ハスターなオリ主と米花町   作:ラムセス_

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赤女の悲劇〈探索者事情それぞれ〉

 

 しばらく自由行動を挟んで。

 事件は夜になってから起きた。

 

 外はシトシトと雨が降ってきている。

 月は隠れ、土の匂いとも雨の匂いとも呼ぶべき湿気が立ち込めた。

 

 そんな最中、夕飯を直前にしてアウトドア部のメンバーの一人、河名澄香さんが悲鳴を上げたのだ。

 

 全員で急いで駆けつけると、まず凄まじい鉄臭さと生々しい臭気が鼻をついた。

 他のメンバーが思わずえづいたようだ。

 

 見れば、風呂場に張ってあったはずのお湯が、まるごと煮え立つ血液にすり替わっていた。

 

 ぐつぐつと、スープのように沸騰する血液がどろりと浴槽の中を滞留している。

 散らされた風呂の蓋は、匂いを確かめようとして蓋を開けた河名さんが驚いてしまったがゆえだろう。

 

 世良さんが驚愕して呆然と口を開く。

 

「これは人の血、なのか…?」

「もしそうだとしたら、死んだのは一人や二人じゃないね」

 

 コナン君の冷静な声に、アウトドア部の面々が押し殺した悲鳴をあげた。

 

 この広めの浴槽が満杯になる量といったら、50人超をひたすらぶっ殺して溜めねばなるまい。

 メンバーの一人、任田甚輔が狼狽えて「け、警察に、連絡しないと…!」とよろめきながら走って行った。

 

 とはいえ、これは正しくは人の血ではないため、本当は警察に連絡する必要はない。

 

 これは「宇宙からの色」の力である物質の汚染の産物である。

 本当の姿はただの水。

 水を変質させて血液っぽいものに変えたに過ぎない。

 知性体の恐怖の感情を食す彼らは、こうして生命を変質させて狂気に陥れ、その恐怖を貪るのだ。

 この個体は弱っちいので風呂の水を変質させてびっくりさせるぐらいの力しかないようだが。

 

 その分、宿主の力を借りて狡猾に立ち回っているようだ。

 

 

 

 まもなく。

 長野県警がたくさん人員を引き連れて到着した。

 そりゃ連続殺人かも、なんて連絡があったらこうもなるか。

 

 先頭を歩くのはいつもの大和警部、由衣刑事、諸伏警部の三人だ。

 

 何やら諸伏警部と大和警部は言い争っている。

この事件のことではなさそうだ。

 「高明テメェはいつもいつも!」「敢助君に言われる筋合いはありませんが」「なら私は一人でも行くわよ」「由衣テメェ!」以下無限ループ。

 いいトリオのようだ。

 

 諸伏さんの姿を見て、諸伏兄は一瞬目尻を緩めて微笑むような顔を見せた。

 

 話しかけなかったのは、世良さんにどこまで開示しているか分からなかったからだろう。

 INT高いと咄嗟に気が利くいい男になるってわけか。

 ちくせう、とちょっぴり卑屈な気分となる。

 

 現場検証は詳しく行われた。

 

 風呂場の液体はルミノールに反応したため血で断定。

 これから持って帰って人血かどうかの判定をするそうだ。

 

 俺たちも詳しく話を聞かれることになった。

 

 正直俺は常にダイニングにいたし、人間が風呂の水を全部入れ替えるのは不可能に近い。

 というか、ポリタンク満杯に抱えて何往復もしなければならないし、

 風呂で煮立たせるのなんてもはやどうやっていいのかわからないレベルだ。

 

 話を聞くに連れ、大和警部は困ったように舌打ちをした。

 

「やっぱ怪異案件か、こりゃ。怪対(カタイ)に連絡入れて、俺らはお払い箱ってか」

「『やっぱ』ってことは何か心当たりでもあるのか?」

 

 世良さんの質問に、代わりに由衣さんが答えた。

 

「大和警部と諸伏警部はね、警察学校時代にこの元である赤女の事件に関わっててね」

「赤女…あの人たちも話してたけど、なんなんだ、それ」

「この近隣で起こった殺人事件よ」

 

 十五年前に愛人と別荘に旅行に来ていた男が、奥さんに殺害された事件だ。

 

 旦那は奥さんに刺殺された。

 その別荘の床には、その旦那さんの血で描かれたいくつもの魔法陣みたいな落書きがあったそうだ。

 加えて現場の別荘にあったものは、何故かみんな真っ赤な色に塗りつぶされていたらしい。

 

 事件後は別荘は不気味だと言われて放置され。

 今は廃墟となっているらしい。

 

 警察が奥さんの家に入ると、中からは怪しげなオカルト雑誌が山ほど見つかった。

 当時は「オカルトに傾倒した女性の奇行」として処理されたらしい。

 

 奥さんは逃亡中で、15年経った今もまだ見つかってないとのこと。

 

 世良さんは考え込む様子を見せた。

 

「なあ、その屋敷に行ってみてもいいか?何か手がかりがあるかもしれないし」

「やめとけよ。面倒臭えことになるぞ」

 

