本日、朝早くから殺人現場に入り浸るなり。
今日の仕事は未解決事件としてコールドケース入りした事件の再調査だ。
依頼人は被害者の妻で、長年夫を殺した人物を私財を投じて探していたらしい。
それを、信者さんの伝手で紹介されたというわけだ。
コナン君はひとしきり当時のまま保存されているという現場を確認して、俺の隣に戻ってきた。
依頼人さんには「俺の助手として働いてもらってて、よく躾けてあるから現場を荒らすこともない」と言っておいてある。
依頼人さんも「そういうことなら…」と不安そうにではあるが任せてくれた。
コナン君がうーん、と唸ってから俺を恐る恐る見る。
最近よくやる、卑屈な感じの瞳だ。
「……念のため聞きますけど、これ魔術とか幽霊とかそういうの関わってないですよね?」
「おうとも。俺の見たところ魔術の気配なし。亡霊も神話生物もなし。普通に殺人事件だと思う」
「ほんとに?」
「ホントホント」
「よし!」
コナン君は頷いて、ようやく安堵したように息をついた。
この頃のコナン君はいつもこれである。
どうやら常に推理中にその可能性がちらついて落ち着かないようで、頻繁にしょっぱい顔をしている。
隣で諸伏さんがにまーっとした表情でコナン君の顔を覗き込んだ。
揶揄う気満々だ。
ここでコナン君、先制攻撃!素早く諸伏さんに肘打ちを入れる!
残念ながら肘打ちは霊体の体を素通りしたが、諸伏さんは「おっと!」と声を漏らして逃げ出した。
どうやらこの二人相性はいいようで、頻繁にこうして戯れている。
さて、このような凹凸探偵団を始めてから二週間。
色々あったが、まとめると下記のような感じである。
まず、米花駅から程よい位置にあるビルの三階に探偵事務所を構えることになった。
これはもちろん公安所属の信者さんの紹介によるもので、都内の駅近と考えると破格の値段で敷地を貸してもらえることになった。
……とはいえ、俺も少なくない借金をすることにはなった。
流石に無からオフィスを借りられるほど金を生み出すのは憚られたからな。
ちなみに。
初めは都内の一等地に立つビルのワンフロアを丸々無料進呈されそうになったため、慌ててご遠慮したという経緯もあったりする。
流石に持て余すし、信者さんを破産させるわけにはいかない。
無限に貢ごうとするから「もっと自分の身を大事にしてくれ!!!」と叱ったら、滂沱の涙を流して五体投地された上にさらに貢がれそうになった。
永久機関かな?
まあそれはともかく。
紹介の分もあり、舞い込み出した依頼を捌くのは3人がかりでもやっとの忙しさだ。
現状、霊体の諸伏さんが自由に情報収集して、それを総合してコナン君が推理。
俺がスピーカーになるという手順を取っている。
3人でようやっと一人の探偵の出来上がり、という塩梅である。
コナン君は昼間は小学校に行くため、実質的に昼の戦力は0.8人とかそれくらいだ。
本番は夕方から夜、そして土日になるだろう。
流石に四六時中事務所にいたらクライアントに怪しまれるから、ひとまず最低限の体裁を取り繕うため彼には小学校に通ってもらうことになったのだ。
もちろんのことコナン君は大いに抵抗した。
「なんか人の目を誤魔化す感じの魔術かけてくれればいいじゃないですか!!!」と盛大に駄々を捏ねたり暴れたりしたがこの際無視。
魔術に頼りすぎるのは良くないからな。
それに、小学校に行くと得難い縁が繋がる予感がするのだ。
小学校に通うのは今後の彼にとってもマイナスにはならないだろう。
時々諸伏さんも小学校へコナン君に顔を見せに行ってるらしいが、こちらは完全な悪ふざけだ。
諸伏さんは幽霊だからこそフットワークが軽い。
授業中のコナンくんにあまりにウザ絡みするものだから、ここ数日は日中コナンくんにかける霊視を切っていたりもしたのだが。
揶揄い相手を失ってすっかりしょげかえってしまったため、近いうちに魔術を復旧するつもりであったり。
そんな大人気ない諸伏さんだが、その情報収集性能は流石の一言。
只人には見えないから聞き放題見放題だし、裏社会を歩くプロとして情報収集の腕も確かだ。
コナン君も便利な盗聴器扱いしていて、ノリノリの諸伏さんも「超高性能自律型盗聴器、発進!!」とか言って二人で事件に向かっている。
ずいぶん打ち解けたようで何よりである。
などと考えているうちに、コナンくんの推理がまとまったようだ。
「黄衣さん!」とコナンくんが俺を呼んで背後に隠れた。
いつもの推理ショーの始まる合図だ。
すれ違いざまに手渡されたスピーカーを襟裏に仕込んで、俺はわざとらしく咳払いした。
使用人さんに声をかけて、「依頼人を呼んできてください。調査結果をご報告させていただきます」と伝える。
最初こそ、コナン君に推理を教えてもらって俺が依頼人に推理を伝える方式でやっていたのだが……。
俺があまりにつっかえつっかえだから、途中から見かねたコナン君が蝶ネクタイ型変声機を使うようになった。
いや、素人があんな堂々と長文をつっかえずに言えるわけがないんだよな。
台本もないのにコナン君はいつもあんなこと大勢の人の前でしているなんて、高校生なのに凄すぎる。
