コナン君と蘭ちゃんとシンガポールデートの日である!
名目としては、あの武神、京極真さんがシンガポールの大会に出場するとのことで。
園子ちゃんに誘われて応援しに行くということらしい。
つまりダブルデートってヤツだ。
宿泊はかのマリーナベイサンズ。
その中でもゲスト向けの最高級たるザ・ホライズンスイートに泊まるらしい。
しかも二部屋。
繁忙期なこともあるため、料金は想像でしかないが一泊100万はすることだろう。
素晴らしいことだ。
俺も魔術で一時的にコナン君を元の体に戻して送り出すことに否やはない。
諸伏さんはややソワソワした様子で「シンガポールに行くんならパイナップルタルト買って来てくれ!」とお金を渡していた。
前に任務で行った時に食べて気に入ったらしい。
俺はふと思い出してコナン君へと問いかける。
「そういや、ついでにマリーナベイサンズで起きたって言う殺人事件も調べるんだよな?」
「うん、キッドの頼みだし、僕も気になるから」
ついこの間、直接探偵事務所にやって来たキッドがコナン君に拝み倒して頼んだ案件だ。
なんでも、怪盗キッドの仕業に見せかけて殺人事件があったらしい。
場所はマリーナベイサンズ。
しかも地下駐車場を爆破して逃走したらしく、シンガポール国内ではすっかりテロリスト殺人鬼扱いだとのこと。
そうして名誉回復のため一緒にシンガポールに来て欲しい、と頼み込むことになったのだとか。
偶然コナン君と蘭ちゃんのデートとも被ってたからついでに捜査してもらうことになったが。
そうでなければキッドがコナン君分の旅費も出すつもりだったらしい。
なんともまあ、金持ちしかいない空間である。
俺も最近金はちょっとずつ貯まって来たけど。
でもいつコナン君に「あのビル買って!証拠が残ってるかもしれないんだ!」とか言い出されるか分からないので、貯めるに越したことはないのである。
なお、今回は俺も別枠でシンガポールに飛ぶ予定だ。
コナン君が「怖いし黄衣さんが一緒じゃないとヤダ」と駄々をこねたせいでもある。
殺人事件直後にマーライオンから赤い水が吹き出した件が響いたらしい。
俺も事件とは無関係だと言ってはおいたのだけど、コナン君は頑として譲らなかった。
キッドに散々「名探偵の意気地なし!」とか「怖がり!お化け恐怖症!」とか言われてキック力増強シューズをパチパチ言わせはしてたけど。
まあ、俺とキッドは下階の安い二人部屋で寝るだけだ。
もし蘭ちゃんと鉢合わせしてしまったら、名目として「シンガポールにいるらしい依頼人の親族を探しに来た」ぐらいを想定している。
間も無く出立の時間で、コナン君が大きく伸びをしながら口を開いた。
「ところで僕は日中大会の見学だけど、その間黄衣さんは何してるの?」
「普通にシンガポール観光だよ。ナイトサファリのチケットとってるし、セントーサ島も行くし、スパでマッサージも予約してる」
「えぇ………?」
コナン君に困惑されてしまった。
いままで無関心に事務処理を終わらせていた降谷さんも「触手を……?揉………???」と大宇宙を背負っている。
いいじゃんか俺だって触手が凝ることぐらいあるんだよ。
本当は俺本体を全身揉みほぐして欲しいところだったが。
流石に無理なので我慢して人間体部分のみを頼んだ形だ。
俺本体からすると全身マッサージなんて手揉みぐらいの規模感だから、正直ちょっとどころでなく物足りない。
しかし俺は馬鹿でかいしサイズ感がまちまちかつふわふわしているため、人が揉みほぐすのには向かないのだ。
まあ、それでも初めてのマッサージは楽しみではある。
バレないように触手を細かく筋肉に擬態し、もうすっかり準備万端だ。
いつもは適当な体温分布も調整済み。
まさに完璧である。
有事の際は俺を呼んでもらえればすぐに駆けつけられるし、もうすっかりワクワクしてきた。
旅行用具もスーツケースに詰め込んで車に積んである。
いや別に亜空間があるんだから、そこに荷物を詰めれば手ぶらでもいいんだが。
なんとなくそれっぽい見た目が良いかなという雰囲気である。
ロンドンの時も同じくスーツケースを使っていたし。
