に聞き入ってしまう。
俺の方が長生きな気もするが、まああれだ。
俺はライフステージが一生変わらないので、子供部屋おじさんならぬ謁見部屋独身神だったからな。
思わず涙がちょちょぎれる悲しみよ。
そこまで話をしたあたりで、スマホに電話が入った。
しかも俺と毛利探偵同時にだ。
電話を取ると降谷さんから緊迫した声で連絡がある。
「どうした、何かそっちであったか?」
『やはり事件だ。殺しがあった。至急別荘へ戻ってくれ!』
「うお……了解」
毛利探偵も同じ要件だったようだ。
俺たち二人は、急いで別荘へと走ることにした。
さて、現場にはすでに警察が到着していた。
殺されたのは別荘にいた太っちょなおじさんだ。
第一発見者は同じ部屋で一緒に寝ていたコナン君。
扉は遺体で塞がれており、内側には鍵がかかっていた。
つまり密室である。
「こりゃ事故死で決まりだろ。黄衣君はどう思う?」
毛利探偵が眉間に皺を寄せて口を開いたが、俺が答える前にコナン君がそれを否定した。
「でも、花瓶が落下して頭に当たっちゃったんなら落ちてる位置がおかしいよ」
「我々が聞いた音が花瓶の落下音だとしたら、既に血が乾いていたのも気になりますね」
『ああ。あの時事故死したなら血が乾くのが早すぎる』
続けて高INT軍団こと降谷さん、諸伏さんが追撃する。
ぐぬぬ、と毛利探偵は黙り込むしかなさそうだった。
やめるんだ毛利探偵。
我々の戦闘力では到底太刀打ちできないのは火を見るより明らかだ。
コナン君が眉を情けなく下げて「ねぇ」とだけ言ってスポーツウェアの裾を引っ張った。
毎回恒例の魔術チェックをご所望らしい。
こっそり探査結果を耳打ちする。
「魔術なし、怪異なし。オールクリア。人の事件だよ」
「よし!」
元気が出てきたらしく、コナン君はややシャキッとした様子になった。
もうこれが無いと生きていけない体になってしまったらしい。
哀れな……。
加えて、この別荘にいた人物にも話を聞いていく。
およそ皆がいたのはキッチンで、入れ替わり立ち替わり被害者の部屋に向かっていたようだ。
一度もキッチンを離れなかった諸伏さんが証言するところによると。
諸伏さん以外の人間は一度は被害者の部屋へ向かったそうだ。
その間に犯人は被害者の男性を撲殺し、密室を作り出して何食わぬ顔で戻った、ということだ。
なんでこうも頭のいい犯人ばかりなのか。
一周回って、うっかり殺してナイフ持ったまま血まみれで逃走して警察に御用になるとか聞いたことないぞ。
話を聞き終わったところで、もう探偵諸君は犯人がわかったらしい。
ぽやっと事件現場を彷徨いていたら、全て理解したらしいにこやかな探偵三人組がやってきて、俺にシール型スピーカーを渡してきた。
スピーカー役になれ、ということらしい。
スポーツウェアの首元の内側にスピーカーを設置し、軽く咳払い。
堂々と良い感じに見えるように表情筋風触手を調節する。
あとは横溝警部に声をかけて、皆をリビングに呼んでもらうだけだ。
横溝警部とは以前から面識があったので、スムーズに話を通してくれた。
「現代のシャーロック・ホームズとも呼び称される貴方の推理が聞けるとは!光栄です!」とワクワク顔であった。
なお、これには現代のホームズを目指すコナン君も思わず渋顔である。
毛利探偵がそーっと目立たないように話しかけてくる。
「アイツらが目立ちたくねぇってのは分かるがよ。オメーが態々探偵役やってやることもなかったんじゃねぇか?」
「ははは。でもせっかく頼ってくれたんですから、いいんですよ」
「でも、『お前頼られるの苦手だろ』」
少しだけ息を呑む。
指先が不随意にぴくりと動いた。
「そんなことないですよ。嬉しいことじゃないですか、俺の力を頼ってくれるなんて」
「……そうかよ。無理はすんなよ」
毛利探偵の呆れたような視線が、俺の心に影を落とした。
事件解決はスピーディーだった。
やはり時刻はもう夕方で、園子ちゃんのテニス練習は明日になりそうだ。
そのように話して、俺たちは一旦別荘に戻ることになったのであった。
・ハスター的心境
頼られるのは嫌いじゃないと言うかかなり好き。
どちらかと言うと、真面目に応え過ぎてその人の人生を壊してしまうのが怖いだけ。
ニャル相手ならどれだけお世話しても大丈夫なので、割と安心して全力で要望に応えてる感じ。
つまり割れ鍋に綴じ蓋。
・ジンニキ近況
山頂の神社前に着いた。
小さな神社だ。鳥居と賽銭箱、小さな棚のような拝殿しかない。
拝殿には木箱と古文書が備えられている。
「おでん屋の店主曰く、この山の掟は複数あります。必ず左足から踏み出す。帰りは振り返らない。山の物は決して持ち帰らない、など」
「俺の目的はそこの木箱と古文書だ」
諸伏が目を細めた。
「分かっています。どうしても持ち帰りたい場合は山の試練を受けろと、彼は言っていました」
「具体的には?」
「夜が来るまでに山から逃げ出せればお前たちの勝ちだ、と」
見上げる空はまだ昼間だ。
退路だけ確保して、慎重に木箱と古文書を手に取る。
瞬間。
ざらりとした悪意ある獣の吐息がジンの頬を撫ぜた。
反射的に銃を向けるが、何もいない。
振り返った石畳の道はいつのまにか無く、ただ鬱蒼とした山のみが広がっている。
拝殿と賽銭箱と鳥居はまだそこにある。
「今返せば見逃してやる」とでも言いたげに。
ジン達は慎重に、山の試練をたる下山を開始した。
・降谷さんのコメント
今回は非常に複雑な山のルールをいかに守るかが鍵となります。
・必ず左足から踏み出す
・振り返らない
・右手は肩より上に上げない
・一時間おきに食料を食べる
・沢に降りたら必ず水を飲む
・犬の遠吠えがしたら耳を塞ぐ
破ったら一つずつペナルティが課されます。
明らかに矛盾するルールでも、破れば必ず罰則が付きます。
加えて、追跡者との戦闘もあるというわけです。
ふふ。楽しみですね。
あ、もちろんヒロのお兄さんにはペナルティなんてありませんよ!