俺たちは、羽田名人と共にいかにも一緒に観光地巡りのように見せかけて話を聞くことにした。
なんでも、名人戦の対局2日目直前に暗号文が送られてきたそうで。
それには縛られた宮本さんの写真も同封されていたらしい。
タイムリミットは羽田名人の名人戦持ち時間で、あと約4時間。
それが尽きた時宮本さんの命は保証できない。
コナン君に視線を向けられたので、素早く「ハスターの瞳」を起動して宮本さんの様子を確認する。
宮本さんは現在、ホテル杯戸プライドにいるようだ。
薬で眠らされ、縛られて口にガムテープを貼られている。
暴力の跡はなく、またそれ以外に爆薬などもない。
ひとまず安心できるだろう。
『今宮本さんは無事だよ。犯人は棋士なのかな。今の羽田名人と同じような格好をして将棋盤の前に座ってる』
『!!まさかそれも君の力かい?』
『まあな。今すぐ宮本さんを取り返すか?転移で取り返すよりホテル杯戸プライドに俺らが乗り込んだほうがいいか。同時に犯人の意識をカットしてしまえば、あとは警察を呼ぶだけだ』
知り合いの命が懸かっているのに力を出し惜しむことはできない。
直接人質を転送してしまえば犯人の罪が宙ぶらりんになってしまうので、やはり現場を押さえるのが吉だろう。
俺がそのように言うと、初めて羽田名人の瞳が揺れた。
『そんなことも、できるのか?』
『ま、まあ。なんというか。黙っててすみません…』
『…………大変だね。きっと、欲深い人間にばかり集られただろうに。ちょっと聞いただけでも、凡そ人智を超えた所業だ』
こんな切羽詰まった状態なのに、羽田名人の表情には深い同情の色が滲んでいる。
羽田名人は頭が回る。
そしてのんびりした性格に見えて、意外と人見知りで人に心を開かない。
根本的に、「自明のことが周囲には理解できない孤独」のようなものがあるのだろう。
誰に対しても何処かよそよそしい態度を崩さない。
だからきっと、INT上げてる俺とは仲良くなってくれたのだ。
ともかく、彼は無理解に敏感だ。
同じぐらい自分を特別視する人間に敏感で、だからこそ宮本さんに棋士の身分を隠すのだ。
俺が力を隠すことに、彼はきっと僅かながらの共感を覚えながら。
『僕のために…由美たんのために力を貸してくれてありがとう。この借りは必ず返すよ』
『気にしない気にしない。さて、現場に乗り込むとするか。俺らの車に乗ってくれ』
子供達は危険なので黒服さんにタクシーで家まで送ってもらうとしよう。
ゴールデン君も一緒に事務所に帰還だな。
昼に一人にするとめちゃくちゃ拗ねるので、黒服さんには事務所に滞在して犬の相手をするというお仕事を依頼するか。
ハイエースのある駐車場に戻ると、大満足犬と黒スーツが全身毛まるけになった黒服さんが待っていた。
大満足犬はボールを咥えて誇らしげにしている。
ボールを人間に返す気は無いらしい。
子供達へ「先にこの黒服さんとお家へ帰っててくれ」と伝えると非難轟々であった。
「絶対またコナン君と抜け駆けする気です!」「あゆみ騙されないもん!」「ずりーぞ!」と責め立ててくる。
一応ゴールデン君を事務所に送るまで遊んでてやってくれ、と依頼すれば渋々納得したようだ。
志保ちゃんに促され、少年探偵団一同はゴールデン君を撫でながら黒服さんの後をついていったのであった。
なんかこう、羊飼い感ある絵面だ。
志保ちゃんとか特に最近プロの羊飼い的貫禄があるんだよな。
さて。
あとは車で犯人のいるホテル杯戸プライドへ向かうのみ。
俺は運転席に、コナン君には助手席に。
羽田名人には後ろに乗ってもらって出発する。
