今日は怪異対策課に足を運んでいるなり。
この間のカルコサ新党に関する追加の情報提供…たとえば魔術師の長期拘束における注意点、とかもそうだが。
メインは本日開催される研修だ。
ビジターカードを下げて、案内の人とともにとことこっと対策課の部屋へと入れば。
中の全員が立ち上がって敬礼をした。
そそくさと現れるのは怪異対策課の課長さんだ。
「ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ、本日はよろしくお願いいたします」
「いえいえ。こちらこそいつもお世話になっております」
俺にペコペコと笑顔で挨拶する課長さんは全力の揉み手ポーズ。
この人は壮年の貫禄ある男の人なのだが、濃ゆい目のクマに死相が浮かんでいる。
課が立ち上がってからずっとこの調子だから、よっぽど日々忙しかったことが窺える。
一時期あまりに顔色が酷いので一回特別エナドリを差し入れたから、ちょっと回復したようだ。
少なくともミイラではなくなった。
でもまだフレッシュなゾンビ程度だし、常に血の気が引いている。
社会の暗黒面は濃く深い闇に包まれているようだ。
さて、俺は深窓の令嬢のように丁重な扱いを受けながら、準備スペースへと案内された。
ついヒョエってなるが、怪異に対する扱い方を学ぶ上での礼儀みたいなものらしい。
俺もある程度は慣れてきた。
現在、怪異の数は全国で大小合わせて万を超える。
怪異対策課で管理できているのはそのごく一部だ。
日夜対策課の方で頑張ってはいるのだが。
櫛が欠けるように脱落していくメンバー、トラウマで仕事が続けられなくなった新人、病院に叩き込まれ生死を彷徨ったことも幾度か。
そのような仕事にあって、進捗など遅々としてしか進まないのも仕方あるまい。
その上、回収してきた品々の管理もまた問題が山積みだ。
多くの人が行き交う警視庁に保管し続けるのは危険すぎる品もある。
どこかに一括管理のための施設を作ろう、という話にもなったのだが。
どこも建設を嫌がって難航している有様だ。
建設予定地の地域住民も「怪異を集めて保管しておく施設なんて、中身が氾濫したらどんな恐ろしい事態になるか!」みたいな反対意見も多く、目処も立っていないらしい。
まあ、当然の意見過ぎてぐうの音もでない意見である。
どう甘めに見たってホラー映画の導入部分だからな。
中からおぞましい怪物とか出てきたりしたらどうする!と反対するのは良くわかる。
そんなわけで危険なアーティファクトを鍵付きキャビネットに保管し、毎日安全確認するのが日課という有様だ。
机の配置もキャビネットからできるだけ離してあるが、一番近い席のメンバーからは不満が噴出しているようだ。
「業務中話しかけてくる!」「自死しろって言われる!」とかなんとか。
少なくとも、この間来た時に話しかけてくるアーティファクトは俺が追加封印しておいた。
課長には泣いて感謝された。
おお、いつも本当に苦労してるのだな…。
とりあえず、俺のために用意された空きスペースに荷物を置く。
今日の講義用のスライドの入ったPCを取り出して、ちびちびと準備を開始する。
そこにふらっとやってきた白馬警視総監が、ニコリと笑って声をかけてきた。
手伝ってくれていた諸伏さんがビクッとしてすばやく敬礼し、合わせて部屋中に緊張が走る。
白馬警視総監は鷹揚に笑って頷いた。
「いつも助かるよ。今日は先日のサイバーテロ怪異について話をしてくれると聞いたよ」
「はい。旧支配者ハスターリクと言いまして。恐ろしい、微生物の姿をした怪異です」
「アレも人類が絶滅する前に君が止めてくれだんだろう?本当に君には頭が上がらないよ」
「いえ……大きな被害が出てしまって。俺の不徳の致すところであります」
今日は怪異の中でも特筆して警戒すべきもの。
つまり旧支配者、外なる神についての説明を行う予定だ。
あのハスターリクのサイバーテロを受けて、警視庁から急遽講義を求められたからだ。
皆、降谷さんのこともあるからうっすらとは知っているとは思うが、改めて対処法をまとめて聞きたいらしい。
いやまあ、対処法って言っても完全顕現したら「なるべく痛みなく死ねるよう天に祈りましょう」みたいな話になるけど。
今回は諸伏さんが一緒に講義の手伝いとサブに入ってくれている。
彼もいくつも回収任務をこなしていて、歴戦の類だからな。
人の目線からの意見をたくさん喋ってくれる優秀なパートナーだ。
そんな感じに白馬警視総監と軽く会話してから別れて。
広めの講義室でヨイショとPCを繋げていく。
