シンガポール滞在3日目。
相変わらず隣のベッドは空っぽで、俺が自室を出ようとすると廊下は大騒ぎだった。
なんでも、このホテルで毒殺未遂があったらしい。
朝食に毒が混入されていたのだ。
客の一人が救急搬送されて、57階のレストランは今警察が調査に入っているとのこと。
すると不安げな客達を縫って、工藤君が駆け寄ってきた。
事件のことで何かあったのか、俺の部屋までわざわざ出向いてきたようだ。
彼を部屋に招き入れると、工藤君は焦ったような様子で息を整えた。
「どうした?なんか相談事あったか?」
「いろいろ聞きてーことはあっけど、まず毒を飲んだ園子の治療を頼みたい!」
「なっ、毒殺未遂って園子ちゃんが毒をもられたのか!?」
「ああ。おそらく犯人は……」
悔しそうに口を噤み、その続きを工藤君は言わなかった。
教えてくれないのはまだ謎が残っているのか、証拠がないのか、その両方か。
ともあれ園子ちゃんの容体だ。
ハスターの瞳でその姿を探せば、近くの大病院に運び込まれているようだった。
胃洗浄やらの処置で現場は大変なことになっている。
どうも、園子ちゃんが飲んだのは古い除草剤の一種らしい。
毒性が高く、致死率が非常に高い危険な代物だ。
今回は飲んですぐに救急に運ばれたから助かる可能性もあるが……予後が非常に悪いらしく、予断を許さない状況だ。
園子ちゃんに付き添って京極さんは決勝を棄権。
凍りついたような顔付きで病院廊下のベンチに座っている。
その隣には蘭ちゃんもいる。涙を拭って、心細そうにゆるゆると凍えた息を吐いている。
まったく。
純粋に胸が痛むし、犯人への敵意もふつふつとわいてくるというものだ。
カチンと来た。
これは俺としても怒りを表明しておくべきだろう。
看護師さん達に囲まれてるからやりにくいが、時間経過でどんどん悪化していく類のものだ。
いっそのこと派手に治療してしまおう。
まず、病室に俺の遠隔魔術用の陣を敷設。
それっぽいありがたみのある光とともに祝福系エフェクトを散らす。
次に園子ちゃんの体内より毒素を除去。
抽出した毒物をなんだか古めかしいポーション瓶っぽいものに入れて、毒っぽいラベル付きでコトリと枕元に出現させる。
園子ちゃんの体内から出現したのだと分かるように、血液も少量混ぜておくとしよう。
看護婦さん達が悲鳴上げて逃げ惑う。
真面目に職務をこなしているのになんだか申し訳ないが、もう少し付き合ってもらいたい。
次にダメージを受けた身体の治療だ。
腎臓と肺と肝臓に重いダメージが蓄積している。
喉も胃の中も焼け爛れて酷いありさまだ。
魂を保全したまま全細胞を置換して、無事な肉体へと置き換える。
古い細胞は廃棄して、あとは魂と馴染ませるだけ。
全て終わればそれっぽい光を解除して完了である。
怯える看護師さんが慌てて病室から逃げ出して、病院は大騒ぎになり始めた。
しかし園子ちゃんは一命を取り留めたようで、穏やかな寝息を立てて診察台の上に横たわっている。
俺は工藤君へ頷いて、つい眉間に寄ってしまう皺をほぐしながら答えた。
「治療完了。こりゃ間違いなく殺そうとしてたレベルの毒だぞ。古い除草剤。全身ボロボロだった」
「………ッ!」
「しかし、初期症状はそんな重くない奴だと思うけど、どうしてすぐに救急車に運ばれたんだ?」
「向かいにいたが、飲んですぐに嘔吐はおかしいからな。元々警戒はしてたし、俺が毒の可能性を疑って救急車を呼んだんだ。まさかこんな強引に来るとは思わなかったけどな」
つまり、園子ちゃんの命を狙う奴を考慮はしてたってわけか。
誰だか知らないが本当に不届な奴である。
僅かに表情を緩めて、工藤君はほっと一息ついたようだった。
「サンキュー黄衣さん。マジで助かったよ。俺じゃ吐かせるぐらいしか処置できなかったし」
「良いってことよ。で、他に聞きたいことって?」
「あー、紺青の拳は海底にある古代の宝物庫の鍵だって聞いたけど、それって有名な話なのか?」
静謐な瞳で、最後の確認作業のように俺へと質問してくる。
ほとんどもう推理は出揃っている、ということだろう。
「そんなにメジャーとは言えないけど、この近辺の海賊とかにはうっすら伝わっているらしいな。あの宝物庫、今は結構浅い場所にあるし」
深きものどもがハイパーボリアの都市から強奪して持ってって、途中で落としたものだ。
開かないからって宝物庫ごと持ってったからな、あの下郎ども。
そうして海に残されたそれを、やがてゆったりと文明を取り戻した人間達が見つけることとなった。
最初は、近海の漁師たちが海底に沈む宝物殿を見つけたのだろう。
そうして、宝物殿の扉に付いていたサファイアを美しいものとして外して持って帰った。
本来はサファイアをはめたまま特定の魔術を込めることで開くものだが、そんなこと現地民は知る由もないだろうし。
そして時を経るうちに海賊や漁師の間で「このサファイアこそがこの建物の鍵だ!」「きっとこの海底遺跡にはお宝が眠っているに違いない!」って憶測が広まったのだと思われる。
実際、はるか昔はこの浅瀬にたくさんのハイパーボリアから盗み出された財宝が散らばってたし。
その手の伝承は事欠かなかったはすだ。
……………。
というかこれ、もしかしてその財宝欲しさに園子ちゃんを狙ったって話か?