 大和警部がため息と共に世良さんを制する。

 それを諸伏警部が茶化した。

 

「君がそれを言いますか、敢助君」

「うっせえよ。実際なっただろうが。面倒臭いことに」

「始末書が面倒だっただけでしょう」

「元はと言えばテメェの独断行動が問題だったんだよ高明!!分かってんのか!」

 

 なにやら無為な争いが繰り広げられている。

 俺は世良さんの頑張りを応援すべく、口を挟んだ。

 

「俺からも頼むよ、彼女を連れて行ってやってくれないか?おそらくその屋敷が出どころだ。そっちを止めればここの怪異も止まる」

「それは本当か!」

 

 大和警部が俺の言葉に食いついた。

 どうやら周辺の別荘でも同じような被害が出ているそうだし、何としてもここで食い止めておきたいのだろう。

 

 大和警部は難しい顔で俺とコナン君、そして世良さんを交互に見て。

 「……嬢ちゃん、なら俺も着いていく。それでいいな」と言い置いた。

 

 すかさす諸伏警部が「では私も」と進み出て、由衣さんが「な、なら私も!」と挙手した。

 本当に仲良いかよ。

 

 みんなして他の人を残らせようと醜い争いが繰り広げられている。

 「高明!テメェは病み上がりなんだしジッとしてろ!!!」「敢ちゃんもよ!」「まあまあ、ここは私の顔を立てて」「ふざけんなよ高明!」

 うるせぇ。

 

 パチクリと蚊帳の外で呆然としてる世良さんに、俺はアイテムを一つ手渡した。

 

「これ、持ってってくれ。絶対無くさないようにな」

「……なんだこれ?」

 

 大きなハートのモチーフがついたキーホルダーだ。

 持っていれば一回だけ、「死ななかった」ことにできるアーティファクトだ。

 初心者救済措置アイテムとでも思っておけばいい。

 

 いやちょっと機能少なすぎたかな。

 もっと装甲とか盛ってSAN値チェック回避も加えたほうが…うーん。

 でもやり過ぎるとまたニャルに「初めてのお使い(笑)」「上手に探索できたね(笑)」って馬鹿にされるし。

 

 思いとどまり、そのまま死亡回避だけで渡しておくこととする。

 

「たぶん屋敷に入れば、『元凶』は慌てて屋敷に戻って君を襲ってくる。それまでにいかに準備できるかが勝負だ」

「………!」

 

 世良さんが力強く頷いた。

 コナン君は「世良の姉ちゃん、本当に危なくなったら黄衣さんに助けを求めてね。本当に死んじゃうからね?」と心配そうに眉を顰めている。

 

「え、ええ?でも行った先で黄衣さんを呼んでも聞こえないんだし意味なくないか?」

「いいから」

「うーん。わかったよ…」

 

 多分コナン君は、助けを求められると助けずにはいられない俺のことをわかってて言ってるのだろう。

 まあたしかにたとえ探索者といえ必死で呼ばれたら俺も助けざるを得ない。

 

 でも、そうなら探索者である資格はないゆえ、今後は探索行為はやめておとなしく暮らしてほしいところである。

 

 

 ひととおり長野県警は言い争いをした後。

 

 厳正な話し合いの結果、由衣さんをこの現場の指揮のために置いて行くことに決めたらしい。

 由衣さんはたいそうむくれておられるらしく、全身で不満を露わにしている。

 

 彼らも来るならキーホルダーをこっそりポケットに滑り込ませて、同じように補助かけて。

 補助要員なので装甲も盛って怖いこと起きないようにたくさん守って、と。

 よし。詳細を念話で伝えると、諸伏さんも頷いてくれた。

 

 この探索は完全に安全なロスト無しシナリオになります。

 

 由衣さんが指揮のため現場に行き、諸伏警部が車を回すた外へ出たあたりで。

 大和警部が「ところで、ちょっと来てくれ」と言って俺を廊下に呼び出した。

 

 不安そうな表情の諸伏さんがコナン君とともに俺の背中を見ている。

 

 てくてく素直について行くと、おもむろに黒い風の仮面を見せられた。

 半分割れていているが、そこには風と疫病の権能が不活性の状態で濃縮されている。

 

 降谷さん、こういうものはきちんと回収しようね…と天を仰ぐなど。

 

 いやたぶん本人はただの仮面だと思っているのだろう。

 まだ権能と魔術を上手く視認できていないようだし。

 

 仮面を差し出した大和警部は、慎重に口を開いた。

 

「これ、なんだか知ってっか?」

「………あー、うーん。知ってると言えば知ってる」

 

 カオスな経緯で作成されたニャルラトホテプの最新の化身、黒い風の仮面だ。

 

 「本当か!?」と大和警部が食いついた。

 必死な形相は友を思う気持ちに溢れていて、友情っていいものだなぁとほっこりするなど。

 まあ絵面は恫喝するヤクザなんだけど。

 

 そこでかたり、と背後から足音が一つ。

 

「やっぱり、敢助君が持っていましたか」

「盗み聞きたぁ随分趣味が悪ぃじゃねぇか、高明」

 

