無事帰還を果たした面々の姿は散々なものだった。
正規ルートでの脱出に伴い、光と共に転送されてきた五人の姿に俺は目を見張った、
まずシンプルに一番重症だったのが大和警部。
右足を何かに食いちぎられてから無理やりしばらく動き続けたのか、多量出血で死が秒読みだった。
全身に引き摺られた傷と、内臓の損傷も見受けられる。
あらゆる意味でよく生きてた、という状況であった。
もちろん俺は一目見て悲鳴をあげて体を治療した。
残りHP0.2とかその辺だったからな。
傷は癒やしたし手と足の欠損も回復させた。
しばらくすれば目が覚めることだろう。
上原刑事は背中に酷い爪痕とともに呪詛がびっしり張り付いていた。
多分誰かを庇い続けて嬲られたのだろう。
呪詛の影響で脳が萎縮しており、耳も目も聞こえてない有様だった。
現代医学でほぼ治療不可能な状態だったが、俺なら問題ない。
脳の状態も含めて全て健全な状態に回復させると、すぐに目を開いて周囲を不思議そうに確認しました。
「死んだ…の…?」と口にして、しかしそうではないことにすぐに気付き、眠る大和警部へと抱きついた。
おそらくあの状態でもなおずっと意識があったのだろう。
あんな形で意識があるのはさぞや苦しかっただろうに、大和警部の心配とは。
ビッグラブとはこのことよ。
諸伏兄は無傷かつ意識があったが、極度の睡眠不足なのか、こちらに放り出されてすぐ倒れ込むように眠りについた。
降谷さんのいない状態で、寝ると発動するトラップと戦い続けた、とかだろうか?
具体的な状況はわからない。
ただ少なくとも、沢山あったはずのキーホルダーの残機が全部使い果たされていた。
肉盾役になったのだろうことは想像に難くない。
この人も大概無茶しいの民である。
銀髪マフィアはSAN値が限界まですり減って混迷状態。
永久的狂気一歩手前で、残りSAN値が3ぐらいのほぼ廃人だ。
諸伏兄が肉盾なら、この銀髪はSAN値盾だったのだろう。
魂自体も随分弱ってガタガタだ。
これは流石に直すのは難しいし、外部から魔術で補強するに留めた。
SAN値自体も回復させたし、人の寿命はぎり担保できることだろう。
こちらも後々目を覚ますはずだ。
最後に、降谷さんはもちろん無傷。
全員を抱えて最後の出口を潜ったようで、服こそボロボロだが大した損耗は見られない。
しかし飴がなくなったようで、開口一番「病院、あと飴を頼む」とだけ言い残して自主的に意識をシャットアウトした。
たぶん意識がニャルに寄りすぎて相当危険だったのだろう。
飴魔術を手動で降谷さんにかけてから、飴を五袋ほど生産して彼の目の前に積んでおく。
その状態で起こしてやれば、「あぶ、危なかった……!」と飴を口に放り込んでメソメソし出した。
まあ、中はニャルニャルお楽しみワールドだからな。
予想を超えてハイペースで消費しないと正気が保てなかったのだろう。
それで、途中で飴が切れてからは気力のみで耐えたと。
「あとちょっとで俺がラスボス枠になるところだった…」と酷く傷ついたように項垂れていた。
さて。
今、眼前にはぐるぐるに縛り上げたニャルがいる。
降谷さんの姿はやめて、いつもの女性型に戻ったらしい。
てへぺろ、という感じにかわい子ぶりっこしている。
この縄は物理の縄ではなく、俺が魔術で仕掛けたものだ。
とはいえニャルならマイナス三秒とかで縄抜けできるだろう。
これは三秒前から縄抜けできてたことになるという意味だ。
俺は静かにニャルへと問いかけた。
「申し開きはありますか」
「楽しかったです!まるで良質なドラマを見たような…濃厚な味わいでしたね」
「埋めます。ありがとうございました」
そのまま準備していた魔術を発動し、ニャルを八つに裂いて月に掘った穴にシュートした。
埋めた後は土をかけて上から山ほど封印を敷いておく。
ニャルが「なんで!?!?」とか悲鳴をあげたが当然なんだよなぁ。
これでもおとなしくしてなかったら、八つに裂いた分体の一つをガムテープで巻いてミゼーアさんにサンドバッグ用に譲り渡すしかない。
ミゼーアさんも喜んでくれることだろう。
そうして残ったのは倉庫にある死屍累々のみ。
諸伏さんが真っ青になって「ど、どうする黄衣?」と聞いてくる。
治療はしたが、兄含めた顔見知りが死の間際な状況を見て衝撃を受けているのだろう。
ともかく、彼らを温かいベッドに入れてならねばなるまい。
しかしこれだけの人数をどうしたものか……と迷っていると。
そこに現れたのは黒塗りの高級車と、それに引き連れられたキャンピングカーのようなものだ。
高級車からはマモーさんとコナン君がぬるりと出てくる。
