帰国してすぐ、空港で張ってた降谷さん達に連行されたなり。
そのまま問答無用で警視庁の個室に放り込まれ、現在は若干暗い室内に俺と諸伏さん、降谷さんの三人きりだ。
降谷さんが立ったまま卓上ライトの高さをギシリと調節した。
ビリビリとした緊張感と底冷えする冷気が俺に吹きつけてくる。
命が危ないかもしれない、と俺は脂汗をかきながら身構えた。
のっぺりと平坦な表情をした公安二人が口を開く。
「黄衣ハスタさんでお間違い無いですね。外宇宙からお越しの」
「お……おう……」
「では取り調べを始めて行きますので掛けてください」
冷めた役所の職員みたいな謎のテンションだ。
怖い以外の感想が無い。
多分怒りを通り越した先に辿り着いてしまったのだと思われる。
俺がパイプ椅子に腰掛けると、絶対零度の視線が二方向から突き刺さる。
もう触手の先っぽしおしおになってきた。
俺は生きてこの場所から出られないかもしれない。
「で?今なら言い訳ぐらいは聞いてやるが」
「も、もう極刑が決まってる感じ?」
「減刑の余地はある」
まだ生き残る目は残っているようだ。
助けを求めるように諸伏さんへと視線を送る。
しかし残念ながら、諸伏さんはチベットスナギツネみたいな顔で調書用のメモを書き込むばかり。
凄まじく苦労をかけてしまった気配がする。
ちょっとやそっとでは許されなさそうだ。
「あのですね、旅行先のシンガポールに凶賊がやってきて俺も仕方なくですね」
「人目に映らない方法はいくらもあったと思うが」
「加えて個人的な恨みもあり、派手にぶちのめしてやろうと思った」
「連れて行け」
兵隊みたい動きの諸伏さんに連行されそうになって、俺は慌てて言い訳を並べ立てた。
「いやでも!現状俺の存在なんて割とバレてるし!そんな変わらないだろ!映像だって偽物かもしれない疑惑とかで誤魔化してさ!」
「……………」
降谷さんは長く深い息を吐き、そのまま俯いて目頭を揉みだしてしまった。
もう怒る気力も無いらしい。
あまりに深刻な様子に、俺はおずおずと様子を窺った。
降谷さんがハイライトの消えた瞳で語り出す。
「まず第一報は米国から来た」
「え?」
「黄衣ハスタをシンガポールに派遣して、軍事的制圧でも目論んでいるのかなどとトンチンカンな話だった」
「うん???」
何だか変な話が始まったぞ?
ひとまず大人しく続きを促す。
「こちらも君の海外渡航に気を配らなかった非があるから、それは別にいい。問題は、こちらが侵略の意図を否定したその直後に、君がシンガポールで派手に顕現したことだ」
「おお……」
「海賊の鎮圧が目的だとはわかっている。だが、君の力は限界まで制限してなお、おおよそ大量破壊兵器というに相応しい」
否定はしない。
今回ふるった攻撃的な力は、大体自然発生した暴風くらいなものだ。
それでも、陸地で展開すれば小山ぐらいなら丸ごと宙を舞わせられるスーパーセル。
海王星で見られる嵐の如き、埒外の脅威の嵐。
その気になれば、俺が地上をのしのし散歩散歩するだけで人類文明なんて壊滅してしまうだろう。
降谷さんの表情が黄昏ている。
隣の諸伏さんなんて肉体的損耗なんてないはずなのにミイラみたいな相貌だ。
「おまけにその英雄的行動が厄介だ。『大きな怪物が街を襲う海賊を蹴散らした』『海賊は海の魔物の怒りを買った』。現地ではそんな言説まで流布している」
「あーー、うん、やってたね」
帰り際にお祭り騒ぎだったからな。
海の守り神がシンガポールを守った、とかなんとか。
俺の呑気な返事に、瞬時に般若顔になった降谷さんがドリルミサイルみたいな攻撃性を持つ視線を向けてくる。
冗談じゃなく穴が開きそうだ。
「米国からはもちろん、シンガポールからも確認の電話が入った。日本が新型軍事兵器を密かにシンガポールに持ち込んだ疑いがあると」
「伝言ゲーム……!」
「しかもシンガポール軍が海賊へ対処した時も同様の不可思議な事象が見られた。海賊の仕業と見せかけて、他国で兵器実験を行ったのか、とかなんとか」
「ひぇぇ」
とんでもねぇ事になっているのを察して、俺は震え上がった。
海賊の持ってた兵器は俺の作品なので一概に冤罪とも言い切れない仕上がり。
俺はメラメラと燃える三眼を見開く降谷さんから目を逸らした。
「まあ、兵器実験に関してはイチャモンの類だ。特に気にしなくていい。だが噂の出どころは米国。とても口を塞げるものじゃない」
『外務省も寝耳に水過ぎて瀕死だしな……』
「政界もあの怪物と我が国の関係性を知って騒ぎ出している。訳のわからない議員から鬼の首取ったような苦情も来ている」
『んで、公安は怪異について情報共有を怠ったと各所からタコ殴りに遭っているわけだ』
これはひどい。もはや何もいいことがないレベル。
降谷さんが呪詛すらこもった目で「責任とってくれるんだろうな、あ?」と凄んだ。
俺は汗でぐっしょりとなりながら退路を探した。
諸伏さんは「可哀想だけどこの後屠殺されるんだよね」みたいな無慈悲な顔をしている。
駄目だ、味方がいない。この局面で味方とか居るはずないけど。
「べ、弁護士を呼んでくれ!俺は無実だ!」
「我々の方で息のかかった弁護士を用意できるが」
