あれから、マモーさんは嵐のように帰って行った。
ほぼこの世の春みたいな顔だった。
なんでも、急ぎ米花町に本宅を移すからその準備をするらしい。
現在はヨーロッパを拠点に鉄鉱、造船、運輸、報道あたりをメインに事業展開しているらしいのだが。
今後は全て子飼いに任せて日本に帰化。
米花町に住まい、ゆくゆくは東都の実権を握り。
街をいい感じにしていくことを目指すのだとか。
要約すれば「神の住まう地を完璧にするのが国民の仕事だルォオ!?」(長文早口)とのこと。
すごい熱量だ。
将来的に降谷さんと激突しないといいのだが。
この事務所とマンションも「神がこんな鶏小屋に住まうなどとんでもない!!」というテンションで、その場で大豪邸を献上されそうになった。
慌てて断ったが、「そんな急造の屋敷の献上なんて礼を失していた!神殿を…作らなければ…!」と混乱。
真面目に馬鹿でかい野球ドームみたいな当時そのままの神殿が立ちそうになったので、もっと断るしかなかった。
「あれだ!ほら!今は人に紛れて生活してるから!そんな周囲の人間を威圧するような感じは避けててな!」
「なるほど!流石は偉大なる神!その深く慈悲に溢れる御心に感服いたしました!」
もう何言っても褒めるじゃんお前。
そのようにコントをいくらかして。
隙あらば金を無限に流し込んで来ようとしつつ、マモーさんは引っ越しのため一度帰国の途についたのであった。
とんでもねぇマモーさんだ。
ティーカップを片付けながら事務所を締める準備をして。
コナン君は大きく息をついたらしかった。
「黄衣さんのファンってさ、いつも熱量デカいよね」
「そんな気はしてた。というか、悪かったな来客任せちゃって。学校帰りだったろ?」
「いいよそんなの。僕もちょっと事件解決した帰りで暇してたし」
「………ちなみに何の事件?」
「麻薬の巨額取引」
マモーさんには是非とも今後米花の治安維持に貢献してもらいたいところである。
日本ヲタク降谷さんと仲良くするのは難しいかもしれんが。
俺が土下座とかすれば二人で協力とかしてくれんかな。
無理か。
そして施錠をしようとしたあたりで、めずらしく降谷さんが訪ねてきた。
スーツ姿で、どこかに寄った帰りに見える。
降谷さんはむすっとしながら険しい顔で俺とコナン君とを交互に見つめた。
「先ほどここに来ていた来客は誰だったんだ?黒塗りの高級車。またとんでもない国際関係筋じゃないだろうな」
「ヨーロッパの大富豪だよ。ハワード・ロックウッドさん」
「ストレートにとんでもない国際関係筋じゃないか!!!」
また降谷さんが発狂してしまわれた。
マジの大富豪っぽいし、やはり財界つよつよの民だったのだろうか。
詳しくは聞いてないが、金持ちガチ勢っぽかったし。
頭痛を堪えながら「赤井の件を詳しく聞くつもりが地獄みたいな札を引いてしまった…」などとブツブツを文句を言っている。
「念のため聞くが、君に何の用だったんだ?」
「なんか俺の国民の人、ようは三億年前から生きてるタイプの人だったみたいで。神の帰還とかで喜んでたよ」
「またこの………また………」
「言語能力無くなってるやんけ」
「純粋に君のせいだが」
まあ、あの人も心を入れ替えたらしいし、そこまで問題になることはあるまい。
このノリでいつもガバ要員扱いされてるけど。
存在がメガトンコインって言うなし。
ついでに降谷さんが家まで送ってくれるそうなので、喜んでRX-7に乗り込む。
諸伏さんはカルコサ新党の対処で今日は帰らないそうだ。
降谷さんも運転席に乗り込んで、静かに口を開く。
「カルコサ新党については、手間をかけてすまないが詳しい裏取りののち君にも立ち会ってもらいたい」
「もちろん。相手は魔術師集団だしな。降谷さんがいれば滅多なことは起きないとは思うが、念のため現場にいるよ」
「助かる。前回と同じ轍は踏まないが、気をつけるに越したことはないからな」
そのように事務的な会話を交わした後、降谷さんはちょっと躊躇いがちにバックミラー越しに俺を見た。
「ついでに聞きたいんだが、長野県警捜査一課のメンバーが遠巻きに俺を調べていて。……こういう時どうしたらいいと思う?」
「えぇ……」
由衣さんと大和警部が、ことを荒立てない程度にふわっと降谷さんのことを調べているらしい。
どこから情報を得たのか知らないが、確かにちょっと悩む事態だ。
危険性を知って、深入りしない程度に探っているのでさらに困る。
コナン君がふーむという顔をして口を挟んだ。
「様子見でいいんじゃない?大和警部も由衣さんも優秀だし、早々突っ込んでは来ないでしょ」
「まあな。ヒロのお兄さんも居ないし、それなら軽々なことはしないはずだ。すまないな、コナン君」
「安室さんもお仕事本当に忙しいみたいだし、無理しないでね」
「ああ。この山を越えれば…僕も物理的に二人体制で仕事をしなくても…良くなるはず…」
なんかミイラみたいな顔をし始めたぞこの人。
やはり業務負荷は相当なものらしい。
もはや休憩する時もないようで、上から下までみっちり詰まった会議でスケジュールを埋めつつ、分身に同時進行で部下とさらに打ち合わせしつつ仕事をさせてるらしい。
疑惑を通り越して「降谷さんは二人体制でないと仕事が回らないから黙っておこう」の領域に達したらしい。
ニャルが過労死したらおいたわし過ぎるので程々にして欲しいところである。
……ッ!!!