そういえば、ホテル杯戸プライドはたしか世良さんが今宿泊してるホテルだって聞いた記憶があるが。
今は関係ないことか。
「ハスターの瞳」で羽田名人を確認したが、盗聴器などはないようだ。
念話を解除し、口で話しかける。
「じゃ、今から向かうよ。犯人の顔に見覚えがあるかだけ先に確認しておく?」
「…………」
「おーい、羽田名人?」
はっ、と動揺して羽田名人は身を縮こまらせた。
「しまった。テレパシーに慣れすぎてそっちで返事したつもりになってた」
「う、うん。馴染んでくれたようで何より。で、顔写真送るね」
羽田名人はやや恥ずかしそうに「あれ凄く便利だね…思考と連結して同時に複数発言できそうだし、ストックもできる。普段使いしたいぐらいだ」と感想を漏らしている。
そんな使い方考えたこともなかったわ。
と、写真情報にしてスマホに送ろうと思ったら、どうも羽田名人はスマホを今持っていない様子。
きっと対局中はスマホ禁止とかその手のルールがあったためだろう。
仕方なく「ハスターの瞳」の映像を脳裏に送ると、「………!」とやや表情をこわばらせた。
コナン君が僅かに目を細める。
「顔見知り?」
「そうだよ。前に対局した相手だ。後味の悪い戦いだったから、今でも覚えてる」
それだけ言ってむっつりと口を閉じた。
「突入時に犯人の話、聞く?それとも問答無用で落として転移で帰る?」
犯人と話すなら、羽田名人は帰りに「門の創造」による転移を使えない。
なぜなら、使えば警察での犯人の証言と時間的齟齬が生まれてしまうからだ。
目撃される前に犯人の意識を落とせば、羽田名人はどうとでも言い訳できる。
「門の創造」を使って大幅に帰りの時間を短縮し、名人戦の残り持ち時間をやりくりすることができるだろう。
羽田名人は静かに瞳を伏せて、柔らかく笑って見せた。
「彼にはしっかり話を聞いて、由美たんを病院に送ってから帰るとするよ」
「いいのか?タイトル戦だろ」
「由美たんのためのタイトルなんだから、誘拐を無視して将棋打ってたなんて思われたら今度こそ嫌われちゃうよ」
「はは。確かにな」
俺が見る限り、割とかなり宮本さんの態度は脈なし感があるのだが。
これはこれで、割れ鍋に綴じ蓋みたいなところがあるのかもしれない。
まあ、その後の杯戸プライドでの顛末は彼の独壇場であったため割愛する。
警視庁でも宮本さんは無断欠勤になっていたようで、心配した警視庁捜査一課も途中で合流。
事件解決後ミニパトに連れ込まれ、山梨の会場まで羽田名人は輸送されていった。
この分なら、一時間ぐらいは持ち時間が残るだろう。
それは当然あまりにも少なく、タイトル戦に臨むには余りある不利となる。
しかし、彼の幸せそうな様子を見る限り。
選択は決して間違いではなかったろうと、俺は思うのである。
そうして満足感と共に帰宅すると。
なぜか、事務所では銀髪マフィアが犬を全身で吸いながら抱きしめていた。
元気になった長野県警の姿もあり、まったりとゴールデン君を囲んで雑談している。
「おい、いつまで吸ってんだ。次は俺だっつってんだろ」
「うるせぇ。テメェは大人しく上原といちゃついてろ」
「ちちちちちち違ぇしっいやっ、違くねぇけどこれはだなぁ!」
「か、敢ちゃんったら…」
「ところで結婚式の日程はまだ決まらないんですか敢助君。こちらはもうスピーチの原稿も着ていく服もご祝儀も用意終わってるんですが」
「高明テメェは座ってろ!!!」
なお、ソワソワした降谷さんが上原刑事に「是非僕の方も式に…」などと控えめに頼み込んでいる模様。
なんだこれ。
ドア開いたら急に糖度高すぎなんだけどお菓子の家か何かか?
