マモーさんの身の上話は、概ね苦労の連続だった。
「祖国より持ち出せた品はごくわずかでした…外はあの下衆な魚擬きが徘徊していて、逃げ出した民の多くは縊り殺されてしまいました」
「…………」
俺と全生活オーガナイザーのリンクが切れていたから、初動対応が遅れたのはかなり大きかった。
基本的にハイパーボリアの民は、俺の加護が行き届いている国の中に籠り外には出ない。
ごく少数、フロンティアスピリッツの旺盛な人たちのために講習などして、たくさん装備をつけて送り出すぐらいなものだ。
それも「超変人」の部類として受け取られていた。
出生率も初期の爆増以来ずっと少なめ。
新しい土地を求めて大陸外に出る必要がなかったからというのもある。
子供を産み育てるのはガチガチの免許制を敷いていたし。
定期的にキャンペーンは行っていたものの、全体的に少子化がちではあった。
ともかく。
ハイパーボリア人の多くは外の環境に、加護のない環境に慣れていなかったのは確かだ。
「険しきヴーアミタドレス山に隠れ潜んだものの、加護なき身に慣れぬ仲間は次々命を落として。魚擬きの大軍勢が祖国を蹂躙するのを、ただ隠れ震えて眺めるより他ありませんでした」
加護がなくては、人はちょっとしたことで怪我を負い、死に至る、
普段ならなんてことはない山からの滑落、毒草・毒きのこの摂取。
たったそれだけで避難民の多くは死んでいったのだろう。
俺は長く長く彼らを保護しすぎた。
彼らはすでに危険に満ちた外で生きる術など忘れていたというのに。
「しばらくして。神よりお言葉がありました。この大陸より急ぎ逃げ延びるようにと。ここはまもなく海に沈むと」
「……ああ。深きものどもが岩盤に攻撃を加えていたからな。クトゥルフを抑えながら、急いで念話だけ飛ばしたんだったか」
「神の慈悲深さに、私は救われました…。我々は残った少数の仲間と共に船を作りました。粗末な船です。これで大洋が渡り切れたのが、信じられぬほどに」
ハイパーボリアが海に沈む以上、生き残った民の脱出は急務だった。
海は奴らの領域だ。
逃げ出した民の多くが、奴らに船を沈められて死んだことだろう。
マモーさんの船は幸運にも荒れた海を乗り越え、1ヶ月の航海の末に別の大陸へとたどり着いたらしい。
山の木を無理やり魔術でくっつけたような粗末な船だったようで、食料も大して積めなかった。
飢餓と渇きを何とか凌ぎ、たどり着いた頃には乗組員は半分にまで減っていたらしい。
助ける暇はなかった。
俺は少し離れた海上でクトゥルフと全力戦闘中だった。
その余波が人々を襲わないようにするだけで精一杯だったからだ。
極限で範囲を絞った「魂の撃滅」でクトゥルフを攻撃したが、奴は配下の深きものどもを特に気にすることなく咆哮し、巻き添えにしていた。
奴にとって、深きものどもはただの取り巻きに過ぎなかったのだろう。
「たどり着いた陸地で待っていたのは、何もかもを失った絶望と病と不衛生な環境、地獄そのものでした」
オーガナイザーは俺との繋がりを切断されて多くの機能が失われていた。
粗末な原生植物をなんとか口に詰め込み、虫のわく寝床で獣に怯えながら過ごすうち、絶望に命を断つものも多かったという。
幸運にも、山で一緒に避難してきたヴーアミ族に暮らし方を教わり、マモーさんの避難船は比較的安全に陸地で過ごすことができたようだ。
そうして、ようやく安定して生き延びることができるようになったころには。
もう人など数えるほどしか残っていなかった、ということらしい。
壮絶すぎるハイパーボリアの状況に、俺は俯いて話を聞くより他なかった。
コナン君も何か考え込むように俯いている。
おそらく、そのようにして生き延びた人々は想像より沢山いたのだろう。
ハイパーボリアの人口は二億人ほど。
生き延びたのはそのごく一部でしか無いだろうが、各地に残る遺跡と伝承を見れば、そこにはハイパーボリアの痕跡が多く残っている。
ヴーアミ族に助けられたものの他にも、野外活動の心得のあるものが混じっていたり、たくさんの魔術を修める魔術師がいたこともあっただろう。
リンクが切れたオーガナイザーのみでも、船を作り、大海を渡れる可能性は割とある。
持ち出せた魔術器具に大衆に普及していた食糧生産系があれば、比較的楽に過ごすこともできたはずだ。
そうして、それがのちの現生人類となった。
長い沈黙の後に、俺は静かにマモーさんに問いかけた。
「なあ、貴方がハイパーボリアの民だとして、どうやって現代まで生き延びたんだ?あれから三億年近く経っているし」
「私は持ち出した器具で己をクローンとして複製して、現代まで己を存続させました。ハイパーボリアではイかれた研究とは言われておりましたが」
「!!……でも、それは」
俺が言い淀むと、青白い肌を更に蒼白にして、マモーさんは俯いた。
ハイパーボリアでも少数ながら科学者はいた。
分野の違う研究者というか、ニッチな学問分野だ。