後からキャンピングカーの方から強そうな黒服がゾロゾロと湧いてきた。
マモーさんが俺に恭しく一礼し、キャンピングカーを差し示した。
「近場のホテルをワンフロア借り切っております。今からその人間たちを運ばせます」
「黄衣さん!みんなは無事!?」
「流石マモーさん!いいところに来た!おう、救助成功!」
おそらく中々帰ってこない俺を心配して、コナン君の推理を元に必要そうな装備を集めてから来たのだろう。
黒服たちがえっさえっさと気絶している人員を運んでいく。
ホテルのワンフロアって、超高級ホテルかもしれん。
俺に労われてハイになっているマモーさんが黒服達を指揮しながら。
俺たちは近隣のホテルへと向かったのであった。
ホテルは意外と普通の価格帯のホテルだった。
どうやら移動の負荷を考えて一番近くをひとまず押さえたらしい。
「このような安宿に案内して申し訳ありません」と深々と頭を下げていたが、このぐらいは俺も事務所の依頼でよく使うし問題ない。
そのように説明しようとして、コナン君がすかさず口を挟んだ。
「あのね、黄衣さんはこういうホテルで目立たず人間のふりして過ごすのが好きなんだ」
「!そうなのかい。たしかに、一番使用率が高いのはビジネスでも使われるこうしたタイプのホテルだが」
深い……みたいに頷くマモーさんの姿に俺は梅干しみたいな顔になった。
コナン君に「正直に答えたら次から最高級リゾートホテルの最上階スイート固定だけど?」などと小声で責められる。
せやな。俺が間違っとったわ。
俺たち用のやや広めの個室に入ると、マモーさんが黒服を全て部屋の外に出した。
そして部屋のポットと持ってきた茶葉で自分で人数分の茶をそそくさと入れる。
嬉しそうに「我が神よ」と言って茶を机の前に置いてくれた。
煌めいてるなーこの人。
わざわざ黒服追い出して自分で茶を入れたぞ。
なんにせよ、あとは説明タイムだ。
「それで、一体何があったのですか?そちらはかの邪神…の、一部のように見受けられますが」
今まで無心に飴を舐めながら虚についてきていた降谷さんが、ようやく反応してぺこりとお辞儀をした。
多分これは自己嫌悪だろう。
可哀想に、己のニャルニャル具合を再確認して打ちひしがれているのだ。
俺は萎れる降谷さんをそのままに、マモーさんの問いに答えた。
「端的に言えば、俺の知り合いがニャルラトホテプのお遊びに巻き込まれた。やっぱり行方不明だった奴は悪巧みしてたってことだ」
「……それは、生きているのが奇跡のようだ」
「それな。しかもマモーさんも知ってるところだと、人数こそ少ないが『鏡合わせのコモリオム』ぐらいの難易度だったらしいし」
「なんと!!!」
俺の言葉にマモーさんが目を見開いた。
コナン君はなんのこっちゃの顔。そりゃそうか。
「鏡合わせのコモリオム」。
ハイパーボリアの時代にニャルラトホテプが起こした有名な事件だ。
首都コモリオムを鏡合わせにしたような亜空間に攫った人間を閉じ込め、条件を満たせば解放するというニャルのお遊び。
これのせいでコモリオムは大混乱に陥り、多数の死者・行方不明者を出した。
ニャルのお遊びは、気分によって大まかに三つぐらいに区別される。
一つ、意外とフェアであり、死力を尽くし時の運に恵まれればクリアできることもあるもの。
一つ、ちょっと花占いみたいなのがしたい時に実施する、単なる運ゲーでありくじ引きみたいなもの。
一つ、単に暇つぶしに面白おかしく死ぬ様を見たいだけの、絶対死ぬ文字通りのデスゲーム。
今回は一つ目だ。
ニャルが腰を据えて楽しみたい時に実施する凝った催しだ。
同時に、人の全てを出し尽くした彼方に僅かにチラつくような生存の芽に、巻き込まれた人は生き残っても大抵酷い心の傷を負う。
「鏡合わせのコモリオム」もその類のゲームだ。
五人しかいなかった脱出者は命こそ助かったものの、心身ともに深い傷を負ってまともな生活は送れなくなってしまった。
彼らの語った内容のあまりの壮絶さにハイパーボリアには震撼が走り、邪神への恐怖に怯えたのだ。
マモーさんが身を震わせて言葉を落とした。
「それは…ハイパーボリアであれば英雄と讃えられましょう」
「ホントだよ。降谷さんを送り込んだのを差し引いても、全員生きてたのが信じられないレベルだ」
降谷さんが車内で白状した情報によると、内部は全100層。
深く深くに下がるにつれて、難易度は激増していく。
70層までは比較的楽だが、90層以降は殺しに来ているとしか思えない無茶振りが続くらしい。
降谷さんが「ええ」と頷いて茶を飲みだす。