 後ろから忍び寄っていたのは諸伏兄であった。

 車を回したと見せかけて、大和警部を吊り出すつもりだったらしい。

 諸伏兄は怜悧な瞳で俺と、なにより大和警部を見ている。

 

「ですが私もそれの正体については知りたかったところです。聞かせてもらえますか、黄衣君」

「あー………うん」

 

 めっちゃ困った。

 だがこの知恵者達相手に嘘が言えるほど、俺は口が上手くない。

 いつも通り、言える範囲で真実を話せば良かろう。

 その結果降谷さんが炙り出されたら土下座すればいい。

 半分以上自業自得なんだし許してくれるはずだ。

 

 俺は言葉を練りながらゆっくりと口を開いた。

 

「それは燃える三眼。世界でもトップクラスに危険な怪異の印だよ」

「……寡聞にして存じませんが」

「そりゃそうだ。そんなの知る頃には間違いなく死ぬから、あんまり伝わってないんだ」

 

 ひゅっと掠れた息がした。

 大和警部か諸伏兄か。分からないが、俺の言葉に嘘はないとわかったらしい。

 諸伏さんが暫し迷った後、窺うように質問してくる。

 

「それにしては、私を守っているような感覚もありました」

「っ…本当か高明」

 

 ええ、と諸伏兄が首肯する。

 どうやら降谷さんが守っていたことを察されていたらしい。

 まあ探索中に露骨に呪詛等を弾いていたらわかるわな。

 

 大和警部が大きなため息をついてじろりと諸伏兄を睨んだ。

 

「高明、初耳なんだが」

「言ってませんでしたから。私自身、半信半疑のことでしたので」

 

 どうやら今までも仮面をめぐって一悶着あった雰囲気だ。

 苛立たしげな大和警部を宥めつつ、俺は細く説明をした。

 

「といっても、偶然諸伏警部は気に入られてるみたいだけどな。普通は危険だよ。すごく危険だ」

「どう危険なんだ?」

「まちまち。奴は人間で遊ぶのが趣味だから。でも大抵死ぬ。飛行機が空中分解した時の生存率が出せるなら、そのぐらいの割合で生き残ることができるかも、ぐらい?」

 

 二人は息を呑んだようだった。

 

 ニャルの遊びは本当に苛烈で、人間らしい感性を持つからこそ、人間の想像する限りの苦痛を具現化して遊んでくる。

 たまに生きるやつは生きるけど、まあ死ぬと思って正解だ。

 ホラー映画主人公とかみたいな豪運と勇気と決断力と高い身体能力全てを兼ね備えたやつが生きて帰れる、的な。

 

 俺は咳払いして言葉を続けた。

 

「ともかく、もしその印に関わって生きてられるなら、子々孫々の幸運を前借りした上での奇跡だよ」

「………そうか」

「大和警部も諸伏警部も、その印には関わらないほうがいい。一族郎党死んだほうがマシだって目に遭うことも少なくないんだし、何よりもう印は消えたんだろ?」

「………」

「人間として生きたいなら忘れるべきだ」

 

 俺は丁寧に言葉を尽くした。

 諸伏兄は瞳を伏せ、大和警部は舌打ちした。

 

 大和警部は諦め切れない……というより幼馴染が心配で見捨てられないようだ。

 

 厚い友情が垣間見えて、俺は再びにっこりとした。

 

 もしニャル本体案件に巻き込まれても、こっそり助け出すぐらいはしてやろう。

 そのように決めて、世良さんを送り出したのであった。

 





・KPハスター
ロストなしヒント山盛り報酬たくさんの激甘キーパー。
どうしても無理になったら悲痛そうに助けを乞えばハスターが慌てて救助に降臨する。
何なら痛そうな怪我しても来る。
発狂したらすぐ治療してくれる。

・ジンニキ進捗
シンガポールに到着。
現場近くの港はまだ封鎖されていたが、事件を受けて観光客が押し寄せていた。
土産物屋では化け物の写真のステッカーが堂々と売っていた。
ホーカー(屋台街)に行くと、端っこに見覚えのあるおでん屋があった。
どうやらシンガポールで店を出したら売れ始めたとのことで、店主は上機嫌だった。
バケモノも実際に目撃したらしい。

【─────】
(それは神である。人を守るが、我々を守らない。悍ましいものだ。弱きもののみを見逃す。私は弱いので見逃された)
「どういう意味だ。それが何故シンガポールに現れた?黄衣ハスタとどんな関係がある」
【───、──】
(私は人を知らない。人は愚かだからやり過ぎた。神は怒っていた。恐ろしいことだ。人だから許された。我々なら滅びていた)

ブルブルと店主は震えていた。
ジンは今夜の夕食を兼ねておでんを買って、店主に礼を言って離れた。

それは人を守る、大いなる神。それは名前を記さぬままネクロノミコンにも繰り返し記されていた。
古代、夜空を渡る大いなる虹の如くに描かれたもの。
空に跨る偉大なる神。
そちらから調べるべきか。

ジンはおでんを一口食べて、そのしっとりと沁みた味に満足した。
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