………しかしながら。
コナン君が鳴物入りでシンガポールへ出立、というとなんとなく嫌な予感が拭いきれない。
事件が起きそうな気がする。
違った事件はもう起きてるんだった。なら大丈夫かな?でも不安だな……。
最低限ナイトサファリには行きたいので、それまでは平和でいて欲しいものである。
特に興味なさそうな顔をしながら、降谷さんが息をついた。
「それより、僕の記憶がヒロのお兄さんに逆流した件だ。本当に健康上の問題はないのか?」
「もちろん。降谷さんが宿主に好意的だったからそうなっただけで、悪い影響は何もないよ」
「ならいいが……」
この話は何回かしているのだが、まだ降谷さんは不安げな様子だ。
結局。
諸伏さんは兄の記憶を消すのを中止した。
諸伏さん自身は「なんとなくそう思っただけ」とのことだったが、銀髪マフィアの思わぬ人情味に心を動かされたのは明らかだ。
諸伏兄は黒い風に憑依された負担でしばらく目を覚まさなかった。
翌日夕方に目覚めた諸伏兄は、まず「黄衣探偵……?」と困惑して右目を覆う仕草を見せた。
憑依していた降谷さんの記憶が逆流して、俺の姿が断片的に見えてしまったらしい。
まだそれが何を意味するかは分かっていないようだが、黒い風と俺の関係性を疑うには十分だ。
俺を化け物と思うか、黒い風に騙されていると思うか、魔術師として人外と契約していると思うか。
それは分からないが、厄介なことには変わりない。
諸伏さんが頭の痛そうに肩を落とした。
『はあ……兄さんならすぐにでも探偵事務所に乗り込んで来るだろうな。どうしようか』
「いや。それはジンが止めるだろう。貫いてやった左肩はまだ動かないだろうし、戦力が揃うまで動かないはずだ」
『本当かなぁ』
諸伏さんが心配そうにため息をついた。
暴走機関車で有名らしい御仁だし、ちょっとばかり疑わしいのは確かだ。
まあ、それだけなら怪異相手にここまで生き残ることはできないから、緩急は付けてるのだろうが。
などと話している間に時間が来た。
俺は立ち上がり、袖机から車のキーを取り出した。
「もし俺がシンガポールに出ている間に来たら、外出中って言っといてくれ」
『わかった。楽しんで来てくれ』
コナン君を魔術で戻すこととする。
このために前買ったフラフープを取り出して、コナン君の足元に配置。
コナン君が眉間に皺を寄せて「これ必要?」とぼやいた。
必要に決まってるだろうに。
たらりらぁ〜と曲を口ずさんでフラフープを上へと上げていく。
するとびっくり、コナン君の姿はあっという間に工藤新一へと変身したではないか!
諸伏さんが「おー!」と拍手してくれた。
工藤君は「本当に必要だったかこの流れ?」と疑問を口にしている。
服も髪のセットもあらかじめデートに向けて吟味し設定したものである。
「よし、行くか。荷物はもう積んであるし、行くとしよう」
「おう」
俺はキッドと一緒に一本後ろの便に乗る予定だ。
そんなわけで、俺たちはシンガポールへと旅立ったのである。
・ジンニキ進捗
酷い出血もあり、ジンが目覚めるのは遅かった。
目を開けると、エタノールの特徴的な香りとともに、諸伏の姿が見えた。
「起きましたか。随分と無茶をしましたね」
「チッ。テメェが情けねぇことになったからだ」
バーボンなんぞに操られやがって。
軽口を叩けば、諸伏はわずかに表情を緩めた。
「助かりました。貴方のおかげです」
「フン」
「それと、あの黒い風のような怪異の記憶が一部、私の中に残りました」
ジンは表情をこわばらせた。悪い想像が頭を駆け巡る。
「とくに悪影響は無いようですので、安心してください」
「心配なんざしてねぇよ」
「お互い、治療が終わったらまた話します。これは結構大事のようですから」
「………」
テメェはもう引け、と言おうとして。
ジンは途中でやめた。
こいつがそんなことを言って引くような腑抜けではないことを、ジンはよく知っているので。
・その頃の大和警部
高明が!身元不明激怪男と!!
夜な夜な黙って拳銃持って出歩いた挙句病院から抜け出して行方不明!!!
いい加減にしろ馬鹿!!!