「槍を持ったヒキガエルの群れぐらいなら俺でも軽く撃退できました。しかし95層などは完全な暗闇になっていて、超巨大な灰色のアメーバみたいなものから彼らを無事に隠し切らなければならず」
「それってなんてアブホース」
俺は思わず真顔になった。
アブホースは歴とした旧支配者だ。
見たら無事じゃ済まないし、近くなんか通ったら大抵食われる。
そいつ相手にステルスゲームとはまた。
降谷さんでも正面からの打倒は不可能だし、たぶん大量にいるアブホースの落とし子も襲いかかってきたことだろう。
ついため息が深くなる。
もうちょっとニャルは深くに埋めておくべきだったかも、などと思ってニャルの現在の様子を確認する。
もしかしたらちょっとは反省したかもしれない。
ニャル野郎は穴の中で丸くなってブツブツ文句を言いながら満天堂のSwitch2で遊んでいた。
「楽しかったのに」「ちょっと顔見たことあるぐらいの羽虫で遊んで何が悪い」「砂で山作ろ」など。
やっぱ全然反省してないなこいつ。
あとSwitch2は取り上げておこう。
とはいえ。なんにせよ全員無事で何よりだ。
「降谷さんもありがとな。駆けつけてくれて助かったよ」
『ああ。ゼロ、彼らを助けてくれて本当にありがとう』
「いや、俺は途中から衝動を堪えるのに必死で碌に動けなかった。生き残ったのは彼ら自身の力によるものだ」
彼ら、と言う言葉には深く染み渡るような尊敬の色が見える。
ここに至るまでどれほどの苦闘があったかはわからない。
おそらく一年近くの時を彼らは共有したはずだ。
彼らだけで、数多の化け物の渦巻く地下世界を踏破して、無事生還する。
それがどれほど困難で奇跡的か、もはや語る必要もないほど明白だろう。
しばらく部屋に沈黙が満ちる。
ふと、扉が小さくノックされた。
誰かわからないが、外には黒服が立っているはずである。
どうぞ、と俺が代表して扉の向こうに声をかける。
入ってきたのは銀髪マフィアだった。
長身に長い銀髪、黒一色の姿は誰しもが威圧感を覚えるはずだ。
だが疲労と魂の摩耗が重なり覇気はなく、一回り小さく見えた。
「…ッ!」とコナン君が思わず拳を握りしめた。
俺はしおしおの銀髪マフィアに声をかける。
「!大丈夫か、まだ万全じゃないんだし、寝てた方がいいぞ!」
「いい。それより。………感謝する。あいつらを助けて貰った。それに、」
逡巡して視線を左右に泳がせ、銀髪マフィアはもぞもぞとみじろぎした。
部屋の中で立ったまま居られるのは若干居心地が悪い。
座るよう促すと、銀髪マフィアはようやくまっすぐにこちらを見た。
「───すまなかった。もしテメェが人間なら、死んでたはずだ」
「!」
銀髪マフィアはただ静かに頭を下げている。
まるで「その間に首を取られても文句はない」とでも言いたげにしている。
降谷さんは興味がなさそうに茶を飲んでいる。
逆に言えば、敵意もない。
そこには奇妙な赦しがあった。
コナン君が目を見開いて、「……え」と声を漏らした。
「なら、俺もその謝罪を受け入れる。俺個人は、だけどな」
「………ああ」
「それに俺こそ諸伏さんたちを助けてくれて、ありがとな」
銀髪マフィアも悪いことはいっぱいしている。
どれほど人を救おうと恨みは消えない。
それについて俺は何も言わないが、少なくとも、今後俺がこのマフィアを責めることはない。
それだけだ。
現にコナン君は難しい顔をして黙りこくっている。
彼の糾弾を俺は止めないし、止めるつもりもない。
単にそれだけの言葉だろうに。
銀髪マフィアは救われでもしたかのように。
緩く息を吐いて、視線を落としたのだった。
改めて。クリアおめでとうございます
あなたは大和敢助、とかいう個体でしたね?
要求は問答でしたっけ。
いいですよ、なんでも答えましょう。
人類の発祥の起源でも、宇宙の成り立ちでも、あなた自身の寿命でも。
好きなことを聞いていいですよ。
ウエハラの安否?
そんなの起きてから確認すればいいでしょうに。
無事ですよ。外にはハスターがいるんですし、あの程度小指すら動かさず完治できます。
それで、他には?
無い?
無いは無いでしょう。
テメェの目的は大体わかったしもういい?
はぁ???僕の報酬が受け取れないとかって話ですか?
そうです。何か聞きなさい。
…………は、羽虫を幸せにするにはどうしたらいいか?
えっ、結婚?
なるほど、あのウエハラとかいう羽虫と結婚して今後幸せな家庭を築くにはどうしたらいいかと。
それ僕の方が聞きた……えっ、うーん…
あー、えー。
持ち帰って検討させてください。
別に今答えられないとかじゃないです。
勘違いしないでください。