「まず、どうしてそう思ったのか聞いても良い?」
そのように苦し紛れに聞いてみる。
完全に俺の時間稼ぎではあったが、諸伏兄は重厚に頷いてそれに付き合ってくれるようだった。
「順を追って、ご説明しましょう」
まず「空に跨る神」について。
空に跨る神は、各地に残る超古代遺跡に描かれる「頭から触手を生やした巨人」の壁画のことだ。
世界各地の遺跡で全く同じ異形が描かれているため、超古代王国存在説は根強い。
あと現代日本語を添えて。こっちは陰謀論でよく使われるネタ。
有史以来、この手の遺跡は古代エジプトやメソポタミアなど、古代文明との結びつきが深かった。
大抵の古代文明はこの遺構の上に建っていたし、その文明も多少は流用していたようだ。
そして国の掲げる共通の伝説にも、同様の特徴を持つ。
「それこそが『海から災いが飛来し、楽園より追放された人類』の神話です」
海を恐れるように大きな壁画に禍々しく描かれた魚の化け物の大軍勢。
船で大海を渡る人々と、崩れる船を魚が襲う壁画。
人の手では作り様のない不可思議な構造の遺跡群。
これらは、古の時代から人々の注目の的だった。
実際、多くの神話や宗教がこの話を下敷きとして取り入れていることが多い。
「その中で崇められる神こそが『空に跨る神』。宗教学の界隈では、当時は多神教の一つであり、天空神として記されていたと解釈されることが多いそうです。多くの壁画に描かれる「災い」や魚の群れは、当時の戦争を示していたとも」
それを聞いて、マモーさんは不愉快そうに鼻を鳴らした。
たぶん深きものどもの襲撃を戦争と定義したくないのだろう。
野蛮な魚もどきって言ってたし、獣害の類だと思っているのか。
それとも「ハイパーボリア人は戦争なんて下賎な真似はしない!」という意味か。
ともあれ、あれは間違いなくクトゥルフとそれが率いる深きものどもの侵略戦争であったのは間違いない。
俺たちは宣戦布告もなしに突如襲い来たそれに敗戦し、その領土を奪われたのだ。
「そして古代国家が滅びると同時に、人々は多くの知恵や文明を失い、遺跡を残すのみとなった。神も同様に人を捨て去り、どこぞへと消えたと───」
「捨て去ってなどいない!見上げれば常に神はそこにおわした!口を慎みたまえ!!!」
流石に看過できなかったのか、マモーさんが声を荒らげた。
すぐに諸伏さんは目を見張って頭を下げる。
「失礼しました。憶測でものを言っていたようだ」
「ふん……」
「次に、黄色の印の兄弟団に話を移しましょう」
兄弟団がこうした古代宗教を地盤に持つのは有名だ。
各地の遺跡を大金をかけて保護・修繕しているし。
考古学者も意外と快く迎え入れている。
特に開発のための破壊に関して苛烈だ。
今はお行儀が良くなったが、遺跡を守るためのテロ活動なんかで暴れていた時期もあるようだ。
「そもそも、黄色の印の兄弟団という名の『黄色の印』は元はこの古代王国の紋章だと聞いています」
「そうだね。黄色の印は古代王国の国章だった」
ひいては、俺を示す印でもある。
とすれば「空を跨る神」と兄弟団の関係性は明白だろう。
「シンガポールに現れた怪物に関しては、現地への兄弟団渡航者が激増していましたし。これも」
そう言ってぴらりと見せられたのは、兄弟団の機関誌だ。
先月号らしく、薄いフルカラーのパンフレットのような作りをしている。
表紙は特報『神の降臨と現地巡礼の際のマナーについて(必読)』。
シンガポール団体旅行申し込みは折り込み用紙にて。
巡礼のマストアイテムはこれ!旅行用品にプラスで鞄に詰めるべき品を厳選!