ハイパーボリアの宝を奪うため?俺の身近な人に手を出す???
なんかもう腹立ってきたな……。
勝手にムカムカしていると、工藤君が「なら、こいつの身元は分かるか?」と写真を提示してきた。
まあこの程度なら俺でもすぐに判定可能だ。
スマホに表示したデータを示して工藤君へと答えを返す。
「ユージーン・リム、海賊だな。指名手配もされてるみたいだし、ソース送るわ」
「助かる!」
スマホからURLを送ってやれば、全てのキーが揃ったらしい。
ニヤッと笑って背を向け、工藤君が勢いよく廊下を駆けて行った。
なんにせよ俺には教えてくれないらしい。
協力した俺になんたる仕打ち。
消化不良でむっつりしながら、俺は1階のビュッフェ式朝食会場へと向かう。
もはやこうなったら朝食ビュッフェでやけ食いするより他、道はないのだ。
あと、園子ちゃんに毒を盛った実行犯ほか指示役全員、俺の呪詛を受けてもらいますのでそこのところはご安心を。
世界各国の料理が並ぶ圧巻の会場にのしのしと入り込み、手当たり次第に料理を皿へと盛っていく。
机にどすんと乱暴に腰を下ろし、もそもそと美味しい朝食を掻っ込みながら呪詛を組み立てる。
今回の俺は本気だ。
何食べても酷い吐き気で吐き戻す呪い。
体内が焼け爛れる呪い。
腎機能がだんだん低下していく呪い。
肺が繊維質になっていく呪い。
肝臓が壊死していく呪い。
フルセットゴージャス版を組み立ててから、流石に死ぬのは良くないと思い直して調整を加える。
病院が頑張れば生きられる程度であれば良かろう。
皆に生かされているという心を学んで改心するんじゃよ……。
一応工藤君の推理タイムも必要なため、猶予期間を一週間設定する。
この間に悔い改めた上で園子ちゃんに赦しの言葉を貰えれば、呪詛は不発となり霧散する。
全て設計し終えたらエンター。
飛んでった呪詛を満足して見送り、俺はまた朝食をかっこんだ。
おかわりでチキンライスを山盛りにしてどかっと自席に持ってくる。
どこかから帰ってきたらしいキッドが「うお!」と言って俺のドカ食いにドン引きした様子を見せた。
「食い過ぎだろ…フードファイターかよ」
「むしゃくしゃしたときは食べるに限る。あと多分工藤君が犯人のところに突貫してったからサポートしてあげてくれると嬉しい」
「マジかよ名探偵!?俺朝飯まだなのに!」
慌ててキッドがバタバタと駆けていく。
すまんね、後でどっかで朝食は奢るから。工藤君の補佐は頼んだ怪盗キッド。
俺だとつい、手が出てしまうかもしれないので。
・ハスターの本気呪詛
別に全然本気ではないやさしめの呪詛
猛毒除草剤を飲んだみたいになるけど、絶妙に死ななくてきちんと意識もあるままゴミクズみたいになれるタイプ。
実は猶予期間を過ぎても改心して謝罪すると呪詛が軽くなる有情使用。
・真犯人レオンの思惑
昨日チンピラを差し向けて京極真へ揺さぶりをかける計画が失敗。
このままでは空手大会優勝賞品たる「紺青の拳」が手に入らなくなってしまうことに焦ったが故の犯行。
もし海賊との取引商品であるそれが手に入らなかったら、最悪海に沈められるのは自分なので。
チンピラを使って朝食に毒を盛ったらしい。
レオン本人は海底遺跡の宝は眉唾だと考えているし、街が破壊されて自分の都市再建計画が通ればそれでいいと思っている。
・海賊ユージーンの思惑
なんでもいいから宝石を手に入れて海底遺跡の宝を手に入れようと思っている。
かつて付近に沈んでいた秘宝の一つを所持していて、その力で海賊達の頭領へとのしあがった。
付近に伝わっている民話として、超古代帝国とそこに祀られる神の話を知っている。
紺青の拳をチャチな取引で渡そうとしているレオンを嘲笑っている。