「救いがどこにも無い!!!」
俺の軽口に付き合ってくれたのは、あれだ。
取調官が取調べ時に雑談振ってくるのと同じ理屈だろう。
つまり詰みである。
でも政界に関わるのは絶対に嫌だ。
何とかせねば。
例えば地球観光に来た宇宙人を装う……いやこれだともっと大事になってしまう。
地球外生命体発見、地球人類の統一意見として外交するにはとか侵略的地球外生命体への対処方法とかの方向で大騒ぎになるに決まってる。
いや、それはそれでガチに必要な話題ではあるのだけれど。
降谷さんに恐る恐る問いかけてみる。
「確定でバレてるのってどの範囲だ?」
「シンガポールに怪物が現れたこと、それが黄色の印の兄弟団の崇める神だということ、それと黄衣ハスタに何らかの関係があること、だな」
「直接俺の正体とは知られてないってことか」
「ああ」
とすると、俺は単なる魔術師のフリでいけそうだ。
俺を呼び出すだけなら、腕のいい魔術師が束になれば再現性もある事象だし。
シンガポールは神降臨の動機たる王笏の無断使用があるから、降臨は容易い。
この王笏を見せて説明すれば、ある程度の裏付けにもなる。
古代王国の神が王権を示す王笏を無断使用されて怒って降臨された、とかなんとか。
日本ぐらい奥手なら王笏を預けても酷いことにはならないだろうし。
天候操作の魔術も入ってるから農作物とかの天候不良に使えるだろう。
黄色の印の兄弟団にはお告げで口止めすれば完璧だ。
外務省が瀕死なのは、怪異の情報を全然握ってないからに過ぎない。
たぶん怪異系がわかってる国から問い合わせがあってパンクしたのだろう。
まあ日本には在野のつよつよ魔術師がいたってことにして意思統一すればよかろうなのだ。
なんか魔術絡みの省庁できそうな気がせんでもないし、そこに俺が据えられそうな気がしないでもないが。
未来のことはひとまず先送りである。
そのくくりであれば現在俺は一応民間人だし、公安に全部説明を任せて政界とは接触せずに済む。
公安がタコ殴りになってる件はちょっとどうしようもないが……そこは降谷さんが何とかしてくれると信じて!
ギロっと心胆寒からしめる視線が熱線のように俺を焼いた。
もうほとんど呪詛な視線だった。
「うん、えー、俺は一般腕利き魔術師として行きます」
「………やっぱりか」
むすっとしつつ、降谷さんは渋々ながら納得の色を見せた。
頭の良い2人のことだから、俺の返答は想定内のことだったのだろう。
「だが、公安を盾に使う以上、今後は我々と一心同体の行動を心がけてもらうぞ」
「了解。今でも肩入れしてるつもりだったけど」
「いいや、不十分だ」
ドロリと執着と頑迷な光とが合わさった粘着質な意図を感じる。
「公安のため…ひいては遠く未来に渡って日本国のために、君には力を割いてもらう」
「悪魔の契約だった件」
非常に怖げな言葉である。
まあ、ニャルラトホテプの化身が暴走したら一発ぶん殴って逃げればいいだろう。
俺の自業自得とか言ってはいけない。
俺が泣いてしまうので。
「分かった分かった。ともかく、俺は何をすれば良い?たぶん任務が溜まってると思うんだけど」
「まずは黄色の印の兄弟団と話を調整する必要がある。彼らは君の言葉ならカラスも白と断じるからな」
「なんか信者をいいように扱ってるようで罪悪感」
「全面的に君のせいだが???」
「うす。無駄口叩くのはやめます」
俺はお利口に口を噤んで素直に頷くだけのマシーンと化した。
調書を書いている諸伏さんが「反省の色無し…と」などと呟いている。
俺は「すんませんっした!!!」と直角90度に頭を下げたのだった。
・ハスターの政界拒否
昔犬飼ってたけど、突然やってきた強盗に犬殺されてショック過ぎてもう二度と犬飼えなくなってる感じの旧支配者。
まだ家に空っぽの犬ベッドがあるし、それを見るのが嫌で居間に近づかない雰囲気。
ニャルラトホテプには「でも野良にしとくのはもっと危険ですよ。大人しく飼ったらどうです?」って注意されてる。
でも…俺のせいで犬みんな死んだ…(半べそ)
・ジンニキ近況
シンガポールの事件をTVニュースで見て吹き出しそうになった。
すぐにウォッカに病院から連れ出してもらってバーボンに突撃を決心。
まだ諸伏は安静にしているべきだし、満足に動けないジンでは、頼れるのはウォッカしかいない。
本当はウォッカを巻き込むのは気が引けたが、奴を野放しにすれば組織が危ない。
声をかけた上で幾度も「死ぬ可能性も高いが」と念を押したが、ウォッカは涙ぐんで嬉しそうにするばかりだった。
「兄貴がやっと俺を頼ってくれて嬉しいですぜ…!任せてくだせぇ、バーボンなんざ兄貴にかかれば一捻りだぜ!」
「フン……」
この舎弟は何事も大袈裟でいけない。
奴はジンの決死の退散魔術を喰らってなお、まだのうのうと組織で幹部をやっている。
ジンは再び命を賭ける決心で奴の元に向かった。
そしてニュースを見せると、何故かバーボンも派手に吹き出した。
愕然とした顔で「待ってください、え、え、嘘、あの野郎やりやがった…」などと呟いている。
そして顔面蒼白でふらふらと部屋を後にした。
化け物の間にも人間関係というものがあるのだと、ジンはうっすら察したのだった。