「………おお」
つい、妙な相槌だかため息だかの中間のような声が漏れてしまった。
えらいポップな機関誌だね。
旅行雑誌かと思ったよ。
ブフォ!とコナン君が隣で静かに吹き出している。
「シンガポールに現れた怪物と兄弟団の神は同一のものと扱われているのは間違いないでしょう」
「そですね…」
「また、黄衣ハスタとの関連については以前から疑ってはいました。名前もそうですが……」
少し言い淀み、諸伏兄は言葉を濁した。
なにかは分からないが、懐の中のものを掴むような仕草をしていた。
もしかしたら降谷さんの記憶が逆流した件で、何か見たのか。
諸伏さんは軽く首を振って思考を打ち切った。
「とかく、疑念が確信に変わったのはつい先日。カルコサ新党のメンバーから襲撃を受けた際です」
「1アウト俺の信者案件だったの!?ごめんね本当にごめんね下手人は俺の方できっちり絞っときます!!!」
「お気になさらず」
本当に何も気にしていないのか、さらっと諸伏兄は話題を流した。
カルコサ新党は本当にとんでもねぇことしかしないな。
その場で先ほど見せられたハートのキーホルダーを修理し、ハートを五つに増やしておく。
これでよっぽどのことがない限り死ぬまいよ。
加えて、前回の迷惑分と合わせて制作中のお詫びの品をさらにパワーアップしておこう。
凄く良い感じに仕上げるやで。
ちなみに、現在下手人は留置所にぶち込まれているらしい。
後で諸伏さんと降谷さんにチクッたろ。
俺も絶対詰められるが、俺が罰する筋合いないし、なにより犯人をそのままにしておくのはむしゃくしゃするので。
ニャル化身とつよつよ悪霊のタッグにシメられるがいいよ……。
あと俺もシメられる。骨は拾ってくれ。
諸伏兄が懐から薄いビニールに包んだ俺の写真を取り出した。
謎行動に俺が思わず目を見張る。
「襲撃役だった信者が、あなたのブロマイドを隠し持っておりまして。公式サイトで販売中の」
「ぶろまいど」
「手に取ったところ、『それは!神の御姿を写した神聖なるものだ!触れるな下郎!!』と激昂されまして」
「迫真の口真似やんけ。すごく当時の状況が伝わったけど」
真顔で急に狂信者の真似するのやめてほしい。
今度もコナンくんは耐えきれずに「ボフォッ!?!?」って吹き出しちゃったようだ。
後ろで迫真のハッとした表情をしたマモーさんが気がかりではある。
ブロマイドは後で手描きの俺の紋章入りで渡すから、反射で札束を取り出すのはおやめなさい。
そんな珍事を全然気にすることなく話を続ける胆力の諸伏兄である。
「それで、私としても確信するに至ったのです。全ては黄衣ハスタという人物で、繋がっていると」
「ナルホドォ……」
コナン君の目線が「ガバガバ過ぎない?」と雄弁に語っていた。
いや俺も隠してなかったけど、予想を超えてガバガバだったというか。
ニコニコのマモーさんは「いざとなったら殺れますよ?」の顔をしている。
財界の帝王にはなるべくクリーンでいてほしい所存である。
俺はんー、と呻いて口を開いた。
「俺が古代の神そのものだったとして、諸伏警部は何を聞きたいんだ?」
「ひとまずはその地球における目的と。あとは邪神との関わりについて伺えればそれで十分です」
「ふむ」
何から説明すべきか、と俺はしばし悩んだ。
というかその質問は二つとも極めて中身がない、あるいは薄っぺらい回答にならざるを得ない。
なるべく厚み付けしないと緊張して聞きに来た諸伏兄が可哀想だし。
ごほん、と咳払いして俺は正直に答えた。
「まず地球に来た目的だけど」
「…………」
凄い緊張感がこちらまで伝わってくる。
よくよく気配を探ればマモーさんも緊張しているようで、二人して凄い眼光が俺に突き刺さった。
コナン君を見習ってくれよ。
「何も興味ないし帰ってホームズ文庫版(今年53周目)読みてぇ」の虚無の顔はやめなさい。
「あー、現在の地球がどうなってるのか気になって。昔ほどとは行かずとも、たくさん発展したって聞いたし」
「観光、あるいは望郷の念に駆られて、というわけですか」
「そんな感じ」
一言「観光です」でも良かったのだが、あんまりだったので文字数を増やしてみた。
しかし抵抗虚しく諸伏兄に翻訳されて観光になってしまった。
そうだよ。観光だよ。
あるいは猫カフェに来たとも言う。
マモーさんが「ええ。人はまだ猿でしかありませんが、文明を取り戻しつつあります。長かった。あまりにも長い時が掛かりました…その結果を、神が認めてくださったのですね」と涙ぐんでいるようだ。