今回はお偉いさんもたくさん参加するらしい。
「白馬警視総監」の名前を含め、警視監のネームプレートがいくつも並んでいる。
怖いんだよなぁ。INT上げとこ。
いつも発動しているINT制限魔術を操作して、INT23ほどに上昇させる。
世界が灰色に切り替わる感触があるが、脳内で将棋盤を展開してリソースを割くことで気を紛らわせる。
羽田名人よ……。
「暇な時はいつも脳内でいい手を考えてるんですよ。暇つぶしになるし、何より妙なことに頭を回さずに済む」というあなたの教えは尊い……。
さて。
時間になれば、講義本番の開始である。
外なる神と旧支配者の概要はさらりと流して。
講義の半分は日本に降臨したことのあるハスターリクとヴルトゥームに絞った。
どう言った性質を持ち、どの程度の時間でどのくらいの被害を齎すのか。
その対処法と召喚条件は、ぐらいの感じか。
やはり対処法は「呼ばれる前に死に物狂いで召喚を止めましょう。顕現したら死です」みたいにならざるを得ない。
しかしそれでは納得できないのか、警視監の一人が質問を投げかけてきた。
「君はそれを追い返したそうじゃないか。何か方法はないのか?」
「俺だからできること、ですね。人類には荷が重いでしょう」
俺の使ったハスターリク退散魔術は正直人間に使えるものじゃない。
「魂の撃滅」自体の難易度もそうだが、なにより条件設定があまりに複雑だ。
事前に星を覆うように魂を細かく検知識別するリアルタイム魔術が必要不可欠だし、コンマの後に0が十並ぶ超高速制御となる。
人間が再現しようとしたら、全人類を子々孫々動員しても3億年ぐらいかかって超劣化版がギリ…と言う程度なので、流石にちょっと実用的ではない。
そのような旨を説明せざるを得なかった。
あの場面でもし俺がいなければ、人類には絶滅しか道は残されていなかった。
魔術師の有識者として呼ばれた公安信者さんも「アレの再現はゾウリムシが宇宙ステーションを建造するに近しい難行です」との見解を示した。
まあ、普通に考えれば召喚を止めるしかない。
できなければ死あるのみである。
そのように説明すれば、部屋に重たい沈黙が滞留した。
気が引き締まったようで何よりである。
もう半分では旧支配者の召喚阻止方法全般についてだ。
召喚魔術の見分け方、必要人数、難易度、準備すべきものや手順など
前段階があったからか、積極的に質問が飛び交った。
「大抵の場合人の血液が儀式に必要とあるが、これは本人の血でなくとも、例えば輸血用の血液でも使用可能か?」
「はい、問題なく使えます。これは『生贄』の要素を抽象化したものですので。肉体に入ったまま……すなわち死体でも代替可能です」
「儀式の時間は短縮しても発動できるそうじゃないか。その場合、どのくらいの確率で怪物はやってくるのかね」
「呼び出す神格によりけりですね。外で奇妙な虫が鳴いていて、それをベッドにいる貴方がわざわざ見に行くかどうか、とでも形容すべきでしょうか。好奇心が強いならそれだけ見にくる可能性が高いですし、その時暇ならもっと高くなる」
などなど。多彩な質問に順番に答えていく。
特に「不可視たる術式を見えるようにする魔術」は強い要望があったので、その場で全員に術式資料を配布。
ついでに簡易発動が可能な眼鏡を配っておいた。
俺の刻む術式が青白く光って見え、参加者は皆おお!と感嘆の声を上げた。
残りの時間で、俺こと旧支配者ハスターと、降谷さんことニャルラトホテプの化身・黒い風の説明をちらり。
「つまり貴方の実態は巨大な触手の塊であり、現在の姿はそのごく一部を人間に擬態させている、と言うことでしょうか」
「はい。端的に言えばそうなりますね」
「そのような擬態は他の旧支配者も行うのでしょうか?」
「可能ではありますが、一般的には行いません。人間が、わざわざアリに化けて出歩いたら変でしょう」
などと質問に応じつつ。
若干ざわめき恐怖の目を向ける室内に俺は悲しんだりもしていた。
ニャルはマジの例外だからな。
わざわざ人間のふりをするのはかなり狂人度の高い行動だ。
また、ニャル谷さんのスペックが開示され、改めてその軍を蹴散らすほどの武力に沈黙が降りた。
ニャル谷さんのスペックは元々上には伝えられていたから皆知ってはいるだろうが、やはり文字にされるとその凄まじさが明らかになる。
ただし、裏を返せば国家滅亡級の危険な怪異でも彼がいれば鎮圧可能ということで。
その重要性は揺るがないものとして共通認識が図られたようだった。
質問祭りが終わって、二時間いっぱい。