マモーさんは「困ったらいつでも相談してください!私が全霊で力になります!」と言っていた。
知り合いが過労死しそうなので手伝ってあげて、とマモーさんを投入する……?
良いかもしれない。
俺のアイディアがクリティカルした音がした。
瞬時に降谷さんがギッと俺を睨みつける。
「待て。今君めちゃくちゃ危険な考えを抱いただろう。俺にはわかる。やめてくれ」
「何故」
「君の『天啓を受けた』みたいな顔は、大抵俺の本体の満面の笑顔ぐらいに良くないことだ」
「ニャル笑顔と同列ってほぼ災害やんけ!遺憾の意を表明する!」
俺がジタバタと暴れると、降谷さんが大きなため息をついた。
そのあたりで俺たちも家に着く。
ごく近距離だし、仕方ない。この辺にしておいてやるか、と俺は大人しく車を降りた。
降谷さんに礼を言って、本日は別れることとする。
降谷さんは「後日詳細は話す」と言って、本庁に戻るように去って行った。
家に着いたらまず灯りの後に暖房をつけた。
冷え切った室内に暖かさが戻り、コナン君が素早くストーブの前に張り付いた。
寒かったらしい、
ストーブで手足を温めながら、コナン君が俺に背を向けたまま話し出す。
「裁かれない罪って、沢山あるよね」
何だか唐突な話だ。
何を言いたいのか良くわからなくて、俺はきょとんとコナン君の背中を見つめた。
コナン君は俺に見られているのがわかっているのに、頑なに背を向けたまま話し続ける。
「マモーさんも、大統領の件も、カルコサ新党も。その裏にはたくさんの罪があった」
「まあな」
「真実を詳らかにできないって、辛いね」
それは彼なりの苦悩なのだろう。
コナン君は何だかんだ根底で、真実を白日の元に晒すことが誠実さであり救いとなると信じていた。
やはり、そうした汚泥がそのまま闇に葬られることはコナン君としても辛いはずだ。
俺は夕飯の準備をしながら、その苦悩に向き合った。
「あれだよな。完璧に平等でないと、罰を与えるのって難しいよな。仕方なく罪を犯したとかあるとさ、情状酌量の余地とかでふわっとするし」
「………でも、完璧に平等なんてあり得ないよ」
その点、ハイパーボリアは極めて平等に近かった。
サポートが行き届き、限りなく「仕方のない犯行」を潰して行ったから。
自由を大幅に奪い、ペットとして人を飼っていたとも言う。
その結果システマチックに神罰が行われ、罪と罰は常に明白だった。
「難しいなぁ。本当に。難し過ぎて、俺もう神様はやりたくないよ」
「マモーさんは神様をしてほしいみたいだったけど」
「そうだけどさ。……辛くて」
俺のか細い声に、コナン君はこちらを振り返って頷いて見せた。
優しく、穏やかな顔だった。
「そっか。なら、仕方ないね」
・ジンニキ進捗
諸伏が調べた黄色の印の兄弟団についての情報を聞いている。
「一般的にはその成立は16世紀と言われていますが。それ以前の遥か昔から、黄色の印の兄弟団と同様の信仰が確認されています」
各地にある古代遺跡に良く見られる、空に跨る大いなる神を信仰する教団だ。
この遺跡群のため、オカルト界隈では超古代帝国があったのだと信じる者は多い。
「入手に苦労しましたが、神は『黄衣の王』として現れ、その真の名は『ハスター』であるとされていました」
「おい、危険なヤマは渡ってねぇだろうな」
「元教団信者の方から話を聞いただけなので。危険は少ないでしょう」
「ならいいが」
黄衣ハスタ。
その名がジンと諸伏の脳裏に同時によぎった。
「無関係なはずはねぇな」
「………ええ。悪い性質の人では、ないはずですが」
「知り合いか」
「恩があります。私の方から、少し話をしてみます」
「チッ……気をつけろよ」
ジンは既に面が割れている。敵対してしまっている以上、危険でも諸伏に任せるより他ない。
ジンは心配を押し殺し、諸伏を見送った。
・諸伏兄が聞き込みした元教団信者
カルコサ新党員。
元教団信者に嘘はない。神よ、栄光あれ。
神秘と栄光を疑いコソコソと嗅ぎ回る背教者の命を捧げ、我が信仰をここに示します。
諸伏兄、ちょっとファンブル引いたかも。