何でも良い話風に解釈せんくてもええんやで。
「では、この仮面に刻まれた邪神との関係性は?」
「んー……嫁、かな」
「………はい?」
答えは非常にシンプルだ。
仮面は降谷さんのだが、結局降谷さんはニャルラトホテプ。
そしてニャルは結婚相手である。
後ろでマモーさんが「!?!?!?」という顔になった。
まあ、ハイパーボリア人ならそうだろうな。
「人を貶め辱める邪神にして災害」として知られていたし。
俺は眉間に皺を寄せながら、慎重に言葉を選んだ。
「今度結婚式をするときには諸伏警部も呼ぼうと思うんだけど。俺の嫁さん。外なる神ニャルラトホテプって言うんだ」
「?????」
「凄く危険な神なのは間違いないけど、その化身に諸伏警部は気に入られてるんだ。だから今のところは安全って思っといてくれ。あと式はできれば来てくれると嬉しい」
「?????」
諸伏兄は宇宙猫になったまま帰ってこなくなってしまった。
「結婚式」の単語に反応したマモーさんがにわかに勢い付いている。
「結婚式場…神殿建設…クルーズ船貸切…ブライダルジュエリー…日程3日間…世界各国の優秀な猿を集めて展覧会…よし!」
「よしじゃないですね」
マモーさんは良いから札束をしまうべき。
「俺の稼いだ金で慎ましくやるつもりだから!」と断ると、めちゃくちゃしおっと項垂れてしまった。
なにやらもごもごと「ハイパーボリア時代ですら無かった一大事」「神官として国をあげて盛大に祝わねば」とかなんとか言っている。
そんな国立競技場みたいなホールで世界的歌手が生コンサートしに来てくれるタイプの結婚式は俺が辛いのでやめてくれ。
そのあたりでようやく大宇宙から帰ってきた諸伏兄が、困惑しきりで難しい顔をした。
「男の声…に聞こえましたが、そう言うこともありますか」とひとまずの納得を見せたようだ。
「私があの黒い影の視界から見た黄衣ハスタは、伴侶としての繋がりを示していたと言うわけですか」
「何かはわかんないけど、まあ、だいたいそんな感じじゃないかな」
俺は凄く大まかに首肯した。
でもその視界はたぶん降谷さんの視界だし、伴侶ではない。
しかし神と化身は同一である以上、まあ間違ってもいないというバグ結論もあるのである。
なんにせよ降谷さんのことは伏せたし、問題なかろう。
俺は非常に曖昧な笑みを浮かべたまま、諸伏兄を見送ったのであった。
・『神は人を捨て去りどこぞへと去った』
全ハイパーボリア民発狂ワード。
深きものどもがハイパーボリア人を煽る時などに使えば確実に全ギレさせることが可能。
マモーも神と再会してなかったら妖怪化してた。
しかし事実として、神は人を捨て去りどこぞへと去ったのである。
・激怒の諸伏さん&降谷さん
ネチネチ詰めてしおしおのハスターを作った後、留置所の犯人を確認に行った。
諸伏さんにその気は無かったが、醜く喚く犯人にガチギレし、思わず強烈な呪詛を付与。
隣の降谷さんを「お前…いいけどさ…」とドン引きさせた。
・ジンニキ進捗
バーボンと黄衣ハスタ結婚説急浮上。
これにはバーボンも激怒。
諸伏兄はバーボン=ニャルラトホテプ=古代の邪神を止めるキーは黄衣ハスタだと考えた模様。
逆にジンはそこまでハスターを信じていない。
「実際、その野郎は写真を野放しにしている。自分を敬わねぇ人間なんぞ邪神から守る筋合いもねぇんだろうよ」
「そんな性質のものには見えませんでしたがね。彼は非常に理知的で穏やかだ。あの邪悪なものと伴侶というのが信じられないほどに」
「フン。なんにせよ、バーボンをいかに止めるかだ。このままじゃ、全てが奴に喰われるがままだ」
今度こそかの邪神を打倒し、封じるてみせる。
その時にこそ人々の、組織のために………。
ジンは隣の諸伏を見て、言葉に詰まった。
「どうしました?」
「……気にするな」
多くの出会いが去来する。
目的を達成した時。この男を自分は殺すのだろうか。殺せるのだろうか。
身を挺してジンを助けた者がいた。無償の優しさがあった。幼い親愛があった。
闇のみを歩いてきたジンにとって、これまでの道のりの、あまりにも眩い正しさと善性の光が、今更じわじわと身を焼いている。
気のせいだ。
こんな血に濡れた男が、今更人のためだなどと世迷言を吐かすはずもない。
任務であれば殺す。そういうものだったろう。
ジンはタバコを咥え、静かに目を伏せた。
・バーボンのコメント
だからラスボス扱いはやめろと何度言ったら(憤怒)
自分からラスボスしてた?
……何を言ってるかちょっとよくわかりませんね。