ようやく終了の時間である。
俺がヘニャヘニャになりながら片付けをしてきると、降谷さんが近づいてきた。
その顔はやや明るい。
「毎回助かる。やはり我々に圧倒的に足りないのは知識だからな」
「いいってことよ。それより、降谷さん意外と危険視されてないんだな」
「上とは結構やり取りしてきたからな。怪物の印象より同僚の印象の方が強いんだろう」
「なるほど」
『ゼロ、げっそりしながらあちこち駆け回ってたもんな』
からからとサポーターより諸伏さんが笑ったので、降谷さんはまたぺしょりと萎れてしまった。
いいじゃないか、社畜仲間として同胞認定されているんだし。
働いた甲斐があったというものだ。
あ、そう言えば聞かなければならないことがあったんだった。
「ところで降谷さん。ニャル向けの口座ってどうしてるの?」
「口座?なんの話だ?」
降谷さんが首を傾げをているのに嫌な予感を覚えながら、俺は詳細に説明することにした。
「最近ニャル色々登録しているだろ?ネットフリッ◯スとか、色んなサブスク。あと満天堂のSwitch2をカードで買ってたし。降谷さんが与えてんじゃないのか?」
「!?!?!?!?!?」
降谷さんは慌ててスマホを取り出して、ネットから銀行口座の確認をしている。
そしてカタカタと震え出した。
「……多額出金は、まあ、いい。良くないが。被害としては許容できる。それより見知らぬ入金があるのは何だ」
全身震わせながら「犯罪にでも手を染めたか。詐欺じゃないことを祈るしかないんだが」と顔面蒼白にしている。
おいたわしや……ほんまにニャルはもうな……。
「ニャルが作ったスマホゲームの売り上げが入ってるんだと思う。ほらこれ、ストア一位だろ?」
「ふむ。……なんだ、まともな収入じゃないか。心配して損したじゃないか。良かった良かった」
『副業禁止、脱税、不祥事全国ニュース、懲戒免職』
「何も良くなかった!!!!」
降谷さんがカッと目を見開いて俺の肩をぐわしっと掴んだ。
情緒がジェットコースターなんだが大丈夫か?
「上と相談してくるッ!!!」と言って脱兎の如くかけていく降谷さんを、俺と諸伏さん見送った。
まあ今なら魔法の言葉「怪異対策中に妙なことになった」が使えるので楽なことだ。
すごく奇妙だが事実だし。
ニャルがゲーム作りに夢中になっている間、邪神は封印され地球には平和が訪れていた。
降谷さんが凄い怒られる程度なら、かなり必要経費であったと言えるだろう。
お可哀想に。
ナムナムと降谷さんの無事を祈り、俺たちは軽くカルコサ新党のことを話し終えてから、帰宅の途についたのだった。
帰りは偉い人たちに次々声をかけられて労われた。
うむ。よきにはからえ。
お大臣様の気持ちである。
・警察偉い人評、ハスター
(初期)
→怪異に詳しい専門家がいるらしい。
(中期)
→正体は怪物らしい。危険はなく穏やかな怪異とのことだが、警戒せねば。
(公安信者さん情報)
→古代、人間の味方をしてくれる凄い神様だったとのこと。なら大丈夫かぁ。
(講義を経て)
→思ったよりかなり常識ある丁寧な人だった。
(ハスターに関する説明を受けて)
→人間に化けているらしいが凄く人っぽい。でも先日世界を蹂躙した怪物と同族らしい。そして瞬時に病気とか治せるらしい。
(結論)
→和御魂やな!めでたい!神社出来上がるの楽しみやな!きっと気に入ってくれるで!
せっかくだし庁舎にこっそりミニ神棚作るやで!名案やな!御神体何にする?今度本人に貰いに行くやで。
あっ、宴会も誘うやで!神様は酒好きって聞いた!高い酒たくさん飲ませて日本国民守ってもらうやで!
・降谷さんの事情
「別にいいけど自分の口座ぐらいちゃんと管理しとけや(意訳)」と言われてぐうの音も出なくて爆死して平謝りした上でやらかしは揉み消された。
ですが皆さん、アレは自分の行動の影響がよくわかっていません。
ナムナムとちょっと適当に祈っただけでがんや認知症を全て治すレベルの見境なしです。
え?素晴らしい?
いやそうですが。そうじゃなくて。
個人宅に神棚?え、はい、多分本人に言えばご利益付きの御神体を用立ててくれるとは思いますが。
いやいやいや、今はそんな話をしているのでは…。
厳しいことを言いたくない?君に任せた?どうせ君は高血圧もガンも認知症も気にしなくていい?
………はぁーーーー。わかりました。こちらで対応しておきます……。
・諸伏さんのコメント
どうどうゼロ。信頼されてるんだしいいじゃないか。
同じ修羅場を潜り抜けた仲間への態度とは思えないって、まあ、それはドンマイ。