「分かっております。私はマモーとして国民登録しておりますが、複製のたびに登録し直していました」
「システムは魂で個人を認識しているからな。アカウントはその度別のものを作っていたってことか」
「……それでも、私は当時より変わっておりません!同胞はクローンを受け入れず死んでいきましたが、神は必ず再び現れ、我らをお救いになると!私は信じておりました!!」
マモーさんが堪え切れずに絶叫した。
そりゃあ、ハイパーボリアの感性でクローン技術は受け入れ難いことだろう。
自分の記憶を持った別人を自分だと認めて死ぬなんて、相当覚悟決めてないとできることじゃない。
よく見れば、マモーさんは俺が当時与えた加護に似せた魔術的防御も纏っている。
オーガナイザーの停止した機能を、丁寧にそっくりな代替機能に置き換えているのだろう。
当時そのままであるかのように、丁寧に丁寧に作り込んである。
ふたたび、マモーさんは両手で顔を覆って泣き出した。
もうずっと泣いているし、ほとんど涙が枯れるレベルの有様だ。
仕方ないので俺は立ち上がり、彼の手を取ると彼のオーガナイザーにアクセスした。
機能停止して、代替システムに変えられていた「ハスターの瞳」のハイパーボリア国民用機能群を復旧。
「ハスターの瞳」へと繋ぎ直した。
その上で「ハスターの瞳」の本体システムを一部再構成。
古代に意味を失ってログだけになっていたシステムを再起動して、オーガナイザーへと紐付けていく。
マモーさんのつけている全生活オーガナイザーは当時とほとんど変わらないから、比較的楽に復旧させることができた。
登録は少しいじって、彼のマモーたる一番最初のアカウントで登録しておく。
どうやら友人が結構いたようで、その念話連絡機能も復活したようだ。
まあ友人はすでにこの世に無いが、あるとなしとでは大違いだろう。
加護も付与し直しておく。
内容的には当時とまったく同じものだ。
もっと盛ることもできたが、同じ方が嬉しいかなとと思ってそうしておいた。
身体に掛かった俺の加護に気付いたのか、マモーさんはハッとした顔で全身を確認した。
そしてオーガナイザーの表示を見て目を見開く。
俺は優しく、彼へと声をかけた。
「我がハイパーボリアの民よ、よくここまで生きた。我が帰りを待つその深い信仰を認め、お前を国民として認めよう」
「…………ッ、ッ…ッ!!!」
「唯一の民よ。私は帰還した。神としてお前を守ろう。安心して、私に身を委ねよ」
マモーさんはしばし固まった後、もう震えて泣いて震え始めた。
完全に言語能力を失ったらしく、よくわからん嗚咽を垂れ流しにしながら号泣モードである。
泣き止むまでゆうに三十分はかかっただろう。
ハイパーボリアの当時の話を聞いてるうちに、もう時刻はすっかり夕方となっていた。
コナン君が新しいお茶を沸かし直してくれたらしく、ことり、とティーカップが置き直される。
マモーさんがくしゃくしゃな顔をハンカチで拭い、コナン君へと声をかけた。
「そう言えば、君はいったい何なんだい?君の姿を、私はハイパーボリアにいた頃古い記事で見たことがある」
「ああ、一回僕、えーっと、ニャルラトホテプ?とかいう神様に連れられてハイパーボリアに行ったことがあるんだ」
「!!あの悪神のお遊びに巻き込まれたのか!よく生きていたね」
マモーさんは随分と穏やかな顔をしている。
コナン君のハイパーボリア観光事件は結構当時騒ぎになったからな。
酷い虐待を受けていた子を神が直接召し上げられた、みたいな美談としてだ。
記事は大々的に取り上げられた上で、子を守るための取り組みとかが盛んに行われ出したはずだ。
法制史に残る大事件だったため、時代は違うが書籍か何かでマモーさんも知っていたのだろう。
マモーさんは薄く笑い、「ありがとう」と言ってティーカップから紅茶を飲んだ。
「ハイパーボリアは良い国だったろう?神の統べる、この世で唯一の理想郷だ」
「うん。みんないい人で、突然現れただけの僕もたくさん親切にしてもらったよ」
「そうだ。民は皆心が清らかで、争いもなく、平等で平和で満ち足りていた」
私はもうとっくに、その清らかさを失ってしまったがね。
マモーさんの自嘲には、深い後悔の色が滲んでいた。
ここまで生き延びるのに、もしかしたら沢山の罪を犯したのかもしれない。
当時のハイパーボリアの人が見れば誰もが非難するような、非道を行なって。
神へ祈りを捧げるように、彼は静かにただこうべを垂れていた。
・マモーさん(続き)
ハイパーボリアを再建しようと目論んでたが、結構前に計画を破棄していた。
優秀な偉人のクローンを使って楽園を再現しようとしていたのだが、どうしても「心の清らかさ、平和さ」が足りなかったからだ。
「所詮は野蛮な猿。いくら調教しようと醜さは隠せないか」と思ってはいた。
同時にその猿に染まっている自分を直視したくなくて計画破棄。
「神が来てくれないなら自分で迎えに行けばいいじゃない!」理論で宇宙船開発に舵を切った模様。