降谷さんが入って来た俺に気付いて顔を上げた。
「あ、すまないな。少し話したいことがあって来たんだ」と言って視線を逸らす。
ゴールデン君は全身で歓喜をあらわにしており、千切れそうなほど尻尾を振っている。
もはやこの場にいる全員を毛まみれ涎まみれにせねば止まれぬという所までぶち上がってしまっているようだ。
銀髪マフィアはすでにベトベトのドロドロ、黒服を毛でまだら模様にしている。
コナン君は「話したいことって結婚式が開かれる話?」と冷静に降谷さんに聞き返して「違う、真面目な話だ」と酸っぱい顔をされていた。
でもこの糖度は結婚式のそれなんよ。
降谷さんはやや誤魔化すように目を釣り上げて俺を睨んだ。
「ところで君は大人しくしていただろうな。僕は疲れるし分身はやめて、全ての仕事を君永副総監に投げて来たが」
「唐突な公安信者さんの死」
「大丈夫。あの人は僕より仕事の割り振りが上手い。帰るまでは生き残っていてくれるだろう」
裏を返せばそれ以後は死ぬということだ。
あんな真面目な信者さんを陥れるとは、やはり卑劣なニャル化身に違いあるまい。
もしゃもしゃ貪るように飴を舐めているのはたぶんダンジョンアタックの反動だろう。
分身をやめたのも同様に精神的負荷を軽減して暴走の危険性を減らそうとしているのだと思われる。
ふとパイン飴が食べたくなって、一つもらおうと飴袋に手を伸ばすと、すっと降谷さんに袋を遠ざけられた。
腕で飴袋を隠して頑なに譲ろうとしない。
いや……べつにいいけどさ……。
大和警部が笑って降谷さんの肩を叩いた。
「ゼロ、それ無ぇと大変なことなるからな。何回かぶっ殺されそうになったし。なんだあれ。ああいうの、なんて言うんだ?」
「闇堕ち、が一般的でしょうか。私の残機も一個減らされましたし。桟橋から身投げしようとする彼を止めるのには苦労しましたね」
「チッ。傍迷惑な野郎だ」
「でもそう言って彼の腕を掴んで引きずり上げて殴ったの、黒澤さんじゃなかったかしら?」
「皆して勘弁してくれ……すまなかった、すまなかったから……」
降谷さんはみるみるうちに萎びれて、日が経った葉物野菜みたいになってしまった。
というか諸伏兄の1KILLは降谷さんかい。
笑い話に落ち着いていると言うことは、彼らなりに色々あったのだろうが。
よく見ると、奥では諸伏さんが暗黒の波動をたぎらせながらブスくれている。
「ゼロも兄さんも…俺を仲間外れにする…」などと恨み骨髄の様子。
まああのメンツは同じ地獄を潜り抜けた戦友だし、多少のことは仕方あるまい。
さらにキッチンには黒服さんがいて、お茶だしの準備をしてくれていた。
なお、コナン君は我関せずソファに座ってTVを見ている。
と、見せかけてチラチラと銀髪マフィアの方を確認しているようだ。
ああ、そういえば降谷さんに俺が大人しくしていたかとか聞かれていたな。
もちろん静かにしていたので、俺は正直に今日あったことを答えた。
「俺らはいつも通り事件解決して来たところ。交通課の宮本由美さんが攫われて、それを助けにタイトル戦中の羽田名人が会場を抜け出してきたから合流して魔術で」
「報・連・相!!!」
降谷さんに思い切り叫ばれてしまった。
文字通りいつものことやんけ。
コナン君が「だいじょーぶ、変なことは起きてないから、騒ぎになるとしたら会場を抜け出した羽田名人ぐらいだよ」とフォローしてくれた。
そして音速で本庁に電話確認し、事態が混迷としていないことを理解して「はぁーーー」と崩れ落ちる降谷さん。
へへっ、いつもすまんね。
では改めて、降谷さんに今日来た目的を確認するとしよう。
「で、何の用だよ」
「重要事項から一つずつ片付けていこう。まずカルコサ新党の処理の日程が決まった」
崩れ落ちたままの格好で、降谷さんはキリリとした声出した。
銀髪マフィアから解放された犬がそのまま降谷さんの顔をベロリと舐める。
撫でようとした手をすり抜けられた大和警部が「俺よりそっちがいいのかよ」と若干しょぼくれている。
俺は深く頷いて、ひとまず椅子に皆を案内した。
・公安信者さん
唐突なニャル化身の裏切りにより返事がない。
ただのしかばねのようだ。
でも分身する人外なことをいいことに負荷をかけすぎたことは自覚しているので、静かにマインドブラストを装填する程度にしている。
・羽田名人
どことなく黄衣ハスタを「孤独を同じくする隣人」として扱っている。
自分より背負う力をが大きい分、よりその孤独は深いだろうと慮っているようだ。
・黒服さん
よく訓練されたプロの黒服。
今日は目一杯可愛いイッヌと遊んで高い給料もらうお仕事だった。
その後「ああいう仕事の専門になりたい」などと周囲に漏らしていたとか。