俺なんて頑張っても精々カオナシみたいに「あっあっあっ…」って謎の母音を発するナマモノになるだけだ。
言伝を聞いて室内に入ってきた依頼人さんは、やや緊張した面持ちで俺の前に座った。
「それで!夫を殺した犯人は分かりましたか!」
「ええ。ひとまずこの場は口頭でだけお伝えさせていただいて、書面はまた後日という形になりますが」
「構いません!」
背後のソファに隠れたコナンくんが、キリキリ、と蝶ネクタイ型変声機のダイヤルを合わせた。
俺はいつも通りにややキリリとした顔を作る。
そして、流れてくる声に合わせて口をパクパクするだけだ。
いつも通り推理の中身もわかりやすく、凡人INT(知性)の俺でも事件の全貌が把握できた。
さすが、コナン様様だ。
なるほど、と言う思考をおくびにもださず、俺はただ頭良さそうに見えるよう表情を取り繕い続けた。
そうして報告も終わり、涙ながらに感謝を述べた依頼人さんに別れを告げて屋敷を出る。
この作業にも慣れてきたのが悲しいところ。
俺が肩で息を吐くと、諸伏さんが「お疲れさん」と俺とコナンくんの肩を叩く。
『さっすが今をときめく高校生探偵、工藤新一、この程度の事件解くのに一時間もかからないってことか』
「よく言うよ。あんただって死体の状況が不自然だってことぐらい気付いてたくせに」
『いや、俺は具体的なトリックまでは思いは巡らなかったさ。ほんとゼロ並に頭が回るなぁ』
「ゼロ?」
『俺の親友。負けず嫌いなところも似てる』
「んにゃろ…!それ、組織の人間じゃねーだろーな!」
『どうだろなぁー、どっちとも言えないなぁー』
再び諸伏さんがコナンくんに連続蹴りを入れられているが、諸伏さんは「はっはっは、効かん!」と言いながら笑顔で逃げている。
なんかコナンくんを揶揄うことに生きがいを見出しているっぽいが、このままにしていいものやら。
「はぁ……俺なんかコナン君の説明聞いてやっと分かった感じなのに、このパーティINT(知性)高すぎない?」
『ははは。ま、そんなもんさ。黄衣の魔術がなきゃ俺たちは組めてなかったんだ。気にすることはないだろ』
「とはいえ、アイコンタクトでしたり顔する二人を見てるとジェラシーが湧き立つ。やっぱ俺も最低限話についていける程度にはINT上げるか?」
コナン君が「頭の回転を向上させる魔術とかあるんですか!?」と驚いたので、曖昧に頷いておく。
俺が常に使ってるのは頭の回転を「低下」させる魔術だが……まぁそれは別の話だ。
神話的世界において、察しが良くて良いことなんて何もないからな。
「あーもー。今後の予定ってなんかあります?」
「明日は大阪で依頼が入ってるから、今日のうちに準備は済ませておくか。早めに新幹線で現地入りして向こうで観光しようか」
『お、いいな!俺夕飯の店はお好み焼きがいい!』
「諸伏さん、あんた飯好きすぎないか?」
『背に腹は代えられないんだよ!少年も幽霊になってみればわかる!!』
まったりと明日の予定を話し合いながら、近場のコインパーキングに停めた車の元へと向かう。
なお、今のところ車の運転は魔術で実体化した諸伏さんにやってもらっている。
俺は運転なんて前世ぶり138億年クラスのペーパードライバーだから、とても怖くて人など乗せられないんだよな。
皆でこの依頼のために借りたレンタカーに乗り込む。
行きと同じく、レンタカーショップまでは諸伏さんに飛ばしてもらう感じだ。
実体化した諸伏さんは、ステアリングを握りながら「ああ、触覚のあることの素晴らしさ…!」などと上擦った声を上げた。
『いつもこれのままで居たいんだが、黄衣、頼めないか?』
「ぜってー反対。ただでさえ自由極まりないのにこれ以上面倒の種を増やしてたまるか!」
『ひどいな少年。これなら狙撃で補佐とかもできるのに』
「余計にダメだっつの!!!」
「うーん、ひとまず常時実体化は色々問題があるから保留な」
『ええ、俺これでもかなり役立つぞ?うん。かなりやる』
ぶつぶつ文句を言う諸伏さんの不満げな声をBGMに、レンタカーは俺たちを乗せて滑らかに進み出したのであった。
…………。
車窓から見上げる空に、大地に、空間全てに。
父たる神、時間そのもの。
時間の大神ヨグ=ソトースがぐにゃりと蠢いている。
コナン君が小さくなった頃と同時期からか。
父たる神の表面が大きなうねりを上げて渦を巻き、大規模な時空異常が起こり始めた。
これが何を示すのかはわからないが、何が起きたとして俺が対処すれば問題はないだろう。
そのように思って、俺は窓から吹き込む風を感じながら、ゆったりと瞼を閉じた。
次回は新幹線大爆破事件。
・諸伏さん
「小さい頃のゼロに似てるなぁー!ませてるところとか!」と非常にテンションが上がっている。
三年も人との交流がゼロだった反動が来ているとも言う。
夜な夜なこっそり降谷零の様子を確認に行っている。
・コナン君
諸伏氏の所業に怒りつつも、自分の思考速度に遅れることなく会話できる相手ができて満更でもない様子。
急に環境が変わった寂しさを紛らわせるため、まめに毛利蘭に電話している。